衝撃の事件をベースにした『ウーマン・トーキング』、アカデミー賞脚色賞を受賞!

 ミリアム・トウズのベストセラー小説『Woman Talking』を、女優でもあるサラ・ポリーが脚色&監督し、アカデミー賞脚色賞に輝いた『ウーマン・トーキング 私たちの選択』。監督デビュー作『アウェイ・フロム・ハー 君を想う』を発表して以来“問題意識の高い女性“としてその名を馳せてきたサラ・ポーリーらしく、これまでのフェミニズム映画とは違った語り口で虐げられた女性たちを描き、新鮮な共感と感動を促してくれた。

 描かれるのは、2010年、自給自足で生活するキリスト教一派が住む村での出来事。そこでは、コミュニティの男たちが密かに女性に薬を飲ませ、意識を失っている間にレイプをするという行為が、長年にわたり続いていた。ある日、その事実を知った女性たちは、将来のための決断を迫られる。選択肢は3つ。「赦す」、「この地に留まり、男たちと戦う」、「この場を去る」。そのどれに従うべきかを最終的に話し合うのは、最年長の女性をまじえた8人。祖母、娘、孫、姪など世代も考え方も違う彼女たちが、それぞれの事情や思いを吐露していく“ウーマン・トーキング”の内容は、じつに興味深い。

 深い信仰と過酷な現実の板挟みになりながらも、男たちに有利な権力構造や、それに甘んじてきた自分たちにも目を向ける。単に男たちの非道な行為を告発するのではなく、ひたすら「自分たちが、人間としての尊厳を保って生きる道」を模索する姿に心揺さぶられる。最年長の女性が説く「“去る”と“逃げる”」「“赦す”と“許可する”」は別物だという言葉にも、あらためて納得するばかりだ。

画像: ベースになっているのは、2005年から2009年にかけて、南米ボリビアの宗教コニュニティで起きた事件。本作では、男たちが保釈されるまでの2日間という短い間に、被害者の女性たちが「今後どう生きていくか」を真剣に話し合う様子が、緊迫感をもって描かれる

ベースになっているのは、2005年から2009年にかけて、南米ボリビアの宗教コニュニティで起きた事件。本作では、男たちが保釈されるまでの2日間という短い間に、被害者の女性たちが「今後どう生きていくか」を真剣に話し合う様子が、緊迫感をもって描かれる

 幾重にも折り重なるテーマや問題を多面的な視点でとらえていく、繊細にして入念な脚本には称賛を惜しまない。そして、製作にも名を連ねたオスカー女優フランシス・マクドーマンドを始めとする演技派女優の濃厚な演技合戦の中に、唯一の男性主要キャストとしてベン・ウィショーを選んだこともお見事だ。

 ウィショーが演じるのは、文字も地図も読めない女性たちに変わり、事の次第を書き留める記録係オーガスト。彼の放つ柔らかで温もりのある空気感、そしてなにより、女性たちに向ける慈しみのまなざし! それが女性陣との素晴らしいアンサンブルを醸し出している。

 それにしても、40代になったウィショーがあの純で素朴な佇まいでいられるなんて、素敵だ。そう、初めて会った、26歳になったばかりの頃の素顔を思い出してしまった。

画像: ウィショーが演じるのは、話し合いを記録するために、唯一その場いることを許された男性。女性たちは学校にも通う権利がなく、文字の読み書きができない

ウィショーが演じるのは、話し合いを記録するために、唯一その場いることを許された男性。女性たちは学校にも通う権利がなく、文字の読み書きができない

画像: ウィショーの中性的な雰囲気と柔らかさは、“彼以外は全員女性”の状況でも違和感なくなじむ

ウィショーの中性的な雰囲気と柔らかさは、“彼以外は全員女性”の状況でも違和感なくなじむ

画像: 女性にとっては辛い内容の作品だが、彼が演じるオーガストが見せる慈悲深いまなざしは、わずかな明るい光に感じられる

女性にとっては辛い内容の作品だが、彼が演じるオーガストが見せる慈悲深いまなざしは、わずかな明るい光に感じられる

緊張していた記者会見とは一転、インタビューでは人懐っこい笑顔に癒される

 ウィショーが世界的に注目を集めたのは、ドイツの作家パトリック・ジュースキントの小説を映画化した『パフューム ある人殺しの物語』(06年)だ。スティーヴン・スピルバーグやマーティン・スコセッシ監督の映画化希望を蹴り続けた原作者が見初めたのは、『ラン・ローラ・ラン』(98年)で脚光を浴びたドイツの監督トム・ティクヴァ。そして、その気鋭監督が主人公ジャン=バティスト・グルヌイユに抜擢したのがウィショーだった。“10万人にひとりの才能”と称賛して……。

