俳優・脚本家・作家に映画監督……多方面で活躍する才人!

 <ストックホルム症候群>とは、「誘拐や監禁事件において、被害者が犯人との間に心理的なつながりを築く現象」のこと(プレス資料より)。語源となったのは、スウェーデンで実際に起きた銀行強盗事件だ。

 その事件をベースにした映画『ストックホルム・ケース』が、現在公開されている。主犯のラースは、実に複雑な人物だ。アメリカに強く憧れ、自分の境遇を嘆いて荒んでいる。銀行に立てこもった彼は、人質を恫喝しながらも、彼女たちが必要とする生理用品を警察に要求する……。「こんな男に同情も共感もできない」と思うのだが、演じるイーサン・ホークの熱演のせいか、彼自身の持って生まれた人好きのする資質のせいか? とにかく、だんだん憎みきれない、嫌ってばかりもいられない気持ちにさせられてしまうのだ。

画像: ボブ・ディランを歌うラースはアメリカに憧れを抱き、『イージー・ライダー』にも影響を受けているという設定。衣装にもそれが色濃く出ている

ボブ・ディランを歌うラースはアメリカに憧れを抱き、『イージー・ライダー』にも影響を受けているという設定。衣装にもそれが色濃く出ている

画像: 11月に50歳の誕生日を迎えたイーサン・ホーク。眉間やおでこの皺も魅力的な渋い俳優となり、今でも第一線で活躍し続けている

11月に50歳の誕生日を迎えたイーサン・ホーク。眉間やおでこの皺も魅力的な渋い俳優となり、今でも第一線で活躍し続けている

 イーサンが本作の監督・脚本ロバート・バドローと組んたのは、『ブルーに生まれついて』(15年)に続いて2作目となる。そういえばイーサンは『ブルー~』でも、麻薬と縁が切れず破滅に向かって突き進む伝説のトランペッター、チェット・ベイカーの壮絶な人生を、時にチャーミングな内面をのぞかせながら好演していた。それを観た時、久しぶりに「イーサン、いい俳優になったねぇ」と、にんまりしたのを思い出す。

 とはいえ、その間のキャリアをさかのぼれば、『トレーニング デイ』(01年)、『6歳のボクが、大人になるまで。』(14年)でアカデミー賞助演男優賞候補になっているし、ジュリー・デルピー共演、リチャード・リンクレイター監督の『ビフォア・サンライズ 恋人までの距離(ディスタンス)』(95年)は“恋愛映画の傑作”として愛されて、『ビフォア・サンセット』(04年)&『ビフォア・ミッドナイト』(12年)という続編も誕生。リンクレイター、デルピー、イーサンの3人で書いた続編2作の共同脚本は、アカデミー賞脚色賞の候補になってもいるのだけど。

 そう、イーサンは俳優のみならず、脚本家として、作家として、また映画監督としても数々の作品を手がけ、マルチな活躍をしている才人だ。しかし、ここでは勝手ながら、そのキャリアはスキップすることにして、極・極私的なエピソードを披露したい。

まさかの“ボタンが取れそうなジャケット”を羽織って取材に登場

 イーサンと初めて会ったのは、『いまを生きる』(89年)が日本公開される直前。90年の初めだったと思う。リヴァー・フェニックスと共演した『エクスプローラーズ』(85年)で子役として注目を集めたが、<学業優先>を理由に一時休業。この作品は復活第1作となった。ロビン・ウィリアムズが演じるリベラルな英語教師から“魂の解放”を学ぶ高校生を演じたイーサンの初々しさは格別で、一躍ハリウッドの若手スターとして脚光を浴びて初来日した。

 となれば、さぞや輝いていると思っていたのだけど、いや、若くてピカピカで、キュートで、ハンサムなんだけど……スターのオーラはなかった。言ってみれば、かなりルックスのいい大学生。しかもアイビーリーグ(アメリカ北東部の名門大学群)に通っている、知的で品の良い若者って感じだった。

