「CES2020」ソニーブースで話題を集めたのは、モビリティ・コンセプトカーの「VISION-S(ビジョン エス)」だった。車における安心・安全や快適さ、エンタテインメントなどを追求する取り組みを具現化したもので、ソニーのイメージング・センシング技術やAI、クラウド技術が凝縮されている。さらにVISION-Sには、没入感のある立体音場を実現する「360 Reality Audio(サンロクマル・リアリティオーディオ)」も搭載されている。その360 Reality Audioを始めとするソニーのオーディオビジュアルの取り組みについて、麻倉さんがソニーホームエンタテインメント&サウンドプロダクツ株式会社 代表取締役社長の高木一郎さんにインタビューした。(編集部)
麻倉 CES2020ではVISION-Sが大きな話題になりました。センシング技術やAIを使った提案性ももちろんですが、オーディオビジュアル的には、360 Reality Audioが搭載されている点にも注目したい。
360 Reality Audioは2chシステムでも立体音響を体験できるイマーシブ再生方式として昨年のCESで発表されたソニー提案の技術です。その後9月のIFAで実際の音も聴かせていただき、今回はスピーカーなどの対応機器も発表されるなど、着々と進んでいるなぁというのが印象です。現状の開発進捗状況を教えてください
高木 360 Reality Audioはようやくスタートした段階で、これから具体的な手応えを得ようという状態です。ヘッドホン再生だけではなく、リビングルームの360 Reality Audioも追求しようということで、今回のスピーカー展示になりました。まだ技術サンプルという段階ではありますが。
麻倉 そうなんですね。しかし、去年もスピーカーの展示はありました。
高木 去年の360 Reality Audioはもっと大型のシステムでしたが、今回は小型モデルとサウンドバーでの提案です。
麻倉 音を聴いた感想としては、去年よりよくなっていました。広がりや定位感もいいと思いました。ところで、コンテンツの提供について、Amazon Music HDで採用されたことも話題になりました。
高木 Amazonさんはとても動きが早いですね。こちらが製品を出す前に既に対応機の「Echo Studio」を発売されてしまいました。やはり力があるなぁと実感しました。
最初にAmazonさんに360 Reality Audioについて説明した時は、即座に共感していただいて、面白いからぜひやろうということでした。彼らはEchoスピーカーを自分たちの主力製品として位置づけていますから、その付加価値として採用していただいたのです。
そのためのソフト開発はAmazonさんにお任せしたのですが、開発力が段違いに凄いなぁというのが正直な感想です。先に着手していたわれわれより早いのですから(笑)。
麻倉 Amazonが採用してくれたということは、強力な味方ができたということでもあります。
高木 360 Reality Audioの可能性に対してコミットしてくれたのはとても大きいですね。
麻倉 マルチチャネル再生は、5.1chもそうでしたが、なかなか一般家庭にまでは届きませんでした。一時はブームになるんだけど普及しきれず、忘れた頃にまた現れるという感じが続いていました。
高木 5.1chは物理的にスピーカーが必要でしたが、360 Reality Audioはヘッドホンやスピーカー1台でも再生できますので、ハードウェア的な制約は少ないでしょう。少ない初期投資で、新しいエンタテインメントが楽しめるのがメリットです。
麻倉 確かにそれは重要です。またこれまでも2chスピーカーでバーチャル的にサラウンド再生をする機能はありましたが、効果はどれもいまひとつでした。しかし360 Reality Audioは多機能コーデックであるMPEH-H 3Dオーディオをベースにしているので、サラウンド感も正確に再現できます。この点もイマーシブ再生として大きなメリットでしょう。
ところでソニーとしては、2011〜2012年にハイレゾを提唱し、今ではそれが一般にも知られるようになりました。
高木 ありがとうございます。ただハイレゾは、音楽に対する感度の高い皆さんには認識してもらいましたが、全体のパイからいったらまだハイエンドな領域にいるのではないかと考えています。360 Reality Audioについては、もっと普通の人によさを訴求したいというのが今回の基本的な考えです。
麻倉 いわゆるオーディオマニアではない人に対しては、360 Reality Audioの効果の方がハイレゾよりわかりやすいのではないでしょうか。
高木 ハイレゾは再生装置にもよりますが、何回聴いても違いがわからないという方もいらっしゃいます。
麻倉 さて、360 Reality Audio以外にもシグネチャーシリーズの製品が好評のようですが、こちらの反響はいかがですか?
