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「北大西洋上のUボートを、英国軍にもナチスにも見つからずに無力化」できるのか? ガイ・リッチー監督が「特殊部隊」を描き出す『アンジェントルメン』
まるで劇画のような映画、といっていいだろう。血がドバドバ溢れて、武器からタマが出まくって、超人的なアクションが炸裂したりするのが大好きなひとであれば、脳内でドーパミンが炸裂するに違いない。しかも役者の体が鍛え抜かれているから、動きのひとつひとつが引き締まっている。個人的に、内容のエンターテインメント性をさらに高めているように感じられたのは、いざというときに挿入されるマカロニ・ウェスタン的な音楽の数々。1940年代の物語設定ではあるものの、だからといって画像をセピア色にするなどの趣向はなく、シャープな色合いとカット、迫力たっぷりの音質、圧倒的なスピード感の三拍子で物語が進行していく。
モチ...
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ベルリン国際映画祭で初披露された話題作、2021年に英国アカデミー賞にノミネートされた同名短編を基に長編映画化、『FEMME フェム』
この時代だからこそ鑑賞されるべき、観終わってから考えるべき一作との印象を受けた。主人公となるのはアフリカ系男性のジュールズ。彼はドラァグクイーンとしてナイトクラブでダンスを踊ることを職業としているが、その姿のまま街中に出ることもある。ジュールズは雑貨屋の中で、マチズモ第一主義的な集団からヤジを浴び、店を出たところで暴力の標的となる。踊ることをあきらめなければならないほどの重傷だ。
が、回復していくにつれて、彼の心の中には、なにかメラメラと燃えるものが起き始めたようだ。それが「情念」なのか「復讐」なのかは見る者の考えにゆだねられているようにも感じられたが、ある日、同性愛者用のサウナでジュー...
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新しい世界に旅立つ動物たち。ギレルモ・デル・トロも称賛するCG+アニメの世界、『Flow』
『Away』で注目を集めたラトビア出身の気鋭、ギンツ・ジルバロディス監督の長編第2弾。2024年カンヌ国際映画祭「ある視点」部門でプレミア上映を飾り、同年のアヌシー国際アニメーション映画祭では4冠を受賞。今年のゴールデングローブ賞では『インサイド・ヘッド2』や『モアナと伝説の海2』などを抑えてアニメーション映画賞を受賞、とひじょうに高い評価を受けているのだが、観れば納得である。
世界が大洪水に包まれるなか、そこを脱出しようという黒猫が主人公だが、その視点から見た風景(たとえば象がとても大きく見えるなど)がフィーチャーされるわけではなく、カメラ(アニメ)の視点は極めて第三者的である。人間が...
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全米初登場No.1を記録! 『ハクソー・リッジ』以来となるメル・ギブソン監督最新作『フライト・リスク』
メル・ギブソンが9年ぶりの監督作品を世に問うた。航空機が「密室である」こと、「追い詰められたら逃げられない場所である」こと、「外を速く高く飛ぶ習性」を持っていることをフルに活用したサスペンスで、しかも主な舞台は上空1万フィートのアラスカだから、そびえる雪山はデフォルトだ。加えてカメラ・ワークや音質が大迫力、リアルタイムで物語が進行することもあって(つまり映画1本がまるごとワンセッション)、観終えた後にはカタルシスがどっとやってくる。
主な登場人物は「ハリス保安官補」、「重要参考人ウィンストン」、「パイロットのダリル」。ハリスはウィンストンを航空輸送する機密任務についている。つまり「ダリル...
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年齢を重ねなければ到達できない場所というものがある。「記憶」という現象の罪深さに思いをはせる一作『あの歌を憶えている』
ある程度の年齢に達して、期待しすぎることのむなしさ、悲しみに暮れてばかりいることの無益さも知った。尊厳を侮辱されたりしないのであれば、多少いやなことがあろうとも、つとめておだやかでありたい。そんな私やあなたには、特に重みのある一作として響くはずだ。
基本的には同い年のふたりによる物語である。舞台はニューヨークのブルックリン。シルヴィアはソーシャルワーカーとして働きながら娘と暮らしている。もう一人の主人公であるシールは、若年性認知症による記憶障害を抱えている。ふたりはたまたまハイスクールの同窓会で出会ったのだが、学生時代には「かすりもしなかった」。かつて同じ場所にいたものの接点のなかったふ...
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「松田るか」主演作『かなさんどー』が、待望の公開。「亡き母と父を繋ぐ美花の奮闘ぶりに注目してほしい」
照屋年之(ガレッジセール・ゴリ)が監督と脚本を手掛けた長編作『かなさんどー』が、1月31日の沖縄先行上映に続き、2月21日(金)より全国公開される。沖縄は伊江島を舞台に、一組の夫婦の愛のカタチを描いたヒューマンな作品。ここでは、過去の出来事によってずっと父親(悟:浅野忠信)を許せずにいる娘・美花を演じた松田るかにインタビューを実施。沖縄(伊江島)での撮影の感想から役作りまで、話を聞いた。
――『かなさんどー』に参加なさった感想をお聞かせいただけますか。
地元沖縄を舞台にした作品に出られるのは、とても名誉なことだと思いました。上京したときにはまず訛りを消す練習をしなければいけなかったので、...
