アナログレコードの人気を受け、国内外のブランドからアナログプレーヤーが多数登場している。そんな中、満を持してヤマハからも「GT-5000」が発表された。往年の銘機「GT-2000」のDNAを受け継ぎつつ、現代のレコードファンの要望に応える様々な最新技術が盛り込まれた入魂の一台だ。今回は音決めの最終段階を迎えたGT-5000の試聴を交えつつ、本モデルにかけるヤマハのこだわりを聞いてみた。インタビュアーは、アナログレコードをこよなく愛する和田博巳さんにお願いしている。(編集部)
ターンテーブル GT-5000 ¥600,000(税別、2019年3月1日より予約受付、4月発売予定)
ヤマハブランドとして、GT-2000から36年ぶりとなるフラッグシップ・アナログプレーヤー、GT-5000が来年4月に発売されることになりました。既に昨年のインタナショナルオーディオショウなどでコンセプトモデルが展示され、オーディオファンの間では注目を集めています。今回は音決めがほぼ完成したということで、実際にGT-5000の音を聴かせていただきながら、企画・戦略を担当した熊澤進さんと広報担当の小林博文さんにこだわりポイントについてうかがいたいと思っています。
和田 最初に、このタイミングでヤマハのフラッグシップラインである5000シリーズにアナログプレーヤー、しかも歴史のあるGTシリーズを投入した理由を教えてください。アナログブームと呼ばれる背景でユーザーからの要望が高まったのでしょうか。それとも社内で開発のモチベーションが高まったのでしょうか。
熊澤 両方と言っていいと思います。2013年にプリメインアンプのA-S3000、2016年にフラッグシップスピーカーのNS-5000を発売する中で、ユーザーの方から「次はGTシリーズだよね」という声が少なからず届きました。それと同時に、開発陣の中でももう一度アナログプレーヤーをやりたいという気運が高まっていったんです。
MusicCastのようなネットワークオーディオ技術にも積極的に取り組んでいるヤマハが、今この時代にアナログをやる意味。それを考える過程で、やるならGTだという共通認識がわれわれの中に芽生えました。
和田 外観的には、ヤマハのアナログプレーヤーの銘機と呼ばれるGT-2000の意匠を受け継いでいる印象ですね。
小林 やはり木製・重量・厚みというのはGTシリーズに求められる大きなコンセプトですから、そこは外せないだろうと考えました。
熊澤 いっぽうで、単純な復刻ではまったく意味がないと思っていました。それなのになぜ外観的にGT-2000に近いものに仕上がったかというと、当時の技術が現在においても変える必要がなかったからです。
重量のあるターンテーブルを回す安定感、無垢ではなくパーチクルボードを採用したキャビネットの音質的メリットなど、今でも理にかなっていることはヤマハのDNAとしてそのまま継承し、それ以外で改善すべき点を見直していったのが今回のGT-5000ということになります。
和田 パーチクルボードを使うというのは、木材の響きを活かすという狙いですか?
熊澤 木の響きを活かすなら無垢材の方が有利です。しかし、今回はあえて無垢材は使っていません。
小林 均一性が高く、重量もとれ、加工性がよく、金属のような固有の音がない。そういった特性を活かすために、パーチクルボードを採用しています。
和田 ボディに金属を使った製品もありますが、その場合は金属の鳴きを抑える対策が不可欠です。今回はそういった部分でのコストアップは避けたかったということですか?
