女性監督がふたりノミネートされたのは史上初
日本時間の3月15日に、第93回アカデミー賞のノミネート作品が発表された(授賞式は4月26日の予定)。デイヴィッド・フィンチャー監督の『Mank/マンク』が作品、監督、主演男優、助演女優、撮影など計10部門でトップを走っており、それを『シカゴ7裁判』『ミナリ』『ノマドランド』『ファーザー』などの6部門ノミネート作品が追うという展開。
主だった候補作を見ると、作品賞の『シカゴ7裁判』と『Mank/マンク』はNetflix、『サウンド・オブ・メタル ~聞こえるということ~』がAmazon Prime Videoの作品。監督賞のクロエ・ジャオ(『ノマドランド』)とエメラルド・フェネル(『プロミシング・ヤング・ウーマン』)は史上初めての女性監督ふたりのノミネートで、コロナ禍の影響で例年の華やかさは薄めとはいえ、バラエティは豊かだ。トランプの時代に終止符が打たれ、変わりつつある世界とアメリカを考えるには興味深いラインアップといえる。
ひと月前は、作品と主演女優は『ノマドランド』+フランシス・マクドーマンド、監督と主演男優は『Mank/マンク』のデヴィッド・フィンチャー+ゲイリー・オールドマンと思っていたけれど、ブラック・ライヴズ・マター運動の風もあり、男女優は『マ・レイニーのブラックボトム』(Netflix)の故チャドウィック・ボーズマンとヴィオラ・デイヴィスに行くかもしれない。ほかにも今年は俳優部門20の候補のうち、非白人が9人選出されている。
音響賞はピクサーの『ソウルフル・ワールド』? 作曲賞は出演の韓国女優ハン・イェリが歌う主題歌「Rain Song」がとてもいい、韓国系移民一家の物語『ミナリ』の音楽家エミール・モセリに行ってほしい。
『TENET テネット』のクリストファー・ノーランは、また視覚効果賞とかの技術賞か、わしゃ知らんとヘソ曲げてるだろうなあ、とかいろいろ考えるのはとても楽しい。ハリウッド村のお祭りは、社会の風向きを覗く窓でもあるのだ。
名女優フランシス・マクドーマンドが惚れ込んだ女性監督とは
そんな今回のアカデミー賞で本命と目されているのが、前哨戦であるトロント国際映画祭やゴールデングローブ賞を制した新人クロエ・ジャオ監督の『ノマドランド』だ。これは傑作! あとでもういちど考えてみるけれど、時代の変換期だからこそ生まれた注目作かもしれない。
主演は『ファーゴ』(1996年)と『スリー・ビルボード』(2017年)でアカデミー主演女優賞に2度輝いているフランシス・マクドーマンド。今回も彼女にしか出来ないテッパンの名演で、もしも逃がすのなら3回目はどうなの? で票が割れたときだろう。
原作は、ジェシカ・ブルーダーのルポルタージュ「ノマド 漂流する高齢労働者たち」(春秋社)。2000年代末に起きたサブプライム住宅ローン危機とリーマン・ショックで家や職を失い、低賃金労働で食いつなぎながらキャンピングカーでアメリカ各地を大移動するノマドワーカーの日々を追った1冊だ。
その映画化権を手に入れていたマクドーマンドは、トロント映画祭でジャオ監督の前作『ザ・ライダー』(2017年)を観て、プロデューサーのピーター・スピアーズに「私たちが求めていた監督を見つけた!」と連絡する。こうして『ノマドランド』は船出をした。
アメリカ中西部のサウスダコタ州で暮らすカウボーイたちの日常を追ったドラマ『ザ・ライダー』(Netflixで4月6日まで配信中、Amazon Prime Videoにも購入&レンタル版あり)は、不思議な縁(えにし)で世に送り出された作品だった。
2015年、長篇第1作であるネイティヴ・アメリカンの兄妹の物語『Songs My Brothers Taught Me』(兄が教えてくれた歌/本邦未公開)を同地方の先住民保留地で撮っていたジャオは、乗馬シーンの教えを乞うため、ブレイディ・ジャンドローという青年と知り合いになった。ところが彼は映画完成後にロデオ大会で落馬して頭がい骨骨折の大怪我を負ってしまう。
歩けるようになると再び愛馬のもとへ向かおうとする彼を見たジャオは、アイデンティティの回復を目指すブレイディを主役にして次の映画を作ろうと決心する。
登場人物は、ブレイディの障がいを持つ妹を含め、全員が素人だった。映画のオープニングには、シャワーを浴びようとする彼の側頭部の大きな手術あとがそのまま映しだされる(フランケンシュタインの怪物のように頭皮がホッチキスで閉じられている)。
