画像1: ステレオサウンド オリジナルソフトの魅力を語る 名盤ソフト 聴きどころ紹介54/南沙織『シングルコレクション』SACD

青春時代が蘇り、懐かしい気分にさせてくれる。シングルカット計31曲は文句なしのクォリティ

私と同じ時期に、青春時代を過ごした人たちにとって、憧れのアイドルだった南沙織。たとえ彼女の歌をリアルタイムで聴いていなくても、その名前だけで、ひと時代前の人気アイドルと認識できる人は多いだろう。

日本のアイドルの草分け的存在であることは間違いないが、デビュー前から通っていたインターナショナルスクールを5年かけて卒業したり、大物外国人俳優を相手に、直接、インタビューを試みたり、はたまた人気絶頂期、学問に専念(上智大学に復学)するために、あっさりと芸能活動を引退したり、一般的に知られる“アイドル”のイメージとはやや様子が違う。

実際、南沙織のファン層は広く、「サオリスト」(熱心な沙織ファンの意味)を標榜するミュージシャンや文化人も少なくなかった。彼女のクリスチャン・ネームを冠した楽曲「シンシア」は、「早春の港」(6枚目のシングル盤)を聴いた吉田拓郎がアンサーソングとして制作したもの。拓郎、かまやつほどの大物が、同時期に活躍するアイドルに向けた曲を歌うとは―――。こんな事例は後にも先にも、ほとんど聞いたことがない。

そして歌手としての実力だが、当時の評価としては、飛び抜けて歌が上手いというタイプではなかったように思う。ただ輪郭をはっきりと出す声の使い方や、バイリンガル独特の発音など、彼女の歌いぶりは『沙織節』と表現され、世代、性別を越えて広く愛された。その歌声を少し聴いただけで、「あっ、南沙織」と思い出せるくらい、個性が豊かで、人の心を引きつける魅力に溢れているのだ。

南沙織のシングルカットされたヒット曲を計31曲収めたSACD/CD『南沙織 シングルコレクション』がステレオサウンド社からリリースされた。いずれも音源は大切に保管されていたオリジナル・アナログ・マスターテープ(1/4インチ)。これをスチューダーA820で再生し、ソニー・ミュージックスタジオのマスタリングエンジニア鈴木浩二氏が音質面の調整を加えているという。

SACD/CDハイブリッド盤
『南沙織 シングルコレクション』

(ステレオサウンド SSMS-034~035)¥5,940 税込
DISC 1
1. 17才
2. 潮風のメロディ
3. ともだち
4. 純潔
5. 哀愁のページ
6. 早春の港
7. 魚たちはどこへ
8. 傷つく世代
9. カリフォルニアの青い空
10. 色づく街
11. ひとかけらの純情
12. バラのかげり
13. 夏の感情
14. 夜霧の街
15. 女性
16. 想い出通り

DISC 2
1. 人恋しくて
2. ひとねむり
3. ふりむいた朝
4. 気がむけば電話して
5. 青春に恥じないように
6. 哀しい妖精
7. 愛はめぐり逢いから
8. ゆれる午後
9. 街角のラブソング
10. 木枯しの精
11. 春の予感 -I've been mellow-
12. 愛なき世代
13. Ms. (ミズ)
14. グッバイガール
15. 私の出発

●マスタリングエンジニア:ソニー・ミュージックスタジオ 鈴木浩二
●ライナーノーツ:湯浅 学、他
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そのアナログテープに収められたオリジナルのサウンドについて、マスタリング作業に立ち会った音楽評論家の湯浅学氏は次のようにコメントしている。「濃密でありながらとてもフレッシュだった。この“昨日録りました”と言わんばかりの鮮度と骨組みのしっかりとした音像に付け加えるものはない」(ライナーノーツより)。文句なしのクォリティだったということだろう。

早速、1枚目、冒頭に収められた南沙織のデビュー曲、「17才」を再生。楽器の定位、響きのきめ細かさ、そしてみずみずしい歌声と、最初の音がでて数秒後には、オリジナル音源の質の高さを実感することができる。

