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ベルリン国際映画祭で初披露された話題作、2021年に英国アカデミー賞にノミネートされた同名短編を基に長編映画化、『FEMME フェム』
この時代だからこそ鑑賞されるべき、観終わってから考えるべき一作との印象を受けた。主人公となるのはアフリカ系男性のジュールズ。彼はドラァグクイーンとしてナイトクラブでダンスを踊ることを職業としているが、その姿のまま街中に出ることもある。ジュールズは雑貨屋の中で、マチズモ第一主義的な集団からヤジを浴び、店を出たところで暴力の標的となる。踊ることをあきらめなければならないほどの重傷だ。
が、回復していくにつれて、彼の心の中には、なにかメラメラと燃えるものが起き始めたようだ。それが「情念」なのか「復讐」なのかは見る者の考えにゆだねられているようにも感じられたが、ある日、同性愛者用のサウナでジュー...
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全米初登場No.1を記録! 『ハクソー・リッジ』以来となるメル・ギブソン監督最新作『フライト・リスク』
メル・ギブソンが9年ぶりの監督作品を世に問うた。航空機が「密室である」こと、「追い詰められたら逃げられない場所である」こと、「外を速く高く飛ぶ習性」を持っていることをフルに活用したサスペンスで、しかも主な舞台は上空1万フィートのアラスカだから、そびえる雪山はデフォルトだ。加えてカメラ・ワークや音質が大迫力、リアルタイムで物語が進行することもあって(つまり映画1本がまるごとワンセッション)、観終えた後にはカタルシスがどっとやってくる。
主な登場人物は「ハリス保安官補」、「重要参考人ウィンストン」、「パイロットのダリル」。ハリスはウィンストンを航空輸送する機密任務についている。つまり「ダリル...
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シングルマザーが極悪詐欺集団に立ち向かう! 実話をもとにしたスリリングな一作、『市民捜査官ドッキ』
2016年に起きた振り込め詐欺事件をモチーフにした一作。「これが実際に起きたことなのか!」との驚きが、観終えた後にも、じわりと残った。といっても「市民が、命知らずにも犯人を捕まえようとする」という筋書きに驚いたわけではない。犯罪詐欺集団の水も漏らさぬ連携、絶対的ボス(直接悪事に手を染めることはない)とその下で働く者たち(その間にもカースト的ピラミッドが形成される)の位置関係、などなど。つまり容易に「トカゲのしっぽ切り」ができるシステムになっていて、風上の者にはなんの損害もないはずの、鉄壁の、構築された狡猾さに驚かされたのだ。そこに「おばちゃん市民」が立ち向かうのだから、痛快ではないか。
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復讐のために男が「生き返った」。チョ・ジヌン主演のクライム・サスペンス『DEADMAN 消された男』
鬼気迫る一作だ。ほんのはずみで「名義貸し」をすると、どういうことになるか……。その恐ろしさが描かれる。と書いても、いまひとつどこか遠い世界の話のように思える方もいらっしゃるかもしれないが、「連帯保証人」や「代理人」という言葉をそこに持ってくれば、我々もこの作品の主人公のような境遇になる可能性があるのだ、ということをも伝える韓国映画だ。
主人公のイ・マンジェは、「雇われ社長」。名義を貸しているだけで、実際の業務には関わることはない。そんな彼に「1000億ウォン横領」の嫌疑がかかり、収監されてしまう。が、この刑務所が「中国」にある「私設刑務所」であることが話を一筋縄ではいかなくする。もちろん...
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KARAのハン・スンヨンも快演。隣の部屋の騒音から始まるラブ・コメディ『壁越しの彼女』
少女漫画のような展開に、なんだかとてもまぶしい「青春」を見たような、爽快な気持ちになった。内容はまさしく邦題通り。オーディションを控えている歌手志望の男性スンジンと、その隣の部屋に住む女性ラニの物語だ。ふたりの住んでいるアパートは見た感じ、天井も高く、光の入り方も良いのだが、壁が相当に薄いようで、隣の声がまる聞こえ。だからスンジンの歌の練習や友達との会話も、ラニの鳴き声も聞こえてくるし、そうなると互いのことがどうしても気になってくる。
初めの頃こそ壁越しに「静かにしてくれないか」的なけんか腰の言い合いを繰り広げたふたりだが、スンジンの部屋に遊びに来る友達の雰囲気やラニの部屋に来る姉の話な...
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修羅場のあとにやってくる「ほんわか感」。母の誕生日に、三姉妹が繰り広げる物語。『お母さんが一緒』
江口のりこ、内田慈、古川琴音を三姉妹にキャスティングするという発想に唸り、どこがどうなっていくのか先の読めない展開にハラハラさせられ、物語の“白一点”とばかりに強い存在感を放つ三女の恋人に「この男はなんなんだ?」と疑問が湧いてきて……。予想を超えたアクション・シーン(といっていいだろう)も含みながら、なぜか、観終わったあとはほんわかした気分にも包まれてしまうという、なんともユニークな作品だ。
原作は、ペヤンヌマキが2015年に発表した同名の舞台であるという。それを橋口亮輔監督(キネマ旬報ベスト・テン日本映画第1位など数多くの栄誉に輝く『恋人たち』から、9年ぶりの長編作品)が脚色した。長女...
