歌姫 明菜が込めた情感というエネルギーに思わず惚れ惚れした
日本の名曲の数々を中森明菜が歌い上げる人気企画『歌姫』シリーズ。それをオリジナルマスターから高音質でカッティングしたアナログレコードで届けるステレオサウンドのオリジナル選曲シリーズの『歌姫-Stereo Sound Selection- Vol.6』が発売された。
第6弾となる本作のテーマは“ONE NIGHT ILLUSION”。歌姫シリーズでもお馴染みの千住明、鳥山雄司、森村献、竹上良成、村田陽一らの編曲で、昭和歌謡のムードも濃厚なナイトショーを思わせる素敵な夜のステージを収めたような内容となっている。
カッティングは、「PICCOLO AUDIO WORKS」の松下真也氏によるもので、カッティングレースは米国スカーリー製「RA1389」、カッターヘッドはウェストレックス製ステレオ仕様「3D II AH」、カッティングアンプも同ウェストレックス製「RA1574D」が使われている。
レコードに針を落とすと、思った以上の音の厚みとボディ感のある音に驚く。これまでの本シリーズと同様に、音質にこだわった仕事ぶりがよくわかる音だ。1曲目の「色彩のブルース」は、昭和歌謡のブルースを思わせる編曲だが、ささやくような歌唱と合わせてメランコリックでありつつも、情感に溢れた曲に仕上がっている。この上質なサウンドで、一気に『歌姫』の世界に導いてくれる。
2曲目の「スタンダード・ナンバー」は、ホーンセクションも加わったビッグバンド風の編成で、どこかアーバンな雰囲気を感じさせる曲。本作ではいずれもしっとりとした歌唱が多いが、仄かに香る色気がなんとも艶めかしい。伴奏もゴージャスなようでいて時折スリリングなムードを感じさせるなど、大人の雰囲気に満ちている。上等なウイスキーを飲みながら聴きたくなってしまう。
「魔法の鏡」は歌謡曲風のポップさを感じさせつつ、ときおり切なさがにじむ実にムード豊かな歌声だ。「そして僕は途方に暮れる」はボサノヴァを感じさせるアレンジが新鮮でありながらも、オリジナル曲の持ち味がよく出ているし、呟くような歌声に情感がこもった感じも魅力的だ。
こうして聴いていくと、しっとりとした丁寧な歌唱の中に、曲が内容する真意が秘やかに込められていることに気付く。このあたりが、歌手<中森明菜>の大きな魅力。一見クールにも見える端正な顔立ちもあり、ツンとすました印象がありながらも、実は情が深い。歌声に込めた情感の豊かさに惚れ惚れとしてしまう。このあたりの、声の滑らかさやニュアンスの豊かさはアナログレコードならではの持ち味かもしれない。
「瑠璃色の地球」は、全盛期のアイドル時代にライバルだった松田聖子の曲で、編曲も含めてオリジナル曲とは対照的。それなのにどこか松田聖子の歌い方に寄せたような感じがあるなど、彼女へのリスペクトを感じる。なにより、抑えた歌い方ながらも声が微笑んでいるのがわかる。クールな顔立ちに浮かぶはにかんだ笑顔を見せながら歌っている様子が見えるようだ。
「真夜中のドア〜stay with me」は、アップテンポでダンサブルな編曲になっているが、歌声は落ち着いたもの。これだけ穏やかに歌っているのに、サビの部分ではしっかりとグルーヴを感じさせる抑揚をつけているのは見事なものだ。声の質感や目の前に浮かび上がるような音像定位の良さは言うまでもないが、声の強弱やニュアンスを豊かに描き出すため、丁寧に歌声をコントロールしているのもよくわかる。改めて中森明菜の歌唱力の高さを実感できるし、キャリアを重ねてさらに味わいを増しているのがよくわかるのも『歌姫』シリーズの魅力だ。
そして「接吻」では、抑えた歌声はそのままに、たっぷりと色気をのせてくる。ビッグバンドのゴージャスな演奏に埋もれるどころか、それらを従えているような存在感を出してくる。これぞ歌姫の風格。まさにショーのクライマックスと言える曲だ。最後の「面影」は、昭和歌謡のムードたっぷりの曲調で、せつせつと想いを紡ぐように歌い上げる。一夜の夢の終わりを告げる余韻が気持ちよい。レコードの再生が終わった後にかすかなトレース音が部屋に響くのもいい味わい。曲の構成の出来の良さにも感心する。
ふと思い立って、CD品質でのストリーミングとなるAmazon Musicで本作を聴いてみた。アナログレコードとデジタルストリーミングでの音のニュアンスの違いはともかく、ストリーミング再生では、情感溢れるヴォーカルもゴージャスな演奏もどこか細身で華奢に感じた。音の粒立ちがよく、鮮やかな印象もある。精細感の高いもので決して悪くはないストリーミングでの音質だが、どこか音楽が遠い。傍らに寄り添って歌っているようなアナログレコードの再生とは音楽の存在感が違う。小難しいことを言えば、これが音の密度の高さとか、きめ細やかなニュアンスや繊細な音の響きが醸し出すひとつひとつの音の実体感の違いだと思う。ダイナミックレンジではデジタル音源の方が優れているはずなのに、歌声の強弱はアナログレコードの方が豊かだし、声だけでなく伴奏の楽器の音のエネルギー感にも違いがあった。
ハイレゾ音源やデジタル音源が主流の現代のオーディオでは、情報量の豊かさや解像度の高さがひとつのトレンドになっている。それも魅力的な音であるのは確かだが、どこか冷静になりすぎるというか、音楽との距離を感じることがある。そんな今、アナログレコードの人気が再び盛り上がり、年齢を問わずに受け入れられているのは決して偶然ではないと思う。このあたりに、これからのオーディオ的高音質の新しいトレンドがあるのかもしれない。そんなことにまで思いを巡らせつつ、『歌姫』のアナログレコードが奏でる音楽との甘いひとときが過ぎていくのであった。
Stereo Sound ANALOG RECORD COLLECTION
33 1/3回転 180g重量盤LP『歌姫 -Stereo Sound Selection- Vol.6/中森明菜』
(ユニバーサルミュージック/ステレオサウンド SSAR-076) ¥8,800 税込
収録曲 ※括弧内はオリジナルシンガー
[Side A]
1. 色彩のブルース(EGO-WRAPPIN’)
2. スタンダード・ナンバー(南佳孝)
3. 魔法の鏡(荒井由実)
4. そして僕は途方に暮れる(大沢誉志幸)
[Side B]
1. 瑠璃色の地球(松田聖子)
2. 真夜中のドア~ stay with me(松原みき)
3. 接吻(ORIGINAL LOVE)
4. 面影(しまざき由理)
●カッティングエンジニア:松下真也(PICCOLO AUDIO WORKS)
購入はこちら