 質素な学生よろしく、着ているツイードのジャケットもくたびれて、ボタンが取れそう。その糸にかろうじてぶら下がって、プラプラ揺れるボタンが気になって気になって。インタビュー中に、持っていた針と糸で付け直してあげたくらいだ。

 「ボタン、直してあげましょうか?」と私が言うと、「うん、ありがとう」とすぐに脱ぐ素直さ! コメントはというと、内容はちゃんとしているけれど、思いがけない質問をされると目が泳いでしまったりして、どこかぎこちない。そんな初々しさ、ちょっぴり頬を赤く染めたはにかみ笑いに、完全にノックアウトされたのは言うまでもない。と同時に、正直「生き馬の目を抜くハリウッドで大丈夫かな、この子?」と心配になってしまい、以来、勝手におせっかいな姉気分に。

イーサンのサイン入りポラロイド。宣材写真なのか、初々しいながらもバチッと決まった一枚

こちらのオフショットは、まだまだあどけない表情。いかにも無垢そうな雰囲気に、金子さんが心配になるのも納得……?

 再会は93年の4月、主演作『生きてこそ』(93年)を携えての来日だった。飛行機の墜落事故で、厳寒のアンデス山脈に放り出されながらも生還した16人を描く、実話をベースにした壮絶な物語だ。それだけに、イーサンは「実際に雪山で行われた撮影はかなりハードだった」と自信に満ちた笑顔。「おお、すっかりスター俳優らしくなって」と“姉”はひと安心し、それに続く目覚ましい活躍にも大喜びした。

 『ガタカ』(97年)で共演したユマ・サーマンとの結婚も、もちろん、お似合いのスターカップルだと祝福。長編監督デビュー作『チェルシー・ホテル』(01年)のプロモーション来日時は、31歳。大人の魅力を発散していて、惚れ惚れしたものだ。

 そして、極・極私的な“事件”が、その3年後に起こった。

取材に向かう機内で手にした新聞の内容に愕然

 2004年、3月。私は、4月24日に日本公開予定の『キル・ビル Vol.2』(04年)の監督クエンティン・タランティーノをニューヨークで取材し、そのままロサンゼルスへ向かっていた。主人公のベアトリクスを演じたユマ・サーマンにインタビューをするためだった。

 しかし、その移動中の機内で手にした新聞に「イーサン・ホーク&ユマ・サーマン夫妻、電撃離婚。原因は夫の浮気!」という文字が躍っていた……ギョエ~ッ! 同行していた映画会社の宣伝マンも寝耳に水。私たちの「もしかしたら、インタビューは無しかも?」という危惧は、空港に降り立った直後に現実に。ユマのエージェントが取材を断ってきたのだ。

 いやー。困った。だって、日本公開は4月24日であり、4月上旬発売の月刊誌にインタビューを掲載しなければならない。しかも、私が執筆予定の某女性誌は、すでに締切りはギリギリ。取材した翌日には原稿を送らなければ間に合わない……。泣きましたよ。「イーサン、なんてことしてくれたの!」と怒りましたよ。でも、こればっかりは、ねぇ。どうにもならない。

 宣伝マンがエージェントに食い下がってくれて、結局「直接インタビューはできないけれど、撮影中に行ったインタビューやこれまでのコメントは使ってもいい」ということになり、九死一生! 必死で書いて、間にわせた次第。

 いやはや、その恨み(?)から、一時はイーサンを見離そうかと思ったのだけど……やっぱり今でもファンで、自称“姉”。まさに憎みきれない、イイ奴なんですよねぇ(笑)。

ストックホルム・ケース

公開中
監督・脚本:ロバート・バドロー
出演:イーサン・ホーク/ノオミ・ラパス/マーク・ストロング
原題:STOCKHOLM
2018/カナダ=スウェーデン/92分
配給:トランスフォーマー
(c) 2018 Bankdrama Film Ltd. & Chimney Group. All rights reserved.

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