昨年のIFAで出品されたソニー「SA-Z1」。USB DAC機能を内蔵したハイエンドアクティブスピーカーで、ニアフィールド試聴のための最新技術が満載された唯一無二の製品だ。IFAの出品から、国内の発売までに時間がかかったが、6月20にようやく発売された。今回はIFA会場でそのコンセプトに感動したという麻倉さんが、SA-Z1誕生のいきさつを開発陣にインタビューする。対応いただいたのは、ソニーホームエンタテインメント&サウンドプロダクツ(株)V&S事業本部 商品技術1部 加来欣志さん、同ホームプロダクト事業部 ホーム商品設計部 塩原秀明さん、ホーム商品企画部 尾木加奈子さんの3名だ。(編集部)
麻倉 今日はよろしくお願いいたします。私は2019年のIFAでSA-Z1が発表されて以来、ずっと注目していました。ハイエンドのデスクトップスピーカーというコンセプトもそうですし、そこに込められた技術にもたいへん刮目しました。今日はSA-Z1の特長や、どのようにして誕生したのかについてうかがいたいと思います。
尾木 商品企画の尾木です。SA-Z1はシグネチャーシリーズ初のアクティブスピーカーとして企画しました。
シグネチャーシリーズはパーソナル空間で究極のハイレゾ体験を実現するというコンセプトの製品で、SA-Z1によりそれがスピーカーリスニングにまで広がることになります。ハイエンドスピーカーの目の前に広がるような広大なステージ感に加え、ヘッドホンを超えるような解像度を実現しています。
ターゲットはハイエンドヘッドホンでしか実現できなかった高い解像度と、スピーカーにしか表現できないステージ感の両方を手に入れたいと思っている方々です。またハイエンドDAP(デジタルオーディオプレーヤー)をお使いで、ポータブル機器から入ってホームオーディオを知らなかったという方にも体験していただきたいと思っています。
こういった方々は、解像感とともにスピーカーの空間表現を求めているだろうと考えました。でも、ヘッドホン愛好家に向けたアクティブスピーカーは比較的安価な製品が中心で、彼らが求めているクォリティとはギャップがあると思われました。そこで潜在的なニーズに応える製品として、高品質なDAC機能を内蔵したアクティブスピーカーを企画したのです。
SA-Z1の一番大切なコンセプトは、究極の解像度とステージ感を実現するという点で、それを実現するために3つの技術を搭載しています。具体的には「点音源完全制御」「I-Array×鼓」「100kHz再生」です。
100kHz再生を支えるのが「D.A. Hybrid AMP」(D.A.ハイブリッドアンプ)です。これはヘッドホンアンプの「TA-ZH1ES」で採用された弊社の特許技術で、フルデジタルアンプとして、デジタル信号の情報を余すことなく増幅し、かつ大出力時に発生してしまうデジタルアンプ特有の歪みやノイズを最小化するためにアナログ信号の理想波形を使うものです。
究極のデスクトップ体験を可能にする「SA-Z1」
¥780,000(ペア、税別)
●仕様:2ウェイ5スピーカー、密閉・アクティブ型
●使用ユニット:19mmソフトドーム型メイントゥイーター、14mmソフトドーム型アシストトゥイーター×2、100mmコーン型メインウーファー、100mmコーン型アシストウーファー
●キャビネット素材:アルミニウム
●周波数特性:10Hz〜100kHz(-3dB)
●アンプ全高調波歪率:0.03%(1kHz、10W)●対応フォーマット 最大DSD 22.4 MHz(DoP 最大11.2 MHz)、PCM 768 kHz/32ビット(入力端子によって異なる)
●オーディオ設定:DSDリマスタリングエンジン(DSD11.2MHzに変換)、DSEE HX(PCM 384kHz/32ビットへアップスケール)、8倍オーバーサンプリング、他
●対応音楽再生ソフト:Hi-Res Audio Player/Music Center for PC
●消費電力:右スピーカー60W、左スピーカー50W(待機時はどちらも0.5W)
●寸法/質量:右スピーカーW199×H207×D326mm/10.5kg、左スピーカーW199×H205×D326mm/10.5kg
麻倉 採用例としては、TA-ZH1ESに続いて第2号になるわけですね。
尾木 その通りです。さらにSA-Z1では新たにスイッチング素子に次世代パワー半導体素材のGaN-FETを採用し、100kHzまでの再生を可能にしています。