 初来日は2006年10月。東京国際映画祭で、その話題作が特別招待作品として上映されることになったからだ。トム・ティクヴァ監督と並んだ記者会見では、「誰も僕を知りませんよね」とはにかみ、貧乏ゆすりをしたりして緊張MAXのウィショー。これが野生の魅力を放つ主人公を演じた俳優? と疑うほどだった。

 が、ホテルの部屋で個別インタビューを始めると、緊張が解けたのか人懐っこい笑顔でよくしゃべる。

 「ダルヌイユは狂気の男だけど、その狂気に観客が共感しないと物語は成立しない。それを体現するのがとっても難しくて。原作ではダルヌイユが憎しみに突き動かされるけど、監督と何度も話し合って、映画では反対にしようとなって。無意識のうちに愛されたいと願うゆえの行動と考えて、演じた。そこが役作りの核だね」

 また、キャラと自分自身の関係については。

 「どんなに自分とかけ離れた役柄でも、演じているのは僕だからね。当然、僕の資質が投影されてしまう。ましてや、今回は少ないセリフで喜怒哀楽を表現したから、僕自身がにじみ出でしまった」

 面白かったのは、いちばん難しかったシーンをたずねたとき。

 「なんといっても、究極の香水を撒き散らす噴水広場のシーンだね(ニヤリ)。だって、そこには750人くらいのエキストラが居るんだけど、みんな全裸か半裸。その真中で僕だけ正装をして立っている。もう、どこを見ても裸、裸、裸で、最初の撮影の時は “僕、何をしてるんだろう?”ってアホみたいな気分になって笑いが止まらなくなっちゃった(笑)。ま、毎日そのシーンを撮影していたから、途中で慣れたけどね」

 その笑い方が「クッフフフッ」みたいな感じですごくキュート。帰り道では「子犬みたいにで、可愛かったねぇ」と、編集者も私も大満足だった。

画像: こちらは『ウーマン・トーキング』プレミア時のウィショー。40代になっても、柔らかいまなざしは変わらない

こちらは『ウーマン・トーキング』プレミア時のウィショー。40代になっても、柔らかいまなざしは変わらない

 その後、『クラウド アトラス』(12年)のジャンケットでロサンゼルスでも会ったのだが、その時はトム・ハンクスなどの共演者の方々と一緒だったのでごくごく控えめ。ま、ニコニコ笑顔は相変わらずだったけど。

 同じ2012年には、『007』シリーズでジェームズ・ボンドを支えるメカ担当の“Q”役に起用された『007 スカイフォール』も公開。さらに、私生活では作曲家のマーク・ブラッドショウとの同性婚(22年に離婚)も発表して話題となり、まさに公私ともに充実。しかも、ご本人も「セクシャリティに関しては、思っていたより仕事に悪影響は及ぼさなかった」と言う通り、“10万人にひとりの才能”をいかんなく発揮して、幅広く活躍し続けている。

 しかも、先ほど書いたように“純で素朴”な魅力は色褪せることがないのだから、喜ばしい限り!

『ウーマン・トーキング 私たちの選択』

2023年6月2日(金)TOHOシネマズ シャンテ、渋谷ホワイトシネクイント他全国ロードショー

監督・脚本:サラ・ポーリー
出演:ルーニー・マーラ/クレア・フォイ/ジェシー・バックリー/ジュディス・アイヴィ/ベン・ウィショー/フランシス・マクドーマンド
原題:Women Talking
2022年/アメリカ/104分
配給:パルコ ユニバーサル映画
(c) 2022 Orion Releasing LLC. All rights reserved.

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