6月1日から、ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団の動画配信サービス「デジタル・コンサートホール」で、ハイレゾ・ロスレスによるコンテンツ配信がスタートした。前篇では麻倉怜士さんに、ご自身のホームシアターで4K映像とロスレス音声を体験してもらい、その素晴らしさを紹介していただいた。それを踏まえ、配信の音を聴いて麻倉さんが気になった点について、ベルリン・フィルに質問を送ってみた。対応してくれたのは、ベルリン・フィル・メディア 技術部門ディレクターのマルクス・フォルヒナーさんと、同クリエイティブ・プロデューサーのクリストフ・フランケさんのおふたりだ。(編集部)

前篇はこちら → https://online.stereosound.co.jp/_ct/17457032

麻倉 デジタル・コンサートホールは2009年のスタートから今年で12年が過ぎています。改めて現在の状況(配信タイトルの数や登録ユー ザー数など)について教えて下さい。

マルクス・フォルヒナー(MF) 現在、コンサート映像の数は約700本、インタビューの数は500本、ドキュメンタリーは約60本というラインナップです。登録会員数は約200万人、そのうち12ヵ月チケットや月額視聴契約を結んでいる有料会員は、約45,000人になります。

 これに加えて、7日や30日といった短期チケットの保有者が数千人います。加えて、大学等の教育期間用サービスを利用しているユーザーが、約25,000人います。

画像1: “まさしくベルリン・フィルの音が、した” 「デジタル・コンサートホール」でスタートした、ハイレゾ・ロスレス音声の効果を聴く(後):麻倉怜士のいいもの研究所 レポート51

麻倉 4Kとハイレゾによる高品質配信を始めるとのことですが、なぜ今回、高音質というテーマを選んだのでしょうか。

MF デジタル・コンサートホールでは、2008年の発足時から、ベルリン・フィルの演奏に相応しい最高の音質、画質を実現することを目標としてきました。例えば2012年にHDレディからHDへ、2018年に4Kへと画質のアップグレードを推進してきました。

 それゆえ、音声を改善することは、当然の帰結だったのです。今回、4K映像とFLACオーディオをエンコードすることが可能になり、それを再生することのできる機器も存在するようになったので、このステップに踏み切りました。

麻倉 配信も、まず48kHz/24ビットで始め、次に96kHz/24ビットという順番ですが、96kHz/24ビットから始めなかった理由を教えてください。また今回のFLAC配信の意義はどこにあるのか、ベルリン・フィルさんの思いや意義をお聞かせください。

クリストフ・フランケ(CF) デジタル・コンサートホールでは、発足当初から48kHz/24ビットをスタンダードにしてきました。これは、現在に至るまでビデオの分野におけるオーディオ・スタンダードです。

 しかし、2019/20年シーズンからは、録音のスタンダードを96kHzにアップグレードしました。当時は、まだこの音質と映像を再生できるデバイスは存在しませんでしたが、いずれその時が来るだろう、ということで、収録のスタンダードを上げたのです(ただし、自主レーベルの『ベルリン・フィル・レコーディングス』では、2013年のレーベル設立時から192kHz/24ビットをスタンダードとしています)。

 それゆえ今回のハイレゾ化では、2019年夏までに収録されたコンサートは、48kHz/24ビットでアップされることになります。2019年以降の96kHz/24ビット録音の音声は、まず48kHz/24ビットでアップした後、これから数ヵ月の間に徐々に切り替えてゆく予定です。

 我々はハイレゾ音声の導入により、圧縮音声の限界を超えることを期待しています。普通のリスナーは、AACとPCMの音質の差をはっきりと聴き取れないかもしれません。しかしハイレゾ音声は、ベルリン・フィルハーモニーで収録され、ミックスされたオリジナルの音声、音波をまったくそのまま聴くことを可能にします。ご自宅に高品位なセットアップをお持ちの方は、その違いをはっきりと聴くことができるでしょう。

画像: クリエイティブ・プロデューサーのクリストフ・フランケさん。今回はメールで質問内容をお送りし、それに文書で答えていただいている

クリエイティブ・プロデューサーのクリストフ・フランケさん。今回はメールで質問内容をお送りし、それに文書で答えていただいている

麻倉 テスト版でもかなりの数のハイレゾコンテンツが確認できました。 サービススタート時にはいくつくらい提供する予定ですか? また今後の新収録はすべてハイレゾ音声で配信されるのでしょうか?

