フュージョン全盛期の珠玉の名曲を
フラットトランスファーSACDで聴く

 SACD/CDハイブリッド盤『クロスオーバー黄金時代』(2019年春、ステレオサウンド社より発売)に収録した13曲は、私の青春時代を彩ってくれた珠玉の名曲ばかりだ。これら楽曲をまさしく聴き倒し、私はジャズ/フュージョンの知識を高め、それをよりよい音で再生するべくオーディオのスキルを磨いていったのである。その解説の機会をここにいただいたので、本盤を通して往時の“和フュージョン”の特色を分析してみたい。

▶収録曲(全曲初SACD化)
①モーニング・アイランド     渡辺貞夫(『Morning Island』1979年作品より)
②キーピン・スコア        Its(『Rainbow』1980年作品より)
③スーサイド・フリーク      松原正樹(『Take A Song』1979年作品より)
④センチメンタル・ジャーニー   阿川泰子(『Journey Yasuko,Love-Bird』1980年作品より)
⑤ハイ・プレッシャー       マルタ(『High Pressure』1987年作品より)
⑥サイレント・コミュニケーション 秋本奈緒美(『The 20th Anniversary』1982年作品より)
⑦スーパー・サファリ       ネイティブ・サン(『Native Sun』1979年作品より)
⑧ステイ・クロース        中本マリ(『TV』1984年作品より)
⑨ソープ・ダンサー        山岸潤史(『Realty?!』1979年作品より)
⑩ジェントリー          日野皓正(『Daydream』1980年作品より)
⑪サンバースト          サンバースト(『Sunburst』1980年作品より)
⑫ウィズ・アワ・ソウル      本田竹曠(『It’s Great Outside』1978年作品より)
⑬マイ・ディア・ライフ      渡辺貞夫(『My Dear Life』1977年作品より)

●マスタリング・エンジニア:袴田剛史(ビクタースタジオFLAIR)
●サウンド・スーパーヴァイザー:高田英男

⑤⑧ 以外は1/4インチアナログマスターからのDSD化。⑧は1/2インチ(76cm/sec)アナログマスターからのDSD化。⑤は44.1kHz/16ビットマスターをK2 HDプロセッシングにて192kHz/24ビット化。さらにアナログ変換後にDSD用マスター制作。高田英男さんは本作に収録の全13曲のうち、②③⑦⑧⑨の5曲(アルバム5枚)の録音エンジニアを務めていた

 第一に言えるのは、当時のシーンを牽引していたのが、渡辺貞夫や日野皓正等の大御所であったこと。二人には4ビート/モダンジャズでの長いキャリアの下地があり、スリリングなアドリブや多様なアレンジは流石という印象。国内外の演奏家からの人望も厚く、その人脈を活かしたゴージャスな編成、制作が人気を呼び、大ヒット作を連発したことは、今でも鮮明な記憶として残っている。その二人が同時期にビクターの傍系レーベルに所属していたことはとても大きい。

 ここに収めたベテラン二人の2曲は、いずれもニューヨーク録音で、日本録音とは違ったリズムのタイトさ、響きの濃密さが感じ取れる。しかもここで渡辺貞夫はフルート、日野皓正はコルネットと、それぞれがトレードマークといえる楽器での演奏ではないところがミソ。

 ギタリストが花形であったことも和フュージョンの特質として見逃せない。本場アメリカでは、どちらかというとキーボーディストの人気が高かったように思う。デオダード、ボブ・ジェームス、ハービー・ハンコック、ジョー・サンプル、ジョージ・デューク等がその代表格だが、邦人ミュージシャンでそれに匹敵する人気を誇っていたのは松岡直也ぐらいではなかったろうか。

 ギタリストに関しては、彼の地ではラリー・カールトン、リー・リトナー、ジョージ・ベンソンがすぐに思い浮かぶが、日本では渡辺香津美、高中正義がシーンを牽引する反面、本盤に収録した松原正樹や山岸潤史、さらに他レーベルでは和田アキラや大村憲司など、実に多様なスタイルのギタリストが活躍した。本盤では3曲目の松原の泣きのフレージング、9曲目の山岸のブルージーなトーンをぜひ楽しんでいただきたい。