高木 おかげさまで、高い評価をいただいています。弊社としては、まずはパーソナルオーディオの領域、ヘッドホンやデスクトップスピーカーなどから充実させていただきたいと考えているところです。個人のリスニング環境を充実させるというコンセプトです。
麻倉 その第一歩となるのがデスクトップスピーカーの「SA-Z1」だと思います。こちらは去年のIFAで試作機の音を聴かせていただきましたが、素晴らしかったですね。
あの製品は革命的だと思います。これまでのデスクトップオーディオというと音質的にいまいちなものがほとんどでした。しかしSA-Z1は音もいいし、デスクトップという空間の中での音場感と音像感再現も素晴らしい。360 Reality Audioとは違う意味でのリアリティのある音場感を開拓していると思います。
高木 ありがとうございます。
麻倉 しかし、ソニーの本格オーディオコンポーネントは、ここ6〜7年目立った新製品がありません。この点についてはどうお考えなのでしょうか?
高木 オーディオを極めたいという夢はありますし、ソニーとしてはESシリーズなどを作ってきましたので、時間をかけてでも追求したいと思っています。
ただ麻倉さんもご存じの通り、ハイエンドオーディオの開発はハードルが高いのです。生半可な技術ではできないし、手間もコストもかかります。もう少し収益体制が安定してから、しっかり取り組みたいと思います。
麻倉 イヤホンなどのパーソナルなジャンルな、ソニーがもともと強いところでもあるし、売り上げにもつながります。まずはそこをしっかり固めて、収益が安定してきたら、ぜひフルサイズコンポにも進んでもらいたいですね。
というのも、今は全世界的にアナログレコードが人気です。若い人も増えていますし、彼らにとってアナログは“ニュー・オーディオ”なのです。これまでデジタル音源だったのに、アナログという新しいソースが出てきたともいえる。その意味で、ソニーが“アナログという新しいこと”にチャレンジするというのも面白いのではないでしょうか。
高木 現代は、色々なものがデジタルになっています。再生機という点で考えると、デジタルではパーツさえ入手すれば誰でも同じような製品ができるのです。
しかしオーディオはそんなに単純なものではないと思います。最終的にどうやって鼓膜を振るわす音を出すか、いい音として感じてもらうかが大切です。弊社はその点については一日の長がありますから、そこを追求したいです。
麻倉 ソニーにもかつてはアナログ魂がありましたよね。
高木 まだありますよ、捨ててはいません(笑)。例えばヘッドホンでも、今は製品数も多く、どれもちゃんとした音が聴けます。しかしソニーとしては音に他社との違いがなくてはいけない。ヘッドホンも最終的にはアナログ再生ですから、どう音場感を出すかにはノウハウが必要なのです。そこは頑張っています。
麻倉 さてオーディオというと、これまではソース機器があって、アンプを使ってスピーカーを鳴らすという、ある意味わかりやすい構成が一般的でした。しかし今は、SA-Z1に見られるようにデジタル直結のアクティブシステムが増えてきています。
今後はSA-Z1のような形態が進んでいくのではないかと思いますが、ソニーとしてはそのあたりはどんな展開をお考えなのでしょう。
高木 音源についてはネット経由が充実していくでしょう。弊社も「mora qualitas」でハイレゾストリーミングを始めましたし、海外でも同様のサービスは増えています。
今後は、それをどうやって再生するかがメーカーとしての戦いになるでしょう。そこではまずヘッドホンを充実させなくてはならないと思っています。個人的にはソニーのヘッドホンはまだまだ改良の余地があると思っています。他社に負けないよう、さらに追求しなくてはならない。
あとはスピーカーです。本格的なオーディファイル向けのスピーカーはもう少し時間がかかるでしょうが、サウンドバーや3chでサラウンドが楽しめるような世界も必要でしょう。
麻倉 今回の360 Reality Audio対応サウンドバーもそのカテゴリーですね。
高木 スピーカーをどこに置いても、包囲感をきちんと再現できるようなシミュレーション技術も開発しなくてはならないでしょう。
旧来のオーディオ然とした、スピーカーはここに置いてくださいというやり方では、市場を狭めてしまいます。イージーリスニングでハイファイという世界を追求しなくてはならないと考えています。
麻倉 それはとてもソニーらしいですね。音場を測定すればシミュレーションはできるのですから、どこに置いてもいい音で楽しめるようにすることも可能でしょう。
高木 スピーカーを置く場所が限られていたとしても、シミュレーション技術でほぼ完璧な音場がつくれるようになれば、オーディオの世界ももっと広がるのではないでしょうか。
麻倉 ハイレゾが登場して、オーディオは2chで聴くものだという世界に戻ってしまいました。しかしせっかくサラウンドの世界もあるのだから、勿体ない。それをもう一度解放するのも大事ですね。
高木 それが360 Reality Audioの基本コンセプトでもあります。
麻倉 さて、もうひとつビジュアルの展開もお聞きしたいのですが、日本国内での8Kテレビの発売はどうなっているのでしょう?
