CES2019会場でのメーカー直撃レポート第二弾をお届けする。今回はソニーブースに展示された8K液晶テレビ「Z9G」シリーズについて。8K解像度を備えたモデルで、液晶式ながら黒再現の向上や視野角拡張など、高品質のための技術が多数盛り込まれている。「MASTER Series」のトップモデルとなるZ9Gはどのようにして企画・開発されたのか。ソニービジュアルプロダクツ株式会社の企画マーケティング部門 部門長(兼商品戦略部長)の長尾和芳氏にうかがった。(編集部)
2019年は大画面化がさらに加速する
麻倉 今日はよろしくお願いいたします。CES2019の展示では、やはりZ9Gが圧巻でしたね。しかも98インチと85インチですから。今年のMASTER Seriesは大画面化を目指すのでしょうか。
長尾 これまでのMASTER Seriesは、有機ELテレビ「A9F」シリーズは55/65インチ展開で、液晶テレビは「Z9F」シリーズが65/75インチというラインナップです。しかし2019年モデルでは、液晶テレビのMASTER Seriesとして、85/98インチの8Kモデル、Z9Gを追加し、有機ELテレビも77インチを追加しました。
麻倉 一気に大スクリーン化しましたね。まずはその狙いから教えて下さい。
長尾 液晶パネル業界のトレンドとしては、10.5世代の設備稼働が今年から始まりますので、65/75インチサイズが効率よく生産できるようになります。となると大型パネルの供給が増え、それに連れて価格も下がってくることが期待できます。
それを受け、これまで65/75インチは高付加価値製品だったのですが、ここでもうワンステップ大画面化していく必要があるだろうと考えました。同時にお客様にとっては大画面化することで没入感が高まり、視聴体験の価値が上がります。その両方の要因から、弊社のテレビも大画面化を進めるべきだと判断しました。
大型テレビ市場において、どれだけプレミアム感を維持して、存在感を出せるかも戦略的には重要です。弊社は世界的に大画面化にトライしていますが、最近は国内や欧州でも75インチサイズが動くようになってきているのです。
麻倉 部屋が狭いから大型テレビは向かないと言われていた地域でも、75インチが求められているのですね。
長尾 昨年末の日本でも55インチ以上の市場が大きく伸び、中でも65インチ以上の市場は2倍近く成長しています。その意味では日本や欧州といえども、大型テレビへの要望はあると考えています。実際、これまで55インチをお使いの方は65インチに、65インチだった方は75インチにステップアップしていただいています。
麻倉 となると、ユーザーの意識が大型テレビに向いてきたということですね。その原因は何だとお考えですか?
長尾 薄型化が進んだことが第一でしょう。実際に設置してみると大型テレビも問題なく置けるということが分かってきた。また特に有機ELテレビはベゼルが狭いので、圧迫感もなくなってきています。
麻倉 そうなると、買い替えるなら大きいテレビを、と考えますよね。
長尾 お客様の買い替えのきっかけとしては、「画質がよくなること」「画面が大きくなること」というテーマがあります。これらについて満足いただけると、買い替えた後の喜びも大きくなります。弊社としては、今年は「大画面化」をアピールしていきたいと思います。
新MASTER Seriesに液晶パネルを選んだ理由
麻倉 さて今回のCESでは各社が8Kテレビを展示していますが、ソニーさんがZ9Gで液晶パネルを選んだ理由はどこにあるのでしょう?
