●4Kデジタル修復版 新マスター完成までの道のり〜ポストプロダクション編①〜

 『犬神家の一族』を4Kデジタル修復版として蘇らせる。このプロジェクトをKADOKAWAと共に推進するIMAGICAエンタテインメントメディアサービス(以下、Imagica EMS)メディア営業部。Imagica EMSサイドのスタッフを束ねるプロデューサー的な役割を果たしているのが水戸遼平だ。

 前回紹介したように、同営業部の土方崇弘がこれまでリリースされてきた全種類のパッケージソフト、出版物でのスタッフの証言や評論等などから作品を研究する一方で、水戸は現存するネガやプリントなどのフィルム関係、劇場公開時には東洋現像所だった自社で保管されているはずのタイミングシートなど、4Kマスター制作の技術資料となるものを残らず探し出すために奔走していた。

画像: 今回の『犬神家の一族 』4Kデジタル修復版プロジェクトのために、様々な素材が集められた

今回の『犬神家の一族 』4Kデジタル修復版プロジェクトのために、様々な素材が集められた

 水戸はこれまでも大映版『浮草』(小津安二郎監督)の4K修復版マスターの制作にも尽力。国立映画アーカイブとの協業でアグファカラーの色彩の再現にも大きな役割を果たしてきた。これはNHK BS4Kで放送された『三大巨匠 奇跡の名画〜4Kでよみがえる黒澤・小津・溝口〜』でも紹介されていたのでご記憶の方も多いだろう。この水戸が「かつてこれほどのことはない」と語るほど入れ込んでいたのが今回の『犬神家の一族』である。

 新たなマスターのためには必要不可欠なオリジナルネガ。これはKADOKAWAの倉庫に厳重に保管されている。45年を経た今でも保存状態は比較的良好。このネガは大阪にあるImagica EMSの大阪プロダクションセンターに送られ、同所でコンディションを入念にチェック。検査やフィルムの補修作業を経たのちにLasergraphics社のScanStationを使って4Kスキャニング作業が行われた。

 このScanStationはフィルムのスタビライズ(揺れ止め)に優れるフィルムスキャナーだ。大阪で4Kスキャニングされ、フィルムのゴミや傷があらかた除去された状態のデータを東京・五反田の東京映像センターに移送。さらにレストア、グレーディングへと作業が続けられることになる。

画像: フィルムを扱う場合は、スプロケットホール等に破損がないかなどを事前にチェックする。Imagica EMS社内にはフィルム検品を行うスタッフも常駐している

フィルムを扱う場合は、スプロケットホール等に破損がないかなどを事前にチェックする。Imagica EMS社内にはフィルム検品を行うスタッフも常駐している

 水戸の捜索によってKADOKAWAの倉庫には1976年劇場公開時のプリントが存在していることが判明。しかし“使用不可”とタイトリングされたこのフィルムは褪色と共に縮みが発生し、油汚れも酷く、映写機には掛けることが出来ない状態だったという。国立映画アーカイブにもプリントの有無を確認してみたところ、おそらく1977年にプリントされたであろうフィルムが現存していることが判った。やはり経年劣化が進み、同様に映写は不可。

 そのなかで唯一、KADOKAWAに保存されて状態も良く、映写も可能だったのが2000年にプリントされたフィルムだ。これは現在も上映に使用されているという。フィルム上にはどんな画と音が記録されているか。劇場公開時の姿を探るには数多のパッケージ版よりもプリントは重要な手掛かりになる。

 この2000年版のプリントと共に作成された際のタイミングシート(ネガフィルムで撮影された映像をポジフィルムに複写する際に、色の補正値を指示したもの)、さらなる捜索で1976年当時の初号プリントで用いられたタイミングシートもImagica EMSの倉庫から発見された。

画像: 今回発見された『犬神家の一族』のタイミングシート。写真は1976年当時のもので、シーンごとに監督・カメラマンの意図する通りにどう色調を補正・調整するかが細かく指定されている。。今回は2000年版の上映用プリントフィルムと1976年、2000年の2種類のタイミングシートの数値を参考に、オリジナルの画調を探っていった

今回発見された『犬神家の一族』のタイミングシート。写真は1976年当時のもので、シーンごとに監督・カメラマンの意図する通りにどう色調を補正・調整するかが細かく指定されている。。今回は2000年版の上映用プリントフィルムと1976年、2000年の2種類のタイミングシートの数値を参考に、オリジナルの画調を探っていった