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恐怖にさらされた“平和の祭典”。歴史的なテロを、テレビ番組の撮影クルーの視点から描く。『セプテンバー5』
オリンピックの最中にテロが起きてしまった! とんでもない実話だ。
1972年8月26日に開催されたミュンヘン・オリンピック、そのエンディングまであと1週間を切った9月5日、パレスチナ武装組織「黒い九月」が、イスラエル選手団9名を人質にとったのだ。
私は仕事柄「世相」と「ジャズがどうなっていたか」が結びついて頭の中に入っている。ミュンヘン・オリンピックの1週間前まで同地では「ジャズ・ナウ! オリンピック・ゲームズ」というフェスティバルが行なわれていた。この催しで初めてチック・コリアとゲイリー・バートンがデュオ(二重奏)で演奏し、それを聴いて感銘を受けたレコード・プロデューサーのマンフレート...
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夭折のラッパーが残した楽曲にインスパイアされた、北村巧海の初監督作品。『世界征服やめた』
不可思議/wonderboyが早すぎる死をとげてから、来年で早15年になる。その前年にはNujabesも亡くなっている。2010年代のジャパニーズ・ミュージックは、このふたつの才能の損失から始まったのでは、と思うこともある。
その不可思議/wonderboyの楽曲「世界征服やめた」にインスパイアされたひとりに、人気バンド・DISH//の北村匠海がいる。俳優としても知られる彼が、この楽曲を元にした短編映画を製作した。企画・脚本・監督のすべてを担当し、出演に萩原利久、藤堂日向、井浦新(友情出演)を起用。北村が不可思議/wonderboyのことを知った時、このラッパーはすでに故人だった。が、作...
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安楽死を望む女性と、その親友が過ごした日々。アルモドバル監督、初の長編英語劇。『ザ・ルーム・ネクスト・ドア』
『オール・アバウト・マイ・マザー』、『トーク・トゥ・ハー』など心に残る作品を多々生み出しているスペインの名匠ペドロ・アルモドバルの話題作、しかも彼にとって初の長編英語劇がついに日本上陸。第81回ベネチア国際映画祭では金獅子賞に輝き、第82回ゴールデングローブ賞主演女優賞のドラマ部門で主演のティルダ・スウィントンがノミネートされたことも記憶に新しい。
ところで英語には“セプテンバー・オブ・マイ・イヤーズ”(わが人生の9月)というフレーズがある。人生そのものを1年間に換算して、すでに4分の3が過ぎてしまった(もう4分の1しか残っていない)という意味だ。この映画の中心となるふたり、マーサとイン...
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命とは一体何なのか? オスロを舞台にした北欧の新感覚抒情ホラー作品『アンデッド/愛しき者の不在』
音楽で言えば、ルバート(確たるビートを持たない)の状態が90分以上続く楽曲に接しているような感じだ。「空はこんなにも広いものなのか」と認識させられずにはいられない風景、最小限の言葉のやり取り、いささか穏やかだが予想のつかない展開。だが、そこに細やかな起伏があり、「エモーショナル」と呼ぶしかない状態へと観る者を引き込む。
舞台となっているのは、ノルウェーのオスロ。音楽ファンにとっては「レインボウ・スタジオ」や「タレント・スタジオ」との関連で親しみ深い土地かもしれない。息子を亡くしてしまった女性・アナとその父・マーラーが物語の焦点となる。まずこの男女が「夫妻ではなく、親子である」というところ...
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より良い、次世代に暮らしてほしい未来のために、地球再生のビジョンを描く。『2040 地球再生のビジョン』
『あまくない砂糖の話』を監督したデイモン・ガモーの新作。監督には幼い娘がいるが、彼女も成長し、大人になり、やがてはパートナーを得て、家族をつくることだろう。そうだなあ、それは大体2040年ぐらいになるかな。その時、地球はどうなっているのだろうか? さらに環境が破壊されているのだろうか? だとしたらそれはまずいぞ。いまの時点で食い止めていかなければ。どんどんサステイナブルにしていかなければ。自家用太陽光発電システムによる電気の取り引き、シェアするマイクログリット、再生型農業、海藻による海洋環境の改善はどうだろう?
そうした監督のあふれ出る思いを私はこの映画から感じた。これしかないというよう...
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三船敏郎、チャールズ・ブロンソン、そしてアラン・ドロン。3大スターが荒野に揃う『レッド・サン 4Kデジタルリマスター版』
三船敏郎、チャールズ・ブロンソン、アラン・ドロンが顔を揃えた1971年の、まさに奇跡と呼ぶべき映画が4Kデジタルリマスター版として公開される(言語はほぼ英語)。豪快でりりしい三船、男くささ満開のブロンソン、世紀の美男子ドロンを、よりクリアーな画質と音質で楽しめるのがいい。とはいっても、この3人の「すさまじいヴァリュー」を実感できているのは、ある程度、昭和の空気を吸った者なのかもしれない。という意味では、この3人にあまりなじみのない世代にこそ見てほしい、とも思うし、次世代が親や祖父母を誘って見に行くと、観終わった後に一家で話が弾むことだろう。先住民の描写など、今見ると(少なくとも私には)胸...