もちろんトゥイーターも100kHzが再生できなくてはなりませんので、チタンスパッタリング振動板やバランスドライブ構造、ボイスコイルの最適化設計などの技術を盛り込んでいます。
二番目のI-Array×鼓構造は、広大で緻密な空間を再現するために必要な技術です。
I-Arrayはフロアースピーカーの「SS-NA2ES」に搭載された技術で、高域まで広い指向性と充分な解像度を実現します。また今回はウーファーに鼓構造を採用したことで、密閉型ながら低域でも広大で緻密な空間表現を実現したのが進化点になります。低域の解像度を維持すると同時に、左右に放射された低音が、小型ニアフィールドスピーカーでありながら大型フロア型スピーカーと同じ様な低音放射パターンを実現することで、広大な空間を再現できました。
最後は点音源完全制御です。ニアフィールドリスニングでにじみのない音を実現するために、空間軸、時間軸のふたつを厳密に制御しています。SA-Z1ではユニットの同軸精度を厳密に管理し、マルチアンプとフルカスタマイズしたFPGA(プログラム可能なゲートアレイ)でそれぞれのユニットを独立制御することで点音源化を実現しました。
FPGAで16チャンネルを独立制御するのは、一体型のアクティブスピーカーだからこそ実現できたものです。PCM 768kHz及びDSD 22.4MHzという莫大なデータを16チャンネルで独立制御するというのはひじょうにたいへんで、弊社のデジタル制御技術の粋を集めたものになっています。
またユーザーが自分なりの使いこなしを楽しめるように、4つのメカニカルスイッチを準備しました。ただし音が劣化してはいけませんので、イコライザーは使っていません。D.A. Hybrid AMPやウーファーの駆動方法を切り替えることで、基本の音は維持したまま、信号劣化なく質感や味付けを微調整できる機能を目指しています。
麻倉 SA-Z1には様々な新技術が盛り込まれています。構造しかり、アンプしかりで、開発としてはひじょうに難しかったであろうことは想像に難くありません。
まずは先ほどの3つのトピックについて、それぞれどのような考えで開発に至ったのかを教えてください。そもそもD.A. Hybrid AMPはどういったところから発想したのでしょうか?
塩原 電気関係を担当した塩原です。SA-Z1では、スピーカーのメカ的な精度を高めた上でアンプ側も100kHzまで伸ばせば、可聴帯域の位相回転はほとんどないだろうということで、スペックとして100kHz対応は必須と考えました。
といっても、デジタルアンプで100kHzまでの再生を可能にしている製品はほとんどありません。一般的なD級アンプは汎用DACでアナログに変換した後、またアナログ的な技術でPWM(パルス幅変調)に変換して再生しています。ローパスフィルターが不可欠ですが、そこで位相が回り出してしまうことがあり、それがNFB(負帰還)にはいってしまうと安定した増幅ができない恐れがあります。
そこで私たちは、フルデジタルアンプのS-Masterを使いました。フルデジタルであれば、デジタル信号を内部でPWMにダイレクトに変換して、スピーカーの直前でローパスフィルターをかけて初
めてアナログ信号になりますので、不安定な要素はありません。つまり、ハイレゾのデータがそのまま再生できることになります。
麻倉 今回はそれに加えて、ハイブリッドにしています。フルデジタルアンプでも充分なのに、さらにアナログの理想波形を見て補正しているのはなぜなのでしょう?
塩原 S-Masterにも避けられない波形歪みがあるからです。高性能なGaN-FETを使ったとしても、デバイスの限界としての誤差成分は残ってしまうのです。今回は、その部分をアナログの理想波形を使って取り除いています。
なぜアナログで全部やらないかというと、DAC部のカットオフ周波数を拡げた周波数特性100kHzのアナログアンプ構成の場合、デジタルデータに100kHz以上の信号及びノイズ成分が多く含まれているとそのままでは増幅動作に問題を生じる可能性があります。
そこでアナログアンプには信号補正だけを処理させることで、両方のいいとこ取りができたのです。
麻倉 なるほど。確かにいいとこどりですね。音質的には100kHzまで歪みのない再生ができているのですね。GaN-FETを使った効果は立ち上がりが早いということですか
塩原 はい、波形の立ち上がり、立下りが早いことに加えてオン抵抗も少ないので発熱が小さく、回路の面積をコンパクトにできます。
麻倉 となると今後のハイエンドデジタルアンプの素子はGaN-FETになっていくのでしょうか?
