ステレオサウンド社から、中森明菜の独自コンピレーションによるアナログレコード第三弾『歌姫-Stereo Sound Selection- Vol.3』が発売された。1994年からスタートしたカバー曲集<歌姫シリーズ>に収録された曲から厳選した8曲を収めている。

 中森明菜といえば、1980年代に活躍した女性アイドル歌手のなかでも松田聖子と並んで一、二を争う存在で、昨年でデビュー40周年を迎えている。 僕が10代の頃には友人たちと明菜派、聖子派で意見が分かれ、どちらが魅力的か、よく議論になったものだ。当時から抜群の歌唱力で知られていた彼女だけに、代表曲は膨大にある。にもかかわらず、ステレオサウンド社から発売されたのがなぜ〈歌姫シリーズ〉なのかという疑問があった。

 ところで僕は昨年ベンチマークのプリアンプHPA4とパワーアンプAHB2を導入したが、HPA4がライン入力専用のため、フェーズメーションのEA200フォノイコライザーアンプも手に入れた。これでテクニクスのSL1500C(カートリッジはオルトフォンの2Mブラックに交換)のアナログレコード再生環境もさらに強化された。というわけでアナログレコード鑑賞もますます面白くなっていて、これまでいまひとつ手が伸びなかった中森明菜の『歌姫 Vol.3』を聴いてみることにした。

名曲に寄り添う中森明菜の歌。
その魅力を引き出すアナログレコード

 前述の疑問は、A面1曲目「雪の華」を聴いた瞬間にすべて消え去った。ただの出来のよいカバーアルバムと呼ぶのが失礼に思えるほど、まさに中森明菜のアルバムだったのだ。和楽器を採り入れた伴奏にヴォーカルが浮かび上がる。なめらかで優しい感触の歌声の実体感と音の密度の高さに驚かされる。耳を優しく撫でるような感触に痺れてしまった。

 個人的にはカバーアルバムの理想形と言ってもいいほどの出来だ。中島美嘉が歌う原曲のイメージを損なわず、それでいて中森明菜の歌でもある。これを両立できるのは凄いことで、上手なモノマネになるか、原曲とかけはなれた別物になってしまいがちなところをギリギリのバランスで成立させている。しかも収録された曲のすべてを、だ。

 このアルバムは今までのものと同様にユニバーサルミュージックが保管してきたマスター素材を日本コロムビアのスタジオでマスタリングとカッティングが行なわれている。エンジニアはもちろん武沢茂氏だ。

画像: 名曲に寄り添う中森明菜の歌。 その魅力を引き出すアナログレコード

アナログレコード
歌姫 -Stereo Sound Selection- Vol.3/中森明菜
(ユニバーサルミュージック/ステレオサウンドSSAR-060)¥8,800 税込
●仕様:33 1/3回転180g重量盤
●カッティング エンジニア:武沢 茂(日本コロムビア株式会社)
●問合せ先:㈱ステレオサウンド 通販専用ダイヤル03(5716)3239
           (受付時間:9:30〜18:00 土日祝日を除く)

▶︎収録曲
[Side A]
 1. 雪の華 (中島美嘉)
 2. 桃色吐息 (高橋真梨子)
 3. ハナミズキ (一青窈)
 4. 別れの予感 (テレサ・テン)


[Side B]
 1. 悪女 (中島みゆき)
 2. 長い間 (Kiroro)
 3. ダンスはうまく踊れない(石川セリ)
 4. 恋の予感 (井上陽水)
(括弧内はオリジナル・シンガー)

 ●ご購入はこちら→https://www.stereosound-store.jp/fs/ssstore/rs_ss_arc/4571177052797

 CD版とも聴き比べてみたが、音場の奥行や個々の音のふくよかな実体感にはかなり違いがあると感じた。歌声の輪郭はややソフトフォーカス。ただし甘いのではなく、実体感豊かに定位する声の周囲に余韻のような響きが漂うのだ。その響きが伴奏の響きと溶け合い、絶妙な一体感が生まれる。レコーディングスタジオでは歌と演奏はそれぞれ別のブースで録音されているだろうし、CDでは確かにそのように聴こえる。それがアナログレコードになると、スタジオに歌手とバンドが居て、まるで一発録りをしたかのような一体感が出る。

 一青窈の「ハナミズキ」を聴くとそれがよくわかる。歌とストリングスや木管楽器の響きが溶け合う様子が美しい。もしかすると、特性としてはデジタルよりも劣るアナログレコードが持つ<よい意味での曖昧さ>が理由かもしれない。もちろん、そうしたアナログレコードの特質をよくわかってマスタリングした技量があってこそ再現できた音だ。決して高価な機材を使っているわけではない我が家のアナログレコード再生環境でもこれだけの違いが出る。音の粒立ちはしっかりとしていながら、ほんのわずか響きが溶け合う、そこから醸し出される音の一体感。奥行のあるステージに立つ歌手の姿が見えるよう。こういうアナログレコードならではの音は、ヴォーカルアルバムを聴くにはぴったりだと実感する。

 中島みゆきの「悪女」の一聴サバサバした感じやKiroroの「長い間」のつぶやくような優しい声を聴くと、中森明菜の卓越した表現力に感心した。録音時期の違いにより、声の若さや表現力は異なるが、まるで演じるように歌う人だという印象は変わらない。多くの名優と呼ばれる俳優たちがさまざまな役柄を演じながらも、その役者なりの存在感をみせるように、曲自体に寄り添って表情を変化させながら、そのうえで中森明菜であることを主張する。そんな彼女の歌唱力と表現力に改めて驚かされる。このことは、新旧の楽曲を集めたアルバムだからこそよく実感できると思う。

 「ダンスはうまく踊れない」は原曲を歌った石川セリのほか、作曲者である井上陽水もセルフカバーしているが、中森明菜の歌唱はそのどれとも違う。だが、曲が内包する女心は明瞭に伝える。つまり曲には寄り添うが、他人の歌唱には寄りすぎない、そんな彼女の上手さがよくわかる。

 このアルバムでは唯一の男性が歌う曲のカバーである「恋の予感」でも、玉置浩二の歌唱が醸し出す男の色気とは異なるが、しかし曲の持つ女の色香と哀愁が見事に伝わってくる。

 僕はオーディオを趣味として本格的に始めた時にはすでにCDが全盛だったので、アナログ再生の経験も浅いし、正直言って愛着もあまりない。ノスタルジックな憧れもない。しかし、いまこうして再びアナログレコードを聴いている。どっちが上とか、性能や音質が優れているということには興味がない。同じデジタル機器でも製品が違えば音色や味わいが違うのは当たり前。だからデジタルとアナログもプレーヤーを使い分けるように聴くのが今のスタイルだと思う。個人的には本作のようなヴォーカルアルバムが好きだという人は、アナログレコードで楽しむことをおすすめしたい。

※本記事は「HiVi」3月号に掲載

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