ステレオサウンド社が2018年末にプロデュースしたロック〜ポップス系のSACD/CDハイブリッド盤全8タイトルはどれもが音楽シーンに楔を打ち込んだ傑作ばかりだが、2回目の今回は、前回のカーラ・ボノフに引き続き、女性ヴォーカルものにフォーカスして詳解する。
リリカルな響きの旨味成分が格段にアップ!
まずは、泣く子も黙るオーディオ・ファイル向けの定番作品、ホリー・コール・トリオ 『ドント・スモーク・イン・ベッド』(1993年)。この作品は従来のCDでも充分高度にHiFiで、ミュージシャンおよびその音楽性を隅から隅までクリアにサウンド・ステージに提示してくれるものだった。だが、キャピトル・スタジオの筆頭エンジニア、ロバート・ヴォスジェンがリマスターした今回のSACDは従来の明快・明確な本作品のサウンドをさらに一段上の絶頂にシフトさせている。このアルバムの中でも白眉の一曲である冒頭の「アイ・キャン・シー・クリアリー・ナウ」では、終始絶唱しているかの印象が色濃いホリー・コールのヴォーカルが、実は抑制的な部分も多いことを明瞭に聴き取ることが出来る。
もちろん僕も従来CDを全否定するつもりはなく、たとえばそのヴォーカルに関してはCDならではのボディ感というか艶めかしさが出ていて、それはそれでCDで聴く固有の特質があるとも言える。だが、リスニング・ルームの空気を一瞬でクリーンにしてしまうようなアーロン・デイヴィスの闊達なピアノに関してはこのSACDではそのリリカルな響きの旨味成分の絶対量が格段に違っていて、これはちょっと後戻りし難い。
同様にエヴリシング・バット・ザ・ガールのM②「涙を止めないで」でのデイヴィッド・リンドリーの流麗なスライド・ギターの響きには神々しささえ感じられる。本作は従来よりアナログ・プロダクションズからSACDがリリースされているが、より生々しい今回のSACDを全編聴き通してみれば、この洒脱な音楽性の中に潜む実は恐ろしいほど強烈なホリー・コールの唄い手としての自我があからさまに視えてくる(それがあるからこそ各楽曲が見事にデフォルメされているのだ!)。
唄への悦びが音場空間に鮮明に浮かび上がる
続いてはコンピューターを駆使したサウンドが隆盛を極めていた英国音楽シーンに突如降臨した超アナログ的バンド、フェアーグラウンド・アトラクション の『ファースト・キッス』(1988年)。ストリート出身の彼らは、スネアとバスドラ、ギターとウッドベース……という簡素な生楽器構成で、半ば大道芸的感覚も持ち合わせた無垢な音楽性が当時圧倒的に際立っていた。こちらはソニー・ミュージックの名匠、鈴木浩二による世界初SACD化。従来CDのかなり平板なサウンドからは一気に情報量と音楽性がUPし、中低域のエネルギー感は音楽的なハーモニクスさえ感じさせてくれる。で、このバンドの最大の魅力は何と言ってもエディ・リーダーのキュートかつ闊達なヴォーカルで、唄うことへの悦びに充ち溢れた彼女の眩しい人間性がSACD化によりサウンド空間にいっそう鮮明に浮かび上がってくる。
各楽器がナチュラルに定位し、倍音が美しく響く
最後はスザンヌ・ヴェガ 『街角の詩』(1985年)。この彼女のデビュー作の圧倒的に研ぎ澄まされた感性の煌めきは衝撃的で、シンガー・ソングライター再興に大きく貢献した歴史的作品だ。リマスタリングはホリー・コールと同じくロバート・ヴォスジェン。シンプルな弾き語り主体で綴られる本作は、彼女の代表曲のひとつであるM①「クラッキング」のきわめてテンションの高いギターのアルペシオで幕を開ける。そのインパクトはオリジナルCDに於いてもかなりものだったが、今回のリマスターCD層では鋭利なピッキングにソフトな質感も加味され、とても生々しく、スザンヌのヴォーカルの肉声感もかなり向上する。で、SACDではそこに解像感というか精細感というか、要するにミュージシャンの実在感がより明確化される。M④「スモール・ブルー・シング」はスザンヌ・ヴェガの真骨頂ともいえるAマイナー系のコードだけで一徹に展開し、抽象的な表現の中で彼女の感性のフォーカスが一瞬たりとも外れることのない傑作だが、SACDでは冒頭のフィンガーピッキングから倍音の量感が圧倒的で、楽曲の強靭な緊迫感の照射に瞬時に魅了されてしまう。総じて、サウンド・ステージに各楽器がナチュラルな風合いで定位し、倍音が美しく響く。
女性ヴォーカルにフォーカスして詳解した今回の3作品は音楽的方向性はまったく異なるけれど、誠実で真っ当なリマスタリングとSACDならでは情報量でそれぞれに“女の深情け”に迫真した逸品ばかりだ。
SACD/CDハイブリッド
ステレオサウンド オーディオ名盤コレクション
【写真右】ホリー・コール 『ドント・スモーク・イン・ベッド』(ステレオサウンド/ソニー・ミュージックSSVS-008)¥3,780(税込)●1993年作品
【写真中】フェアーグラウンド・アトラクション 『ファースト・キッス』(ステレオサウンド/ソニー・ミュージックSSVS-005)¥3,780(税込)●1988年作品●世界初SACD化
【写真左】スザンヌ・ヴェガ 『街角の詩』(ステレオサウンド/ユニバーサル・ミュージックSSVS-009)¥3,780(税込)●1985年作品
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