塩原 GaN-FETはデバイスのコストとしては高価なので、すべてに採用するというわけにはいかないでしょう。SA-Z1だからこそ、現在考えられる最良の素材はすべて使っています。
麻倉 次はI-Array×鼓構造です。I-Arrayは以前から使われている技術ですが、まずその仕組みから教えてください。
加来 開発担当の加来です。SS-NA2ESでもI-Arrayを搭載しましたが、その時は25mmトゥイーターを中心にしたものでした。当時は指向性を広くしたいと考えており、そのためにはトゥイーターの口径を小さくするといいのですが、それでは耐入力が低くなります。
音質面や、ウーファーとのクロスオーバー周波数をどのあたりに設定するかといったことを考えると、トゥイーター口径は大きい方が有利なのです。そこで、音質のいい口径の大きいトゥイーターに小口径のアシストトゥイーターを加えて、ウーファーとのクロスや高域の指向性、ノビのよさなどでいいとこ取りをしたいというのがI-Arrayの始まりです。
そのためにトゥイーターをどうレイアウトするかは、試行錯誤とシミュレーションを繰り返しました。SS-NA2ESを開発していたときはトゥイーターを側面に付けたり、横を向けたりといろいろ試したのですが、音波は位相情報を持っていますのでピークディップが激しく出てしまうのです。
それを解決するにはトゥイーターを近づけることが得策で、試した結果一番よかったのが大口径メイントィーターを小口径のアシストトィーターで上下に挟む縦配列する方法でした。ただしここでも、3基のトゥイーター周りの形状をどうつないでいくかで特性が変わります。そのあたりも試行錯誤しながら作っていきました。そのベースにあったので、今回はさらにコンパクトなI-Arrayトゥイーターを実現できました。
麻倉 トゥイーターを縦に並べていますが、これだと横方向の広がりが狭くなってしまうような気もします。
加来 I-Arrayでは、メイントゥイーターとアシストトゥイーターの特性をどうやって足し込むと綺麗な高域再現が可能かを検証しました。単純に足し込むとピークディップが出てしまいますが、トゥイーターの形状と3基のユニットの奥行方向のレイアウトを調整すると綺麗な特性になることが分かりました。
麻倉 なるほど、次は鼓構造ですが、こういった形にウーファーを配置した製品は過去にもありました。それらとの違いはどこでしょう?
加来 鼓では後ろのウーファーの背後に音道を設けています。SA-Z1はデスクトップ試聴を前提として開発しており、後ろのウーファーをオープンな形で搭載すると、設置環境の影響で低域の再現性が変わってしまいます。そこでウーファーの背後に筐体の壁を設けて、音道を通じて横方向に低音を放出するようにしました。
麻倉 ふたつのウーファーは同相駆動しているのですね?
加来 はい、同相です。よくあるウーファーを対向配置した製品は、前と後ろのウーファーに同じ信号が入力されますが、SA-Z1では前側は2ウェイの低域としてI-Arrayとつないでおり、後ろ側のアシストウーファーは低い周波数でローパスフィルターを入れています。つまり後ろのウーファーは全帯域を出しているわけではなく、あくまでも前側のアシストにしか使っていないのです。
麻倉 後ろ側のウーファーは、より低い低域を受け持っているのですね。
加来 いえ、そこは違います。後ろ側のウーファーはハイカットしてはいますが、ハイパスフィルター周波数より低い音の再生という意味では同じで、3ウェイ的に使っているわけではありません。
麻倉 このユニット群をマルチアンプ駆動しているというのも凄いことですが、マルチアンプで時間軸補正するかしないかで、解像度や音場感も変わるのでしょうか?