熊澤 理由のひとつとしてはありますが、それよりはヤマハならではの木材への知見の深さを活かしたかったということが大きいですね。オーディオメーカーとしても、楽器メーカーとしても、そこはヤマハの強みですから。ポイントは適度な内部損失と重量をいかに両立させるかでした。
敢えてピュアストレートアームを選んだ理由とは
和田 トーンアームについては、現在驚くほどの方式が乱立していますが、そこであえてもっともシンプルなピュアストレートタイプ(ヘッドシェル交換可能)を採用していますね。
キャビネットは先ほどのお話のように、ガチガチにリジッドなわけではありません。しかし実際の音を聴いて情報量が物足りないという印象がないのは、このトーンアームの性能によるところが大きいのではないかと思うのですが。
小林 はい。音のキャラクターとしては、かなりトーンアームの受け持つところが大きいと思っています。
和田 それでいてクールになりすぎず、適度にソノーラスに感じられるのは、木材キャビネットの影響でしょう。GT-5000という新モデルでありながら、どこか往年のGT-2000も思い出させる音に仕上がっている。
小林 先ほどもお話ししたように、われわれは単純なGT-2000の復刻をするつもりは初めからありませんでした。もちろんユーザーから求められるヤマハのカタチや音というものはありますが、そこに必ず新しい発想を注ぎ込むというアプローチは、すべてのヤマハ製品に通じるものです。
熊澤 レコードの盤面に刻まれた溝を、いかに正確に追従するか。そんな発想から今回はピュアストレート&ショートアームを採用しました。
音溝を意味するグルーヴという言葉は、音楽の「ノリ」という意味でオーディオ的な印象表現にもよく使われますが、音楽としてのグルーヴを出すためには音溝の方のグルーヴ、つまり音楽信号へのトレーサビリティをしっかり上げることが重要だと考えました。S/Nはイナーシャ(慣性モーメント)やキャビネットを追い込むことで向上を図れますが、ヌケのいい音を追求するためにはやはり追従性だろうと。
和田 音溝を追従する時、カートリッジやヘッドシェルはおびただしい量の振動を受け止めています。だからトーンアームが短いほど感度がよくなるのは理解できるのですが、ピュアストレートであることの利点はどこにあるのでしょうか? ヘッドシェル部のオフセットもないピュアストレートタイプは、現在のアナログプレーヤー市場では世界的に見ても少ないですよね。
熊澤 ピュアストレートタイプの製品が少ないことの理由は、トラッキングエラーが大きいことに尽きます。ストレートでショートアーム、しかもオフセットがない本機の場合、この問題は避けて通ることができない。しかしいっぽうで、追従性はひじょうに高い。
和田 要は、ポジティヴな要素とネガティヴな要素のどちらを採るか、ということですね。トラッキングエラーによるロスよりも、ピュアストレート&ショートアームならではの追従性の高さに注目したと。
熊澤 おっしゃる通りです。トラッキングエラーにより生じる問題は、おもにL/Rの位相差と歪みです。しかし、10度角のトラッキングエラーにより発生する位相差は、距離にしてわずか2mm。ほとんどスピーカー設置の誤差に近いレベルなんですね。
和田 椅子に座って正対で聴いていても、10cmや20cmは頭を動かしますからね。それに、音楽は本来リラックスして楽しむためのものですから、そんな窮屈な聴き方は誰もしたくない(笑)。
小林 もうひとつの歪みに関しても、トラッキングエラーによる歪みは、トレース時の物理的な摩擦で生じる歪みや2次歪等でほぼマスキングされます。もちろん完全に無視していいレベルとは言いませんが、そこを気にするよりはポジティヴな点を活かしたいなと。
和田 今回は5000シリーズのセットで、実際に音を聴かせていただきましたが、位相差や歪みが気になることはまったくありませんでした。フェードアウトしていく中でもプレーヤーの定位が揺らぐことなく、音量が限りなく低くなってもクリアーさが損なわれることがありませんでした。
熊澤 世の中には、トラッキングエラーを排除するために超精密なパーツを多数使った高価なトーンアームがあります。私もエンジニア出身ですから、そういった取り組みは素直に尊敬しますし、機会があれば自分でもやってみたいと思います。しかし音楽再生にとって最優先すべきはトラッキングエラーをゼロにすることではなく、追従性を高めることだと私は思うんです。
小林 GT-5000の開発時には、もちろんS字アームなども検証しましたが、鳴り方がまったく違うんです。ストレートの方がずっと素直でした。
熊澤 そういった音の印象は、測定器でもある程度は測ることができます。しかしヤマハでは、テクノロジーとエンジニアの感性を同等に重んじているんです。実際、測定器が見落とすようなノイズにエンジニアが気づくこともあります。