圧倒的な情報量を感じさせるような録音というわけではないが、収録スタジオの空気、気配を感じさせるほど生々しく、鮮度が高い。自分の青春時代が自然と蘇り、なんとも懐かしい気分にさせてくれる良質なサウンド。もう50年以上も前にリリースされた曲なのに昨日のことのように思えてくるから不思議だ。

私は彼女の最大の魅力は、多彩な表情を持つ声質にあると確信している。この「17才」ではデビュー曲ならではの初々しさを感じさせつつ、時折、大人びて、低音が艶やかに響く瞬間にドキッとさせられる。優しく、太く、しかも包容力を感じさせる声。同世代の人気アイドルは多かったが、声でここまでひきつけ、魅せられる歌い手は他には思い浮かばない。

画像: 盤面はグリーンコート仕様で音質にこだわった。豪華52ページのカラーブックレットにもご注目!

盤面はグリーンコート仕様で音質にこだわった。豪華52ページのカラーブックレットにもご注目!

「潮風のメロディ」、「哀愁のページ」、「早春の港」、「ひとかけらの純情」と聴き慣れた曲が続くが、声の雰囲気が変わり、少し大人びて聴こえるのが「色づく街」だ。やや曖昧に感じられた声の輪郭がキリッと引き締まり、ある種の強さが加わり、彼女自身の意志のようなものがはっきりと感じ取れるようになる。

デビューしたての頃の初々しさ、可愛らしさは徐々に払拭され、その声には1人のアーティストとして生きていく自信が漲り、歌手としての表現力にも磨きがかかっている。軽やかなリズムで歌い始め、意図的に抑揚をつけて、淡々とストーリーを刻んでいく。

そして聴かせ所では、切ない思いを抑えるのではなく、あくまでも前向きに、強さをだして歌い上げる。大人っぽい、落ちついた雰囲気のなかに、きらびやかさと切なさが同居している感じ。伸びやかで、艶っぽさを感じさせる歌声にすっかり魅了されてしまった。

続いて2枚目、11曲目として収録された「春の予感」。1978年、資生堂春のキャンペーン・ソングに起用された名曲で、作詩、作曲は尾崎亜美。独特の甘い香りを感じさせる、いかにも尾崎亜美らしい曲調だが、フレッシュで、清潔感漂う南沙織の歌も悪くない。

元担当ディレクターの小栗俊雄氏によると、「南は16ビートの曲が苦手で、典型的な16ビートのこの曲も、歌いにくそうだった」(ライナーノーツから)という。そう言われると確かに、言葉の端はしに、時折、ぎこちなさのようなものが感じとれるが、「サオリスト」にとってはそんなことはまったく問題なし。その苦心しているその様子が、かえって可愛らしく、いとおしく感じられるくらいだ。

柔らかに、さりげなく歌う尾崎亜美とは対照的に、南沙織の歌声は熟す前のフルーツを思わせるくらいフレッシュだ。そこに少し鼻にかかったような舌足らずな甘い声が加わり、そのコンビネーションがまた絶妙、聴き手を引きつける。

「春の予感」というタイトルからすると、尾崎亜美の曲調がしっくりといくのかもしれないが、エバーグリーンの輝きを放つ南沙織の爽やかな聴かせ方にもひかれる。聴き終わって幸せな気持ちにさせてくれる歌声だった。

デビューを支えた音楽プロデューサーの酒井政利氏は、曲作りでは、私小説的なものをイメージして、唄い手である南沙織の個人性を聴き手に感じてもらうことを強く意識したと各所で語っている。もちろん彼女自身、曲作りをしたわけではないが、彼女との会話、雰囲気をヒントにしながら、それを楽曲に反映させていく。結果として、彼女のリアルを感じさせるような内容となり、当然ながらその歌声との馴染みもいい。

爽やかで、聴く人の心に深く響く歌声が満喫できるSACD/CD。ぜひ、ご自分のシステムでじっくりと堪能していただきたい。

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