パナソニックとShiftallはCES2023で、VR(Virtual Reality、仮想現実)グラス「MeganeX」の新展開を発表した。同社は昨年のCESでMeganeXを出品、左右それぞれ2.6K(水平2560×垂直2560画素)、両目で5.2Kの映像が楽しめるデバイスとして注目を集めた。その製品は系列会社のShiftallから2022年内に発売される予定だったが、実際には発売が遅れ、2023年3〜4月頃の発売になるとリリースされている。今回は、同社事業開発センター XR開発部 部長の柏木吉一郎さんとXR総括の小塚雅之さんに、MeganeXの進化点についてお話をうかがった。(StereoSound ONLINE編集部)

画像: 開発に携わった事業開発センター XR開発部 部長の柏木吉一郎さん(右)とXR総括の小塚雅之さん(左)

開発に携わった事業開発センター XR開発部 部長の柏木吉一郎さん(右)とXR総括の小塚雅之さん(左)

麻倉 私は昨年の本連載でMeganeXの試作モデルを拝見しましたが、従来のVRグラスとは違う画質に驚いた覚えがあります。今年のモデルはどんな仕様になっているのでしょうか。

柏木 アメリカLightning Silicon Technology,Inc.(23年1月1日、Kopin=コーピン社より分離独立)と共同開発の2.6K/10ビット、1.3インチHDR対応マイクロOLEDディスプレイを左右で2枚と、弊社が独自開発したパンケーキレンズを搭載しました。これにより、OLEDならではの黒の表現と世界最高水準の映像体験を実現しました。

麻倉 パンケーキレンズというのはどんなレンズなのでしょう?

柏木 今回開発したパンケーキレンズはガラス2枚+樹脂1枚の3枚構造です。フレネルレンズに比べると小型化できるのが特長で、さらにフレネルレンズではどうしても年輪状の模様が見えるなどしてしまいますが、パンケーキレンズはそういったことがありません。

麻倉 高画質を狙うには有利なデバイスということですね。

柏木 我々も、フレネルレンズとパンケーキレンズのどちらがいいかを細かく検討しました。最終的には、フレネルレンスよりも精細度で有利な点を踏まえて、パンケーキレンズを選んでいます。

 また、ガラス製ビームスプリッターレンズを樹脂に変えると、より軽量化できるといったメリットはあります。しかし実際にはこの中を光が一往復半していますので、レンズの透明度がとても重要です。少しでも透明度が低いと黒浮きが発生して、コントラストが低下してしまうんです。そこがガラスレンズを使っている最大の理由です。

麻倉 ちょっと重くなるけど、画質のためにはガラスしかないと。

柏木 ちょっとというか、結構重くなります(笑)。ただ、弊社としては個人用だけでなく、自動車メーカーや建設業界のデザイン・設計部門での使用を想定しています。特にデザイン用では、色合いや階調表現力が大事なので、多少重くなっても画質優先と判断しました。パネルの素性を邪魔せずに表現できるレンズじゃないといけないということです。

画像: 改良品ではパンケーキレンズが採用された

改良品ではパンケーキレンズが採用された

麻倉 第一世代のレンズもパナソニック製だったんですか?

柏木 第一世代機では、コーピン社がこのμOLEDパネル用に設計したレンズを使っていました。しかし今回は弊社が独自設計したレンズを使っています。これにより、コントラストも上がって、色収差も抑えられました。FOV(Field of View、視野)も一割ほど広くなっています。

麻倉 パナソニックはデジタルカメラのルミックス用のレンズも作っています。今回もその技術を応用しているのですか?

小塚 はい、このレンズもルミックスを製造している工場で作っています。

麻倉 色収差を抑えたということは、輪郭の色づきも減っているはずですね。どんな映像に進化したのか楽しみです。

柏木 はい、ぜひご覧ください。

麻倉 遠景までスッキリした、ヌケのいい映像ですね。空気が澄んできたような印象があります。

柏木 表示しているコンテンツの解像度は去年と同じ11Kですが、今回はOMAF(Omnidirectional Media Format、MPEG-I パート2)と呼ばれる、360度ビデオコンテンツ向きの拡張伝送フォーマットをベースに、弊社で開発を進めている独自ツールを使っていますので、それも有効に働いているかもしれません。

麻倉 それはパナソニック独自の圧縮方式ですか?

