パナソニックは先に開催されたCES2022で、環境関連や北米事業に関する様々な展示を開催した。その中で注目したいのが、軽量・高画質なSteamVR対応VR(仮想現実)グラス「MeganeX」や、人体冷熱デバイス「Pebble Feel」、大きな声を出しても外部に音が漏れない無線マイク「Mutalk」といったメタバース(※)関連のアイテムだ。

 中でもMeganeXはパナソニックが一昨年のCESから展示を行っており、今回遂に具体的な製品に仕上がった。そこで今回は、パナソニックにお邪魔して、MeganeXの映像を体験させていただくとともに、本機の開発を手がけたデジタルプロセス開発センター XR開発部 部長の柏木吉一郎さんと、事業開発センターXR総括の小塚雅之さんに製品の詳細や今後の展開についてお話をうかがった。(編集部)
※メタバース:コンピューターやネットワークの中に構築された現実世界とは異なる3次元のバーチャル空間やそのサービス

画像: SteamVR対応VRグラス「MeganeX」

SteamVR対応VRグラス「MeganeX」

麻倉 ご無沙汰いたしております。今回はVRグラスがいよいよ発売されるということで、楽しみにうかがいました。何しろCES2020の会場で試作機を拝見して以来ですからね、映像も進化したんじゃありませんか。

小塚 本当にお待たせいたしました。まず発売方法についてご説明しますが、今回のSteamVR対応VRグラス「MeganeX」は、開発はパナソニック株式会社くらしアプライアンス社とパナソニックの100%子会社のShiftallとが共同で担当し、販売はShiftallが受け持ちます。

 Shiftallはもともとメタバース関連の製品を取り扱っています。昨年の夏頃からVR空間の中での画像データを販売したり、有名なところではフルボディトラッキング装置の「HaritoraX」などを発売しています。この商品は日本では発売済みで、今回CES2022では、CES Innovation Awardを受賞しました。

麻倉 確かにパナソニックとして扱っている商品とは雰囲気は違いますね。

小塚 今回はMeganeXの他にも、外部に音が漏れない無線マイク「Mutalk」や人体冷熱デバイス「Pebble Feel」を発売します。

 Mutalkはもともと、リモート会議で周囲に声が漏れるのを何とかできないかという発想から弊社で開発したものです。Pebble Feelも、原型はパナソニックが開発しました。VRチャット等のメタバース空間と連動する機能を追加することで、VRチャットで寒い所に行ったら温度を下げ、暑い場所なら温度を上げるといった風に動作します。目と音だけでなく、温度を体感してもらうことで、没入感を上げようというものです。

麻倉 もともとはパナソニック内にあった技術で、今回はそれをメタバース用として揃えてきたというわけですね。

小塚 厳密にいうとHaritoraXはパナソニックの技術ではありませんが、それ以外は様々な自社技術をメタバースというコンセプトでブラッシュアップしたものです。

 現在のメタバースというジャンルについては、パナソニックとして取り組むのはまだ難しいという気もしています。私自身もなかなか理解し切れていません。毎日VR空間の中に何時間も入って楽しんでいるような人材に任せた方がいいんじゃないかと(笑)。

画像: 外部に音が漏れない無線マイク「Mutalk」(左)と、人体冷熱デバイス「Pebble Feel」(右)

外部に音が漏れない無線マイク「Mutalk」(左)と、人体冷熱デバイス「Pebble Feel」(右)

麻倉 確かに、適材適所という考えは正しい。

小塚 MeganeXでは、VRグラスのコンセプトとしても、もともと柏木たちが狙っていた高画質・高音質という方向ではなく、どちらかというとVRチャットに毎日4時間以上も滞在するヘビーユーザーがかけていても疲れないといったところを重視しています。つまり、装着性を最優先し、デザインもCES2021の試作機からかなり変わっています。

麻倉 といってもVRグラスはメタバース用途だけではありません。高画質での没入体験も重要だと思うのですが。

小塚 現在は、VR用途としてゲームとかメタバースがキーワードになっていますので、まずはメタバース用としてスタートします。ただし、実際にビジネスでのVRの用途が、自動車の開発や、建築・不動産、医療関係等で急速に需要が増えています。そのBTO B用途はパナソニックブランドで大きな事業にできると思っています。

柏木 ではそろそろ、MeganeXをご視聴いただきたいと思います。麻倉さんはメガネをお使いですか?

