映画評論家 久保田明さんが注目する、きらりと光る名作を毎月、公開に合わせてタイムリーに紹介する映画コラム【コレミヨ映画館】の第48回をお送りします。今回取り上げるのは、主演のんの好演が光る『私をくいとめて』。独身一人女子・みつ子が突き進む、崖っぷち恋愛の模様を、脳内アシスタント「A」とのコミカルなやり取りも含め、とくとご賞味ください。(Stereo Sound ONLINE 編集部)
【PICK UP MOVIE】
『私をくいとめて』
12月18日(金)より全国ロードショー
いいなあ、この映画! 俺も仲間。アンモナイトの化石、愛でてる仲間だよ、と感動した松岡茉優主演の快作『勝手にふるえてろ』から3年。今回もユーモラスで楽しく、小さじ2杯分くらい切ないヒロインのドタバタを応援したくなる。もはやゴールデン・コンビかも。原作・綿矢りさ×監督、脚本・大九明子による第2作。
ヒロインのみつ子を演じるのは、キュートな助演が光った『星屑の町』につづき、これが『海月姫』(2014年)以来の実写主演作となるのん。冒頭、東京・台東区の合羽橋道具街にあるかっぱ太郎像が出てきたところで、今回も面白そうだな、と思わされる。
その街で料理教室を横にズラしたような妙な催し(ググったら実際全国で開かれているんですね、これ。ぼくなら生クリームのエクレアとかに挑戦するかも)に参加し、お土産を手に、あー、今日も楽しかった! 状態になるみつ子。
その後も社会生活と折り合いをつけながら、気ままなおひとりさまライフを送る彼女の毎日が描かれてゆく。
もちろん迷うことも困ることも、怖気づくこともある。だが、彼女には頼りがいのある相談相手がいるのだ。それが落ち着いた声で「大丈夫ですよ。やってみたらいかがですか?」と寄り添ってくれる脳内アドバイザーの「A」。
聞き分けのいいHAL9000(『2001年宇宙の旅』)やAI執事のジャービス(『アイアンマン』)が頭のどこかに住んでいるようなもの。人間、誰かに相談をするときは、答えより同意が欲しかったりするものだし。ぼっち女子31歳のみつ子は、それをひとりでまかなっているのだ。
そんな日常を過ごしていたみつ子とAは、ある日イレギュラーな出来事に直面する。年下の営業マン、多田くん(林遣都)を好きになってしまったのだ! 不測の事態発生。ひとを好きになることを忘れていたみつ子のコミカルな暴走、あるあるビームの発射は綿矢・大九作品ならでは。のんの破壊力もこういう役柄だといっそう活きてくる。
現在放映中のダイハツ ムーヴのCFでもお馴染み。大瀧詠一の名曲中の名曲「君は天然色」が流れる素敵な場面あり。でもそれにつづくローマ訪問のシークエンスはちょっと気になる。現地の風景ショットとスタジオで別撮りしたのんを組み合わせているのだけれど、ここで映画が減速するのだ。
コロナ禍のいま海外ロケができないのは分かるし、みつ子が一歩を踏み出す大事な場面なのだが、何か別の手立てで大瀧詠一のフィル・スペクター・サウンドごとどこかに移したほうが良かった気がする。フィクションの楽しさに、現実の雑味が混入している気がするのだ。
好きだからあえて触れたけれど、もちろんたいへん愉快で、リアルとファンタジーの合間を見事に縫って花を咲かせた作品。
ぼくもあなたも大丈夫。ひとりの時間を満喫できるひとは幸せ者です。
『私をくいとめて』
12月18日(金)より、ヒューマントラストシネマ渋谷、テアトル新宿ほかにて全国ロードショー
監督・脚本:大九明子
出演:のん、林遣都、臼田あさ美、若林拓也、前野朋哉、山田真歩、片桐はいり/橋本愛
配給:日活
2020年/日本/ビスタサイズ/2時間13分
(C)2020「私をくいとめて」製作委員会
公式サイト https://kuitomete.jp/