高木 東京オリンピックまでには発売しなくては、と考えています。
麻倉 そうですか。もちろん8Kチューナー内蔵機ですね?
高木 そうです。日本で発売するのですから、8Kチューナーが入っていないと駄目ですよね(笑)。
麻倉 これまで8Kテレビはシャープだけでしたから、ソニーが参入したら、ユーザーの選択肢も増えますから、とても楽しみです。価格はいくらくらいなのでしょう?
高木 そこまでは決まっていません。8Kテレビはまだ市場が限られていますが、技術の可能性として、映像の高解像度を追求していかなくてはと思っています。
麻倉 凄く儲かるわけではないでしょうが、8Kでもちゃんとした市場を作っていくのはソニーとしてもやらなくてはならないことですからね。
高木 おっしゃる通りです。
麻倉 もうひとつ、今回の8Kテレビは液晶パネルを使っていますが、将来的には有機ELの8Kもお考えですか?
高木 もちろんです。弊社の映像エンジンはデバイスを選ぶことはしませんので、8Kの有機ELパネルが出てくれば当然考えます。早く作って欲しいくらいです。8Kは技術の進化として必要ですし、まだまだ開発途上ですから、力を入れてきます。
ただし、メインのビジネスとしては4Kテレビだし、4Kでもまだまだできていないこともありますから、そこもバランスを考えながら進めていきます。
麻倉 4Kではどんな展開を考えているのでしょう?
高木 4Kテレビでは音をどうするかも考えたいですね。今回8K液晶テレビのZ8Hシリーズにはベゼルから音を出す「フレーム トゥイーター」技術を開発しました。ベゼルにユニットを搭載するのでデザイン性は犠牲になりますが、やっぱり音場はしっかり提供しないといけない。絵だけでは駄目だなと感じています。
麻倉 せっかく絵がよくなったのに、音が悪くなっているというのは、薄型テレビになってからずっと言われている問題ですからね。
高木 大画面になるほど、どこから音がでているのか、音の定位というのは絶対問題になってきます。そこはテレビとして解決しなくてはならない大切なポイントですし、弊社が取り組んでいく重要なテーマだと思っています。
麻倉 具体的な方法として、A9Gなどで使われている「アコースティック サーフェス オーディオプラス」もありますが、これは液晶パネルでは使えません。ということは、それ以外の方式も考えている?
高木 アコースティック サーフェス オーディオプラス自体も、今回アクチュエーターが改良されてよくなっていますが、さらにそれとは別の切り口も考えています。
麻倉 4Kテレビは画質的にはかなりいい所まで来ていますが、音質ではまだまだやることがありそうですね。
高木 ありありです。
麻倉 最後にテレビの使われ方として、ストリーミングサービスにどう対応していくのか、音声操作などをどう取り込んでいくのかなどのテーマがありますが、まずはここから変えていこうといった方針はあるのでしょうか?
高木 インターフェイスの部分で、ユーザーが思ったことがサクサクできていないという印象を持っています。アンドロイドOSもいまひとつ使いこなしてはいませんので、まだまだ追求しなくてはいけないでしょう。
動きのレスポンスがスマホにまで至っていないのです。スマホ並とはいかないにしても、もっと近づける必要はあります。
麻倉 高木さんはオーディオとビジュアルの両方を担当されているので、音と絵の相乗効果についてよくおわかりだと思います。単に絵や音のどちらかだけがいいのではなく、両者が一緒になったときの相乗効果をぜひ追求していっていただきたいですね。
高木 はい、そこはしっかり頑張っていきたいと思います。