アナログレコードの楽しみとして、音楽ジャンルに合わせてカートリッジを交換するという方法が広く使われています。そんな中で近年話題になっているのが光カートリッジです。StereoSound ONLINEでお馴染みの山本浩司さんも光カートリッジに注目しているひとり。今回はそんな山本さんと一緒に、光カートリッジ用フォノイコライザーを発売している「DVAS」と「UESUGI」の試聴室にお邪魔し、光カートリッジのどこに魅力を感じているのかを深堀りしていきます。(StereoSound ONLINE編集部)
●参加メンバー:藤原伸夫さん、桑原光孝さん、山本浩司さん
光カートリッジの原理とMM/MCカートリッジとの違い
光カートリッジとは、従来のMM/MC型とは異なる検出原理を用いたカートリッジを指す。いずれもレコード針を通して音溝を読み取るのは同じだが、通常のMM/MCカートリッジは磁界の中でマグネット(またはコイル)が振動することで音楽信号を検出するのに対し、光カートリッジは、LEDとPD(太陽電池)を使い、影の変化(明るさの変化)を捉えることで音楽信号を検出している。
MM/MCカートリッジは磁界を切ることで発電する為、マグネット(またはコイル)が動く際に必ず磁気抵抗が発生してしまうが、光カートリッジは明るさの変化(影の動き)を検出しているだけなので、振動系が動く際の磁気抵抗が一切発生しない。そのため振動系にかかる負荷が少なく、針先がスムースに動くことができるのが、原理的なメリットとなる。
またMM/MCカートリッジは音楽信号を検出する為にマグネットまたはコアとコイルを動かさなければならないが、光カートリッジの場合は100ミクロン厚の薄い遮光板を動かすだけなので、実効質量がきわめて軽いというメリットも備えている。
●今回試聴した光カートリッジ:DS Audio
DS-003カートリッジ ¥225,000(税別)
●発電方式:光電型●チャンネルセパレーション:27dB以上●質量:7.7g
●出力電圧:70mV(カートリッジ出力)●カンチレバー;アルミニウム
●ボディ素材:アルミニウム削り出し●カンチホルダー素材:ステンレス
●針圧:2.0g〜2.2g(適正2.1g)●針先:ラインコンタクト針
Grand Masterカートリッジ ¥1,200,000(税別)
●発電方式:光電型●チャンネルセパレーション:27dB●質量:7.7g
●出力電圧:70mV(カートリッジ出力)●カンチレバー:ダイヤモンド
●ボディ素材:超々ジュラルミン●カンチホルダー素材:ステンレス
●針圧:2.0g〜2.2g(2.1g推奨)●針先:マイクロリッジ針
2022年創業のハイエンドオーディオ工房「DVAS(ディーヴァス)」を主宰する桑原光孝さんは、ぼくの二十数年来のオーディオ仲間。これまで何度もお互いの家を訪問し、音を聴かせ合って、あーだのこーだと言い合ってきた仲だ。
そのDVASのデビュー作が光電式カートリッジ(以下光カートリッジ)専用フォノイコライザーアンプ(以下フォノアンプ)の「Model1」。
「ヤマモトさんも早く光カートリッジやってよ。Model1、ヤマモトさんの部屋で聴いてほしいんだよ」と桑原さんに言われていたのだが、フォノアンプのデジタル化以外ほぼすべてのヴァージョンアップ・パーツを組み込んだ自室のリン「KLIMAX LP12」(カートリッジはMC型のCANDID)の音にまったく不満がなく、「そのうちにね」などとことばを濁していた。
ぼくの周りのオーディオマニアで、光カートリッジを導入する仲間が少しずつ増えていたし、ぼく自身ステレオサウンド誌でDSオーディオ「DS-W3」のレビュー記事を書いて、その魅力を自分なりにつかんではいた。ま、それでも自室で鳴っているアナログ・サウンドをすぐに凌駕するとも思えず、ノンキに構えていたのである。
そして昨年12月、埼玉県深谷市にある桑原邸を訪ね、Model1のマーク2モデルである「Model1B」を聴かせてもらって、ぼくは大きな衝撃を受けることになる。桑原さんがお使いのアナログプレーヤーは2アーム構成のリード「Muse3C」で、その一方のトーンアーム(Reed 5A)にDSオーディオのDS-W3が、もう一方に定評のあるMC型カートリッジが取り付けられていた。
で、同じレコードで両カートリッジの音を聴き比べたのだが、Model1BにつながれたDS-W3の目の覚めるような峻烈なサウンドに一発でノックアウトされちまったのだ。比べるとMC型は音がトロくて鈍く、全然スウィングしないのである。う〜む…。
光カートリッジ専用に性能を磨き上げたフォノアンプの凄みを思い知ることになったわけだが、そういえば、UESUGIからも光専用管球式フォノアンプが発売されたよな、まだ聴いていないけど。そうだ、DVAS、UESUGI両社の設計者が互いのリスニングルームを訪ね合って、それぞれの製品、光専用フォノアンプを聴き比べる記事って面白いんじゃ? とワタクシふと思いついたわけであります。
