昨今のコロナ禍という情勢もあり、音楽配信が急速に充実している。そんな中、徐々にではあるが音質にも配慮したコンテンツが増えてきているのは、オーディオファンにとって嬉しいことだろう。そのひとつが、前回と前々回の本連載で紹介した、新日本フィルハーモニー交響楽団による取り組みだ。昨年11月の公演をマルチチャンネルで収録し、ドルビーアトモスと96kHz/24ビット/2chの2種類の方式で配信していた。

 新日本フィルではそれに続いて、今年2月14日の特別演奏会「愛と戦闘のバレンタイン〜ふたりに贈るシンフォニー〜」(人数を制限した上で、観客を入れて実施)のハイレゾ配信にも取り組んでいる。収録は、すみだトリフォニーホールで行い、それを4K映像と192kHz/24ビットのハイレゾで配信するという内容。しかも音声はリアルタイムで2chにミックスし、映像は8Kから切り出した2K映像4つをセットにして送り出す、という凝った企画だった。

 今回、麻倉怜士さんと編集部は2月14日の演奏会にお邪魔して、配信現場の様子を取材させてもらった。ここでは、演奏会直前に実施した関係者へのインタビューの内容を紹介する。

画像: ステージ上部に設置されたメインマイク。今回は比較的シンプルな構成だったとのこと

ステージ上部に設置されたメインマイク。今回は比較的シンプルな構成だったとのこと

麻倉 今日は、新日本フィルハーモニー交響楽団さんによるハイレゾ配信現場を拝見できるとのことで、楽しみにうかがいました。蒼々たるメンバーがお揃いですので、まずは皆さんの今回の取り組みでの役割から教えて下さい。深田さんは前回の配信に続いて録音を担当されるのですね。

深田 はい、その通りです。前回はドルビーアトモスと96kHz/24ビットステレオというふたつの音声での配信でしたが、今日は192kHz/24ビットのステレオで配信するということで、マイク配置はシンプルな構成です。ただし、マイクの本数自体は通常のオーケストラ収録よりも多く、30本以上を使っています。というのも、演奏曲が大河ドラマのテーマとか映画音楽など、もともとスタジオで収録することを前提にした作品という事もあってワンポイント録音では細部までの明瞭さを得るのが難しいのです。

麻倉 メインのマイク配置はどうなっているのでしょう?

深田 今回はシンプル・イズ・ベストで考えましたので、メインマイクが2本と、ブラスセクションの上に2本になります。前回の配信ではDXD(最大352.8kHz/32ビットのリニアPCM)を使いましたが、今回は192kHz/24ビットのリニアPCMで収録します。今回は生配信ということもあり、できるだけ負荷を軽くしたかったのです。

麻倉 生配信ということで、かなり難しい作業だとは思いますが、今日の音づくりでこだわっているポイントは何ですか?

深田 楽曲それぞれにテーマ性がありますので、それを楽譜から読み取って、大事なところは逃さずにミックスしようと思っています。ですので、普段よりもマイキングの処理は多いかもしれません。

画像: 8Kカメラは会場中央奥に設置。これでステージ全体を撮影し、そこから映像を切り出して配信する

8Kカメラは会場中央奥に設置。これでステージ全体を撮影し、そこから映像を切り出して配信する

麻倉 ステージの横にミキサー卓が設置されていましたが、今日は30数本のマイクからの音を、あそこで2chにミックスダウンするわけですね。そこからの信号の流れも教えて下さい。

大石 株式会社コルグでLive Extremeを担当している大石です。今日は深田さんにアナログコンソールで2chにミックスしていただきます。その2chアナログ信号をLive Extremeエンコーダーに入れて192kHz/24ビットと48kHz/24ビットのふたつのストリームを作ります。

 同時に、アストロデザインさんからSDI(シリアルデジタルインターフェイス)で4Kの映像信号をいただいきます。その映像とハイレゾの音をセットにしてインターネットで配信するのが弊社の役割になります。

麻倉 音声が192kHz/24ビットで、しかも4K映像との組み合わせになると、回線の負荷やある程度の転送レートが必要になってくると思います。

大石 今回はオーディオと映像について、それぞれ2種類のストリームを用意しています。4K映像は圧縮率の低い(ビットレートが高い)ものと、圧縮率が高い映像(ビットレートが低い)を準備し、192kHz/24ビット音声にはビットレートの高い4Kの映像を貼り付けます。48kHz/24ビットの音声にはビットレートを抑えた映像をつけるという構成になっています。

麻倉 今回の配信の転送レートはどれくらいですか?

大石 4K映像と192kHz/24ビットの音で合計20Mbpsほどに抑えています。48kHz/24ビット音声を選んだ場合は10Mbps前後です。動きの速いスポーツなどは厳しいのですが、今回は比較的動きが少ないコンテンツなので、これくらいで大丈夫だろうと考えました。圧縮のコーデックはMPEG4-AVCを使っています。

画像: Live Extremeの送信システム。コルグの大石さんがつきっきりで作業していた

Live Extremeの送信システム。コルグの大石さんがつきっきりで作業していた

麻倉 今回の4K映像は、アストロデザインさんの技術を使って、8Kから切り出しているそうですね。

眞鍋 アストロデザインの眞鍋です。今回は配信用として8Kカメラを使っているのもポイントです。今回は4つの画角で捉えた2K映像を合成して4K映像として配信しますが、それを8Kカメラと2Kカメラの合計2台でまかなっているのです。

麻倉 それも凄いですね。カメラ配置はどうなっているのでしょう?