麻倉 遠視ですが、裸眼でも0.8くらいはあります。

柏木 では裸眼で大丈夫です。本体上側のつまみで両眼の間隔調整が、下側のスライダーで視度調整ができますので合わせてみてください。

麻倉 おぉ、色が綺麗ですね。2020年に見せてもらった試作機とはまったく違います。何より画面サイズが大きく感じる。ほとんど視野を占めている感じで、解像感も高い。

柏木 2020年モデルはL/Rの有機ELパネルがそれぞれ2K解像度で、両目で4Kという構成でご覧いただいていました。今回はどちらも2.6K(水平2560×垂直2560画素)になりましたので、両目では5.2Kの映像をご覧いただいています。

画像: MeganeXを視聴する麻倉さん

MeganeXを視聴する麻倉さん

麻倉 今再生しているコンテンツはパナソニック映像の8Kのジャズライブですが、ひじょうに緻密で、HDRらしい雰囲気も再現されています。凄くリッチです。

柏木 ありがとうございます。16:9画角の8K/HDRコンテンツをUnityでVR空間内に貼り、シアタービュー的な形で視野移動なく映像全体が視認できるよう画角を合わせていますから、情報量的にはかなり贅沢です。

 では続いて360度のVR映像をご覧いただきます。Insta360 TITANという11KのVR映像が撮影できるカメラで、伏見稲荷や八坂の塔など京都の人気観光スポットを撮ったものです。といっても360度全体で11Kですので、頭を動かすことなく見える視野を、計算の簡素化のため90度と考えた場合、解像度は4分の1の約2.75Kになります。

麻倉 先ほどのジャズライブに比べると、視野は広いんだけど、映像のクォリティとして少し物足りなく感じます。若干ぼやっとしてSDっぽく見えるというか。

柏木 一度に視認できる映像の撮影情報量が8Kの場合と2.75Kの場合の違いですね。加えて、カメラの制約で、11K/360度で撮影すると8ビット深度になってしまうことも影響していると思われます。そのためどうしても青空などにバンディングが目立ってきます。

 解像度を8K/360度にすると10ビットでの撮影が可能で、こちらの方がバンディングも出ませんので、自然なコントラストが得られます。この場合、解像度を取るか、ビット深度を取るか、痛し痒しです。

麻倉 確かに、10ビット映像の方がよりリアリティを観じます。こうなってくると、カメラを含めたエコシステムの問題になってきそうですね。

柏木 表示解像度がここまで来た事で、このような撮影解像度やビット深度の違いもVR体験に大きく影響を与える事がお判りいただけたかと思います。高解像度で、ビット深度もきちんとあるコンテンツを作ることができれば、VRグラスももっと活躍の場が広がるはずです。

麻倉 VRとして360度どこを向いてもちゃんとしっかりとした映像が見えれば、確かに感動します。この視野の広さと、緻密さがあれば確かに夢中になれますね。

画像: MeganeXの上面(左)には両眼の間隔を調整機能が、下面(右)には視度調整用のダイアルを装備

MeganeXの上面(左)には両眼の間隔を調整機能が、下面(右)には視度調整用のダイアルを装備

柏木 では次にCGコンテンツに切り替えます。最初は右目用と左目用各々の映像生成用として仮想的に設定するバーチャルカメラの片目あたりの解像度を2.5Kで表示しますが、そこから3.5K、5K、6Kと上げていきます。バーチャルカメラの解像度を上げていくと、VRグラスでも解像感が上がっていくことがお分かりいただけると思います。

麻倉 確かに岩肌のディテイルや木の枝の描写がどんどん緻密に、リアルになっています。反対に、解像度を落とすと、レイヤーの深さというか、映像が平面になって描き分けができなくなる印象です。

柏木 NHKの研究によると、人の目は視力1.0で視野角1度あたり60画素の分解能を持つということです。MeganeXは視野角1度あたり26画素の表現力ですので、パネルの画素構造が見えてしまう、いわゆるスクリーンドア・エフェクトにほぼ邪魔されることなくVR映像を体験でき、ソース映像の解像度が仮にパネルの表示解像度を大幅に超えてもその解像感の違いを体感できることもおわかりいただけたと思います。

麻倉 ということは、MeganeXとしてはこれ以上の解像度は必要ない?

