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もう戻らない「自由都市・香港」に、ジョニー・トー、サモ・ハンら七人の巨匠たちが思いを馳せるオムニバス『七人樂隊』【先取りシネマ 第23回】
香港の若い芸術家たちを通して見える“自由を手に入れるための死闘”
伴奏は兄が弾くピアノだけ。アコースティック・ギターを手にちいさなクラブのステージに立ったデニス・ホーは、「自由な香港を取り戻そうとしている若者たちに今夜の歌を捧げます」と前置きをして、清冽な声で歌いだす。
『デニス・ホー ビカミング・ザ・ソング』(2020年)は、1977年香港に生まれ、カナダのモントリオールへ移住後も歌手のアニタ・ムイに憧れ、大学卒業のあと香港へ戻り活動を始めたポップス・シンガー、デニス・ホーの姿を追ったドキュメンタリー・フィルムだ。
思慕したアニタ・ムイが2003年に子宮頸がんで死去したあとも活動をつづ...
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アカデミー賞3部門候補の『FLEE フリー』は、居場所を求め続ける難民男性の苦悩と解放を描く“大人のドキュメンタリーアニメ”【先取りシネマ 第21回】
その後の苦悩を感じさせない、カラフルでリズミカルな少年時代
題名は『FLEE フリー』。「FREE」(自由)ではない。逃げる、エスケープするのFLEE。ひとりの青年が自分の居場所を求めて、世界の外と内にある国境を乗り越え、やかておのれの居場所にたどり着くまでの物語だ。
デンマーク東部の街、コペンハーゲンのどこか。ベッドに寝た主人公のアミンは、友人であるヨナス・ポヘール・ラスムセン監督から質問を受けている。「できるだけ古い記憶を思い出してほしい。浮かび上がるのはどんなことだい?」
3歳か、4歳のころ。生まれ故郷のアフガニスタン、カブールの街。
「ぼくは姉の服を着るのが好きだった」
アーハの...
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“少年時代の輝き”と“紛争の恐怖”が絶妙な塩梅で同居する『ベルファスト』、ケネス・ブラナー監督はアカデミー賞獲得なるか【先取りシネマ 第20回】
のんびりと平和な光景が一転、阿鼻叫喚の地獄絵図に
オープニング。カラー画面で、現在のベルファストの街並みが映し出される。やがて(1960年代から1998年の和平交渉の時期に描かれた)「平和の壁」の壁画が映しだされると、カメラが上がって、壁の向こうに広がるプロテスタント教徒たちが多く住む移住区をモノクロでとらえる。現在はカラー、郷愁に満ちた過去の世界はモノクロなのだ。
15th Augusut 1969。ふたつの時代をつなぐヴァン・モリソンのオリジナル主題歌「ダウン・トウ・ジョイ」が流れるなか(いい曲、いい歌声だなあ)、通りで遊び、くつろぐ町民たちの姿が描かれる。
フットボールの球を追いか...
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アカデミー賞7部門ノミネートの『ウエスト・サイド・ストーリー』、“アップデートされた大群舞”と“60年後も変わらぬ分断”を見届けよう【先取りシネマ 第19回】
スティーヴン・スピルバーグが伝説の名画をリメイク
例年、米国アカデミー賞の前哨戦として注目されるゴールデン・グローブ賞(ハリウッドの外国人記者協会の会員によって投票される)は、本年度のミュージカル/コメディー部門の作品賞に『ウエスト・サイド・ストーリー』、主演女優賞に同作の新人レイチェル・ゼグラー(ヒロインのマリア役)、助演女優賞にアリアナ・デボーズ(プエルトリコ出身のアニータ役)を選んだ。
演出は幾多の名作、ヒット作を世に送ってきたスティーヴン・スピルバーグ。『インディ・ジョーンズ/魔宮の伝説』でバスビー・バークレー・タイプのミュージカル場面に挑戦していた彼にとって、初の本格的ミュージ...
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夭折の天才喜劇人ジョン・ベルーシを追った『BELUSHI ベルーシ』、貴重なプライベートの記録から浮かび上がる「栄光」と「苦悩」とは【先取りシネマ 第18回】
世間に衝撃を与えた、人気絶頂での訃報
ジョン・ベルーシは1982年の3月5日に33歳の若さで亡くなった喜劇人である。米国NBCのコメディ番組「サタデー・ナイト・ライブ」(ベルーシは1975~79年にかけて出演。番組は第46シーズンである現在も放映中)や、学園ハチャメチャ・コメディの映画『アニマル・ハウス』(1978年)で一躍人気者になり、ジョン・ランディス監督と組んだ『ブルース・ブラザース』(1980年)のヒットで、映画スターとしての地位を固めた。
時代もあったのだろうが、1970年代の中盤からドラッグに親しむようになり、やがて耽溺がひどくなって周囲を心配させる。それでもなんとか持ち直し...
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普通の高校生が繰り広げる、普通じゃないひと夏の眩しい大冒険『子供はわかってあげない』【先取りシネマ 第16回】
『南極料理人』の沖田修一監督が、初めて高校生を主人公に!
英語題名は“One Summer Story”。ひと夏の冒険をする水泳部所属の美波(上白石萌歌)は高校2年生なので直接は関係ないのだけれど、この映画の青い空とプールを見ると、小学生のときの水泳の授業のことを思い出す。
生徒が渋滞して、芋洗い状態になってしまう腰洗い用消毒プールのガチな冷たさ。プールサイドが熱いので、親指を曲げるようにして歩いていたこと。みんなで列になってプールの縁を泳ぎ、急流を作っていた気がするんだが、あれは何をやっていたのだろう。流れるプールみたいのができると必ず逆に泳ぎだすやつがいたし、雨のなかで泳ぐのも面白か...
