イザベル・ユペールから監督にラブコールを送って実現した染み入る一作

 『ポルトガル、夏の終わり』は、癌の末期を迎えた有名女優フランキーが、最後のヴァカンスを過ごすある1日を描いたもの。美しい自然の中で残り少ない時間を慈しむいっぽうで、彼女は夫や子供たち、そして友人など、愛する人の“これから”に心を痛めており、ある“企み”を実行しようとするのだが。

 世界遺産にもなっているポルトガル・シントラの風光明媚な風景の中での散策、雨に濡れるペーナ宮殿での秘密の会話、海を臨むペニーニャの山頂で迎える夕日のラスト……。寡黙な登場人物たちが浮き彫りにしていく愛や哀しみ、そして思いがけない強さによって、人それぞれに共感ポイントが分かれるような、味わい深い一作と言える。

画像: 余命いくばくもない女優が、あとに残される“大切な人たち”を、美しいポルトガルの地に呼び寄せるが……。義理の娘役のヴィネット・ロビンソン(一番左)はイギリス、友人役のマリサ・トメイ(左から5番目、イザベルの右隣)はアメリカ、夫役のブレンダン・グリーソン(右から3番目、イザベルの左隣)はアイルランド、息子役のジェレミー・レニエ(右から2番目)はベルギー出身と、国際色豊かなメンバーが揃う

余命いくばくもない女優が、あとに残される“大切な人たち”を、美しいポルトガルの地に呼び寄せるが……。義理の娘役のヴィネット・ロビンソン(一番左)はイギリス、友人役のマリサ・トメイ(左から5番目、イザベルの右隣)はアメリカ、夫役のブレンダン・グリーソン(右から3番目、イザベルの左隣)はアイルランド、息子役のジェレミー・レニエ(右から2番目)はベルギー出身と、国際色豊かなメンバーが揃う

画像: フランキーの友人アイリーンを演じるマリサ・トメイは、『いとこのビニー』でアカデミー賞の助演女優賞を受賞。マリサとイザベルは、“仕事を通じて親しくなったヘアメイクアップアーティストと女優”という関係を、とても自然に演じている

フランキーの友人アイリーンを演じるマリサ・トメイは、『いとこのビニー』でアカデミー賞の助演女優賞を受賞。マリサとイザベルは、“仕事を通じて親しくなったヘアメイクアップアーティストと女優”という関係を、とても自然に演じている

 とはいえ、私個人としては、女優フランキーを演じるイザベル・ユペールがアイラ・サックス監督にラブコールを送り実現した企画であること、しかも、脚本も担当するサックス監督が「フランキーはイザベルを念頭に置いた、当て書きのキャラクターだ」とコメントしていることに、大いに興味をそそられた。そう、ここでイザベルの素顔を少しは垣間見られるかも? と期待したのだ。

“女優”としてはきちんと語ってくれる。しかし……

 フランスの大女優イザベル・ユペールには、じつは過去2回ほど来日時にインタビューをしているのだが、正直、惨敗だった。もちろん演技や監督や共演者についてはちゃんとコメントしてくれるのだが、どこか職業的で肉声が聞こえない。なんと表現したらいいのか迷うのだけど……女優イザベル・ユペールとして“お仕事”についてのコメントはするけれど、“私自身”について話すことはないわ、というスタンス。

 たとえば、『アスファルト』(15年)で10年ぶりに来日した2016年。彼女が演じたキャラクターは、売れなくなってきたことに失望して女優を辞めたいと思っている女性だ。質問は“キャラクターの辞めたい気持ちに共感した部分はある?”。その答えは「ほかの役もそうだけど、キャラクターに共感するという演じ方はしないの。演じる人物には演じる人物の人生があり、私には私の人生があると思っているから。全く別物よね。それより、映画の中で、ひとりの人物を、ひとつの人生を、いかに真実味をもって作り出すかに力を注ぐだけ」。ま、そうなんだけど、それって演技の基本中の基本であって、いまさら大女優に言われても……。

 また、息子ほどに年下の少年と出会ってほのかに恋愛感情を芽生えさせるシーンなども、すでに60歳を超えたとは思えないほど“女”のたおやかさと脆さを漂わせ、“さすが演技派女優!”と羨望の眼差しだったが、ご本人は、前出とほとんど変わらずのそっけないコメント。

