qdcのハイエンドIEM「EMPEROR」を、Astell&Kernのデジタルオーディオプレーヤー「A&ultima SP3000T Copper」に接続して、聴いてみよう。いずれも、当該ジャンルでは最高峰のクォリティを持つイヤホン、DAPだ。
ユニバーサルIEM:qdc EMPEROR ¥550,000(写真右、税込)
●形式:密閉・ハイブリッド(トライブリッド)型
●使用ドライバー:10mmダイナミックドライバー×1、低域用BAドライバー×4、中域用BAドライバー×2、高域用BAドライバー×4、超高域用静電型ドライバー×4
●再生周波数帯域:5Hz〜70kHz
●入力感度:106dB SPL/mW
●インピーダンス:15Ω
●外音遮断:26dB
●ケーブル/プラグ:3 in 1プラグ採用ブラック被膜プレミアムケーブル(特別版IEM 2pinコネクターカバー仕様)
●ケーブル長:約120cm
●コネクター:カスタムIEM 2pin(0.78mm)フラットタイプ
●プラグ:交換式マルチプラグ/L字(3.5mm/2.5mm/4.4mm)
EMPERORは、中国・深センのqdcと日本の代理店、アユートとの共同企画で誕生したハイエンドIEM。入門から高級機まで有線イヤホンを手掛けるqdcは、中国市場でステージモニター用カスタムIEMのシェア70%以上を占めるハイテクメーカーだ。アユートとの共同企画は、これで3作目。株式会社アユートAudio事業部 主任プロダクトマーケティングの河野 亮氏が説明する。
「qdcとのコラボモデル第1弾は、繊細な音の強弱表現と定位に焦点を当てた『WHITE TIGER』でした。第2弾では“カスタムIEMのようなフィッティングとサウンドをより多くの人に”をモットーにしたエントリーモデル『SUPERIOR』を発売しました。高級機が多いqdcのサウンドと装着感が比較的手に取りやすい価格で堪能できるとして話題となり、有線イヤホンの定番モデルになりました。
第3弾の『EMPEROR』ではハイエンドを目指しました。すべてをひとつにまとめ上げ、これまで培ってきた特許を含むqdcのIEM技術の粋を体感できる、現時点での同ブランド最高の音を目指しています。qdcから上がってきた最初の試作機を聴いた時、ほんとうに驚きました。われわれが要求していた水準をすでに超えた音だったからです。初めてにして、音的には期待以上のものでした」
EMPERORは、5ウェイクロスオーバー、片耳あたりトライブリッド15ドライバーを備えたネットワーク構成のマルチウェイIEMだ。超低域10mm径ダイナミックドライバー×1、低域BAドライバー×4、中域BAドライバー×2、高域BAドライバー×4、超高域静電型ドライバー×4もの多ドライバー構成。qdcの自慢のマルチチューブフィルタリングテクノロジーによって、隣接する周波数帯域の干渉をマネジメントする。
デザインがひじょうに中国的。光の当たり方でルックが変わるフェイスプレートは、湖の底に石灰が沈殿し、さまざまな光反射にてミステリアスな色調に変化する、世界遺産の黄龍/九寨溝をイメージし、素材は反射が美しいアワビの殻。そのフェイスプレートは金色フレームで囲われる。中国における四神の王で皇帝を意味する “黄龍の金色の鱗” の表現という。
再生に使うSP3000T Copperは、フラッグシップラインA&ultimaシリーズ第6弾モデル「A&ultima SP3000T」のハウジングを、導電性とシールド性能に優れる純銅に変更した1000台限定の特別バージョン。DAC部にはAKMのデジタル/アナログ分離式のAKM4191EQ+AK4499EXをデュアル構成で搭載。出力段がユニーク。通常の信号増幅ICのオペアンプ(Operational Amplifier、演算増幅器)と真空管で構成。古典的な真空管はRAYTHEON「JAN6418」だ。通信機器や補聴器用として活用されたポータブルタイプのミニチュア管で、オーディオ用にもしばしば使われる。
