執筆陣
「誰かの不幸の上に、誰かの幸せは成り立っている」というテーマを下敷きにした意欲作。下津監督の長編第一弾『みなに幸あれ』
「こんなアプローチもあるのか!」と頻繁に驚かされると共に、「まさに日本の風土を踏みしめている、この国ならではのホラー作品だ」と感服させられた。同時にカメラ・ワークは洗練されていて、こじゃれていると表現したくなるほどだ。
日本ホラー界の重鎮として知られる清水崇が総合プロデュースを務め、監督は、これが商業映画としてはデビューとなる下津優太が担当(2021年に同名タイトルの短編映画で「第1回日本ホラー映画大賞」の大賞を受賞)。つまり、場数を踏んだ者と気鋭がタッグを組んだわけだ。主演の少女は、昨今、目覚ましい活躍をみせている古川琴音。いち早く彼女に注目し、フィーチャーした制作陣の先見の明もたたえ...
執筆陣
「まばゆいばかりに洗練された未来のおとぎ話」と絶賛。絶望の世界で希望を捨てずに生きる少女の物語『VESPER/ヴェスパー』
世界三大ファンタスティック映画祭の一つである「ブリュッセル国際映画祭」で最高賞(金鴉賞)を受賞。アメリカの雑誌「ヴァラエティ」では「まばゆいばかりに洗練された未来のおとぎ話」と評されたという、いわくつきの一作が1月19日から新宿バルト9ほか全国ロードショーされる。監督と脚本はクリスティーナ・ブオジーテ、ブルーノ・サンペル、ブライアン・クラーク(脚本のみ)。フランス、リトアニア、ベルギーの合作だ。
作品タイトルの“ヴェスパー”はまた、主人公の少女の名前でもある。彼女が住んでいるのは確かに地球ではあるのだが、我々の知る地球ではない。生態系が壊されてしまったのだ。大変な富裕層は安全で豊かな城塞...
執筆陣
NYの移民家族と、その親子の絆を描いたベストセラー小説を映画化。『ニューヨーク・オールド・アパートメント』公開
おしゃれで都会的なニューヨークは、せいぜいマンハッタン5番街、それもセントラル・パークの南側の一部だけではなかろうか、というのが私の考えだ。ほかのエリアは、よく言えば人間臭く、汗や力の量が問われる。主張されたらそれに負けない主張をしなければ押しつぶされ、ようするに弱肉強食という印象だ。この映画はそこ(マンハッタンではなくてブロンクスあたりではないかと思う)に住む、ペルーからの移民家族の物語。母は大衆食堂で働き、息子ふたりは自転車での出前配達に忙しい。自動車に接触されたら、自分たちが悪かったですとばかりに謝り、その場を逃げるように去る。いろいろもめたり、IDの提出を求められたくないのだろう...
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ダライ・ラマ法王とデズモンド・ツツ大主教の対談を中心に構成された貴重な一作『ミッション・ジョイ』
二人のノーベル平和賞受賞者、ダライ・ラマ法王とデズモンド・ツツ大主教の対談を中心に構成された一作。ツツ大主教は21年に亡くなっているので、もうこの対談は実現し得ない。非常に貴重な90分を体験することができる。
私がツツ大主教のことを覚えたのは、多くの音楽ファン同様、マイルス・デイヴィスのアルバム『TUTU』(1986年)を通じてだった。もっともこの作品はアルバム・タイトルが二転三転して最終的に『TUTU』になっており、マイルスがどのくらい大主教のことを知っていたか、関心を寄せていたかには不明なところもあるのだが、とにかくツツという名はこれで大いに広まったはずだ。アパルトヘイトの撤廃に尽力...
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タランティーノの監督第1作が、初公開から30数年を経て、デジタル・リマスター版でリバイバル上映
クエンティン・タランティーノの監督第1作にして、出世作となった古典『レザボア・ドッグス』がデジタル・リマスターのうえ、1月5日(金)から新宿ピカデリーほかにて劇場公開されることになった。
ジョーという男がリーダーとなって集めた、互いの素性を知らない6人の男たちを中心とする物語。彼らには「宝石店強盗」という目的があり、それに際して大いに気持ちを合わせる必要があった。だが、緻密に計画し、意気込んだはずだったのに、結果は思い通りにならず。命からがら集合場所に戻ってきた各人は、疑心暗鬼のかたまりと化していた。仲間割れだ。ここから始まる、残酷であると同時に、深いペーソスを感じさせる、一種の「処刑」...
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母・娘・漁師・巨大魚のあいだの「信頼」に心を打たれる力作『ブルーバック あの海を見ていた』
作家ジェイン・ハーパーのベストセラー小説(1997年出版)を原作とした、クライム・サスペンス作品『渇きと偽り』で知られるロバート・コノリー監督が手掛けた一作。この作品を映画化することは、彼の長年の念願だったとのことだ。
主人公は、海洋生物学者のアビー。環境活動家だった母が脳卒中で倒れたとの知らせを受けて、西オーストラリアの海辺の町にある実家に戻る。母の症状は幸いにも軽かったとはいえ、言葉を発することができなくなっていた。そこから「無言の母」と、「これまでのことに思いをはせるアビー」の日々が始まる。
母と共に過ごした時代のこと、環境破壊のこと、そして物語中で重要な役割を果たす青い巨大魚「ブ...