加来 時間軸補正をしないと、音としてかなりぐちゃぐちゃに感じられます。開発当初は、SA-Z1のスピーカーボックスを試作のアンプ4台(メインウーファー、メイントゥイーター、アシストウーファー、アシストトゥイーター)で駆動していました。試作アンプはそれぞれのクロックで動いていますから、当然時間軸としては合わないわけです。
その状態の音をずっと聴いていたのですが、アンプ側に微妙な時間軸のずれがあることで、空間再現や音像にもずれが生じてしまうのです。その時に、とにかく時間軸を極限まで合わせることができたら、逆に凄いことが起きるのではないかと直感しました。そこで開発メンバーに、徹底的に時間軸をあわせていこうと提案しました。
麻倉 最終的には時間軸をFPGAで補正したそうですが、期待通りの“凄いこと”は起きたのですか?
加来 “凄いこと”になった結果が、今日聴いていただいている音だと思います(笑)。
麻倉 これまでの印象では、SA-Z1は空間的、時間的な解像度が高く、音像的な定位感がイマーシブに広がっていました。時間軸を揃えるとここまでの表現が可能なのだということも体験できました。こんなに正確な再現性のスピーカーは他にないと思います。
加来 ありがとうございます。普通のスピーカーは2〜3m離れた位置で聴いていますから、音が耳に届くまでに部屋の反射などのいろいろな空間合成を経ています。それに対してSA-Z1はニアフィールドで聴くこともあり、耳に届く音の鮮度は明らかに高い。そこが解像感、ステージ感の正確性につながっているのだと思います。
逆に言うと、SA-Z1はニアフィールドだから実現できる世界を提示できたと思います。「色々な技術を開発し搭載しました」「結果的にこういう製品が出来ました」ではなくて、こういった空間、解像度をニアフィールドリスニングで実現するにはどうしたらいいかを考えた結果がSA-Z1です。
麻倉 初めからこの音に対する狙い、世界観があったという点が重要ですね。SA-Z1はニアフィールド試聴とはこういうものだ、こういう風に聴こえるのが理想だという目標を掲げて、ここまでの音に仕上げたわけで、これはひとつのジャンル、高解像度リスニングというスタイルを作ったと思います。
ところで、解像感とステージ感というキーワードは企画としてあったのか、それとも技術的な必然性から出てきたのか、どちらでしょう?
加来 同時に考えていたというのが正確です。シグネチャーシリーズですから、パーソナル空間で究極のハイレゾ体験を実現したいというのが前提条件としてあります。パーソナル空間だからこそできることは何か、を考えていました。
ソニーでは今までもウォークマンやヘッドホンアンプを開発しており、ヘッドホンユーザーがどういう嗜好、好みをしているかについて企画担当が深く調査をしています。その中でわれわれとしては、ハイエンドヘッドホンユーザーも、決してスピーカーを部屋に置けないからヘッドホンを選んでいるのではないという明確なイメージを持っています。
この人たちはヘッドホンならではの再現性、音に惚れ込んでいるという印象が明確にあったのです。そこから導き出されたのが解像度だったのです。
単にニアフィールドスピーカーを作りましょうということではなく、これまでのスピーカーとは違う価値を加えないと駄目、ただ近くに置くスピーカーを作りましたと言うだけでは意味がないと考えたのです。デスクトップに置いて使うということを考えた時に、どんな音がすると楽しいのか、どういう使い勝手がいいのかを時間をかけて考えていきました。もの凄く緻密に計算して作り上げていった結果がSA-Z1なのです。
麻倉 その意味では、目標は100%達成できたのでしょうか?
加来 そうですね、ほぼ思っていた通りの製品ができたのではないかと思います。
麻倉 昨年のIFA会場でSA-Z1の音を聴かせてもらいましたが、その時はとてもタイトで、解像度はあるけれど、あまり音楽性の感じられない音でした。しかし今日の音ではそういった問題点も解消されています。
加来 麻倉さんに “解像度は高いが音楽的ではない” というショッキングなご指摘をいただいて目が覚めた気がしました(笑)。当時は解像度を上げることに執着していたかもしれません。細かい音にこだわりすぎて交響曲を通して聴くのは苦痛に感じるようなチューニングになっていました。
麻倉 音を変えていくというのは、チューニングで対応できるのですか? それともユニットやアンプなどの根本的な部分から変えたのでしょうか?