 女性ヴォーカリストの活躍も当時きわめて大きなムーブメントだった。ビクター所属では本盤に収録した阿川泰子、秋本奈緒美、中本マリがベストセラーを連発。他レーベルでは、CBSソニーに笠井紀美子やマリーン、日本コロムビアには大野えり、東芝EMIにはアンリ菅野が所属し、それぞれ人気を博していた。中にはアイドル並の集客を誇った歌手もいた。

 阿川は妖艶な容姿と囁くような“シュガーヴォイス”が人気で、秋本はコケティッシュなムードで一世を風靡。中本は持ち前の歌唱力で通を唸らせた。本盤収録曲の中では、8曲目の中本の楽曲にて、ハーフインチのアナログマスターテープ特有の濃密な情報量を感じ取っていただければ嬉しい。

 本盤に収録した13曲の中で、個人的に思い入れが強いのは、2曲目のITSと、12曲目の本田竹曠の2曲だ。ITSはヴォーカルの3人こそ当時知らなかったが、抜群に歌が上手く、コーラスのハーモニーの美しさにうっとりしたものだ。加えて伴奏の渡辺香津美のギター、村上秀一のドラムの音が素晴らしいのだ。全般的な録音もきわめて優秀で、私は当時LPで愛聴していた。

 本田の演奏は、ゴスペル調のアコースティックピアノの音色のナチュラルさ、アンソニー・ジャクソンのベースとスティーブ・ジョーダンのドラムが繰り出すリズムの重たさがいい感じで、本盤で録音エンジニアのデヴィッド・ベイカーの名前を覚え、彼が録ったアルバムをよく探したものだ。

 こうして70年代半ばからの10年の往時のクロスオーバー・シーンを俯瞰した時、ビクター系列のレーベルが時代を牽引する中心的役割を果たしてきたことは、そのカタログラインナップからみても明白だ。今回の選曲対象の参考にさせていただいた『ADLiB presentsビクター和フュージョン』シリーズの70作品を眺めても、いずれ劣らぬビッグタイトルが多いばかりでなく、音楽的にも先駆的なアプローチが多々見受けられたように思う。

 加えて今回痛切に感じたのは、アーカイブ(オリジナルマスター)を厳重に取り扱っているビクター(現JVCケンウッド・ビクターエンタテインメント)の真摯な姿勢だ。多くのレコード会社が物理的な合理化やコスト面から、オリジナルマスターをデータ化、デジタルアーカイブ化する傾向が強い中、今でもしっかりとアナログマスターテープを保管している姿勢には大いに感銘を受けた。文化の保存・伝承という点からも、音楽関連企業としてのお手本的な体制と私は思うのだがいかがだろう。こうした取組みがなければ、今回のような企画は実現しなかったはずだ。

 最後にSACDとCDのサウンド面の特色を述べておきたい。本作のSACD層は、私の監修・立合いの元、ビクタースタジオ「FLAIR(フレアー)」所属のエンジニア袴田剛史さんにマスタリングを依頼。併せて、当時多くの録音に携わった同スタジオ出身の高田英男さん(現ミキサーズ・ラボ所属)にアドバイスをいただきながら進めた、アナログマスターテープからのフラットトランスファーである(1曲のみデジタルマスター)。そのなめらかでナチュラルな質感をぜひSACD対応機でお楽しみいただきたい。いっぽうのCD層は、2016年から17年にかけてリリースされた音源「K2 HD PRO MASTERING」のマスターをあえて使用している。つまり、DSDからのダウンコンバートしたPCM音声ではない。その意図としては、双方のマスタリングの狙いによるトーンやテクスチャーの違いをぜひ楽しんでいただきたいと思ったからだ。

画像: 名盤ソフト 聴きどころ紹介1 /『クロスオーバー黄金時代』
Stereo Sound REFERENCE RECORD

SACD/CDハイブリッド クリティックスシリーズ
「クロスオーバー黄金時代 1977〜1987 FUSION」BEST SOUND SELECTION
選曲・構成:小原由夫(JVCケンウッド・ビクターエンタテインメント/ステレオサウンドSSRR-12) ¥3,500+税

●問合せ先:㈱ステレオサウンド 通販専用ダイヤル103(5716)3239(受付時間:9:30-18:00 土日祝日を除く)

●ご購入はこちら→ https://www.stereosound-store.jp/fs/ssstore/rs_sacd/3129

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