角川映画45周年記念『犬神家の一族』4Kデジタル修復版。
驚愕の高画質・高音質で甦った傑作の舞台裏に迫る(最終回)
12月24日(金)リリースの『犬神家の一族 4Kデジタル修復 Ultra HD Blu-ray【HDR版】』。「角川映画祭」での上映やCS4K放送では体験できなかった、これまで誰も観たことがない『犬神家の一族』4K HDR版のお披露目となる。4Kデジタル修復版の真骨頂が味わえるのはこの4K HDR版であると断言したいと思う。
SDR版の印象を凌駕する驚きが待ち構えていると考えていただいてまったく差し支えない。劇場公開時に市川崑監督がイメージした作品の姿、美麗に甦った本編に思わず感嘆の声が漏れてしまうのが4K/SDR版だとすれば、新たに制作された4K/HDR版はまさに驚愕の連続なのである。
『犬神家の一族』4Kデジタル修復 Ultra HD Blu-ray【HDR版】
(DAXA-5817 ¥16,280、税込)、2021年12月24日(金)発売
●発売・販売:KADOKAWA
●本編146分/3層ディスク(UHD)+2層ディスク(BD)
●カラー●東宝1.5ワイド(1:1.5)サイズ
●1976年/日本
●収録音声:日本語 リニアPCM 2.0chモノーラル
●字幕:日本語、英語
●同梱特典:『犬神家の一族』完全資料集成(A4サイズ/ソフトカバー/190P以上)
HDR版のグレーディングはSDR版に続いてIMAGICAエンタテインメントメディアサービス(以下、Imagica EMS)映像制作部 データイメージンググループ カラリストの阿部悦明が担当。阿部はこれまでにも『平成ガメラ』シリーズや『里見八犬伝』のHDRマスターの制作にも携わってきた経験を持つ。
HDRグレーディングのターゲットは劇場のスクリーンではなく、家庭で使われている一般的な4K/HDR対応テレビを想定。グレーディング作業の前段階として、レストアをやり直しているシークエンスもあるという。SDR版では認識できなかった傷やゴミなどがHDR化で目立ってくるケースもあるわけだ。同様にフィルムのグレインもHDRマスター用にあらためて調整が施されている。
「ハイライトを強調しすぎず黒階調を活かす」。阿部の狙い通り、SDR版で突き詰めた画調を損なうことなくきわめてナチュラルにHDR化されており、とりわけS/Nの高さやより豊かになった色彩感や階調表現には目を見張る。
オープニングの角川フェニックスロゴ。炎に包まれた鳳凰が飛んでくる宇宙空間の星の数がぜんぜん違う。もうここから思わず声が出てしまう。犬神家の屋敷内、大広間の襖に貼られている金箔の鈍く光る黄金色もシークェンスによってさまざまな表情を見せる。金田一耕助が登場するロングショットの精細感や奥行感、立体感。那須ホテルの窓外に広がる湖や山並みの清々しい空気感の再現もBDの2K/SDR版よりもUHDブルーレイの4K/HDR版に軍配が上がる。
白いブラウスでボートを漕ぐ珠世の姿が目にも眩く、濡れた唇にドキリとさせられるのは初めての体験だ。太陽光やランプの灯りの光の強さもHDRマスターならではだろう。暗部から明部にかけての表現力が格段にアップするHDR化の効果だけでなく、より色数の豊富な表現を可能にする「広色域」化の恩恵も大きい。登場人物たちの繊細に描かれるフェイストーン、衣装の質感で見て取れる。画の透明感もやはりBDの2K/SDR版とは一線を画しているのは間違いのないところだ。100Gバイトの容量を持つ三層ディスクが採用されていることも高いクォリティの実現に貢献しているのは容易に想像がつく。
4K/HDR版は、白から黒にかけての階調表現をいかに巧く引き出すかが鑑賞時のポイント。映像が白く飛び過ぎないよう、黒く沈みこまないように再生するのが肝になる。視聴するディスプレイ(あるいはプロジェクター)の設定は入念に行いたい。この時、本UHDブルーレイに備えられている “画面調整” 機能が便利だ。
ディスクのトップメニューから画面の表示に従って最適な “コントラスト”と “明るさ” を調整するだけでOK。今回のディスク化にあたって新規に制作されたこのグレーチャートは、IMAGICAエンタテインメントメディアサービスのスタッフに個人的にお願いしていた要望が実現したものだ。UHDブルーレイの階調表現をマスターに近い状態で鑑賞するために積極的に活用していただければ嬉しい。
もう劇中の台詞をそらんじてしまうくらいVHSやLD、DVD、BD、これまでのメディアの進化と共に本作を楽しんできたファンであればあるほどUHDブルーレイは新たな発見と驚きの連続だろう。いや、SDR版の方が1976年当時に映画館で観た雰囲気を味わえるので好きだ、という方もいらっしゃるかもしれない。