製品資料には「1本1本入念に測定し、ペアリングを実施。徹底した選別により、左右チャンネルの出力偏差を最小限に抑えた」としている。「OPアンプ(オペアンプ)」「TUBEアンプ(真空管)」「HYBRID(ハイブリッド)」の3つの再生モードを持ち、聴き比べられる。視覚にもこだわった。VUメーターが表示され、信号の電圧レベルに連動し、針が動く。
qdcは、こう言う。「EMPERORのサウンドは、国を束ねる荘厳なる皇帝をイメージしたエネルギッシュさをコンセプトにチューニングしています。過渡特性を重視した正確でキレのある音と、ダイナミックドライバーを使用したサブベースの程よい余韻が特徴です」
では、実際はどうか。SP3000T CopperはTUBEアンプモード、接続は4.4mmバランスだ。ハイレゾファイルから情家みえ「チーク・トウ・チーク」(192kHz/24ビット)を再生。結論から言うと、音の内在エネルギーをひじょうに強く表現するイヤホンだと、聴いた。本曲はアコースティックベース、ピアノ、ドラムスのトリオの前奏から始まる。ここが曲者。ベースの表現が難しい。低音の安定感、スケール感と対極のエッジ感、スピード感、躍動感とはなかなか相容れない。低音のエッジが立たないと音の進行が鈍く、だらんとしてしまう、今度は低音が出過ぎると、キレが鈍く、もったりとする。音階をちゃんと出そうとすると、スケールない……という具合。
ところがSP3000T Copper+EMPERORは、その両者の質感が同時に、しっかりと存在するではないか。勢いと共に、緻密さを持つ音の核があり、そこから全周に向かって勢いよく濃密な音エネルギーが放射され、飛び散る……というイメージ。まるで爆竹のような爆発感だ。ベースのピッチカートの弾みが、実にリアルに再現されるのだ。
このように時間軸が正確に再現されると、ベースだけでなく山本剛のピアノも、感動的になる。このピアニストならではのアタックの勁さが、生々しく再生され、高音が尖鋭になる。煌めきや輝きがリアルに聴かれ、ベースと同様の意味でエネルギーの爆発感も真に迫る。と同時に、山本のもうひとつの特徴である、叙情感の再現も高い水準だ。音楽の進行に伴う音と音のつながりが緻密で、音の粒子感の細かさは特筆すべきもの。バースの途中では、情家みえとのオブリガード的なやり取りがスリリングだし、曲の真ん中でソロを取る場面では、力感と叙情感が入り交じった、山本でなければ聴けない独得の多面的な味わいが堪能できた。
情家みえの歌がまた、いい。基本的には鮮鋭で、くっきりと描かれるが、決して荒削りや、エッジが立ったり、はっきりくっきりという質感ではなく、この人らしい、柔らかく、しなやかな音の表面の内側に情感がたっぷり詰まっている。艶々していながら、弾力性や切れ味も充分に感じられる。逆に実在感がありながらも情感もメイク・センスしているという言い方もできよう。
微細な粒子で音の核がたっぷりと充満されただけでなく、音の表面のグラデーションがとても細かく、滑らかだ。音場としても透明感が高く、ヴォーカル音像とピアノ、ベース、ドラムスの間の空間感が見晴らしがよい。
まとめると、音源に含まれる多様な価値観が見事なまでに、複線的に聴けた。単に、剛毅でストレートなだけでなく、同時に情緒感、叙情感……という感情的な要素も豊かに表現しているのである。さまざまな方向性を同時にひとつの音源から引き出している。音の多彩なコンセプトの共同作業のようだ。
ではクラシックを聴こう。カール・ベーム指揮/ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団の「モーツァルト:交響曲41番第4楽章」(96kHz/24ビット、TUBEアンプモード、バランス接続)。表現の二元論で言うと「繊細さ」と「力強さ」が、ウェルバランスして聴けた。解像感で言うと、冒頭の「ド-レ-ファ-ミ」のジュピター音形を奏でる部分では、左の第一ヴァイオリン、センターのビオラ、右の低弦という音像配置が確実に描かれ、音場の空気感が濃い。それはスコアで記された音階的な情報と共に、音場的、音像的な情報が生々しく再現されている。剛毅さが同居した実に堂々たる、文字通り「ジュピターのような」雄大な音調だ。
その後のトゥッティでは、まるでスコアの隅々まで見えるほどの解像感。同じ旋律を各パートが時間差で奏でるフーガ形式の本楽章は旋律的、和声的、そして音場的、音像的な解像度が充分でないと、モーツァルトのスコアの再現は難しい。
