彼の存在が『アド・アストラ』の世界を深くする
ヴェネチア国際映画祭で絶賛され、アカデミー賞の呼び声も高いSF超大作『アド・アストラ』。ブラッド・ピットが初めて宇宙飛行士役に挑戦するのも話題だが、その主人公の父親を演じるのがトミー・リー・ジョーンズというのも魅力的なキャスティングだ。ネタバレは厳禁だが、『地獄の黙示録』を思わせる<闇の世界>、父と息子の葛藤、そしてトミー・リーの存在感が物語をディープにしていることは請け合いだ。
“宇宙人ジョーンズ”はハーバード卒、ルームメイトはゴア元副大統領!
トミー・リー・ジョーンズといえば、日本では、缶コーヒーに登場する<たそがれ宇宙人>でおなじみだろう。でも、このおじさん、じつは世界中の映画人から演技派としてリスペクトされている大物俳優であり、ハリウッドきっての知性派スターでもあるのだ。そう、名門ハーバード大学英米文学部に進学し、ルームメイトには後に副大統領となるアル・ゴアがいる。
俳優デビュー作となった不屈の恋愛映画『ある愛の詩』(70年)は、じつはトミー・リーの大学時代の友人の実体験がベースになっていたとか……。でも、そんなエピソードが話題になったのは、ずっと後のこと。彼はそのデビュー作で主人公の友人を演じたんだけど、『顔がゴツすぎる』と言われて鳴かず飛ばず。以後、長い下積み生活を余儀なくされたのだから。
「気むずかしい」と言われ、緊張しながらインタビューに臨んだが……
私がトミー・リーに初めて会ったのは、1997年公開の『メン・イン・ブラック』。93年に『逃亡者』でハリソン・フォード演じる殺人容疑者を追い詰める連邦保安官補を演じてアカデミー賞助演男優賞を受賞し、47歳にしてやっと演技派スターとしての地位を確保した後だ。
とにかく、遅咲きのせいか、知性派ゆえか、はたまたそのゴツイ顔のせいか、インタビュー前から「気むずかしい」とのインフォメーションが飛び交っていた。携えてきた作品『メン・イン・ブラック』でも、寡黙で生真面目な<エージェントK>役だからなぁ。ともあれ、私としてはドキドキでインタビューに臨んだのだ。
そして、予想通り、寡黙であった。しかし、決して気むずかしくなく、不機嫌でもなく、ひたすら真面目に、極力言葉少なに答える。
そんな数少ないコメントの中で印象的だったのは「監督業には興味がある。いくつかの脚本を吟味中で、いつかは実現したい」と語っていたこと。その思いは自らが主演した『メルキアデス・エストラーダの3度目の埋葬』(05年)で結実し、監督デビューを果たした。しかも、カンヌ国際映画祭で男優賞も受賞しているから、そのニュースを目にした時には『さすが!』と納得したものだ。
とはいえ、それは後日談。会見当時は、作品がSFコメディだし、コンビを組んでいるのがおふざけ演技が得意なウィル・スミスだから、正直もう少しリップサービスが欲しかったと悔やむことしきり。通訳を担当した戸田奈津子さんに「ちょっと困りました」とボヤいてしまった。
戸田さん曰く「彼はとてもインテリで、勉強家。黒澤明監督が大好きで、親日家でもある。来日前に、日本のことを猛烈に勉強して、仕事の後はプライベートで素敵な奥様と京都旅行にも笑顔で出かけたわよ」とのこと。その笑顔、1回目の会見ではついにお目にかかれなかった。残念!
そして2回目の会見は、大ヒットシリーズ第2弾の『メン・イン・ブラック2』(02年)を携えて、ウィル・スミスと一緒に来日したとき。これが、もう、<MIBコンビ>のまんま。サービス精神旺盛なウィルがジョークを飛ばし、動き回り、爆笑し、隣でジッとしているトミー・リーをイジりまくる。するとトミー・リーがたま~に『ほんと、うるさい小僧なんだよ』という感じで首を振り苦笑いをしたり、堪えきれずにクスクス笑ったり。初会見ではお目にかかれなかった、クシャっとした笑顔がじつにキュートであった。
このときウィルは『old man!』を連発していたが、当時トミー・リーはまだ56歳だった。ってことは、『じいちゃん』じゃなくて『親父』って意味だったのねぇ。
そこでふと、遅ればせながら気がついた。彼と初めて会ってから、な、なんと22年も経っていることに! 失礼ながら、初めて会った時からずっと変わらず『old man』なイメージを抱いていた私。あのゴツい顔は、若い頃から老け顔ってことなんだろうなぁ。
『アド・アストラ』
監督:ジェームズ・グレイ
声の出演:ブラッド・ピット/トミー・リー・ジョーンズ/ルース・ネッガ/リヴ・タイラー/ ドナルド・サザーランド
原題:AD ASTRA
2019年/アメリカ/123分
配給:20世紀フォックス映画
公開中
(c) 2019 Twentieth Century Fox Film Corporation