『犬神家の一族 4Kデジタル修復 Ultra HD Blu-ray【HDR版】』ではどちらのバージョンも観ることが出来る。お使いの視聴システムや好みに応じてBDとUHDブルーレイ、存分に楽しまれればいいと思う。個人的には4K/HDR対応のディプレイで描写される鮮烈な画調も魅力的だが、4K/HDR対応のプロジェクターによるスクリーン映写では、いい意味でこのHDR感が柔和になり、映画館で観るDCPマスターのように感じられたことも付け加えておこう。
特典ディスクに収録されている4K修復版の制作プロセスを追ったミニドキュメンタリー「『犬神家の一族』<4Kデジタル修復版>の軌跡」を併せてご覧になるとより理解が深まるだろう。もちろん劇場公開当時の特報や予告編も新たな4K修復版で収録。同梱特典の「『犬神家の一族』完全資料集成」には初めて見る劇中や撮影時のスチール写真が満載で資料性も高い。
本作の監修として携わった長田千鶴子のインタビューも面白い。グレーディング作業においてどういったシークエンスでカラリストの阿部に対して助言を行ったかを詳細に語っている。ページをめくる指が止まらない。 “読んでから見るか、見てから読むか”。このセットがあれば楽しみが尽きることはなさそうだ。
角川映画45周年を記念して制作された4Kデジタル修復版。「角川映画祭」での上映からパッケージ版まで、次代へと続く新たな『犬神家の一族』が完成した。市川崑監督が意図したオリジナルの姿に立ち返りながらも、一歩進んだ最新の技術でより作品の表現を深める。4Kデジタル修復版の制作の開始時に「これまでの決定版にしよう」と断言したKADOKAWAの担当者の言葉に偽りはなかった。
最後になったが、今回のプロジェクトのプロデューサーである株式会社KADOKAWA IPEx事業本部 文芸・映像事業局 映像営業部 コンテンツ営業課 マネージャーの五影雅和と、同 映画営業課の原田 就、両氏の労をねぎらいつつ本連載を締めようと思う。さぁ金田一耕助の次はいよいよ “無敵武田騎馬隊に挑む若き自衛隊員21名…戦国自衛隊”。4Kデジタル修復化のプロジェクトが……遂に動きだすだろうか?! (本文敬称略)
『犬神家の一族』は一番好きな作品です。
野々宮珠世役の島田陽子さんが本作について語る、初めてのトークショウが開催された
前回の連載でご紹介した草笛光子さんに続き、12月8日に東京・新宿のEJアニメシアター
で開催された「角川映画祭」で、ヒロインの野々宮珠世を演じた島田陽子さんによるトークイベントが開催された。
冒頭、イベントの司会を務めた映画監督の樋口尚文さんから『犬神家の一族』4Kデジタル修復版の感想を聞かれると、「あまりの画面の綺麗さでびっくりしました。公開当時と違いがわからないくらいで、感激したんです。それに、未だにこんなに多くの方に観ていただける、そんな作品と縁があったことが幸せです」と語った。
実は島田さんが『犬神家の一族』に関するトークイベントに登壇するのは、今回が初めてだったという。
「以前から『犬神家の一族』についてお話ししたかったのですが、まさか正夢になるとは思いませんでした。『犬神家の一族』はロマンティシズムに溢れているし、おどろおどろしいけれど、市川崑監督のセンスでそれが昇華されているんですよね」と、トークイベントに参加できた喜びを話してくれた。
続いて樋口さんから、遺言状を披露するシーンで市川監督が屏風の金箔の艶が気に入らなかったから撮り直しになったという逸話について、実話かどうかを聞かれると、「ありました!」と即答していた。
さらに金田一耕助役の石坂浩二さんの印象を尋ねられると、「作品として、金田一さんがあまり色が濃すぎると、周りのドラマが違ってくると思うんです。探偵という傍観者の在り方として、私は石坂さんの金田一さんが一番好きです。少しパステルっぽくて、だけど存在感があるというところがぴったりですね」と答えていた。
最後に本作のファンに向けて島田さんが以下のようにコメントして、トークイベントは終了となった。
「市川監督はこの作品で、私が持っている奥深くの精神性のようなものを引き出してくださいました。私は座っているだけなんですが、画面でこんな風に見えるのは、市川監督の魔法じゃないかと思うくらいです。
これまで色々な役を演じてきましたが、『犬神家の一族』が映画としても、エンタテインメント作品としても、私のヒロイン役という意味でも、象徴的な作品じゃないかと思っています。
この映画は、この先も語り継がれていく作品です。こういった作品が日本映画にあって、そこに私が居たということに、とても感謝しています。皆さん、これからも『犬神家の一族』を末永くよろしくお願いします」(取材・文:泉 哲也)