スティーヴン・スピルバーグが伝説の名画をリメイク
例年、米国アカデミー賞の前哨戦として注目されるゴールデン・グローブ賞(ハリウッドの外国人記者協会の会員によって投票される)は、本年度のミュージカル/コメディー部門の作品賞に『ウエスト・サイド・ストーリー』、主演女優賞に同作の新人レイチェル・ゼグラー(ヒロインのマリア役)、助演女優賞にアリアナ・デボーズ(プエルトリコ出身のアニータ役)を選んだ。
演出は幾多の名作、ヒット作を世に送ってきたスティーヴン・スピルバーグ。『インディ・ジョーンズ/魔宮の伝説』でバスビー・バークレー・タイプのミュージカル場面に挑戦していた彼にとって、初の本格的ミュージカル映画となる。
オリジンである「ウエスト・サイド・ストーリー」は、1957年の9月26日にブロードウェイのウィンター・ガーデン劇場で幕を開け、以後732回にわたって上演された。アメリカのミュージカル/演劇界の最高賞であるトニー賞で2部門を受賞した舞台劇だ。
ちなみに関係者が当初考えていた舞台版の主演者はジェームス・ディーンだったが、彼は1955年の9月30日、愛車を運転中の事故により24歳の若さで他界。それは果されることがなかった。
その映画化である『ウエスト・サイド物語』はロバート・ワイズ監督と振付のジェローム・ロビンズの手で1961年に映画化され、アカデミー賞の作品、監督、助演男女優(ジョージ・チャキリスとリタ・モレノ)、撮影、音響賞など10部門に輝いた。
とにかく鉄板の名画なので、これをどういうふうに再映画化するのだろうと楽しみにしていたが、スピルバーグとスタッフは“1950年代終わりのニューヨークを舞台に、人種間で反目するグループの衝突とその合間で燃え上がる恋”という映画の枠組みは大きく変えていない。細部をシェイプアップする形で、現在のファンに、より磨かれた歌と踊りを届けようとしているのだ。
アドレナリンが湧き上がるダンスシーンは最大の見どころ!
と言ってもオープニング・ショットはそうとうに印象が変わっている。開発が進み、あたりで工事がつづくマンハッタンのウエスト・サイド地区。そのなかをヨーロッパ系移民“ジェッツ”の面々が歩いている。ペンキ缶を手にした彼らが狙うのは、地区の外壁に描かれたプエルトリコ系移民の対抗組織“シャークス”の国旗。彼らはそこにペンキ缶をぶちまけ、鬨の声をあげるのだ。
自分たちの根城を荒らされた“シャークス”の面々は、当然ライバルを迎え撃ち追跡する。工事のため目の前で大きな鉄球が振り降ろされ自分たちの居場所が消されようとしているのに、その縄張りでぶつかりあう少年たち。彼らにはほかに行く場所などないのだ。やがて消え去る場所にしがみつくしかないのである。
この場所で彼らの毎日はつづいている。そんな生活のなかダンス・パーティ会場で出会う“ジェッツ”の元リーダーで、いまは更生しようとグループから少し離れているトニー(アンセル・エルゴート)と、対抗組織“シャークス”のリーダーの妹マリア(レイチェル・ゼグラー)。
こうして運命の歯車が回り始める。
ひとめぼれしたマリアへの思いを告げる「マリア」、ロミオとジュリエットのバルコニーの名シーンを思い起こさせる愛の交換歌「トゥナイト」、ふたりが自分たちの場所はどこかにあるはず、と美しいデュエットを聴かせる「サムウェア」。オリジナル(スティーヴン・ソンドハイム作詞、レナード・バーンスタイン作曲)に敬意を払いながらも、ダンス・パーティーの場面でのジェッツとシャークスのエネルギッシュなダンスの応酬など、現代版ならではの迫力が満点だ。音響効果もすごくいい!
シャークスのリーダー、ベルナルド(デヴィッド・アルヴァレス)と恋人のアニータ(アリアナ・デボーズ)が歌い踊る「アメリカ」は、なかでも極めつけのダンス・シーン。61年版では夜の屋上が背景だったものを、昼間の大通りに移した大群舞シーンで、今回の見ものはなんといってもココだろう。
クライマックスでは、街の住人や商店の店員などこの界隈の人々が通りにあふれ出で、全員でパチャンガ(キューバが起源のカリビアン・ダンスの一種)を歌い踊る。アニータらの華やかなファッションも含め、リズムの饗宴が最大の見ものである。
70代半ばのスピルバーグが、残りの人生を通して伝えたいこととは
今回のスピルバーグ版は、61年のものより女性がイキイキとしている。それは雑貨屋の店主を演じたリタ・モレノの功績だろう。モレノは61年版でアニータに扮したベテラン女優で、脚本担当のトニー・クシュナーがスピルバーグに“こんなアイディアはどうだろう”と相談したことから配役が実現した。
61年版で雑貨店の店主ドックを演じたネッド・グラスの残された妻という設定で、彼女は製作総指揮も担当。若いキャストたちとの相談役を買ってでたという。
彼女は現在90歳。スピルバーグもすでに75歳。分断された世の中に『ウエスト・サイド・ストーリー』がはたせるもの。そういう意味で今回の作品は、やはりいま言っておかないといけないものという思いがあったのだと思える。
エンド・クレジットの最後に「For Dad」という言葉が出る。これはもちろん2020年8月25日に他界した父、アーノルド・スピルバーグに捧げた言葉だ。
スピルバーグは、電気技師でコンピュータ開発者だった父アーノルドとは一時期疎遠だったが、近年は誤解も解け交流がつづいていた。
現在ポスト・プロダクション中のスピルバーグの次回作『The Fabelmans』は、2001年の『A.I.』以来となる脚本兼任作(トニー・クーシュナーと共同)で、彼の少年時代を扱った半自伝作品だ。ポール・ダノ(『ゼア・ウィル・ビー・ブラッド』)とミシェル・ウィリアムズ(『ブロークバック・マウンテン』)がスピルバーグの両親役。ゲイブ・ラブレがスピルバーグを演じ、『50/50 フィフティ・フィフティ』のセス・ローゲンや、デヴィッド・リンチ監督の役者での出演も決まったようだ。
スピルバーグも人生の終盤を迎え、作っておかねばと考える作品に手をつけるようになった。子ども時代から思い出深かった『ウエスト・サイド・ストーリー』も、ひとつの句読点になる作品なのだろう。
『ウエスト・サイド・ストーリー』
2022年2月11日(祝・金) 全国ロードショー
製作:監督:スティーブン・スピルバーグ
脚本:トニー・クシュナー
作曲:レナード・バーンスタイン
作詞:スティーブン・ソンドハイム
出演:アンセル・エルゴート/レイチェル・ゼグラー/アリアナ・デボーズ/マイク・ファイスト/デヴィッド・アルヴァレス/リタ・モレノ
原題:WEST SIDE STORY
2020年/アメリカ/2時間37分
配給:ウォルト・ディズニー・ジャパン
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