その点、本コンビネーションは、実に明瞭で、スリリング。複数パートでの旋律線の移動の様子が、たいへん明瞭だ。テーマがしずしずと左の第1ヴァイオリンで始まり、次にビオラと低域のチェロ、コントラバスが加わり、トゥッティになだれ込むというシークエンスでは、各パートが実にクリアーに解像し、直前のメロディと今のメロディが重複しながら同時に調和するフーガの醍醐味が、たっぷりと細部まで堪能できた。
木管のソロも味わい深い。弦楽のテーマの次に、センター奥からフルートソロが登場する。その煌めきも心地好い。倍音まですっきりと伸びている弦楽アンサンブルの中に、鋭いフルートの音が空を舞う。弦楽もフルートも実存感が濃く、さきほどの情家みえの「チーク・トウ・チーク」のインプレッションの「さまざまな方向性を同時に音源から引き出す、音の多彩なコンセプトの共同作業」という喩えが、ここでも当てはまるだろう。
さて、ここまでは、SP3000T CopperはTUBEアンプモード、EMPERORとはバランス接続で聴いていた。では、SP3000T Copperを他の再生モードにしたらどうなのか。
OPアンプモードも、また別の意味で、魅力がたっぷりだ。ひじょうに情報量が多く、切れ味が鋭い。塊感、実存感、存在感を強く感じる音だ。「ジュピター」では一音一音が明瞭に、鮮明に奏され、高弦と低弦の対旋律、弦部と木管の対話……がスリリングだ。低域から高域までレンジが広く、透明感が格別。特に音場の再現に優れていると聴いた。
音の粒子のサイズがひじょうに細かく、音場内部でそれらが緻密に絡み合い、空間に音の情報が重なりあう様がリアルだ。弦の倍音の豊潤さはまさに刮目。空気の透明度が高く、音場をきれいに見渡せ、奥行方向の音像位置も正確なのだ。剛毅で、ハイテンションなサウンドが、高解像度で再生される。
HYBRIDアンプモードは、真空管+オペアンプの混合だが、まさに音調もハイブリッド。つまりどちらの要素も併せ持つ。両者のミックス具合は5段階で調整可能。「5」では真空管的な音が強く、「1」ではオペアンプ的になる。「3」にすると、オペアンプの解像感と真空管の温度感が高い多様な表現性が、いい意味で融合している。質感がグロッシーにして、解像感の高さも充分。オペアンプの明瞭さと真空管の人肌感覚がちょうどうまくミックスされる。鋭角的なシャープさと、ちょうどいい加減の人肌感覚や柔らかい情緒感が融合されるようだ。
これまではSP3000T Copper+EMPERORをさまざまに聴いてきたが、接続はバランスだった。ではアンバランス接続ではどうか(SP3000T Copper はTUBEアンプモード)。これも相当、魅力的だ。基本的にはテイストが違う。
バランス接続は情家みえ「チーク・トウ・チーク」の項目で述べたように、さまざまな価値観が蝟集したような、多角的な鳴り方がするが、アンバランス接続では、もっとストレートだ。この音を聴いてくれ! というばかりに直情径行に勢いよく発音する。
それは、SP3000T CopperのTUBEアンプモードとOPアンプモードの違いによく似る。切れ味がシャープにして、スピードも速い。ディテイルまでの立ち上がり/立ち下がりもスピーディだ。まさにストレートフォワードな音の快速感が堪能できた。
EMPERORの音を聴いてきて、基本的にひじょうに音質力が高く、直接音も間接音も情報量が多いことがよくわかった。ディテイルの表情の細やかさ、透明感の高さ、豊かなソノリティ描写……が、SP3000T Copperのどの再生モードでも得られた。したがって、クラシックでもポップスでもJAZZでもコンテンツの種類を選ばす、その音源のコンセプトに沿ったハイリニアリティな再生が得られよう。
SP3000T Copperとの組み合わせでは、基本的にはアコースティック系はTUBEアンプモード/バランス接続、ハイエナジーな楽曲はOPアンプモード/アンバランス接続がよいだろう。今回は、EMPERORをSP3000T Copperで聴いたが、もちろん、一般的なDAPやヘッドホンアンプでも、ハイエンドな音が享受できよう。