柏木 OMAFという拡張方式自体は既に標準化されているものです。ただ、実際にそれを使っているアプリケーションは、私はまだ見たことがありません。今回はOMAFを利用してエンコーダー、デコーダーを弊社で独自開発しました。

麻倉 今見せていただいた映像は、若干ぼてっとした感じは残っていますが、見渡しがよく、とてもクリアーです。

画像: Shiftallから発売予定の「MeganeX」と「MeganeX Business Edition」

Shiftallから発売予定の「MeganeX」と「MeganeX Business Edition」

柏木 ビットレート対画質という意味では、以前お見せしたものに比べると100倍ぐらいは圧縮効率があがっているのではないでしょうか。

小塚 この圧縮伝送技術は当社VRグラス専用ではないのですが、弊社としてMeganeXで必要な周辺技術に真面目に取り組んでいる、ということとご理解いただければと(笑)。

柏木 映像を切り替えて、昨年ご覧いただいたニューオーリンズのジャズセッションをご覧いただきます。

麻倉 あれは8K収録の映像でしたよね。

柏木 さすが、よく覚えていらっしゃいますね。もともと8Kで撮影した映像を4Kダウンコンバートした素材で、HEVCで圧縮しています。今回のMeganeXでは、より密度感ある映像としてお楽しみいただけると思います。

 さっきご覧いただいた映像は360度で11Kの解像度なので、レンズのFOVを仮に100度とすれば、だいたい3K弱ピクセルの情報量に基づく映像が視野に入っていることになります。それに対してこちらは4Kの元映像を視野内に収めています。パネルの解像度は2560×2560ピクセルですが、もとの映像の情報量が増えると、映像の精細度はより高く感じられるはずです。

麻倉 確かにおっしゃる通りで、ジャズの映像も昨年に比べて画質が上がっていることが実感できます。去年はレンズを通して見ているような印象がありましたが、今年はもっとリアルで、そんな風には感じません。

柏木 ありがとうございます。昨年以上にシズル感のある生々しい映像が実現できていると思います。

麻倉 あとは、ちゃんと商品として発売することですね(笑)。昨年の段階では、2022年内にShifrtallから発売する予定でしたが、実際にはまだ発売できていないそうですね。

画像: 視覚情報をサポートするスマートグラス

視覚情報をサポートするスマートグラス

小塚 今回のCESで発表されましたが、Shiftall製品として、個人用の「MeganeX」とビジネス用の「MeganeX Business Edition」の2モデル展開になります。

 個人用としてやりたいことと、ビジネス用として目指すことはやはり違います。特にメタバース用途では長時間使う人がほとんどで、しかも基本的には自分専用です。なので、メガネレンズ同等のアダプターレンズで充分。視度調整機能は不要にしました。

 これに対しビジネス用途では複数人で使うことが前提なので、視度調整機能は必須です。装着性についても、鼻当て方式で長時間装着ではなく、着け外しの利便性を重視しました。製品としての基本スペックは共通ですが、使い方に応じて装着性の仕様を変更しました。

麻倉 去年は個人用もビジネス用も同じ仕様で、販売ルートを変えるといったお話でしたが、本体から別のものになったのですね。ところで今回は、目の悪い方用のモデルも開発したそうですね。

小塚 はい。VRグラスの技術の応用展開として考えています。実は2〜3年前に、スペインのBiel Glassesという会社から、弱視の人に向けた製品の協業の提案をいただいたのです。

麻倉 弱視というのは、近視や遠視とは違うんですか?