 少年を演じたジュール・ベンシェトリは、サミュエル・ベンシェトリ監督と女優マリー・トランティニャンを両親に持ち、祖父は名優ジャン=ルイ・トランティニャンというフランス映画界きってのサラブレッド。その新星との共演の感想も「共演するということは、じつはとても最高の関係ができるもの。だから、今回もジュールとは強い関係が生まれたわ。あの子は写真に興味があるみたい」……。私としては、共演のエピソードの一片でも披露して欲しかったのだけれど、取りつく島もなし。

 ちなみに、19年に『パリに見出されたピアニスト』(18年)を携えて来日したジュールによれば、「ちょうど僕が写真学校に通っている時に共演したので、おたがいに好きな写真家とか、作品についてよく話をしていたんだ。撮影が終わった後に、分厚い写真集をプレゼントされて、うれしかった」とのこと。こういうお話を、イザベルからも聞きたかったのよねぇ。

画像: DVD『アスファルト』/ポニーキャニオン/¥3,800(税別)

DVD『アスファルト』/ポニーキャニオン/¥3,800(税別)

 アカデミー賞主演女優賞にノミネートされた『エル ELLE』(16年)で、ポール・ヴァーホーヴェン監督と来日した17年のインタビューも、ほとんど前回と同じ。“自分をレイプした犯人を、警察に通報することもなく、自分ひとりで探している女性”という役柄は、そのレイプシーンのリアルさも相まってセンセーショナルだった。しかし、“いちばん大変だったシーンは?”の質問にも、「特にありません。あえて言うなら、小さなスズメが死んでしまうシーンかしら。この映画のテーマである“命”を描く象徴的なシーンですから」。

 私のインタビュアーとしての技が未熟であることを、痛感するばかり……。

画像: Blu-ray『エル ELLE』/ギャガ/¥2,000(税別)

Blu-ray『エル ELLE』/ギャガ/¥2,000(税別)

3度目のインタビューで見られた変化とは?

 さて、そんな惨敗記録を更新すべく(自虐 笑)、3度目の挑戦となったのは、冒頭で紹介した『ポルトガル、夏の終わり』についてのインタビュー。世界中がSTAY HOMEの時期のために、電話を介してだったからハードルは上がるばかり。冒頭で書いたように、イザベルに当て書きされたキャラクターも、作品の出来もとても気に入ったそうで、言葉数は多いのだけど、やはりキャラクターへの解釈や監督の演出の仕方などは語っても、自分自身との比較などはなし。

 そこで、観ているとフランキーと女優イザベル・ユペールが重なり、ともすれば同一人物だと錯覚する瞬間もあったと言うと。

 「ハハハッ、皆さん、私の人生がどんなものかなんて、全く知らないでしょ。だから、かさねてみてもムダよ。フランキーの人生と私の人生は別物なのだから。ただし女優というところでは共通項も必然的にあるわけで、彼女の想いや、あり方に私自身が反映されている部分もあるかも。まぁ、彼女も私も女優なので、観ている方はリアルに感じると思うけど」

 3度目の会見にして、初めて彼女の笑い声を聞いて、ちょっと嬉しかった。そう、過去2回の会見では、ニコリともしなかったもんなぁ。コメントも、まさに“ブレない女”イザベル・ユペールだ。

画像: 3度目のインタビューで見られた変化とは?

 そして、このポリシーを貫いているからこそ、フランスのみならずアメリカ、ヨーロッパ、韓国などで巨匠や新鋭監督とのコラボを次々と実現させ、100本以上の作品に出演するという輝かしいキャリアを築いているのだろう、と納得だ。まさに、稀有な大女優! 尊敬するばかりです。

ポルトガル、夏の終わり

監督・脚本:アイラ・サックス
出演:イザベル・ユペール/ブレンダン・グリーソン/マリサ・トメイ/ジェレミー・レニエ/パスカル・グレゴリー/ヴィネット・ロビンソン/グレッグ・キニア
原題:FRANKIE
2019/フランス=ポルトガル/100分
配給:ギャガ
8/14(金) よりBunkamuraル・シネマ、ヒューマントラストシネマ有楽町、新宿武蔵野館 他全国順次公開
(c) 2018 SBS PRODUCTIONS / O SOM E A FURIA (c) 2018 Photo Guy Ferrandis / SBS Productions

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