上杉研究所代表で設計者の藤原伸夫さんともぼくは古い仲。彼が日本ビクターに在籍していた頃からだから、かれこれ30年なのだが、藤原さんのリスニングルームを訪ねたことはなく、ぜひ一度その音を聴かせてもらおうと以前から考えていた。
というのも、ステレオサウンド誌173号の菅野沖彦先生が藤原さんの部屋を訪ねた記事を読んで、ぼくは強い感銘を受けていたのだ。とくに「設計者がオーディオマニアを演じてはいけない」「使い手の愛情に設計者の情熱が負けるわけにはいかない」という藤原さんの発言には心底シビれた。桑原さんも同じ思いでこの記事を読んだという。
ぼくの知っているオーディオ・エンジニアで、自宅で熱心にオーディオに取り組んでいる人ってじつは少ない。桑原さん、藤原さんは貴重な例外だったりするのだ。てなわけでこの企画、Stereo Sound ONLINEからゴーサインが出て、取材が敢行されることになったのだった。はい、長いイントロの終りです。
●光カートリッジ専用フォノアンプ:UESUGI U・BROS-220DSR ¥968,000(税込)
SPECIFICATION
●形式:光カートリッジ専用フォノアンプ
●接続端子:光カートリッジ専用フォノ入力3系統(RCA×2、XLR)、アナログ出力2系統(RCA、XLR)、光電源出力1系統(mini XLR)
●電流電圧変換インピーダンス:140KΩ
●電圧利得:23dB(従来基準準拠)
●再生イコライザーカーブ:NAB、ffrr、RIAA、Columbia/LP、AES
●寸法/質量:W435×H146×D365mm/15.2kg
MM/MC型に加えて光カートリッジに対応した「U・BROS-220R」に加え、光カートリッジの発電特性を吟味し、その特徴を最大限に引き出す回路構成と新機能を新たに開発、搭載することで大幅な音質向上に結び付けた光カートリッジ専用フォノアンプ。
業界初の高精度なインサイドフォースキャンセルの調整機能や、XLR端子を用いた4端子(ケルビン)接続法により信号基準線と光源LED用直流電流を分離する仕様も搭載した(株式会社デジタルストリームと共同で策定した規格に準拠)。専用のフォノケーブルも用意している。
2月にしては暖かい、きれいに晴れ上がった建国記念日の午後、桑原さん、Stereo Sound ONLINEスタッフとともに小田急線沿線、横浜市にある藤原邸に乗り込んだ。全員初めての訪問だ。
リスニングルームは25年前、45歳のときに母屋の裏庭に建てたというオーディオ専用ハウスだった。広さは約18帖、天井はいちばん高いところで3m60cmという船底天井である。フラッターエコー対策のための形状だろう。壁には珪藻土が塗られている。機械だらけの部屋だが、そこかしこに藤原さんのインテリア・センスの良さが光る落ち着いた空間だ。
リスニングチェア正面に鎮座するのが、藤原さんが長年調整を繰り返してきたメインスピーカー。ヒノオーディオ製エンクロージャーにアルテックの38cmウーファー416-8Bが2発装填され、その上にオンケン製OM455コンプレッションドライバー+SC500ウッドホーン、OS500Tホーントゥイーターが載せられている。ホーンがぐんと前方にせり出しているが、これは各ユニット間のタイムアライメントを厳密に調整した結果だろう。
そのほか、両サイドの壁に2組のスピーカーが設置されている。リスニングチェアの左側がマッキントッシュ「XRT20」、右側がクォード「ESL63Pro」だ。そう、オーディオマニアにとって、まさに夢のような空間なのである。
藤原さんは、このオリジナル3ウェイ・システムのメインスピーカーをマルチアンプ駆動している。自作のチャンネルデバイダーで帯域分割(クロスオーバー周波数は600Hz/7KHz。−18dB/oct)、藤原さんが日本ビクター在籍時に設計した超ド級モノーラル・パワーアンプ「ME1000」(83kg!)×6でドライブしているのである。
アナログプレーヤーは威容を誇るEMT「927Ast」、このプレーヤーにDSオーディオ DS-003が取り付けられている。藤原さんは「<世界は自分中心に回っている>って思っている傲岸不遜な人いるけど、この部屋はEMT927中心に回っています(笑)」という。また、レコードプレーヤーはもう1台あり、それがトーレンス「Prestige」で、これにはDSオーディオ「GRAND MASTER」が。まあなんとも凄いアナログ2台態勢だ。
藤原さんは言う。「EMT927は、昔から欲しくてたまらなかったんです。亡くなった山中敬三先生の家で聴かせてもらって大感激したことがあって。ビクターで早期退職の募集があって、ぼくはすぐに手を上げた。というのも早期なら割増退職金が出て、それで927が買えるナと思ったからなの」う〜む、藤原さん漢(オトコ)や!