ベルトドライブ方式の利点を活かして、音楽性の表現を高めた
和田 今回のGT-5000では、クォーツ制御によって生み出される正弦波を用いたACシンクロナスモーターによるベルトドライブ方式を採用していますね。
熊澤 先ほどもお話ししたように、今回は「ヌケのよさ」が大きなテーマとなっていました。そのためにベルトドライブを採用し、電気的なフィードバックを駆動系から排除することを目指しました。
ACシンクロナスモーターの採用は、まさにエンジニアの感性によるものです。DCモーターでフィードバックにより回転むらを抑えることより、水晶で理想的な正弦波を生成してACシンクロナスモーターを回した方が、人間の感覚に寄り添うはずだと。もちろんベルトドライブでも原理的にはコギング(モーターの回転むら)の影響は残ります。しかし、ベルトによりある程度ダンピングされるんですね。そこもベルトドライブの利点と考えました。
小林 振動対策としては、オーディオインシュレーター「Wind Bell」を開発した特許機器株式会社との共同開発による特製レッグの貢献も大きいと思います。3次元特殊支持構造を採用したこのレッグによって高域特性を最適化するとともに、水平方向での7Hz以下の共振周波数を一定に保ちます。振動遮断性能も市販されているWind Bellと同等のレベルで、一般的なスパイク式と比べて30〜40dBほど低くなっています。
和田 XLRバランスのフォノ出力を備えているのも本機の大きな特徴ですね。
小林 全段バランス伝送を実現したプリアンプC-5000とパワーアンプM-5000との組合せで、フォノカートリッジからスピーカーまでの完全バランス伝送が可能になります。これは音楽の入り口から出口までを一貫して手がけるヤマハだからこそできることだと自負しています。
和田 音楽が生理的に楽しく聴ける。それがGT-5000を聴いてまず感じたことでした。渾身の一品であるこのプレーヤーを、どんなユーザーに聴いてほしいですか?
熊澤 音楽でグルーヴしたい人。そこに尽きます。私の世代には、食事を一食抜いてでもレコードを買いたいという音楽ファンがまだまだたくさんいます。決して安いプレーヤーではありませんが、そういう人たちに「いつかはGT-5000を」と思ってほしいですね。
小林 5000シリーズは毎年モデルチェンジをするようなラインナップではなく、永く変わらず楽しんでいただくことに重きを置いています。「はじめに音楽ありき」というヤマハの思いをこのGT-5000から感じ取っていただけたら嬉しいですね。
一刻も早く皆さんにGT−5000の音を聴いていただきたい。
そう実感させてくれる、魅力溢れる製品に仕上がっている …… 和田博巳
同社のフラグシップとなる5000シリーズは、既にスピーカーのNS-5000が好評発売中だが、この12月にはいよいよプリアンプC−5000とパワーアンプのM−5000が登場する。そして今回はヤマハ試聴室にて、来春発売予定のGT−5000をじっくり聴くことができた。しかも5000シリーズに組み込んだフルラインナップでの試聴である。結果はたいそう素晴らしかった。一刻も早く皆さんにGT−5000の音を聴いていただきたいと実感した。
GT−5000の外観は往年の名機GT−2000にたいへんよく似ているが、一見して違いが分かるのがトーンアーム部分だ。本機にはピュアストレート型ショートアームが搭載されている。本機の音が、情報量が多くハイスピードで高S/Nと感じられる要因のひとつが、このピュアストレートトーンアームの追従性の高さにあることは間違いない。
もうひとつ、今回はC−5000内蔵のフォノイコライザーを使ったが、GT−5000は通常のRCA(アンバランス)出力端子に加えてXLRバランス出力端子も装備し、C−5000のフォノイコライザーにはバランス入力が装備される。従ってフォノイコライザー回路を含む全段バランス回路のC−5000とM−5000のペアにGT−5000を組み合わせることで、カートリッジからスピーカー出力までのフルバランス伝送が実現するのである。このフルバランス伝送はカートリッジ(今回はMC型のフェーズメーションPP-2000)の実力を究極的に引き出していると感じた。
さらにGT−5000ではダイレクトドライブ方式だったGT- 2000とは異なり、二重構造の重量級プラッターとベルトドライブを組み合わせた方式に変更されている。音にきわめて抜けの良さが感じられるのは、駆動系に電気的な制御を必要としなくなったから、というのもあるはず。
GT−5000はエネルギーバランスが見事に整い、きわめて清澄でスピード感のある音を聴かせる。大いに期待して発売を待ちたい。