『南極料理人』の沖田修一監督が、初めて高校生を主人公に!
英語題名は“One Summer Story”。ひと夏の冒険をする水泳部所属の美波(上白石萌歌)は高校2年生なので直接は関係ないのだけれど、この映画の青い空とプールを見ると、小学生のときの水泳の授業のことを思い出す。
生徒が渋滞して、芋洗い状態になってしまう腰洗い用消毒プールのガチな冷たさ。プールサイドが熱いので、親指を曲げるようにして歩いていたこと。みんなで列になってプールの縁を泳ぎ、急流を作っていた気がするんだが、あれは何をやっていたのだろう。流れるプールみたいのができると必ず逆に泳ぎだすやつがいたし、雨のなかで泳ぐのも面白かった。水着の女子を見るとドキドキしたが、なににドキドキしているのかはよく分からなかった。
未来のことなんて考える必要がなかった何年間。この映画はそこから階段をひとつ昇る少女と少年を描いたガール・ミーツ・ボーイの物語だ。
傑作というよりはもう少し柔らかく、全部を良作と讃えるのがふさわしい気がする。『横道世之介』や『モヒカン故郷に帰る』の沖田修一監督が、初めて挑んだミドルティーンを主人公にした青春映画。夏におすすめの一本である。
変更箇所も瑞々しく、原作漫画ファンも楽しめる
原作は田島列島の人気漫画「子供はわかってあげない」。ノートの端っこにチョコチョコッと描いたような描線の、軽さの奥でシリアスなものがバタ足をしている魅力的なコミックだけれど、これまでほぼすべての作品で脚本を担当してきた沖田監督は、学校内でのドタバタや美波の瞼の父が関係する新興宗教関係の枝葉は落としてシンプルなストーリーにまとめている。
美波が熱中するTVアニメ「魔法左官少女バッファローKOTEKO」を通して知り合った書道部の門司くん(『町田くんの世界』の細田佳央太)、そして門司くんのトランスジェンダーの兄・明大(千葉雄大)の手助けで実の父親捜しを始めた美波があっさりと出会う、父の友充(豊川悦司)。物語はそれぞれ社会の周縁にいる彼ら4人を中心に、夏の気配のなかを進んでゆく。
原作漫画では美波はクロールで泳いでいるのだが、映画はそれを背泳ぎに変更している。彼女は緊張すると笑い始めてしまうクセのある少女で、懸命に泳ぐときもニコニコと笑い泳ぎをしてしまう。それは背泳ぎで上を向いているほうが面白いし、水中からの仰角ショットも、きらきらと陽の光を反射する水面を進む背泳ぎのほうが映画的で美しい。
一方で、語尾にくり返し“な!”をつける水泳部の顧問の先生や、斉藤由貴演じる美波の母親の口癖“OK牧場!”などの飾りは漫画からそのまま持ってきており、取捨のバランスが心地よい。原作のファンも、もういちど笑い感動することができるだろう。
撮影は『クリーピー 偽りの隣人』や『散歩する侵略者』の黒沢清作品や、吉田大八監督の『羊の木』、沖田監督とも『南極料理人』『滝を見にいく』『モヒカン故郷に帰る』で組んでいるベテランの芦澤明子。
屋上で門司くんが描いた『KOTEKO』の絵を見つけた美波が、そのあとアニメの話をしながら階段を下りて校内を移動する出会いの場面。門司くんの家を訪ねた美波が、顔も覚えていない実の父・友充と、彼が教祖を務めていたという教団「光の匣」の話をしながらバス停まで歩く3分くらいの場面。
カットつなぎでユーモアを表現することが多い沖田監督(代表的なものは『キツツキと雨』で、カット替わりにゾンビ・メイクで立っている役所広司)としては、今回初めて長回しのシーンが多い。
どこへ向かって歩いてゆくかまだわからないふたり、美波と門司くんを見つめ、寄り添っていたいからだろう。それに応え、屋上でのラストシーンを迎える上白石萌歌と細田佳央太が好演だと思う。
食事シーンに見る、美波と家族の関係
一方で、これまでの沖田作品の大事な支点だった“これ”をどう持ってくるか楽しみにしていたポイントがあった。
南極観測基地で過ごす隊員たちの日々を描く出世作『南極料理人』で、調理師役の堺雅人が和食やらステーキやら中華料理やらを毎日作っていた印象が強いからかもしれないが、沖田監督の作品はしばしば食事のシーンが物語に大きく関与してきた。
『南極料理人』のオープニングはテーブルの上のさまざまな料理をナメながらのメンバー紹介で、一同は孤立した寒冷の基地で食べ物をめぐってドタバタし、最後には文字通り食堂からふうっと消えて日本の日常のなかに戻ってゆく。
妻を亡くした中年の木こりが、ひょんなことからゾンビ映画撮影隊と関わることになる『キツツキと雨』でも、幕開けでは役所広司が卵焼きや鮭の塩焼きが入った自分の弁当を作っており、彼は気弱な映画監督の幸一(小栗旬)と味付け海苔を分けあいながら距離を縮めていったりする。
ここでも最後に役所広司がひとり黙々とご飯に味噌汁、ウインナーに漬物の朝ごはんを食べており、それが人生はつづく、映画もつづくというテーマを浮かび上がらせていた。
恋人や家族、友人と食卓を囲むことは、コミュニケーションを深める大切な行い。ある意味ありきたりなそんなことを、沖田監督はくり返し自作に縫い込んできた。
山崎努と樹木希林の共演で、30年間自宅から出ずに自宅の庭を観察しつづけた画家の晩年を、アクアリウムのような美しい景色と共に描いた『モリのいる場所』、大学進学のため上京してきた青年の青春を描いた人気作『横道世之介』でも、食事のシーンはユーモアあふれる映画の折り線になっていた。
『子供はわかってあげない』で、美波は母が再婚した明るく幸せな家庭で暮らしているのだけれど、そこでの食事シーンはない。
初めて会った実の父とおそるおそる何日間かを過ごし、ふたりは少しずつ会話を交わしながら互いの好物を教えあい、やがてカメラは冷やしうどん、茹でとうもろこし、しらすおろし、友充の好きなバナナなどが並ぶテーブルを真上からのショットでとらえる。このとき、生き別れになっていた父と娘は理解しあい、同時にお互い独立した存在として世界を歩き始めるのだ。
美波はやがて門司くんともテーブルを囲んで笑うことになるだろう。育ての父ともこれまで通りうまくやってゆくだろう。
少女の夏。恋の始まり。沖田演出作品の美点である品とユーモアのあるいい映画だと思う。
『子供はわかってあげない』
8月13日(金)テアトル新宿先行公開
8月20日(金)全国ロードショー
監督:沖田修一
脚本:ふじきみつ彦 沖田修一
出演:上白石萌歌 細田佳央太
千葉雄大 古舘寛治/斉藤由貴/豊川悦司
2020年/日本/2時間18分
配給:日活
(c) 2020「子供はわかってあげない」製作委員会 (c) 田島列島/講談社