プリアンプはUESUGI「U・BROS-280R」、フォノアンプはもちろん光専用の「U・BROS-220DSR」だ。では、なぜ光専用フォノアンプを設計したのか、その理由を聞いてみよう。
「惚れこんでいる光カートリッジの可能性を徹底的に追及してみたい。理由はそれしかありません!」
マーケティング発想ではこんな製品やりませんよね。そんなに売れるとは思わないもの(笑)。
「ですね(笑)。電磁型(MC/MM)と光両方のフォノイコライザーを組み込んだU・BROS-220Rという製品を先に発売したのですが、管球式で兼用型をやると、構造的に増幅回路を兼用しなければならないという妥協が生じて、これは専用機をやるしかないと」
光カートリッジの魅力を端的に言うと?
「マスターテープにいちばん近い音が出せること。というか、かつてビクター青山スタジオで聴かせてもらった録音前のコンソールアウトを彷彿させる音が出せる、ぼくはそう信じています。DSオーディオの光カートリッジの出現で、100万円を超えるMCカートリッジの存在意義はなくなったと思うね。
光専用機のメリットは切替え回路が不必要で、しかも光に集中した回路設計ができる。光電型は電磁型と異なる発電原理で、イコライザーもほぼフラットに近い。フォノアンプで兼用するのは無理があるわけです。光カートリッジは電磁型と違ってコイルが必要なく、実効質量が10分の1で済むメリットも大きい。
クルマに喩えれば内燃機関のないEV(電気自動車)みたいなものかもしれないね。動力源がレシプロ・エンジンかモーターかの違い。クイックレスポンスでトルクは充分ある。音を聴いてみるとピーキーじゃなくてフラットで。分解能がめちゃ高くて合唱とかまったく混濁感がない。電磁型は総じて高音がやかましいんですよね」
個人的には最後の発言には異を唱えたいが、ま、いずれにしろ藤原さんがとことん光カートリッジに惚れ込んでいるのはよくわかった。
「1970年代の光カートリッジは光源にランプを使っていて、その発熱でダンパーのゴムが傷んだりしたし、発電素子のノイズレベルも高かった。だからとてもじゃないけど、当時は光カートリッジをやろうとは思わなかったんです。LEDを用いて光カートリッジを甦らせたデジタルストリーム社はエラいと思いますよ」
ということで、EMT927Astに取り付けられたDS-003とU・BROS-220DSRコンビの音を聴かせてもらおう。まず、藤原さんが選んだ3枚のレコードを。ジャズのビッグバンドの演奏を収めたオムニバス盤からグレン・ミラー楽団の演奏、グールドの『バッハ:ゴールドベルク変奏曲』、ウィリー・ネルソンの「スターダスト」の3曲だ。
そのあと桑原さん持参の『谷村新司:JADE』より「JADE」「RESISTANCE〜ピアニストは撃たないで」の2曲。そしてテレサ・テンが中国語で歌う「再見我的愛人(Good Bye My Love)」を。ぼくが持って行ったのは、エリントン楽団をビリー・ストレイホーンが指揮し、ジョニー・ホッジズがアルト・ソロを吹いた1961年盤。このアルバムから「Don’t get around much anymore」を聴かせてもらった。
無言で聴き入るぼくと桑原さんとONLINEスタッフ……。
しばしの沈黙の後、桑原さんが口を開いた。
「すばらしいですね。高分解能で鮮度の高い音なんだけど、温かくて力強い。全部良かったですけど、1950〜60年代録音の凄さに改めて感服しました。オーバーダブなしの1発録りの緊張感が伝わってきて、録音現場の空気感もよく伝わってきますね。この音、究極のハイレゾって言ってもいいかも」
同感、御意! 再生音量は驚くほどでかいけれど、まったくうるさくない。ハイレベル方向のリニアリティが完璧で、音量に応じて音楽のエネルギーが正しく上昇していく。そんな実感が得られる闊達なサウンドだ。
一見マジメそうな藤原さんが(付き合ううちにそうでもないとわかるが……)、こんなイケイケのワイルドな蛇口全開サウンドを出しているなんて、このリスニングルームを訪れた誰もが驚くだろう。ドライバーユニットこそ見た目古色蒼然としているが、めちゃくちゃフレッシュなサウンド。どこにも古くささはない。
藤原さん、凄いっす…。
「二人とも褒めるの上手すぎるよ、照れちゃうね。光カートリッジって鮮度が高いというよりも本来あるべき細かな音を引き出してくれる、そんな感じじゃないですかね。音楽の再生限界を感じさせないんだよ。音を描くカンバスが俄然大きくなった感じ。技術屋をインスパイアする汲めども尽きぬ魅力がありますね。
それからアナログレコードの再生って人間の感覚に寄り添うような音に変換してくれるサムシングがあるのかも、とも思います、変換系の中に楽器的要素があって。カートリッジの伝達特性をデジタルの中に畳み込む研究を一所懸命されたエンジニアがいるそうだけど、そんなことしないで最初からアナログ聴けばいいじゃねーかとぼくは思うな(笑)」
男の夢と憧れが凝縮された藤原さんのオーディオルーム
<主な再生システム>
●ターンテーブル+光カートリッジ+トーンアーム:
EMT 927AST + DSオーディオ DS-003 + MET997
トーレンス Prestige + DSオーディオ GRAND MASTER + GRANZ HM-1000S
●フォノケーブル:ウエスギ U-BROS-KC1
●フォノイコライザー:ウエスギ UB-220DSR
●プリアンプ:ウエスギ U-BROS-280R
●チャンネルデバイダー:自作(クロスオーバー600Hz、8kHz、18dB/oct.)