小塚 眼鏡などで矯正できない場合を弱視と呼ぶそうです。

麻倉 そういった方にMeganeXを付けてもらって、見え方をサポートしようと。

小塚 おっしゃる通りです。VRグラスをベースに弱視の方を支援するためにカメラと映像処理・AI機能を追加しました。弱視の方の中には、視界が真ん中しか見えないとか下半分しか見えなくなるなどのいろいろな症状があるそうです。製品としては、真ん中が見えにくい人には映像を横にずらして見えるところに写すとか、コントラストがわかりにくい人にはエッジを強調した映像にすると言った映像補正を行います。

画像: スマートグラスの基本アーキテクチャー

スマートグラスの基本アーキテクチャー

麻倉 これまでも同様な製品はあったんでしょうか?

柏木 欧州では同様の製品が発売されていますが、日本ではあまりないです。

小塚 欧州では弱視の方の生活をサポートする医療・福祉機器として、地方政府の補助金も出ています。弊社が日本で製品を発売する時は、色々な関係機関にお願いして、補助金対象にすることで多くの方が使いやすい環境を作りたいと思っています。医療機器になりますから、臨床試験や認証等の準備期間が必要となり、早くても2〜3年はかかるんじゃないかと思っています。

麻倉 具体的には、どんなサポート機能を想定しているのでしょう。

小塚 弱視支援機能は協業先のBiel Glassesが開発しています。例えば視野が中心の20度くらいしか見えないトンネルビジョンという方の歩行をサポートする機能を実装しています。このトンネルビジョンの方が道路を歩く場合に、視野が狭くて見えない階段やホームの端、障害物等をカメラで検出し、障害物があったら画面上に矢印や丸印を表示することで、注意を喚起します。他にも、遠くてよく見えない時刻表等を見るためにズーム機能も搭載しています。

 今回のプロトタイプでは、AIや映像処理は小型PCを腰に取り付けて、VRグラスとUSBケーブルでつなぐ形になっています。

麻倉 そういったサポートやズーミングは本人が操作するんですか?

小塚 危険な障害物の検出はVRグラスにステレオカメラを取り付けて、その情報をAIで処理することになります。いわゆるMR(Mixed Reality、複合現実)です。ズームはユーザーが腰に付けた箱のボタンで操作します。

柏木 装着者の視野に合わせて映像を最適化し、さらに外部認識用のカメラからの信号を判別、周囲の物体を認識して危ないかどうかをAIが判別して装着者に知らせるといったものになります。

画像: 弱視者用のメガネの製品化を推進する、スペインBiel Glasses社のJaume Puig社長

弱視者用のメガネの製品化を推進する、スペインBiel Glasses社のJaume Puig社長

麻倉 そのデータ処理はクラウドでやるんですか?

小塚 今回のデモ機は腰につけるPCで行っています。基本処理は装着する機器で、地図情報等との連動サービス等はクラウドで行う等の拡張を、今後検討していきたいと思います。

麻倉 そんな風に、MeganeXにカメラやセンサーが付くことで、AR(Augmented Reality、拡張現実)、MRといった展開も可能になるわけですが、パナソニックとしてそんな方向性も考えているのでしょうか?

柏木 われわれは、当初からリアルとバーチャルのボーダーレスな世界を広げていきたいと考えていましたのでそうなりますね。今回の弱視用の提案は、直近で困っていらっしゃる方に向けたMRソリューションということになります。

麻倉 ARやMRは実景が向こうに見えて、その手前にデジタルを合成すると言ったやり方が中心ですが、今回の提案は映像の見せ方自体がそれとは違います。そういった新しい使い方の提案も増えていくのでしょうか?

柏木 アプリケーション次第ですので、今後は様々な棲み分けができてくるのではないでしょうか。

小塚 最大の違いは、ARでは実景にCGを表示するだけで、奥行などCGと実景内物体の前後関係等は再現できませんし、CGの黒を表現できません。今回は映像を取り込んで処理しますから、実景とCGを区別できないくらい、自然に合成表示が出来るのです。

麻倉 ということは、今後さらに色々な用途に展開していくことが期待できますね。そのためにもMeganeXをきちんと発売しないといけませんよ(笑)。

小塚 課題だったパネル製造にも目途が立ちましたので、Shiftallから今年の3〜4月頃には発売します。楽しみにお待ちください。

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