執筆陣
極秘文書を一刻も早く奪うのだ! 人間模様うずまくサスペンス『対外秘』
1992年の釜山を舞台にした物語。よってアイフォンなどは出てこないし、テレビはブラウン管。だが描かれている物事は今もどこかの国において現在形で行われているのではないか、そんな生々しい濁りがある。
主人公のヘウンは“クリーンな政治家”として地元でも人気があり、党の公認候補も約束されている。そこで、国会議員選挙への出馬を画策するのだが、そこに横やりを入れてきたのがスンテという年上の男だ。スンテは国を動かすこともできる黒幕であり、そのパワーを知っているヘウンは自分より遥かに年上である彼に礼は欠かさなかったつもりだ。それなのに、なんだというのだ。どうして公認候補を俺から、急に、どこの馬の骨かわか...
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フランスで大ヒットした"突然変異"のアニマライズ・スリラーが日本上陸。『動物界』
2023年、フランスのアカデミー賞と呼ばれるセザール賞で12部門にノミネート。観客動員100万人越えの大ヒットとなったという一作が11月8日より全国公開される。
舞台は近未来の地球。人間の世界で、徐々に身体が動物と化していく病が蔓延していた。「猫になって一日中ひなたぼっこしていたいニャー」とか「空を飛ぶ小鳥のように自由に生きたいピヨー」というようなお気楽なものでは全くない。自分の体が日に日に動物化していくのだ、発する言葉も徐々に「言葉」から「鳴き声」になっていくのだ。そしてその対象となる“動物”を、おそらく自分の意志では選ぶことができない。原因不明の突然変異である。動物化したからといって...
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あの男にもスランプの時期があった。「転機」の1957年を描くドラマティックな力作『フェラーリ』
ジェームズ・マンゴールド監督『フォードvsフェラーリ』は1966年の物語だったが、こちらのマイケル・マン監督作品は1957年に的を絞っている。この57年、自動車メーカー「フェラーリ」も創立者エンツォ・フェラーリもスランプにあった。経営は悪化し、息子の死もあってかエンツォと妻の関係は冷え冷えとしたものになり、愛人との関係は悪くなかったものの、彼女との間に生まれた男児の認知はかなわない。そのなかでイタリア1000マイルを走るロードレース“ミッレミリア”(この年の開催が最後となった)に取り組んでいく、エンツォの姿が描かれる。
私の強い関心は「1957年当時のロードレースとは、どんなものか」にあ...
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アンソニー・ホプキンス主演。チェコの子供たちをナチスから救った「愛と勇気の男」を描く『ONE LIFE 奇跡が繋いだ6000の命』
「君は人のために死ねるか」という歌があったが、この映画で描かれているのはさしずめ「命がけで人の命を救った人物の一生」だ。主人公は、ドイツ系ユダヤ人二世として英国に生まれたニコラス・ウィントン。第二次世界大戦直前、ナチズムから逃れるためにチェコ・プラハにやってきた大量のユダヤ人難民が、悲惨そのものの毎日を送っているところを彼は見た。そこで考えたのは、子供を列車に乗せて、イギリスに避難させること。なぜポーランドに赴いたのか、活動家とどんなコネクションを持っていたのかも映画本編に描かれているが、とにかく、彼とその仲間たちは、一大プロジェクトを遂行した。イギリスの偉い人への説得、パスポートの発給...
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なんと壮絶な人生――――「河合優実」主演の、実話を基にした重厚な一作『あんのこと』
2020年の日本で起きた実話をもとにした作品であるという。「男性関係にだらしなく、働かず、酒浸りで、日常的に怒鳴りつけ、暴力をふるう母親」の許で「体を売って家計を助けること」を命ぜられ、「あげくのはてに薬物依存にもなってしまった」杏という少女の、それでも捨てられなかった一条の希望の光と、諦念の末に訪れてしまった「吹っ切れ」を、観る者が深く感じるための一作といえようか。が、母は決して「将来、この子に売春をさせよう」と思って杏を産んだわけではないだろうし、杏も小さい頃はそれなりに愛されて育ったに違いないのだ。というのは、彼女にはなんともいえない品の良さ、他者を思いやる気持ちがあるからで、生ま...
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人生をかけて戦え! プロレス一家「エリック・ファミリー」の日々を、次男ケビンの視点で映画化した『アイアンクロー』
プロレスが絡む映画というだけで嬉しくなってくるが、しかも内容が「エリック一家」の実話に基づくドラマなのだから、興奮が倍増する。父親は、ジャイアント馬場などと死闘を演じた“鉄の爪”フリッツ・フォン・エリック。相手のこめかみを巨大な握力で掴んで脳波を狂わせるという技「アイアンクロー」で歴史に名を残す人物だ。対エリック戦の決まった馬場が、エリックにアイアンクローをかけられても耐えられるように、どこかの砂漠に埋まって横になり、顔の上をジープで轢かせながら頭蓋骨を鍛える――という描写が確か「ジャイアント台風」というマンガに出てきた。
そのエリックには子供たちがいて、次男のケビン、三男のデビッド、四...
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投資になじみのない方でも心配無用。すこぶる痛快なアメリカン・エンタテインメント作品『ダム・マネー ウォール街を狙え!』
何度も「へえー」と心の声をあげながら見た。
コロナ禍真っ只中の2021年初頭に、アメリカの金融マーケットで実際に発生した”ゲームストップ株騒動”(ゲームソフトの小売り企業である同社の株を集中的に買い、空売りしていたヘッジファンドに損害を与えた)を脚色した映画であるという。主役はアメリカの、主に地方都市に住む若手の投資家たちだ。彼らが、遠くニューヨーク・マンハッタンにあるウォール街を跋扈するエリートたちに一矢を報いる、そんな気持ちよさがある。
SNSを駆使しながら、その場所にいながらにして、投資していく。その姿はまるで呼吸するかのようにナチュラルだが、いっぽうで、興じているスポーツが勢いづ...
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多民族の街、ロンドンを舞台にした現代感覚あふれるラブストーリー『きっと、それは愛じゃない』
原題は『What's Love Got to Do with It?』。この文字列を見ただけで私の頭の中には、今年亡くなった歌手ティナ・ターナーの大ヒット曲で、マイルス・デイヴィスも演奏した「What's Love Got to Do with It」が鳴り始めてしまう。What'sはWhatとhasを一緒にした言葉であろうが、無理に日本語化すると「愛とそれとは何の関係があるの(=愛とそれとは関係ないだろう)」という感じか。が、もっとすっきりする日本語が、この映画にあった。『きっと、それは愛じゃない』(原題: What's Love Got to Do with It?)である。
12月...