執筆陣
年齢を重ねなければ到達できない場所というものがある。「記憶」という現象の罪深さに思いをはせる一作『あの歌を憶えている』
ある程度の年齢に達して、期待しすぎることのむなしさ、悲しみに暮れてばかりいることの無益さも知った。尊厳を侮辱されたりしないのであれば、多少いやなことがあろうとも、つとめておだやかでありたい。そんな私やあなたには、特に重みのある一作として響くはずだ。
基本的には同い年のふたりによる物語である。舞台はニューヨークのブルックリン。シルヴィアはソーシャルワーカーとして働きながら娘と暮らしている。もう一人の主人公であるシールは、若年性認知症による記憶障害を抱えている。ふたりはたまたまハイスクールの同窓会で出会ったのだが、学生時代には「かすりもしなかった」。かつて同じ場所にいたものの接点のなかったふ...