柏木 必要ないとは言いませんが、再生するコンテンツの方がネックになってきますね。クォリティにもよりますが、片目視野当たり5K超の解像度は欲しいと思っています。その場合、360度全体では20K超のVR映像となりますので作るのはたいへんですが。

 例えば360度ビデオの再生を考える場合、頭を動かした時に映像の遅延がないようにするためには、120〜180度くらいの情報は常時確保しておきたい。するとPC側の処理もなかなかたいへんです。

麻倉 MeganeXはディスプレイポートでPCに接続するということです。伝送する映像の解像度はパネルの解像度と同じ5.2K×2.6Kということですが、いかに高解像度な映像をスムーズに再生するかの点で、コンテンツの解像度はPC次第ということなんですね。

柏木 そうです。先ほどのジャズライブのような8Kコンテンツは見ていてとても気持ちいいのですが、この品質でVR映像を作るとなると、360度全体で32K、半分の解像度にダウンコンバートしても16Kの映像を処理する必要があります。

 でも例えば、高性能なサーバーで、見ている範囲より少し広めのエリア若しくは、見ている範囲だけを遅延なく5G回線などで伝送できれば、案外快適に楽しめるかもしれません。

画像: MeganeXは、テンプル(つる)の部分にスピーカーを内蔵している。写真のスリット部分から音を放射している

MeganeXは、テンプル(つる)の部分にスピーカーを内蔵している。写真のスリット部分から音を放射している

麻倉 昨今はグラフィックに特化したゲーミングPCユーザーも多いですよね。そういったマシンであれば、MeganeXでかなり高品位なVR映像が楽しめるのではないでしょうか。

柏木 それは可能だと思います。

麻倉 さて、MeganeXは2020年の発表から2年で商品化に至ったわけですが、このスケジュールは予定通りだったのでしょうか?

柏木 いえ、無茶苦茶遅れました(笑)。当初は発表から1年以内に発売する目標だったのですが、その後も有機ELパネルを進化させたり、6軸検出用のセンサーやスピーカーといったVR機器として最低限必要な機能を盛り込もうとしたら、時間がかかってしまいました。

麻倉 有機ELパネルはKopin社製でしたが、パネル自体の改良もあったのですか?

柏木 メーカーとしては変わっていません。2Kの時は1インチパネルでしたが、2.6Kでは2Kパネルと画素ピッチは変えずに解像度を上げており、サイズは1.3インチになりました。それもあって本体が若干大きくなっています。

麻倉 2年の間に、Shiftall以外の会社からも色々な用途提案があったのでは?

小塚 先ほどお話ししたように、VRには色々な用途があります。現在一番使われているのは自動車、建築・土木、デザイン関連です。この業界の会社をいろいろと訪問させていただき、VRグラスを体験してもらって、多くのフィードバックをいただいています。

 車のデザインは、最近はほとんどバーチャル空間(デジタルツイン)で作っています。これはモデルベース設計と呼ばれていて、実物は作らないで、ほぼコンピューターシミュレーションで仕上げることができるそうです。それくらいバーチャル空間での物作りが進んでいるので、VRグラスを大型サーバーに5G回線でつないでおけば、在宅でも問題なく仕事ができるわけです。

 実際にデザインの仕上がりを確認する場合に、ある自動車会社では日本の拠点2ヵ所とアメリカをつないで、VRで定期的にチェックしたりしているそうです。12人ぐらいが参加して、どこを修正するかをバーチャルで打ち合わせるんですが、それが数時間続くこともあるので、弊社のVRグラスなら軽くていいと言われました。

