『約束の宇宙(そら)』で懐深いリーダー像を好演!
『約束の宇宙(そら)』は、これまであまり描かれなかった「女性の宇宙飛行士」を主人公にしたところが斬新だ。主人公のサラは、約1年間の国際宇宙ステーション滞在というチャンスに大喜びするが、同時に不安も湧き上がる。チームを組む男性クルーたちから信頼は得られるか? タフな彼らと対等に動けるか?
そして、なにより悩ましいのが、幼いひとり娘を地球に残していくこと。元夫に一時的に預けるものの、「もし、宇宙で私に何かあったら娘は……」。そんな、女性だからこそ、母だからこそ抱える葛藤にスポットを当てたのが、女性監督のアリス・ウィンクールだ。その繊細にして骨太な演出はなかなかの腕。そしてもうひとつ、キャスティングのセンスの良さも褒めておきたい。
ヒロインを演じたエヴァ・グリーンは、英語も流暢にこなす国際派であり、ハリウッドでも大モテのフランス女優だから、この知的な役柄へのキャスティングは想定内だ。それより意外だったのは、ヒロインと信頼関係を結んでいく同僚役に、マット・ディロンを起用したこと。彼は、厳しさと優しさ、冷静と情熱、そして漂う知性と懐の広さ……これぞ「理想のリーダー像」を演じている。50代にして、こんな味のある俳優になっていたなんて、おみそれしました!
演技力を兼ね備えたYA(ヤング・アダルト)スターとして注目の的に
マット・ディロンは、『ゴッドファーザー』(72~90年)シリーズや『地獄の黙示録』(79年)で巨匠の座についたフランシス・フォード・コッポラ監督が手掛けた青春映画、『アウトサイダー』(83年)に出演。続く『ランブルフィッシュ』(83年)では主役に抜擢され、一躍脚光を浴びた。
ちなみに、この2作をきっかけにして、80年代のハリウッドは青春映画が大流行。『恋のスクランブル』(83年)、『すてきな片想い』(84年)、『ブレックファスト・クラブ』(85年)、『セント・エルモス・ファイアー』(85年)、『プリティ・イン・ピンク/恋人たちの街角』(86年)、『きのうの夜は…』(86年)などが大ヒット。エミリオ・エステヴェス、アンドリュー・マッカーシー、ロブ・ロウ、モリー・リングウォルドなど、そこから生まれた若手スターはひとくくりに<ブラット・パック(小僧っ子集団)>と称され、日本では<YA(ヤング・アダルト)スター>という呼び名も生まれた。
マットは、そのYAスターの代表格。しかもロブ・ロウやアンドリュー・マッカーシーなど典型的な美形とは違う、「太い眉毛にしゃくれアゴ」の個性的な顔立ち。どこか寂しげで拗ねた不良少年を演じさせたら絶品の演技は、若手演技派として高い評価も得た。そして、その期待に応え、ガス・ヴァン・サント監督の『ドラッグストア・カウボーイ』(89年)では麻薬の誘惑と恐怖にさいなまれる若者をリアルに演じて、インディペンデント・スピリット賞を受賞。単なるキラキラ青春スターでないことを証明してみせた。
スタジオに一歩足を踏み入れると……そこは高級レストラン!?
さて、私がマットに会見したのは1回だけだ。しかし、その経験は長い映画ライター生活の中でもベスト5に入るくらいの珍体験だったから、忘れられない。
1994年12月。マットが携えてきたのは、ロマンチック・コメディ『最高の恋人』(93年)。亡き巨匠アンソニー・ミンゲラ監督の長編2作目だもの、出来は上々。マットの「孤独な影」も「ロマンチックな雰囲気」も巧みにブレンドされて魅力的を放っていた。
だから<生マット>にも期待は膨らみっぱなし。しかも、掲載予定の某・男性ファッション誌は5ページのグラビアページを用意し、取材時間も2時間以上という潤沢さ。で、意気揚々とスタジオに入ったのだが、ビックリ!
スタジオの一角には、レストランと見紛うほどのフルーツやケーキや豪華な食事、そしていかにも高価そうなワインやシャンペンが並んでいる。なんでも、有名なフードコーディネーターが揃えたものだとか。さらに、売れっ子スタイリストが揃えた、ハイブランドの衣装を吊るしたハンガーラックもズラリ! そして、中央でカメラのセッティングをしているのは、有名作家の息子でもある売出し中のカメラマン。いや~、いかに出版バブルの時代だったとはいえ、こんなに大金をかけたインタビュー現場は後にも先にも、初めて。
そして、肝心のマットはと言えば、グビグビとワインを飲み続ける初老の男性の横で不機嫌な顔。このエージェントと称する男性にスカウトされて、マットは映画デビューをしたそうだ。
マットは繊細で神経質。でも……
まぁ、大酒飲みのおっちゃんは放っておいて撮影からスタートしたのだが……マットは超・神経質。ライティングもポージングもシャッターを切るごとにチェックして注文をつける。そしてカメラマンはマットの言いなりで、そのたびにライティングを変えたりするから、遅々として進まない。私としては、インタビュー時間がどんどん削られていくことに焦るばかり。
それでも、やっとのことで撮影が終了。そこで、「My turn.(私の番ね)」とマットの前に立つと、「Wait a minute.(ちょっと待って)」とどこかに消え去った。「ええ~っ! おっちゃん、なんとかしてよ」と心の中で叫ぶも、すでに酔っ払って居眠りしているから役にも立たない。待つこと数分。通訳さんが現れ「ここではなく、もっと暗いところで話がしたい」とのこと。ライトを消した薄暗い別室に案内され、やっとインタビューを開始した。とはいえ、開口一番「オレはさ、こういうシチュエーションとか嫌いなんだよねぇ」……。はい、心折れました。トホホッです。
しかし、ここでコメントをもらわなきゃページが埋まらない。必死で質問を繰り返し、なだめすかし、たまに語気を荒げる姿にビクつきながらも、お話を伺いましたよ。まぁ、今となっては、その内容をはっきり覚えていませんが。というより、さして深い話は出てこなかったのだけど。
ただし、ここで断っておきたいのは、不機嫌そうではあったけれど、気分屋ではあったけれど、彼は決して<嫌な奴>ではなかったこと。当時のマットは30歳。いいオトナの年齢だけど、どこか子供っぽい繊細さと神経質さが残っていて、それをご本人自体が持て余していると、私は勝手に解釈した。だって、帰り際にちゃんと「ありがとう!」は言えてたもん。私の目を見つめて。
あれから約四半世紀。華やかな脚光を浴びつつも、好んでインディペンデントな作品を選びながらキャリアを積み重ねてきたマット。いまでは渋いバイプレイヤーとしても評価を得て、2月に公開された『カポネ』でもいい味を出していたのが、嬉しい。
あ、そう言えば、さして内容のないインタビューではあったけれど、きっちりページを埋めることはできました。だって、出来上がった全部の写真が、黒バックに浮かぶ顔のアップしかなかったから、結局、掲載は2ページに縮小。いやはや、助かりました(笑)。
約束の宇宙(そら)
2021年4月16日(金)TOHOシネマズ シャンテ他全国公開
監督・脚本:アリス・ウィンクール
出演:エヴァ・グリーン/マット・ディロン/ザンドラ・ヒュラー
原題:PROXIMA
2019年/フランス/107分
配給:ツイン
(c) Carole BETHUEL (c) DHARAMSALA & DARIUS FILMS