先日StereoSound ONLINEのニュースでお知らせした通り、WOWOWがハイレゾ・3Dオーディオのストリーミング再生に対応した「ω(オメガ)プレイヤー」アプリを開発、AURO-3DやHPL-MQAを使った配信実験を実施する。
同社では、以前からハイレゾ・3Dオーディオを使用した高精細かつ高臨場感音声サービスについて研究を重ねてきた。その様子は本連載でもたびたび紹介してきたが、今回は具体的なサービス実用化の検証としてベータテストを実施、実験に参加するモニターの募集も行われている(関連リンク参照)。
そこで気になるのが、ωプレイヤー具体的な使い方や、オーディオシステムと組み合わせたらどれほどのクォリティで楽しめるか、だ。今回はωプレイヤー開発の中心メンバーであるWOWOW技術局 エグゼクティブ・クリエイター/博士の入交英雄さんのご自宅にあるマルチチャンネルオーディオルームにお邪魔し、ωプレイヤーを使ったサウンドを体験させてもらった。(編集部)
麻倉 今日はよろしくお願いいたします。入交さんのオーディオルームについては色々な方から音がいいと聴いていましたので、楽しみにしていました。
その前に、今回のテーマであるωプレイヤーについてうかがいます。以前から入交さんは、配信を使った高品質なハイレゾ・3Dオーディオのストリーミング再生の可能性を探っていらっしゃいました。その中で、再生アプリの重要性についてもたびたび話が出ていたのを覚えています。今回ようやくそれが実現したわけですね。
入交 1年前に、AURO-3Dを使ったストリーミング配信実験を行いました。その際は「VLC」というフリーの動画再生アプリを使いましたが、これだと音声信号の出力に関する設定がややこしく、うまく再生できない方もいらっしゃったようです。ωプレイヤーはそういった点にも配慮して、簡単に使ってもらえるように工夫しました。
麻倉 ωプレイヤーはPC用とスマホ用が準備されるそうですね。
入交 アプリ開発スケジュールの問題もあり、今回はMAC用とiOS用に限定しました。
iPhone用は2chステレオ版です。ただしiPhoneではMQAのデコードができないので、フルスペックのハイレゾで楽しんでいただくには外付けのMQA対応USB DACが必要です。その場合もビットパーフェクト(送られてきたデジタル信号のまま)で出力されるので、音が出ないといったトラブルはないでしょう。
iPhoneだけでコンテンツを再生した場合も、MQAエンコード時のデブラーと呼ばれる前処理を加えたリニアPCM信号を再生することになりますので、よりにじみの少ない高品質な音声として楽しめます。そこではAuro-Matic for Headphonesという2ch信号を立体音場に拡張する機能も盛り込みました。
MAC用はAURO-3Dのデコーダー機能を搭載しています。2ch、5.1ch、7.1ch、AURO 9.1、AURO 11.1の再生が可能で、さらにパススルーではすべてのAURO-3D フォーマットをAVセンターに向けてビットパーフェクトで伝送できます。
他にもサラウンドや3Dオーディオの信号をヘッドフォンで聴くためのAuro-HeadPhones機能や、PCスピーカーで聴くためのAuro Scene、さらにモノーラルやステレオ、サラウンド信号をアップミックスするAuro-Matic機能にも対応しました。
MQAとAURO-3Dというふたつのフォーマットを選んだのは、どちらもハイレゾの情報をリニアPCMに埋め込めるからです。圧縮後もPCM信号として扱えるので、送り出しのシステム環境を変えずに配信できる点が一番大きかったですね。
麻倉 なるほど、実際の配信運営を考えるとそこはたいへん重要ですね。ところで今回はどんなコンテンツが再生できるのでしょう?
入交 今回は、弊社が準備したコンテンツのみ再生できます。モニター期間は2ヵ月を予定していますが、期間中に準備ができたものから順次アップしていきます。またライブ配信も予定しています。
麻倉 AURO-3DをPCでデコードできるのは画期的です。ωプレイヤーは今回のモニターに無償で提供されるそうですが、将来的には販売も予定しているのでしょうか?