加来 チューニングで対応しています。SA-Z1では通常のスピーカーで言うネットワーク回路をDSPで処理しています。その部分のフィルター特性を変化させて音を追い込みました。
麻倉 SA-Z1はひじょうに正確な音場を再現する製品ですが、そのぶん置き方や使いこなしの影響も大きいのではないでしょうか?
加来 私は趣味も仕事もオーディオで、機器の使いこなしのお作法もよく知っているつもりです。でもSA-Z1についてはそこを一度忘れていただきたいですね。
まず、壁に思い切り寄せていただきたいと思います。またスピーカーは正面に向けて、内降りにはしないで下さい。普通はトゥイーターを耳に向けた方がいいだろうと考えがちですが、SA-Z1は正面向きに置くことをおすすめします。特に重要なのは、スピーカーと後の壁からの距離が違うと音に影響がでますので、壁からの距離が左右で同じになるように注意してください。それを守っていただければ、左右の間隔などは好みに応じて調整してもらいたいと思っています。
麻倉 先ほど、壁からの影響が出ないように音道を設けたというお話があったと思いますが、それでも壁からの距離は重要なのですか?
加来 そうですね。低域は指向性が広いので横に出したとしても回り込みが発生します。そのため後ろの壁からの影響もゼロではないのです。
またSA-Z1は壁に近づけて机の上に置くことを前提に音を作っていますので、通常のスピーカーのようにスタンドに乗せて使うと低音が物足りなくなる可能性があります。特に低音の量感は置き場所で大きく変わります。机の上に置く事と背面に壁がある事を考慮して設計を進めました。
麻倉 SA-Z1のユーザーは、デスクトップに置いて、壁からの距離を変えながら自分の好みのバランスを探した方がいいということですね。
加来 はい。その時に怖がらずに壁にどんどん近づけてください。
麻倉 インシュレーターなどを敷くことで音が変わりますか?
加来 SA-Z1はそのまま机に置いていただくことを前提にしています。ただそこは好みにもなりますので、いろいろ試してみてください。
麻倉 なるほど。改めてお伺いしますが、SA-Z1の開発のキーポイントはどこでしょう
加来 先ほど申しあげた通り、SA-Z1は解像度とスピーカーリスニングならではのステージ感の両立を目指しています。そこで重要だったのが、ユニットの同軸精度と時間軸精度のふたつを極限まで高めることでした。それによって得られる世界観を提示したいと考えていました。単純に同軸スピーカーだとか、時間軸を合わせましたということではなく、かなりの次元でそれを両立しましたということがポイントです。
麻倉 最後に、SA-Z1の調整機能の使いこなしについてアドバイスをお願いします。
塩原 SA-Z1には「D.A.ハイブリッドアンプANALOG ASSIST」「アシストウーファーMOTION」「アシストウーファーFREQUENCY RANGE」「アシストトゥイーターTIME ALIGNMENT」の4つのメカニカルスイッチを準備しました。これらのポジションを切り替えていただくことで、様々な音のニュアンスを楽しんでいただけます。
たとえば、「D.A.ハイブリッドアンプANALOG ASSIST」は、アナログアンプとデジタルアンプの制御方法を調整するものです。アナログ信号を誤差補正だけに使う「STANDARD」と、ある割合で信号増幅にも使う「BLENDED」を切り替えます。
この機能は加来のアイデアで、最初は「BLENDED」にしたらアナログの歪み成分が入ってしまうのではないかと思ったのですが、やってみたらアナログアンプがもっていた歪みの成分が上手い具合に反映されて、いい案配になりました。
麻倉 アナログとデジタルを一緒にするという発想は面白いですね。
加来 もともとヘッドホンアンプのTA-ZH1ESでも、アナログアンプをデジタルを補正する目的で使っていました。ある時、せっかくアナログアンプがあるのだから、こっちも増幅に使えばと考えたのです。試作機の音を聴いてみたら面白かったので、採用しました。
塩原 音質的には、デジタルアンプだけの「STANDARD」だと繊細で硬い方向になるのですが、「BLENDED」にするとアナログの柔らかさが出てきます。加来は最初にこの音を聴いたときに、 “昭和っぽい音がする” と表現していました。
麻倉 それですか、後で聴いてみよう。アシストウーファーの切り替えはどう使うのでしょう?
