映画評論家 久保田明さんが注目する、きらりと光る名作を毎月、公開に合わせてタイムリーに紹介する映画コラム【コレミヨ映画館】の第63回をお送りします。今回取り上げるのは、国家の隠蔽に立ち向かう記者の動静を描いた『コレクティブ 国家の嘘』。世界を覆うコロナ渦の中、何度でも観たくなると、久保田さんも絶賛。とくとご賞味ください。(Stereo Sound ONLINE 編集部)
【PICK UP MOVIE】
『コレクティブ 国家の嘘』
10月2日(土) シアター・イメージフォーラム、ヒューマントラストシネマ有楽町ほか全国ロードショー
メチャクチャに面白くスリリングで、様々なことを提起するドキュメンタリー映画だ。
2015年10月30日、東ヨーロッパ、ルーマニアの首都ブカレストのライヴハウス「コレクティブ」で火災が起こり、27名の若者が死亡し180名が熱傷で負傷する。
「最善を尽くし被害者を救う。わが国の医療体制に不備はない」。娘や息子を失った遺族を前に政府はそう発表するが、事故のあと不可解なことが起きる。病院に収容されていた負傷者37名が次々と他界したのだ。
隠された死因は院内感染。その裏には……。病院従事者からの内部告発を受けたスポーツ紙の記者カタリン・トロンタンは、仲間たちと事件の解明に乗り出す。そこには保健省の発表とは裏腹の事実が潜んでいたのだ。
ルーマニア映画として初のアカデミー賞ノミネート作品(国際長編映画賞&ドキュメンタリー長編賞)。米国タイム誌やローリングストーン誌の年間ベストテンに選出され、オバマ元大統領が選ぶ年間お気に入り映画にも選ばれた(ほかに『バクラウ 地図から消された村』『マ・レイニーのブラックボトム』『ノマドランド』、TVシリーズ『ザ・ボーイズ』などが並ぶマニアぶり。オバマさん、すごいよ!)
ドキュメンタリーの製作は恋愛関係に似ている。お互いを信頼し、同時に互いがなにを求めているのか分からぬ緊張感も必要、と語るナナウ監督は、バックパックに録音機を入れ、ひとりカメラをかついでトロンタンの記者チームを追う。
ナレーションもインタビューもなく、映画はどこに転ぶか分からぬ事件を見つめるだけ。自身を「観察的映画制作者」と呼ぶ監督の手法に押しつけがましさや結論ありきの性急さはない。
それだけに事件の背後に医療界の癒着や利権、縁故採用、責任逃れの構図が見えてくると、これはルーマニアだけの事件なのかと思えてくる。TVのニュース番組で「報道が目を光らせなければ国家は国民を虐げます。同じことが世界中でくり返されてきました」と語るトロンタン。
ルーマニアは四半世紀にわたりチャウチェスク大統領が独裁体制を敷き、1989年に民衆蜂起のすえ夫人と共に銃殺された国だから警戒心も独裁時代の根っこも深いのだろうが、世界がコロナに苦しむいま、立ち止まって観るべき一本だろう。
保健相と対峙する記者会見の場面がうらやましい。政府側を追い詰める記者団のガチンコ勝負。世界でほとんど日本にしかない記者クラブのようなぬるま湯の景色はない。大臣も前を向いて自分の言葉で話す。
内部告発者もトロンタン・チームの記者も、事態を前進させるのは女性のほうが多いのが印象的。
「女性のほうが勇気があり、気遣いができるのです。現在のパンデミック対策に関しても、女性が主導している国のほうがコロナ・ウイルスへの対応が優れていると思いませんか?」と語るナナウ監督(Webサイト「DEADLINE」インタビュー)。
確かにそうかもしれないな。とても面白かった。もういちど観てみよう。皆さんにもおすすめする。
映画『コレクティブ 国家の嘘』
10月2日(土)より、シアター・イメージフォーラム、ヒューマントラストシネマ有楽町ほか全国ロードショー
監督・撮影:アレクサンダー・ナナウ
出演:カタリン・トロンタン、カメリア・ロイウ、テディ・ウルスレァス、ヴラド・ヴォイクレスク ほか
原題:Colectiv
配給:トランスフォーマー
2019年/ルーマニア、ルクセンブルブルグ、ドイツ合作/ビスタサイズ/109分
(C)Alexander Nanau Production, HBO Europe, Samsa Film 2019