画像: 本体のケーブルにはリモコンも備える。その先端(写真左側)にPCとの接続用ディスプレイポートがある

本体のケーブルにはリモコンも備える。その先端(写真左側)にPCとの接続用ディスプレイポートがある

麻倉 画質についてはいかがですか。

小塚 自動車会社について申し上げると、デザイナーはHDR対応が必須だけど、工場の工程管理用なら画質はそれなりでもいいというお話でした。

麻倉 なるほど、自動車会社だけでも、VRグラスについて色々な需要、スペックの優先順位があるんですね。

小塚 建築関連ではBIM(ビルディング・インフォメーション・モデリング)が進んでいて、コンピューターで3Dデータを作って、それを設計だけでなく施工現場の手配にまで応用するそうです。つまり3Dデータは既に存在するので、あとはどうやってそれを“見るか”です。弊社のVRグラスは、かなり高い評価をいただいております。

麻倉 ということは、市場的にはかなり有望だと。

小塚 メタバース用ももちろんですが、車と建築等のデジタルツイン用途については今後大きな成長が期待できます。

麻倉 VRと似た展開でAR(拡張現実)もありますが、その棲み分けはどうお考えですか?

柏木 ARの場合は現実空間に縛り付けられてしまうので、アプリの展開がその場所に制約されますし、種類が少なくならざるを得ないですよね。

麻倉 なるほどね、VRならそういった制約から離れられますね。ハードウェア的にもARではカメラも必要です。なので、その違いは大きい。

小塚 危険な場所での作業なども、VRなら映像を見ながら遠隔操作でロボットにやらせるといったことができますが、ARでは難しいでしょう。

画像: 取材に対応いただいた方々。左からパナソニック株式会社 くらしアプライアンス社DX・顧客接点革新本部 デジタルプロセス開発センター XR開発部 部長 柏木吉一郎さん、麻倉さん、パナソニック株式会社 事業開発センターXR総括 小塚雅之さん

取材に対応いただいた方々。左からパナソニック株式会社 くらしアプライアンス社DX・顧客接点革新本部 デジタルプロセス開発センター XR開発部 部長 柏木吉一郎さん、麻倉さん、パナソニック株式会社 事業開発センターXR総括 小塚雅之さん

麻倉 初めてVRグラスを見せてもらった時は、どう使うのだろうと思ったのですが、2年間で社会インフラが追いついてきましたね。メタバース、B to Bといった環境がこれほど変わるとは。

 とはいえ、StereoSound ONLINE読者的にはやはり高画質も追いかけて欲しい。HDR対応で映像を綺麗に再生できるVRグラスは、パナソニック以外からは出てこないのでしょうか?

小塚 今年のCESで、「PlayStationVR2」が発表されました。片目当たり2Kの有機ELパネルを搭載して、HDRにも対応するとのことです。このモデルはきっと売れるでしょうから、HDR対応VRゴーグルの普及が一気に進むのではないでしょうか。

麻倉 パナソニックのVRグラスとしては、この形に落ち着くのでしょうか?

柏木 もちろん、パネルやレンズをもっと進化させたいと考えています。また、ウェアラブルですから軽さや小ささも重要です。

 用途も広げていきたいですね。例えばフロント側にカメラを付ければMR(複合現実)への応用もできるでしょう。カメラで撮った映像を使ってMRという使い方にはぴったりだと思います。

 問題は周辺のハードをどうするかですね。データの送受信や、外部インターフェイスといった部分では、今回のような高解像度映像を処理する上で部品の選択肢があまりなく苦労しています。

 パネルだけ進化しても、周辺回路が追いついていかないとVRグラスとしての完成度はあがっていきません。現在はそんな状態が続いています。

麻倉 さて今後のビジネスモデルですが、まずShftallが今年の春にMeganeXを販売する、ここまでは発表されています。それを踏まえると、今年の後半にはパナソニックブランドからも製品が出てくるのではないと予測します。

柏木 ……(笑)。こだわるべき部分にはちゃんとこだわって、ビジネス用途として使える製品に仕上げるつもりです。

麻倉 B to Bももちろんですが、オーディオビジュアルファンが、映画やコンサートの世界に没入できる、高画質・高音質VRグラスも熱く期待しています。

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