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一家を襲う壮絶な悪夢。それは「自業自得」だったのか、それとも――。『NOCEBO/ノセボ』公開
「ノセボ(効果)」は、「プラシーボ(効果)」の反対語だ。つまり、暗示が悪いほうに働く。
主人公は、今をときめくファッションデザイナーのクリスティーン。アイルランドのダブリンで、夫・娘と恵まれた暮らしを送っている。現場では多くの労働者が過酷な条件で働いているが、うわずみをすくって華やかな毎日を送っているのは、クリスティーンである。が、ダニに寄生されたことをきっかけに彼女の体調不良が始まり、人生に影が増してゆく。そうしたとき、ダイアナと名乗るフィリピン人の乳母が「あなたから要望があったので」という感じでクリスティーンを尋ねてきた。そんな案件、私は頼んだろうか? と一瞬けげんに感じたが、体調が...
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全米で2週連続No.1ヒット! 独裁者「スノー」のルーツに迫る必見の長編『ハンガー・ゲーム0』
『ハンガー・ゲーム』シリーズの第5弾にして最新作。それだけで胸が高鳴るファンも多いことだろう。ハンガー・ゲームとは、国家パネムの首都キャピトルに反乱を起こした12の地区を戒めるための催しで、毎年各地区から少年少女が1名ずつ選ばれ、最後の1人になるまで殺しあう。パネムは長年、老獪なスノー大統領によって支配されており、いうまでもなく、彼は独裁者だ。
そこでこの『ハンガー・ゲーム0』(原題;The Hunger Games:The Ballad of Songbirds & amp;Snakes)なのだが、私が勝手に副題をつけるなら「スノー青年、汚れへの道程」ということになる。誰だっていきなり...
執筆陣
多民族の街、ロンドンを舞台にした現代感覚あふれるラブストーリー『きっと、それは愛じゃない』
原題は『What's Love Got to Do with It?』。この文字列を見ただけで私の頭の中には、今年亡くなった歌手ティナ・ターナーの大ヒット曲で、マイルス・デイヴィスも演奏した「What's Love Got to Do with It」が鳴り始めてしまう。What'sはWhatとhasを一緒にした言葉であろうが、無理に日本語化すると「愛とそれとは何の関係があるの(=愛とそれとは関係ないだろう)」という感じか。が、もっとすっきりする日本語が、この映画にあった。『きっと、それは愛じゃない』(原題: What's Love Got to Do with It?)である。
12月...
執筆陣
妻が「連続殺人鬼の属性を持つ哲学ゾンビ」になってしまった。それでも夫は愛を貫けるのか? 『物体 -妻が哲学ゾンビになった-』
人を不安な気分にさせ、襲い、食い殺してしまうのが、ゾンビというものであろう。が、「哲学ゾンビ」は違う。共同生活もできる。だが、内面がすっかり失われてしまう。脳を失ってしまうので、自分で考えたり行動することができなくなり、そこにいる人間をまるまるコピーしたような口調で、オウム返しにしゃべる。どの人生の「属性」を継承するかが大切で、おだやかな、いい人間の「属性」を継承すれば、まあ、どうにかなりそうなのだとしても……。
そこでこの映画なのだが、「哲学ゾンビ」になってしまった妻を持つ男の物語だ。しかもその属性が、よりにもよって「連続殺人鬼」のそれなのだ。つまりこの男は「連続殺人鬼」の魂を持ってし...
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こんなに不気味な「食事風景」があっただろうか! ひたひたと恐怖がやってくる話題のホラー作品『ファミリー・ディナー』
光量を落としたような画面作り、妙にガランとした部屋の風景、きわめて言葉数を抑えているであろうセリフ。観始めの頃は「シンプルだなあ」と、きわめて淡々とした気持ちであったが、物語が進むにつれて、それらがすべて「恐怖」のファクターだった、ということに、少なくとも私には感じられてきた。レス・イズ・モアを実践した、アコースティックでオーガニックなホラー作品という印象である。
主人公となるのは、かなりふくよかな体形をしている少女・シミー。体重を減らしたい彼女は、料理研究家で栄養士の叔母のもとを訪れる。ひょっとしたら「野菜を多めの規則正しい食生活にして、運動して……」ぐらいのことを言われるのだろうとシ...
執筆陣
欲望、摩擦、齟齬、その先にあるものとは……。劇作家、八木橋努が「人間の業」のようなものを描く『他人と一緒に住むという事』
ペーソスのかたまりと呼びたくなる一作だ。監督・脚本・編集は団体「俺は見た」の八木橋努が務める。演劇として評判を集めていた作品の、待望の映画化。「さまざまな人々が共生する日本での公開にあたって、英語字幕付きで上映する」という対応も、ひじょうに良心的だ。
登場人物は、とにかく人間臭い。「きついなあ」「ずるいなあ」「欲深すぎじゃないの」というような態度や口調をするキャラクターもいる。が、ふりかえって自分はどうか?と 考えたときに、あながち1パーセントも彼らと相反するところがないとはいえないから、必然的に内省して、むずがゆくなる。そして「俺だって、きつくあたるところはあるし、ずるいところし、慾の...