脚本はあったが、彼らとの話し合いで随時変更され、すべてがロケーション撮影。フィクションとドキュメンタリーの狭間を縫う手法の作品なのだ。
よくこんなアプローチが出来たものだと感嘆する。サウスダコタ州は先日の大統領選でもトランプが倍近い得票数でバイデンを破った、圧倒的に共和党が強い保守的な地域だ。住民の8割5分が白人。残りの多くは先住民で、彼らの貧困が問題になっている。
そんな地域に異国の女性監督が入り、住民たちとその実人生を下敷きにしたドラマを作っているのだ。身体とこころの傷あとにまでカメラを向けて。
よほどの信頼関係を結ばないと作れぬ作品だろう。場を支配しようとする男には作れない映画かもしれない。穏やかな性である女だからこそ生まれた映画。清廉さが詩情となって画面に満ち満ちている。
フィクションかドキュメンタリーか。『ザ・ライダー』のアプローチは健在
ドキュメンタリーとフィクションが地つづきになった『ザ・ライダー』の演出法は、製作のモリー・アッシャー、撮影のジョシュア・ジェームズ・リチャーズなど中心スタッフが続投した『ノマドランド』にも継承されている。
フランシス・マクドーマンド演じる、夫を亡くし、家も仕事も失って旅に出る主人公ファーンと、彼女が旅先で出会う男デイヴ(デイヴィッド・ストラザーン)以外の出演者ほぼ全員が実際のノマドで、なかには原作本で取材を受けた人物もいる。
彼らは映画のなかで昨日と同じ自分を生きているのだ。そこに撮影スタッフとマクドーマンドが降りてゆき、生活できるよう改造されたバンの車窓から、雪が残った道と地平線を眺めている。
孤独でわびしい映画なのだけれど、暗澹たる気持ちにはならないのだ。それは『ノマドランド』が貧困のなかに滑り落ちた自分たちを嘆き、何かを糾弾する映画でないからだろう。移動の映画にもかかわらず、凛として大地に根を張り空を見上げる樹木のような作品なのだ。
絶望せず、といって希望も持たず目の前の道を見るマクドーマンドの横顔。加えて共演のデヴィッド・ストラザーンがまとう気配も効いている。
1960年代カウンターカルチャーの時代を過ごした若者たちの再会劇『セコーカス・セブン』(1980年)や、空から落ちてきた黒人エイリアンの滞在記『ブラザー・フロム・アナザー・プラネット』(1984年)などオルタナティヴな秀作を作ったジョン・セイルズ演出作の常連俳優だったストラザーン。その記憶があるので、映画に登場するノマドたちは『フィルモア最后のコンサート』や『ウッドストック/愛と平和と音楽の3日間』の会場にいた若者たちの半世紀後の姿のように思えてくる。
時代の転換期にふさわしい、心に残る1本
信じるも信じないもあなた次第だけれど、占星術では去年の12月20日に木星と土星が重なるグレート・コンジャンクション(すばらしき接続)が起き、世界は水瓶座が支配する「風の時代」に入っているのだという。
その特徴は、風のように流れ、国境や文化、性別を横断するボーダーレスと、循環する貨幣価値。所有する時代から共有するシェアの時代への転換だ。
アメリカのコーラスグループ、フィフス・ディメンションも1969年の大ヒット曲「輝く星座」(Aquarius/Let the Sunshine In)で、“愛が空の星を動かすんだ。これからは水瓶座の時代になる。心の底から自由になるんだ”と歌っていたもんなあ。
『ノマドランド』の景色が2021年にフィットするのは、それが「風の時代」に乗って飛んでいるからなのかもしれない。
いまを窮屈に思うひとにとっては忘れられぬ一本になるはず。若いひと、そしてむかし若かったあなたに強くお勧めしたい。
『ノマドランド』
3月26日(金) 全国公開
監督:クロエ・ジャオ
出演:フランシス・マクドーマンド/デヴィッド・ストラザーン/リンダ・メイ
原題:Nomadland
2020年/アメリカ/1時間48分
配給:ウォルト・ディズニー・ジャパン
(c) 2020 20th Century Studios. All rights reserved.
『ザ・ライダー』
Amazon Prime Videoにてレンタル・購入配信中
(c) 2017 The Rider Movie, LLC. All Rights Reserved.