加来 後ろのアシストウーファーは先ほどお話ししたようにローパスフィルターを通していますが、「アシストウーファーFREQUENCY RANGE」ではそのハイカット周波数を切り替えます。「WIDE」はハイカットする周波数が高くなって、アシストウーファーが鳴らす帯域が広くなります。「NARROW」はその反対です。
実際にはハイカットの周波数を変えているだけではなく、それそれのポジションで音が最適になるように微調整しています。ユーザーが低域の再現性が変わったと感じられるように、いろいろなチューニングを加えているのです。
麻倉 ところで、IFAの出品から国内の発売まで時間がかかりましたね。
尾木 はい……。国内での正式商品化に手間取っていたのですが、一番大きいのは新型コロナウィルスの影響でした。
麻倉 このクラスとなると、量産機の音質管理もたいへんだったのではないですか?
塩原 通常はわれわれ技術陣が工場でチェックするのですが、その出張も禁止になってしまいました。ここも苦労した点です。
麻倉 今回のコロナウィルスが社会にもたらした変化はいろいろありますが、そのひとつとしてステージが家庭にきたということがあると思います。実際のライヴが開催できないぶん、家庭で配信などを使ってステージ作品を楽しむ機会が増えたと言うことです。これは新しい文化になるでしょう。
ステージがオンライン配信を通じて机の上に来るわけで、ハイエンドなデスクトップ再生環境が現実味をおびてきた。となるとソニーはデスクトップステージングスピーカーというジャンルをどう育てていくのか、ハイエンドからもっと身近なものまで選択肢を増やしていくのか、気になります。
尾木 まだ企画段階ですが、価格的にラインナップを充実させる方向や技術的な新展開など、いろいろ検討しています。SA-Z1は新しい技術を沢山盛り込んだとてもユニークなモデルですので、これ一台で終わらせたくないと強く思っています。
麻倉 デスクトップオーディオは、これからの音楽鑑賞の定番になる可能性を持っています。SA-Z1の技術はどれをとっても大きな可能性を持っていますので、そこを追求していってください。SA-Z1をスタートにした、ソニー的な新しいオーディオの切り口を大いに期待しています。
SA-Z1は、デスクトップアクティブスピーカーの
リファレンスと呼ぶに相応しい音を実現している (麻倉怜士)
先日発売されたソニー「SA-Z1」の量産モデルの音をStereoSound ONLINE試聴室で確認しました。SA-Z1は鉄製スタンドに載せて壁際に置き、ユニットは正面を向けた状態で試聴。左右スピーカーの間隔は1mほどです。マックブックPROと付属のUSBケーブルでつなぎ、再生ソフトはソニー純正の「Hi-Res Audio Player」を使いました。
ユニットを正面に向けるのは、近接試聴でユニットを試聴位置に正対して向けるとダイレクトに音が届くので、間接音を使った空間ブレンド感が薄まってしまうからでしょう。SA-Z1はもの凄く解像度が高いので、ブレンド感を足した方がいいという判断だと思われます。壁に近づけて欲しいというのも同様で、この本体サイズですから、低域を出すためには壁の反射も使った方が良いとの判断だと思われます。
リニアPCM 192kHz/24ビットの音源で情家みえさんの「チーク・トゥ・チーク」を聴きました。まず驚いたのが、音像の形、イメージがひじょうにクリアーで彼女のボディ感が見えることです。歌っている人がそこに居るかのように感じる造形感がたいへんしっかり出ていると思いました。形のリアリティですね。
小編成の楽団演奏でバックに並ぶ楽器の位置関係まではっきり分かりました。情家さんがメインに立っていて、バックも上手い形で控えているという、ステージの奥行感がよく出ています。
ピアノの山本剛さんの演奏も、リフではそれほどは目立っていないのですが、ソロになると主役感が出てきます。このシステムはメインを張るときとサブの時ではっきり描き分けをしていると感じました。すべての音でフォーカス感が高いわけではなく、楽曲の製作意図に応じて主従関係を演出しています。進行力もしっかりしているし、低音の音階感もよかったですね。