長尾 HDRコンテンツを含めた、輝度とコントラストの再現性です。コンテンツのHDR化が進んできて、HDRの品質も上がってきています。それにより、コントラストと全体の輝度感で表現できるリアリティがずいぶん変わってきました。
その中でわれわれも輝度とコントラストをいかに再現するかを追究してきましたが、8Kになると液晶パネルであっても開口率が下がりますし、透過率も半減します。ここをどうクリアーするかは大きなチャレンジでした。
8Kパネルを使いながら、4Kと同じくらい、もしくはそれ以上の輝度感を出して、HDRをしっかり再現できるかはとても重要なテーマです。そんな観点で様々なパネルを検討し、バックライトの構造を8Kパネルの特性に合わせてどのように改良したらいいのかなどを検討していきました。それを踏まえてトライしたのが、昨年のCESで展示した8K/10000nitsのパネルです。
麻倉 なるほど。技術的には、昨年のCESの展示がチャレンジだったんですね。
長尾 そうなんです。でも一昨年の11月末までは、本当に実現できるのか、展示できるのかとひやひやしていたくらいです。放熱もすごかったし(笑)。
しかしあの経験があったので、バックライトの処理の仕方とか熱処理などの課題もわかりました。そして、それを解決するためにどういった設計が必要なのか、バックライトコントロールのアルゴリズムをどう作り直せばいいのかが見えてきました。
その成果をどうやって実際の商品に落とし込むか、どんなバランスで、どんな構造で作り上げればいいかを徹底的に検討したのが、今回の「Z9G」です。
麻倉 なるほど、去年の展示は力づくだったんだ(笑)。しかし最終的には目標を達成できたわけで、その成功要因はどこにあったのでしょう?
長尾 まさに“力づく”で電力もかなり使いました。あとは高輝度LEDの選別をしたり、映像プロセッサーの「X1 Ultimate」に入っているアルゴリズムで、オブジェクト処理とローカルディミングの処理をどう関連づけるのかといったところにトライしています。
麻倉 Z9Gではそれらを量産モデルに落とし込んだわけですが、どのようなことで苦労しましたか?
長尾 「バックライト マスタードライブ」を8K用に作り直したことが一番大きいですね。
麻倉 バックライト マスタードライブは2016年モデルの「Z9D」シリーズで初搭載されましたが、今回はその進化版が搭載されたと。
長尾 バックライトマスタードライブは、基本原理としてはバックライトの部分駆動エリアを極度に小さくして質を上げていく技術で、LEDのモジュールを独立駆動して最適化しています。またリアルタイムでバックライトを、オブジェクト単位とはいいませんが、あるモジュール単位で動かします。あとはビームを集光する技術がキーになります。
麻倉 Z9Gの部分駆動は分割数が数千あるという噂も聞いています。
長尾 具体的な数字は申し上げられませんが、それなりの数です。
麻倉 では、8K用バックライトマスタードライブでは何が変わったのでしょう?
長尾 全体の輝度を高めなくてはなりませんでしたので、LEDの選別を厳密に行ない、バックライトの構造そのものも変えました。また駆動の仕方も8K用に最適化しています。
麻倉 4K用から8K用に駆動方法を変えたというのはどういう意味ですか?
長尾 輝度をしっかり稼げるようにしました。Z9Gは初代モデルのZ9Dと比較して、ピーク輝度、平均輝度ともに上がっています。画素自体は小さくなっていますので、ここは頑張りました。また「X-Wide Angle」(エックス・ワイド・アングル)という視野角補正が入っていますので、いっそう強力なバックライトが必要でした。
麻倉 輝度とは、最終的にわれわれが目にする明るさのことですね。それが大きく向上した。しかもピーク輝度と平均輝度の両方となると、中央だけでなく全面の輝度アップが必要ですから、画期的です。
長尾 ありがとうございます。これらを踏まえ、全体としての輝度感、HDR再生時のリアリティという観点からは、現時点では液晶の方が弊社が考えるテレビデバイスに向いていると判断しました。
麻倉 なるほど。逆に有機ELパネルでは、液晶ほどソニーが独自に手を入れる場所がありませんからね。
長尾 有機ELパネルにはバックライトがありませんので、全体の輝度はパネルそのものの性能に負ってしまいます。あとはそれをどうコントロールするかですね。
麻倉 8K有機ELテレビの開発は進めているのでしょう(笑)?
長尾 あらゆるデバイスの可能性を検討するというのが弊社の方針ですから、液晶、有機ELを問わず精査しています。
アップコンした方が、ネイティブより綺麗?