 2000年版のプリントをレストア及びグレーディング作業に先駆けてImagica EMSの第一試写室で試写。関係スタッフは映像・音ともに確認している。筆者もその場に同席した。プリントされてから20年ほどが経つもののフィルムそのもののコンディションは想像していたよりも悪くなく、本物のフィルムならではのグレイン感やスクリーンの奥から飛び出してくる力強いセリフにあらためて魅了された。

 とは言え、これまでリリースされてきたパッケージ版のマスターとはまた違ったトーンだ。「初めて映画館で観た時にはこういう色調だったろうか……?」 グレーディングを担当するカラリストの阿部悦明はそう感じていたという。しかし、のちにこの2000年版のプリントとタイミングシート、1976年の初号プリントを作成した際のタイミングシート、そして“使用不可”として残っていた1976年のプリントがグレーディングの方向性を考察する際の重要な鍵になるのである。

 『犬神家の一族』といえばこれまでもたびたび議論の対象となっているのはオリジナルの画郭だ。「東宝ワイド(1:1.5)だった」「いやスタンダード(1:1.33)」だった」劇場での体験を記憶している映画ファンの証言もまちまちである。結論から言うと、これはどちらも正解。当時、スタンダードサイズのプリントに上下黒マスクのついた東宝ワイドで上映されていたのは全国でも各主要都市の6館のみ。他の劇場や名画座ではスタンダードで上映されている。つまり映画館によってばらつきがあったわけだ。

画像: 長田千鶴子さんを招いてのグレーディングの様子。カラリストの阿部さんはもちろん、酒井さんも以前から気になっていたことを長田さんに質問していた

長田千鶴子さんを招いてのグレーディングの様子。カラリストの阿部さんはもちろん、酒井さんも以前から気になっていたことを長田さんに質問していた

 今回の4Kデジタル修復版は東宝ワイドで仕上げられている。「この作品は東宝ワイドで上映したい」。同作の編集スタッフであり、今回は監修としても携わる長田千鶴子は市川崑監督の言葉が今でも記憶に残っているという。この証言がなによりの決め手となった。

 同様に、角川映画の “顔” でもある作品冒頭に登場する “フェニックスロゴ” についても劇場公開時に「あった」「なかった」と映画ファンによって記憶が食い違う。KADOKAWAに存在していた先述の1976年当時の “使用不可” のプリントにはフェニックスロゴはついていない。ところがImagica EMSに残されている同作のプリントの履歴を照会してみたところ、劇場公開後のいずれかのタイミングでフェニックスロゴが差し込まれたプリントが存在していることが判明したのだ。

 つまり画郭の違う上映形態と同じく、フェニックスロゴあり・なしの2種類のプリントが劇場や上映時期によって併用されていたと考えてもいいだろう。4Kデジタル修復版の作成に使用されたオリジナルネガにはフェニックスロゴが入っている。角川映画はやはりこのロゴから始まらないと気分が盛り上がらないではないか。(本文敬称略)

劇場に続いて放送にも登場。『犬神家の一族』<4Kデジタル修復版>が日本映画+時代劇4Kチャンネルでオンエア

 『犬神家の一族』<4Kデジタル修復版>は今月19日(金)から始まる「角川映画祭」での上映に続いて、12月24日(金)には4K UHDブルーレイ「『犬神家の一族』4Kデジタル修復 Ultra HD Blu-ray【HDR版】」のリリースが決定している。しかも本作は12月4日(土)にCS4Kの「日本映画+時代劇4K」で早くも4K初放送となる。

 番組では犬神梅子こと草笛光子さんが登壇する予定の「角川映画祭」での舞台挨拶の模様も併せて放送されるという。また日本映画専門チャンネルでは11月8日(月)を皮切りにミニドキュメンタリー「『犬神家の一族』<4Kデジタル修復版>の軌跡」の放送も開始(そういえば取材中にもカメラが回っていた)。本連載とも関わるシーンもおそらく登場するだろう。この番組については、さらに音声修復等のプロセスも取り上げたロングバージョンがUHDブルーレイの特典映像に収録される。こちらもぜひチェックしていただきたい。

画像: 『犬神家の一族』4Kデジタル修復版のワンショット。画面左右の黒みを除いた画角が東宝ワイド(1:1.5)

『犬神家の一族』4Kデジタル修復版のワンショット。画面左右の黒みを除いた画角が東宝ワイド(1:1.5)

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