アンドレ・プレヴィンの指揮によるチャイコフスキー『くるみ割り人形』から「花のワルツ」も聴きましたが、音の質感はハード、タイトな方向でした。きちんと締めて、高密度充填したという印象です。70年代の演奏ですが、今でも新鮮でフレッシュさがある。出だしのハープが切れ味よく、倍音感、カラフルさがよく描かれています。
オーケストラの再現も、左側に居るバイオリンの倍音感、右のチェロの伸びやかさなど、音場の中で音像がかもしだすドラマチックな掛け合いがたいへん面白かったです。木管がメロディを弾いて、弦がオブリガードで応えるといった位置が異なるパート同士のスリリングなやりとりもよかったですね。時間軸が揃っているので、敏捷さがでていると感じました。ただ、楽団の朗々たる安定感、大型スピーカーで聴くようなダイナミックな再現は難しく、スケール感には制限があります。そこは割り切って、このサイズ感で楽しむべきでしょう。
ダイアナ・パントンの「ディスチネーション・ムーン」もまさに彼女がそこに見えるような描写ですが、こちらはバックの演奏がルーズな感じです。おそらくこれも制作者の狙いで、彼女の存在を引き立てようという意図なのでしょう。SA-Z1はその狙い通りにフォーカスが合ったパートはしっかりと、ふわっとした部分はふわっと描き出しています。
小川理子さんの『バルーション』も、彼女の鍵盤感、アグレッシブさがよく出てきます。歯切れのいい音楽をSA-Z1で聴くと躍動感があって、タイトにして切れがいい音で楽しめます。
この楽曲でアシストウーファー(A.WF.FREQ RANGE)を「WODE」「STANDARD」「NARROW」で切り替えてみました。「WODE」は量感が目に見えて増えますが、解像度の高さはきちんと維持しています。「NARROW」では固めの印象になり、よりハードな音が楽しめます。これはまさに好みの領域なので、ユーザーが切り替えて楽しむべきものと感じました。
アシストウーファーを「STANDARD」に戻して、D.A.ハイブリッドアンプ(D.A.ASSIST)を「STANDARD」「BLENDED」で切り替えました。こちらの「STANDARD」は透明感、解像感が高いものですが、「BLENDED」にするとわずかに濁りが加わり血色がよくなったようにも感じられます。これは曲によって向き不向きがありそうですが、『バルーション』では「BLENDED」の方が合っているようにも思いました。
ステレオサウンドのDSD 11.2MHz音源から『ドヴォルザーク:交響曲第九番「新世界より」』の第4楽章を聴きました。音場がとても立体的で、ホルンなどの金管が奥にいるという距離感がしっかり再現されていました。こちらも古い録音ですが、リマスターした恩恵でフォーカス感、音色感がよくなっています。またパートごとの対比感も、左右の対比の鮮やかさが出色でした。
もうひとつDSD 11.2MHzでヤーノシュ・シュタルケルの『J.S.バッハ:無伴奏チェロ組曲』の第1番からプレリュードを再生しました。チェロの滑らかな曲線がみえるかのような再現性です。昔から松ヤニが飛び散る様が見えるようだといわれる名演奏ですが、まさに生々しいフォーカス感で、松ヤニがDSDを通じて出てくるかのようでした。
SA-Z1は本当に画期的な存在だと思います。ここまでハイエンドなデスクトップの音が聴ける製品はこれまでありませんでした。デスクトップでステージを楽しむという文化はこれからどんどん広がっていくでしょう。SA-Z1はそんな時代に最適な、デスクトップアクティブスピーカーのリファレンスと呼ぶに相応しい音を実現していると思いました。
今日はUSBケーブルも付属品を使い、再生アプリもソニー製で揃えましたが、ケーブルを市販の高品位なモデルに変えるとか、アプリをオーディオ用にすると言ったことでも再生音は変化してくると思います。今後はそういった、よりこだわった楽しみ方も増えていって欲しいですね。
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