執筆陣
こんなに不気味な「食事風景」があっただろうか! ひたひたと恐怖がやってくる話題のホラー作品『ファミリー・ディナー』
光量を落としたような画面作り、妙にガランとした部屋の風景、きわめて言葉数を抑えているであろうセリフ。観始めの頃は「シンプルだなあ」と、きわめて淡々とした気持ちであったが、物語が進むにつれて、それらがすべて「恐怖」のファクターだった、ということに、少なくとも私には感じられてきた。レス・イズ・モアを実践した、アコースティックでオーガニックなホラー作品という印象である。
主人公となるのは、かなりふくよかな体形をしている少女・シミー。体重を減らしたい彼女は、料理研究家で栄養士の叔母のもとを訪れる。ひょっとしたら「野菜を多めの規則正しい食生活にして、運動して……」ぐらいのことを言われるのだろうとシ...
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欲望、摩擦、齟齬、その先にあるものとは……。劇作家、八木橋努が「人間の業」のようなものを描く『他人と一緒に住むという事』
ペーソスのかたまりと呼びたくなる一作だ。監督・脚本・編集は団体「俺は見た」の八木橋努が務める。演劇として評判を集めていた作品の、待望の映画化。「さまざまな人々が共生する日本での公開にあたって、英語字幕付きで上映する」という対応も、ひじょうに良心的だ。
登場人物は、とにかく人間臭い。「きついなあ」「ずるいなあ」「欲深すぎじゃないの」というような態度や口調をするキャラクターもいる。が、ふりかえって自分はどうか?と 考えたときに、あながち1パーセントも彼らと相反するところがないとはいえないから、必然的に内省して、むずがゆくなる。そして「俺だって、きつくあたるところはあるし、ずるいところし、慾の...
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色合いや音楽も魅力。ブラジルの鬼才アニメ監督がおくる、渾身の力作『ペルリンプスと秘密の森』
鮮やかな色合い、比喩に富む言葉遣い、ここぞというところで飛び出す印象的な音楽。第88回アカデミー賞長編アニメーション賞にノミネートされた『父を探して』の監督であるブラジルの才人アレ・アブレウの最新作、『ペルリンプスと秘密の森』が12月1日からYEBISU GARDEN CINEMAで公開される。
主人公の名はクラエとプルーオ。敵対する「太陽」と「月」の王国の、それぞれ秘密エージェントだ。これが、いうなればA)。ではB)が何に相当するのかというと、巨人に存在を脅かされている「魔法の森」である。敵対するA)二者に課せられた仕事は、偶然にもB)を救うこと。そのためにはC)「ペルリンプス」を探さ...
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スカーレット・ヨハンソンの出世作が22年ぶりに全国公開。音楽ファンにも訴える大ヒット映画『ゴーストワールド』
これは嬉しいリバイバル上映だ。2001年に公開されて大ヒットした『ゴーストワールド』が、22年ぶりに全国ロードショーされる。当時最新の施設だったはずのレンタルビデオ店が妙に懐かしく感じられたり、当時は時代遅れの産物と考えられていたであろうレコード(しかも78回転!)を集めるマニア連中が妙にかっこよく見えたり、いまの空気のなかで観返すと、また印象が変わってくる。
物語の舞台は1990年代のアメリカ。VHSとCDが猛烈に普及を始めていた頃と考えていいだろう。幼なじみのイーニド(ソーラ・バーチ)とレベッカ(スカーレット・ヨハンソン)は、高校はどうにか卒業したものの、とくに今後に対する明確なヴィ...
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南部ニューオリンズを舞台にした、あまりにも幻想的でデカダンな物語。謎の女性<モナ・リザ>の行く末は?
奇想天外と断言したくなる物語なのに、妙なリアリティがある。スケールの大きな物語だが、人間の持つバイタリティが通奏低音の役割を果たしているように思えた。
主人公となるアジア系女性、その名も〈モナ・リザ〉は、12年もの間、精神病院で毎日を過ごしていた。が、赤い満月に照らされた夜、突如として特殊能力に目覚め、ニューオリンズにたどり着く。アメリカ南部の港町、アフリカ系文化とフランス系文化の「るつぼ」のような土地で、彼女は文字通りの「魔女」となって、ときに新しい仲間と連れ立ちながら、異様なパワーを発揮する。警官とのやりとりには「エクストリームな追いかけっこ」的な趣があり、少年となんとも味わい深い愛...
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映画に夢を見た二人の男が、「愛した女」について語り合う。あまりにも繊細で、ビタースウィートな人生物語『花腐し』
ウェットな空気が画面から直接こちらに吹いてくるようだ。1970年代から第一線に立つ重鎮脚本家・荒井晴彦の最新監督作品。松浦寿輝の第123回芥川賞受賞の同名小説を原作にしつつ、「秋風の吹くピンク映画界」というモチーフを加えた。
とある古アパートに住む栩谷(綾野剛)は確かに映画監督だが、ここ5年のあいだ作品を作れていない。伊関(柄本佑)は、かつて脚本家志望だったが、今は不動産屋で働いている。伊関が立ち退きを求めに栩谷の部屋を訪れたところ、そこに生まれたのはなんとも不思議なヴァイブレーション。共通項に「映画づくり」があることがわかるとさらに、会って話す時間が増え、立ち退きへの説得はおざなりにな...