麻倉 さて、Z9Gではアップコンバートも頑張ったようですが、その点について詳しく聞かせて下さい。
長尾 X1 Ultimate自体が8Kを想定したプロセッサーで、その中に8K専用の超解像データベースを内蔵しています。そこで8K専用アルゴリズムを動かして、「8K X-Reality PRO」処理を行なっています。
麻倉 「DRC」(デジタル・リアリティ・クリエーション)のようにデータベースを使った処理ですね。では8K用と4Kではどこが違うのでしょうか?
長尾 オブジェクト単位で処理をしているのは同じですが、データそのものがより細かくなっています。また、いわゆる機械学習の部分で8K用のラーニングをさせています。
麻倉 先日の高木一郎専務(ホームエンタテインメント&サウンド事業担当)の記者会見では、アップコンバートの精度が上がったのでZ9Gを製品化できたというニュアンスもありました。それくらい重要な機能ということなのでしょう。画質としては、4Kで観るより8Kで観た方がいいというレベルに達しているのですか?
長尾 4Kネイティブ画像を業務用モニターのX300に映したものと、98インチのZ9Gでアップコンバートした映像を比較視聴していただきますが、X300の凝縮感がそのまま大きくなったような感覚を持っていただけるはずです。
麻倉 それは素晴らしい。普通のアップコンでは、どうしても画面が98インチになると凝縮感は薄まってしまうのですが、そうではないのですね。
長尾 はい、今回はそれが実現できていると思います。
麻倉 とすると、4Kテレビで4Kコンテンツを観るよりもZ9Gでアップコンして観たほうがいい、ということになりますね。
長尾 Z9Gは98インチですが、凝縮感が上がって、リアリティもでてきます。X300の画面にうんと近づいてご覧いただいているような印象になるでしょう。
麻倉 この技術が一般化していくと、4K放送視聴がメインの人も8Kテレビを買った方がいいということになりますね。今回はトップエンドモデルからの導入でしたが、今後もっと小型のサイズにも搭載されたら、8Kテレビを買うときの大きな訴求ポイントになりそうです。
長尾 店頭などでも、8Kテレビのスペックや解像度ばかり説明すると、どうしても私は関係ないとおっしゃる方がいらっしゃいます。そこで今回は“大画面化のための8K”というスタンスで考えました。
お客様がご覧になるコンテンツは普通の放送が中心ですので、それらを大画面で、綺麗に観ていただくために8Kというスペックが有効ですという提案です。
麻倉 確かにそうです。大画面化のためには高解像度化が不可欠で、だから8Kの方がお薦めです、という方がとっつきやすいですね。8K放送が観られるといっても、実際には1チャンネルしかありませんからね。それよりも“8Kも観られる高品質な大型テレビ”という位置づけの方が分かりやすい。
長尾 大型画ということを通して、Z9Gの価値を感じていただければと考えています。そのために今回は音質面でも「Acoustic Multi-Audio」(アコースティック マルチ オーディオ)機能を搭載しました。
これは有機ELテレビに搭載されていた「Acoustic Surface Audio+」(アコースティック サーフェス オーディオ プラス)と同じように、センターに定位する音場を液晶テレビでも実現しようというものです。またホームシアターでサラウンドシステムを設置している場合には、本機のスピーカーをセンターチャンネルとしてお使いいただけます。
リビングのテレビを大画面化した場合に、お客様がどんな体験をできるか、映画館やスタジアムにいるような臨場感を味わっていただくにはどうあるべきかというトータルな視点から提案していくことが、最終的には8Kや大型テレビの市場活性化につながっていくと考えています。
麻倉 ソニーの有機ELテレビの音のよさは、ユーザーにも好評でしたからね。
長尾 あの音に慣れてしまうと、通常のテレビ内蔵スピーカーの音では物足りなくなってしまいます。しかもテレビの大画面化が進むほど、センタースピーカーは欲しくなっていくでしょう。大型テレビだからこそ、センタースピーカーを含めた音場クォリティも大切にしていきたいと、個人的にも考えています。
麻倉 テレビが大画面化していく時に求められるテーマに可能な限り応えている、これは素晴らしい気遣いです。早く製品版を観てみたい。今日はありがとうございました。