●パワーアンプ:ビクター ME-1000×4、ME-1000プロト×2
●スピーカーシステム:
トゥイーター オンケン OS-5000T
ミッドレンジ オンケン OM-455 + ホーン(5,500Hz)
ウーファー アルテック 416-8B×2(ジェンセン型マルチダクト)
さて、U・BROS-220DSRには興味深い機能がある。光源用電流の分離給電機能だ。DSオーディオの光カートリッジは、発電素子からの音楽出力信号電流に加えて、光源LED用の直流電流がL/R信号線それぞれのアースラインに重畳されていて、アースインピーダンスの影響を受けやすくなっている。また光源電流によって電磁界ループが形成されるため音質的に不利になるという。
そこで、上杉研究所はXLR端子用いた4端子ケルビン接続法をDSオーディオと共同策定、本機に採用したのである。これによってアースラインから光源電流を追放することができ、微小レベルの音楽信号への悪影響を除去できるわけだ。
というわけで、トーレンスPrestigeに取り付けられたGRAND MASTERを用いて、従来のアンバランス入力とXLRケーブルを用いたケルビン接続の音の違いを検証することにした。
桑原さん、どうですか。
「いいだろうと予想はしていましたが、想像以上の音の違いでしたね。目の前がさっと開けた感じ、トランジェント、リズムのキレも断然4端子ケルビン接続の勝ちですね。カートリッジのグレードが一段上がった感じがします。うーむ、これは今後の研究課題ですね」
では、そろそろ総括をお願いします。
「藤原サウンド、聞きしに勝るすばらしさでした。ふるい録音のレコードをかけても昨日録られたかのようなフレッシュな音がする。これがまさに光カートリッジの魅力でもあるんですけどね。しかも予想以上に血沸き肉躍るエネルギッシュなサウンドで、これこそ正しいホーン型の魅力だと思いました。しかも音色は温かく、牙をむくときはむく変幻自在の音。長年のキャリアを思わせるさすがの音です」
まさに桑原さんのおっしゃる通りだが、もうひとつぼくが痛感したことがある。それが再生されるレコードにたいする対応力の高さだ。昨今のアナログ・ブームで、オリジナルプレスが珍重され、価格の高騰が止まらないが、藤原さんがかけてくれたのはふつうの日本盤だったり、ペナペナの再発盤だったりする。そんなレコードから目の覚めるような峻烈なサウンドが飛び出してくるのだから、たまらない。マトリックス番号が……とか関係ないよ、ふつうのレコードで充分と藤原サウンドが語っている気がした。
U・BROS-220DSRにRIAAを含む5種類のイコライザーやモノラルスイッチが付いているのも手持ちのレコードから最高のサウンドを引き出すための装備と聞いた。レコードに刻まれた本来の音が引き出せるのは光カートリッジしかない? そんなことを考えながらわれわれ取材陣は藤原邸を辞し、帰路についたのだった。
さて、翌日は深谷市の桑原邸に藤原さんをお連れして、セッション第2弾を。DSオーディオで光カートリッジ開発を手掛けたデジタルストリーム社の青柳哲秋さんも新しい光専用フォノアンプ持参で参戦してくださるというから楽しみだ。【Part 2】記事をお楽しみに!
提供:有限会社 上杉研究所、DVAS合同会社、株式会社デジタルストリーム
※ 黒檀ウッドケース仕様で光学式専用特製XLRフォノケーブル付きのウエスギU・BROS-220DSR Limited Editionについて、限定数での追加頒布が実現しました。詳しくはこちらを。 ↓ ↓