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愛する人をテロで失い、日常が一転。8年前の実話を基にした話題作『ぼくは君たちを憎まないことにした』
自分の家族やパートナーがテロの犠牲になってしまったら? 考えるだけでも気分が落ち込んでいくけれど、世の中の何割かの人々は、これを経験している。この映画は、妻が2015年のパリ同時多発テロの犠牲になったジャーナリスト、アントワーヌ・レリスの実話をもとにしている。
自分、妻、息子の3人で穏やかな日々を過ごしていたアントワーヌだが、ある夜、人気イベントに行く妻を送り出す。妻は友人と一緒に満面の笑顔で道路を渡った。数時間後には笑顔で戻ってきて、そのイベントの話をしてくれるだろうとアントワーヌは思ったはずだが、次に彼の耳に入ってきたのは、そのイベント会場でテロが行われたという情報だった。妻の携帯は...
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映画『太陽がいっぱい』の原作者であるパトリシアの作風、人となりに迫るドキュメンタリー映画『パトリシア・ハイスミスに恋して』
アラン・ドロン主演のヒット映画『太陽がいっぱい』は知っていたものの、その原作者であるパトリシア・ハイスミスについて考えたことはなかった。ゆえにこの作品は発見の連続だ。1950年代のニューヨーク(おそらくグリニッチ・ヴィレッジ地区だろう)が、いかに彼女の感性に刺激を与えたかもわかる。
パトリシア(1921~95)は、アメリカ・テキサス州に生まれた。トルーマン・カポーティに文才を認められ、数々の作品を発表、『太陽がいっぱい』や『見知らぬ乗客』といった映画の原作になったものも少なくない。ほか、この映画では、彼女の代名詞的な長編「トム・リプリー・シリーズ」についての言及もたっぷりだ。また、偽名で...
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1941年12月上旬の魔都・上海。あの「奇襲」直後までのスリリングな1週間を描く『サタデー・フィクション』
すこぶるスリリングな作品だ。物語中に描かれているのは1941年12月1日から7日にかけての“魔都”上海。これだけで「ワクワク感」が増す識者も多いことだろう。日米開戦(アメリカに耐えかねた日本側からの奇襲--ただしアメリカには既に筒抜けだったという)は日本目線では「12月8日早朝」なのだろうが、これは時差の関係でそうなっているだけで、世界的には「7日」のほうが、通りがいい。この「奇襲」に至るまでの日々の、上海における虚々実々が、実にスリリングに展開されてゆく。日本語・中国語・フランス語・中国語が飛び交い、モノクロによるスタイリッシュな画面、時おり登場する小編成バンドのジャズ演奏も効果をあげ...
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ビデオテープに映り込んだ謎の姿は誰なんだ? フェイク・ドキュメンタリーの新傑作が上陸『トンソン荘事件の記録』
現実と虚構の間をゆらめくような描写に惹かれる。ざらざらした質感を持つビデオテープ映像の挿入、取材パートにおけるいささかぎこちない画面編集のつぎはぎやインタビュイーの口調や目線の硬さも印象に残る。が、これらは「現在を生きる映画のプロたち」が、「90年代に起きた事件の核に迫るドキュメンタリー映像を制作するというテイの作品」を作り込むにあたって、確信犯的に取り組んだパーツの数々なのである。
大きなテーマとなるのは、1992年に釜山の旅館「トンソン荘」で起きたむごたらしい殺人。アルバイトの男が部屋に恋人を連れ込んで殺害、しかもその一部始終を映像に記録するという展開は、いかにも、ビデオ収録が俄然、...
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大ヒットドラマ「おいしい給食」がseason3になって戻ってきた。ヒロイン「大原優乃」は、「全力で取り組んだ愛先生に注目してほしい」
市原隼人主演の大ヒットシリーズ、「おいしい給食」のseason3が10月より順次放映開始となった。
市原演じる中学校教師・甘利田幸男は、何よりも給食を愛する男。season1では「給食は、なぜおいしいのか」というテーマに会食経験の大切さを説き、season2では「給食と健康食」をテーマに、おいしく食べてこそ健康に繋がると述べた。そしてseason3では、「給食の完食主義」をテーマに、強制されないと人は成長しないと信じて疑わなかった時代に対するアンチテーゼを描く。
このseason3は、北海道の函館市でロケを敢行。北の地オリジナルの献立や食材に囲まれて、甘利田幸男の新たなる給食道が始まる。...
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生誕125年を迎える伝説的建築家/デザイナーの、愛と創造の根底に迫るドキュメンタリー『アアルト』
いきなり自らの不明を告白してしまうが、アルヴァ・アアルトの名をここで初めて知った。映画鑑賞イコール「知を得ること」だと思っている私には、もう、これだけでも大きな収穫なのだが、彼の建築やデザインがまた、なんともクールでかっこいい。落ち着いた色合い、思いっきり背伸びしたくなるほど高い天井、いっぱいに広げられた窓枠。我々が住んでいる惑星の空が持っている広さと奥行きに深いリスペクトを捧げながらの名建築群であったのだろうなと、なんだかしみじみしてしまった。そして頭の中に、やはりフィンランド出身のドラム奏者エドワード・ヴェサラや、サックス奏者ユハニ・アールトネンの音楽が湧き出したのだった。
監督を務...