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菅田将暉&有村架純の好演が光る『花束みたいな恋をした』は、“当たり前の恋”の多幸感にあふれた愛おしい一作【先取りシネマ 第13回】
「神」の存在に、あなたは気づけるか
終電を逃し、東京・京王線の明大前駅改札で出会った21歳の大学生、麦(菅田将暉)と絹(有村架純)。同じく終電にあぶれたほかの客と一緒に終夜営業の喫茶店に入ったふたりは、なんとそこで向こうのテーブルに座っている「神」を目撃する。
最高すぎる。この場面! 見かけはまあそれほど神々しくない神だけれど、ここで試写会場内が映画『十戒』の海のように、意表を突かれて笑うひとと、ぽかんとするひとのふたつに割れたのが凄かった。どちらの反応が上というわけではないですよ。
でも麦が“世界水準”と表現するこの神さまの登場シーンが映画の踏み絵になっているのだ。俺って、わたしってお...
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ルパン三世やジャッキー・チェンも惚れるジャン=ポール・ベルモンド、傑作選を仕掛けたのは『ムトゥ 踊るマハラジャ』の第一発見者だった!【先取りシネマ 第12回】
男の中の男、ベルモンドの魅力を堪能できる8作品が公開中
観ればわかる。「ルパン三世」や「コブラ」のキャラ・デザインのモデルになり、ジャッキー・チェンのアクション・スタントにも多大な影響を与えたフランス男優ジャン=ポール・ベルモンドの主演8作品が、HDリマスターされた美麗なニュープリントでおよそ半世紀ぶりに劇場公開される。
権利の関係でTV放映されることが少なく、大半はDVDソフトにもなっていない幻の作品ばかり。当時劇場に脚を運んだひと、アラン・ドロンと共演したギャング映画『ボルサリーノ』(1970年)などに見とれた貴方はもちろん、ジャン=リュック・ゴダール監督と組んだヌーヴェルヴァーグ時...
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クリストファー・ノーラン最新作『TENET テネット』はトンデモ映画!? 恐ろしいほどの発色と見晴らしは絶対にIMAXで“体験”すべし【先取りシネマ 第11回】
新型コロナで世界中が揺れるなか、勝負に出たクリストファー・ノーラン
『ダークナイト』『インセプション』『インターステラー』『ダンケルク』などでこの10数年の映画界を牽引してきたクリストファー・ノーラン監督の最新作『TENET テネット』が9月の18日、いよいよ日本公開される。
世界の映画界を停滞させる新型コロナ・パンデミックのなかで、米国での公開日も再々延期され、欧州、中東、東南アジアから一週間ほど遅れる9月3日になった。
リスクを回避し、さらに公開時期を延ばす考えもあっただろう。『インセプション』の1億6,000万ドル、『インターステラー』の1億6,500万ドルをしのぐ2億500万ドル...
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『イップ・マン 完結』で“最高のドニ―・イェン”もついに見納め。ブルース・リーの怪鳥音も轟くファン必見の1本!【先取りシネマ 第10回】
香港映画界を生き抜いてきた伝説のスタッフが揃う
最後に「劇終」の文字が出たときに、心のなかで終わらないでくれー! と叫んだよ。いまでは数少ないものになってしまった広東語で語られる、香港映画らしい香港映画。
いいシリーズだったなあ。ドニー・イェン最高の当たり役だったともいえる。『イップ・マン 序章』(2008年)でスタートしたイップ・マン・シリーズの最終第4作。ファンはシリーズを順番に観てきているだろうけど、簡単に振り返ると実在の中国武術家・葉問(1893年~1972年)の半生を描く過去の3本はこんな感じで進んできた。
『イップ・マン 序章』(2008年/日本公開2011年2月)
1938...
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若き天才グザヴィエ・ドラン、錚々たる演者を揃えて初の英語作品『ジョン・F・ドノヴァンの死と生』に挑む【先取りシネマ 第9回】
「恐るべき子ども」と呼ばれた彼が追い続けるテーマとは
2009年、20歳になったばかりのときに、母の愛への渇望と拒絶を描いた第1作『マイ・マザー』を演出、脚本、主演、製作で発表。カンヌ映画祭で評判を呼び、その後も創意に富んだ意欲作を放ってアンファン・テリブル(恐るべき子ども)と呼ばれたグザヴィエ・ドラン7本目の監督作品『ジョン・F・ドノヴァンの死と生』が公開される。
1989年3月20日、フランス語文化圏であるカナダのモントリオール生まれ。今年31歳になるドランのキャリアは、1.演出と主演を兼ねたもの(『マイ・マザー』『胸騒ぎの恋人』『トム・アット・ザ・ファーム』)、2.演出のみのもの(...
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アカデミー賞も視野に入る『ジョジョ・ラビット』、“ナチスシンパ”の10歳の少年の目を通してユーモアたっぷりに戦争を描く【先取りシネマ 第8回】
トロント国際映画祭で大賞を受賞!
毎年9月にカナダで開催されるトロント国際映画祭。特徴は大賞のピープルズ・チョイス・アワードが来場者の投票によって選ばれる観客賞であることだ。
この10年間の受賞作には『英国王のスピーチ』『それでも夜は明ける』『ルーム』『ラ・ラ・ランド』『スリー・ビルボード』『グリーンブック』と、翌年のアカデミー賞を席巻した話題作がズラリ。そのためオスカーに最も近い映画祭といわれている。
ノア・バームバック監督のNetflix配信作品『マリッジ・ストーリー』やポン・ジュノ監督の『パラサイト 半地下の家族』と競い、2019年の同賞に輝いたのが、タイカ・ワイティティ監督による...