CF ハイレゾ・サービスのスタートに際して、今シーズン(2020/21年シーズン)のなかから、選りすぐりの演奏会を96kHz/24ビットでアップすることにしました。すなわち、首席指揮者キリル・ペトレンコ、セミヨン・ビシュコフ、ズービン・メータ、ダニエル・バレンボイムのコンサート映像です。今後は、新しく収録されるすべての演奏会が、96kHz/24ビットでアップされます。

麻倉 従来はAACの48kHz/24ビット、データレート320kbpsでの配信でしたが、今回は48kHz/24ビットのFLACで、1,400kbpsが採用されています。AACとFLACのそれぞれのフォーマットを選んだ理由は何でしょう?

CF 48kHz/24ビットのオリジナルを配信用に圧縮する場合では、320kbpsは業界最高水準のスタンダードでしたし、現在でもそうです。ベルリン・フィルとしては、その最高レベルで音声を提供したかったので、これまではこのフォーマットでした。

 48kHz/24ビットは、サンプリングレートが毎秒48,000で、1サンプルは24ビットでは3バイト(1バイト=8ビット)で2チャンネルですから、4,800×3×8×2で2,304kbpsとなります。可逆圧縮(FLAC)では、データーレートは巧妙なデータの整理と集積によりロスレスで圧縮され、1ビットたりとも失われません。

 もともとの録音の性格にもよりますが、圧縮率はだいたい50%なので、48kHz/24ビットのデータレートはおよそ1,400kbpsとなります。96kHz/24ビットの場合はその倍なので、およそ2,800kbpsとなります。

画像2: “まさしくベルリン・フィルの音が、した” 「デジタル・コンサートホール」でスタートした、ハイレゾ・ロスレス音声の効果を聴く(後):麻倉怜士のいいもの研究所 レポート51

麻倉 ハイレゾ音声について、48kHz/24ビットからスタートし、後々は96kHz/24ビットも予定しているとのことです。その場合ユーザーは、AACとFLAC/48kHz、FLAC/96kHzの3つから音声を選べるのでしょうか。また96kHz/24ビットのデータレートはどれくらいを想定していますか?

MF 再生は、機器が96kHz/24ビットを再生できるか、48kHz/24ビットしかできないか、の問題でもあります。ですので、まずシステム側が、再生機器が96kHzに対応しているかを確認し、そうであれば96kHzを出し、そうでなければ48kHzに切り替える、という形式をとっています。つまり、お客様の機器で再生できる最高の音質が自動的に提供される形になります。

麻倉 ハイレゾ配信のために、収録システムを変更しましたか? 変更した点があったら具体的に教えて下さい。送信システムはどうでしょうか。

MF 今回我々は、これまでのエンコーディング・パイプラインに、FLACオーディオ・エンコーディングを追加しました。これにより、FLACオーディオを、ISO-BMFFのMP4に格納することができるようになりました。

 この方式を取ることで、スタンダード・ストリーミング・プロトコルを使ってディストリビューションすることがずっと容易になります。我々は、世界各地のVODサーバーからオーディオ・データを配送していますが、既存のビデオ・パッケージング・モジュールを、HLSおよびMPEGダッシュ・ストリームがFLACオーディオのトラックも配信できるように拡張しています。