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「まばゆいばかりに洗練された未来のおとぎ話」と絶賛。絶望の世界で希望を捨てずに生きる少女の物語『VESPER/ヴェスパー』
世界三大ファンタスティック映画祭の一つである「ブリュッセル国際映画祭」で最高賞(金鴉賞)を受賞。アメリカの雑誌「ヴァラエティ」では「まばゆいばかりに洗練された未来のおとぎ話」と評されたという、いわくつきの一作が1月19日から新宿バルト9ほか全国ロードショーされる。監督と脚本はクリスティーナ・ブオジーテ、ブルーノ・サンペル、ブライアン・クラーク(脚本のみ)。フランス、リトアニア、ベルギーの合作だ。
作品タイトルの“ヴェスパー”はまた、主人公の少女の名前でもある。彼女が住んでいるのは確かに地球ではあるのだが、我々の知る地球ではない。生態系が壊されてしまったのだ。大変な富裕層は安全で豊かな城塞...
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一家を襲う壮絶な悪夢。それは「自業自得」だったのか、それとも――。『NOCEBO/ノセボ』公開
「ノセボ(効果)」は、「プラシーボ(効果)」の反対語だ。つまり、暗示が悪いほうに働く。
主人公は、今をときめくファッションデザイナーのクリスティーン。アイルランドのダブリンで、夫・娘と恵まれた暮らしを送っている。現場では多くの労働者が過酷な条件で働いているが、うわずみをすくって華やかな毎日を送っているのは、クリスティーンである。が、ダニに寄生されたことをきっかけに彼女の体調不良が始まり、人生に影が増してゆく。そうしたとき、ダイアナと名乗るフィリピン人の乳母が「あなたから要望があったので」という感じでクリスティーンを尋ねてきた。そんな案件、私は頼んだろうか? と一瞬けげんに感じたが、体調が...
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こんなに不気味な「食事風景」があっただろうか! ひたひたと恐怖がやってくる話題のホラー作品『ファミリー・ディナー』
光量を落としたような画面作り、妙にガランとした部屋の風景、きわめて言葉数を抑えているであろうセリフ。観始めの頃は「シンプルだなあ」と、きわめて淡々とした気持ちであったが、物語が進むにつれて、それらがすべて「恐怖」のファクターだった、ということに、少なくとも私には感じられてきた。レス・イズ・モアを実践した、アコースティックでオーガニックなホラー作品という印象である。
主人公となるのは、かなりふくよかな体形をしている少女・シミー。体重を減らしたい彼女は、料理研究家で栄養士の叔母のもとを訪れる。ひょっとしたら「野菜を多めの規則正しい食生活にして、運動して……」ぐらいのことを言われるのだろうとシ...
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戦友の怪死の真相を暴くべく、帰還兵が動き出す。彼につきつけられた現実とは……
『ヒトラーの贋札』から15年余り。ステファン・ルツォヴィツキー監督の最新作『ヒンターラント』が9月8日から新宿武蔵野館ほかで全国公開される。
主人公のペーターは元刑事。第一次世界大戦の兵士でもあったが、敗戦により、戦後はロシアの捕虜収容所に閉じ込められてきた。それを終えてようやく故郷に戻ることができたのはいいが、「勝てば官軍」なんとやらで、敗残は敗残だ。家に戻っても、いるはずの家族もなく、「戦後の世の中の流れ」にもついていけない。酒場で飲んでいると、管楽器やドラムの入ったバンドがリズミカルな音楽を演奏していた。「これは何だ?」「ジャズよ」「なんだその音楽は。戦前にはワルツとオペレッタしか...
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男女が出会い、恋をし、別れ、そして他人に。「別れ」を経験したひとを共感させるに違いない一作『もしかしたら私たちは別れたかもしれない』
英語タイトルは「SOMEONE YOU LOVED」。あなたが愛した誰か、という意味だろう。主人公はジュノ(イ・ドンフィ)とアヨン(チョン・ウンチェ)のふたり。美大で出会い、すぐに意気投合をする。芸術に関するセンスも、性格も、何もかも一致していたのだろうし、毎日が楽しくてしようがなかったに違いない。親友から恋人になるには時間がかからなかった。スクリーンから青春の輝きがあふれ出るのが、この時代の二人を描くシーンだ。
が、これ以降の時代が、この映画のほろ苦さだ。美大を出たからといって美術の第一人者になれるとも、そもそもそれで生活できるとも限らない。30代を迎えたジュノは公務員を目指して浪人生...