眞鍋 8Kカメラは客席の中央奥に置いて、オーケストラ全体を正面から捉えています。そこから弊社の切り出しシステムで見たいところを選びます。2Kカメラは指揮者やゲストのアップを撮るために使います。

麻倉 アストロデザインさんは、以前から技術展示会などで切り出しシステムを提案されていましたが、ようやく実用化されたのですね。

眞鍋 一般の音楽配信用として使うのは、今回が初めてになります。会場にカメラマンはおかず、舞台脇で画角の切り替えやスイッチングができる、しかも一人でも可能という点がポイントでしょう。

画像: 8K映像のどの部分を切り出すかをモニター上で指定可能。パンニングやズームもリアルタイムに行える

8K映像のどの部分を切り出すかをモニター上で指定可能。パンニングやズームもリアルタイムに行える

麻倉 8Kからどんな映像を切り出すかも重要ですが、今回はどんな方針でお考えなのでしょうか。

大貫 新日本フィルハーモニー交響楽団の大貫です。今回はオーケストラ全体の映像と、指揮者やコンサートマスター、金管楽器、弦楽器といったパートでカットを分けようと考えています。また曲によってはバイオリンやチェロのソロもありますので、その時は演奏者をアップにすることになるでしょう。

 ただ、今回の配信はユーザーさんが画角を選べますので、送り出し側ではあまりいじらない方がいいだろうと考えました。アップにする場合もちょっとだけ寄るといった程度になる予定です。

麻倉 今回はヤマハさんやIIJさんもプロジェクトに参加しているそうですが、それぞれどんなことを担当されたのでしょうか?

青木 ヤマハの青木と申します。今回のプロジェクトは「文化芸術収益力強化事業」の一貫として、弊社が文化庁から委託されたものでした。そこで新日本フィルさんとお話させていただいて、今回の配信を企画したわけです。ヤマハは音響関連の会社ではありますが、今回はプロデュース的な役割を担当しています。

冨米野 IIJ(株式会社インターネットイニシアティブ)の冨米野です。弊社は、配信の経路、会場の外につながる回線部分を担当しています。今回はコルグさんのLive Extremeを使った配信ということで、Live Extremeでエンコードした素材を、ネットに上げてCDN(コンテンツデリバリーネットワーク)を通してエンドユーザーに届けるという部分になります。

画像: 2chへのミックスダウンもリアルタイムで行われた。作業はもちろん深田さんが手がけている

2chへのミックスダウンもリアルタイムで行われた。作業はもちろん深田さんが手がけている

麻倉 それぞれのいいとこ取りで実現したプロジェクトなのですね。今回は生配信ということで、今演奏されているものが4Kとハイレゾで楽しめる。これは素晴らしいことです。生演奏を自宅で、しかもいい音で聴けるというのが嬉しい。音を192kHz/24ビットにしようというのは誰の発案だったのですか?

青木 当初は8K映像とハイレゾの配信をやりたいと思っていました。ただ、さすがに8Kは再生側のシステムも、通信環境も難しい。そこで、現在可能な範囲で最高のものというテーマで考えて、今回のスタイルに落ち着いたわけです。

 ライブ配信も最近はあちこちで行われていますので、通常の2K映像と48kHz音声では目新しさがありません。今回は技術的ハードルが高い配信を目指したいと思ったのです。

大貫 コロナ禍ということもあり、今後も配信は引き続き行っていく必要があると考えています。しかし青木さんのお話にあった通り、今は音楽配信も飽和状態で、差別化が難しいのです。そんな中でも、今回のような取り組みで品質面での違いをアピールできればと思っています。

麻倉 今日のメンバーが揃っていればそれも可能でしょう。新日本フィルさんの、今後の配信にも期待しています。まずは今日の演奏会を楽しませてもらいます。

※2021年2月14日、すみだトリフォニーホールにて。
次回は麻倉さんのホームシアターで、同コンテンツの配信をチェックします。

画像: 取材に対応いただいた方々。左から、dream window Inc. Music Balancer 深田 晃さん、公益財団法人 新日本フィルハーモニー交響楽団 事業部 次長 大貫篤さん、アストロデザイン株式会社 取締役 事業本部長 眞鍋吉仁さん

取材に対応いただいた方々。左から、dream window Inc. Music Balancer 深田 晃さん、公益財団法人 新日本フィルハーモニー交響楽団 事業部 次長 大貫篤さん、アストロデザイン株式会社 取締役 事業本部長 眞鍋吉仁さん

画像: 同じく取材に対応いただいた方々。左から、株式会社インターネットイニシアティブ ネットワーク本部 xSPシステムサービス部 担当部長 冨米野孝徳さん、株式会社コルグ 執行役員/技術開発部 部長 大石耕史さん、ヤマハ株式会社 クラウドビジネス推進部 SoundUDグループ専属 チーフコンサルタント 青木 聡さん

同じく取材に対応いただいた方々。左から、株式会社インターネットイニシアティブ ネットワーク本部 xSPシステムサービス部 担当部長 冨米野孝徳さん、株式会社コルグ 執行役員/技術開発部 部長 大石耕史さん、ヤマハ株式会社 クラウドビジネス推進部 SoundUDグループ専属 チーフコンサルタント 青木 聡さん

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