 我々は2016年以来、「ストリーミング・パートナー」であるIIJの技術チームとハイレゾ・オーディオ・ストリーミングに関するさまざまな実験を行ってきましたが、今回のソリューションは、そこでの知見を生かしたものです。

画像3: “まさしくベルリン・フィルの音が、した” 「デジタル・コンサートホール」でスタートした、ハイレゾ・ロスレス音声の効果を聴く(後):麻倉怜士のいいもの研究所 レポート51

麻倉 マイク位置は、コンサートの内容(曲、編成)に応じて毎回変更しているのでしょうか? また収録時に注意している点について教えて下さい。

CF マイク位置については、当然ながら基本セッティングがありますが、もちろんコンサートごと、あるいは曲ごとに細かな位置の調整を行なっています。スコアによって違いがありますし、理想的な結果を得るためには、調整が必要になります。

 「良い」マイクの位置は、「フォーカス」と「リング」のバランスをうまく取れるかで決まります。つまり、細部のクリアーさと空間のイメージのバランスです。良いミックスは、客席の最高の席よりもさらに良いものでなければなりません。なぜなら人間は通常、会場にいることによってその空間性やオーラを感じることができるからです。録音はそれがない状況で、不足を補い、同様に密度の高い聴覚体験を実現しなければなりません。

麻倉 映像は4K/HDRが使われていますが、演奏に即した映像で、音楽を楽しむために最適な仕上がりだと思います。撮影時に気をつけている点があったら教えて下さい。また、4K映像はどのくらいのデータレートですか?

CF 映像のリアリティ、臨場感にとって重要なのは、高い解像度とともに、ダイナミックレンジです。楽器に反射する光や演奏者の瞳の輝きが現実のように見えると、視聴体験もリアリスティックで、密度も高いものになるのです。

MF 4Kストリーミングのデーターレートは、12〜17Mbpsです。映像収録そのものは、800Mbpsで行われています。

画像4: “まさしくベルリン・フィルの音が、した” 「デジタル・コンサートホール」でスタートした、ハイレゾ・ロスレス音声の効果を聴く(後):麻倉怜士のいいもの研究所 レポート51

麻倉 今後のデジタル・コンサートホールの展開について教えて下さい。192kHz/24ビットやDSD、MQAでの配信は検討されていますか。AURO-3D、ドルビーアトモスなどのイマーシブフォーマットは検討しているのでしょうか。

CF デジタル・コンサートホールでは、より高いデーターレート(192kHz/24ビット、MQA、DSD等)を採用することは、当面考えていません。しかし3Dイマーシヴサウンドには、たいへん強い関心を持っています。

 具体的にはドルビーアトモスですが、これはストリーミングでは、AURO-3Dよりも有利だと考えています。AURO-3Dは素晴らしいフォーマットだと思いますが、データをローカル再生した場合により向いていると思います。

 ドルビーアトモスについては、ごく近い将来にVODで導入するべく、作業を進めています。

麻倉 ハイレゾに対応した再生アプリのダウンコンバートはいつから可能になりますか? またデジタル・コンサートホールの料金に変更予定はありますか。

MF 今回のスタート時には、携帯用アプリとApple TVで導入となりますが、今後数ヵ月以内に、Android TV対応機器とAmazon Fire TVでの導入を予定しています。

CF ハイレゾ音声とスタンダード音声の間で、値段の差を設けることは考えていません。

麻倉 日本のデジタル・コンサートホールのユーザーにひとことお願いします。

CF 日本は、ハイレゾが一般の新聞で話題になるという世界的にも貴重な国であり、市場です。なぜこれを強調するかと言いますと、ヨーロッパではひじょうに趣味性の高い、ニッチなテーマだからです。

 その意味で、日本のユーザーが我々のサービスに関心を持ってくれるのではないか、という期待を持っています。キャンペーンページで7日間無料お試し視聴も用意していますので、ぜひ皆様に実際に使っていただきたいと思います。

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