入交 WOWOWはアプリ販売会社ではないのでプレイヤーアプリを販売することは視野に入っていません。弊社のオンデマンドでコンテンツを配信してそれをご覧いただくために使うということになるかもしれません。しかしそれでは発展性に欠けるので、もっと広く活用できないかという思いはあります。
麻倉 そうですよ、せっかくここまでのアプリを作ったのだから、もっといろいろな場で活用できるようにして欲しいですね。
入交 今後各方面と相談していきたいと思っています。そもそも今回のωプレイヤー開発については、目的を3つ設定しています。
まずはアーティストさんにプレゼンして、これで再生できるようなコンテンツを作ってみたいと思ってもらおうという狙いです。クリエイターさんがハイレゾで簡単に配信を楽しめることを知ったら、きっと面白い反応をしてくれるのではないかと考えています。
ふたつめは、こういった取り組みをしていることを世間に知ってもらおうという狙いです。麻倉さんのような評論家氏や、いろいろな媒体に取り上げてもらうことで、WOWOWが何だか面白いことをしているみたいだと発信していきたいのです。
3つめは、WOWOWとして外部の方の声を集めたいと思っています。弊社の契約者のボリュウムゾーンはポップスやロックのファンですが、そういった方々はまだ3Dオーディオに必要性を感じていないと思われます。しかし最近はコロナ禍ということもあり、自宅のオーディオ機器を新しくする、サウンドバーを追加するといった人も多いようです。そういった方に興味を持ってもらえるよう、送り出し側として3Dオーディオ配信に取り組んでいきたいと思っています。
麻倉 となると今回のモニターは、StereoSound ONLINE読者のようなオーディオビジュアルに関心のある人だけでなく、テレビ内蔵スピーカーでWOWOWを見ている人も対象にしているのですね。
入交 そこもターゲットにしたいと考えています。WOWOWの契約者はもちろんですが、まだ入会いただけていない方にも参加してもらいたいですね。モニター期間が始まってからも受付は続ける予定です。
麻倉 さて、ωプレイヤーとオーディオシステムをどのように組み合わせるのかについても教えてください。
入交 iPhoneの場合は先ほど申し上げた通り、iPhone自体で48kHz/24ビット信号を再生するか、MQA対応USB DACをつないで最大192kHz/24ビットとしてデコードするかのふたつが可能です。
MACの場合、アダプターなどを介してAVセンターとHDMIケーブルでつないでいただくことになります。AURO-3Dに対応したAVセンターならAURO-3Dで、非対応機の場合はDTSの5.1chサラウンドとしてデコードされます。
AVセンターをお持ちでない場合も、ωプレイヤーでデコードしたリニアPCM信号として出力することもできますので、オーディオインターフェイスなどをつないで3Dオーディオの魅力を体験いただけます。
他にもAuro-HeadPhones やAuro-Scene といった機能も内蔵しましたので、MAC 本体のイヤフォン端子やPC スピーカーから臨場感豊かな高精細音声を楽しんでいただくこともできます。
麻倉 ωプレイヤーがあれば、ユーザーの環境に合わせた最適なイマーシブ構築が可能ということですね。これなら、オーディオビジュアルファン以外の方にも3Dオーディオの魅力を分かってもらえることでしょう。ぜひ多くの方にWOWOWの実証実験に参加して欲しいと思います。
AURO-3DとMQAの再生に対応し、しかも音がいい。
ωプレイヤーは、3Dオーディオ配信の可能性を大きく広げる …… 麻倉怜士
今回は熱海にある入交さんのご自宅オーディオルームにお邪魔して、ωプレイヤーを使ったマルチチャンネル再生を体験させてもらいました。
その感想ですが、まず入交邸の音が凄いと思いました。昨年お邪魔した、辰巳のWOWOW視聴室も素晴らしかったのですが、あそこはスタジオですから当然といえば当然です。しかしここは自宅で、個人でこれほどの設備を揃え、さらに機能性、音のしつらえ、映像とのマッチングを取って理想的な3Dオーディオ再生環境を構築されているのに驚いたのです。
今回は入交さんが中心になってωプレイヤーを開発したわけですが、これはきわめて画期的なことです。今までは3Dオーディオの再生は機器依存性が強く、機器が対応しているフォーマットでないとデコード・再生ができませんでした。しかしωプレイヤーなら、AURO-3DとMQAを皮切りに、もっと幅広いフォーマットへの対応が期待できます。
しかも7.1.4で再生できるというだけでなく、組み合わせるAVセンターやサウンドバーに応じて出力内容を切り替えるなど、考えられるあらゆる可能性に対応したしつらえになっている、たいへん使いこなしがいのあるアプリです。
もうひとつ感心したのが、音がいいことです。ωプレイヤーはiPhone用とMAC用があり、今回はWOWOWが準備したコンテンツ限定とのことですが、まずiPhoneで聞いたMQA/HPLの音がハイクォリティでした。もともと音のいいコンテンツですが、とてもリアルで、ステレオ再生であるにも関わらずクリアーなイマーシブ再生が楽しめました。
続いてMACを使った再生では、USB Type-Cアダプター経由でHDMI端子の出力をAVセンターのデノン「AVC-X6400H」につないで、AURO-3Dをデコードした音を聴きました。こちらも力感があって、情報の多い、クリアーな音場が楽しめました。昨年のハクジュホールで配信実験した際のマリンバの音源などを聴かせてもらいましたが、会場を彷彿させる、生々しく切れ味のいい3Dサラウンドが体験できました。ピアノの音像の明瞭さと、そこから発するホールトーンのクリアーな感じがよく再現できています。
もうひとつ、ミューザ川崎で3月に収録した東京交響楽団の『3Dオーディオによるオーケストラ収録』も確認しています。これは指揮者を中心に±110度程度まで広がった音像を収録し、視聴者に指揮者の立場でオーケストラを体験してもらおうというユニークなコンテンツです。
指揮者の視線で見る映像と、そこで聴く音をAURO-3Dで体験すると本当に感動します。ラヴェルの『ボレロ』では、打楽器が正面のかなり奥から、フルートは左から聞こえてきて、次のクラリネットが右から届くという演奏現場ならではの体験、臨場感がものすごくよくわかります。しかも、ミューザ川崎の音響特性を含めた音として聴けることが素晴らしい。今回の実証実験では、このコンテンツも配信されるそうなので、ぜひ読者諸氏にも体験してもらいたいですね。
昨今は空間オーディオが話題で、様々なツールを使った体験が可能です。でもその多くはクォリティにまでは気が回っていません。でも、もともときちんとした品質を備えたコンテンツでないと、3Dオーディオの本当の価値は体験できません。その意味で入交さんのように、長く3Dオーディオにこだわってきたからこそ送り出せるコンテンツが体験できるのはとても重要です。このアプリの大いなる発展、コンテンツの充実を期待しています。
※ωプレーヤーのテスター募集は終了しました