新4K衛星放送の「日本映画+時代劇 4K」チャンネルで放送された『八甲田山』<4Kデジタルリマスター版>は、オンエア時の映像の美しさが注目を集めた。その理由を調べてみると、4K放送のために、貴重なオリジナルネガフィルムから新たにスキャンを行ない、さらにフィルムの傷を人の目で細かくチェックして消していく細かな作業が行なわれていたことがわかった。しかもそれを監修したのが、同作で撮影を担当した木村大作撮影監督だ。今回は、そんな木村撮影監督の関わりについても話を聞いてみた。(編集部)。

画像1: 日本映画+時代劇 4Kにて2019年以降放送予定 (C)1977 橋本プロダクション・東宝・シナノ企画

日本映画+時代劇 4Kにて2019年以降放送予定 (C)1977 橋本プロダクション・東宝・シナノ企画

麻倉 フィルム検査、スキャン、レストア(画像修正)と来て、いよいよグレーディング(色調整)作業になるわけですね。今回はグレーディングに木村監督が監修として立ち会われたそうですね。さぞ緊張したことでしょう。

山下 私は木村監督とのグレーディング作業は『赤い月』(降旗康男監督・2004年公開)から始まり、何作も御一緒させていただいています。それもあり、比較的落ち着いて作業に取り組めました。

 作業の流れとしては、レストア、スタビライズ(揺れ止め)が終わった素材に対して、木村監督と1ヵ月くらいかけでグレーディング作業を行ないました。通常は数日ということが多いのですが、この作品についてはほぼ全編にわたって監修していただきました。

麻倉 木村監督からは、具体的にどんな指示があったのでしょう?

清水 人の顔の暗さについての指示が多かったですね。当時は現場で相当悔しい思いをされたのでしょう。それをなんとかしたいと、ずっと言われていました。

山下 雪山のロケでは、通称シネキンと呼ばれるライトが3基しかなかったと聞いています。それをスポットライト的に使っていたのですが、木村監督からは、その照明感を和らげたいという指示もありました。

 そこでデータを確認したところ、暗い部分にも情報が眠っていたのがわかりました。今回はこの沈んでいた部分の情報を持ち上げることで、リクエストに応えることができました。

 今回の木村監督のスタンスとしては、劇場公開時よりも観やすくするという狙いに沿って作業をしています。おそらく劇場公開時も役者さんの顔は観えていなかっただろうと思いますが、今回は一人一人の顔がわかるように仕上げました。これはオリジナルネガがなければできなかったでしょう。

清水 若い人たちはパッケージメディアでしか『八甲田山』を観られないわけで、それだと役者の演技も沈んでいます。あれが『八甲田山』だと思われるのが悔しかったようです。

麻倉 実際の作業はどのように進めたのでしょう?

画像: グレーディング作業の様子(実際は別のスタジオで行われた)。木村大作撮影監督は山下さんの後ろのソファに座って、スクリーンの映像を見ながらどこを修正するか指示を出してくれたそうだ

グレーディング作業の様子(実際は別のスタジオで行われた)。木村大作撮影監督は山下さんの後ろのソファに座って、スクリーンの映像を見ながらどこを修正するか指示を出してくれたそうだ

山下 これまで何作かグレーディングをご一緒していますので、木村監督がこういうトーンにしたいのだろうと推測できる部分はありました。全編をDVDで見ながら打ち合わせをして、それを元に仕込みをしておきました。

 木村監督は、顔色が赤くなるのは嫌なようです。また硬い画は苦手で、雪のシーンでも白が飛んでいるとか、黒が沈んでいるような画は好みではないと思います。今回も前もってそういった部分を修正しておいて、立ち会っていただいた際に、まずそれをご覧いただきました。

麻倉 先回りして作業をしておくんですね。そうはいっても、実際に木村監督がご覧になって気になる部分は出て来るでしょう?

山下 はい。これくらいかな、と思っていてもまだ赤が強かったり、あるいはやり過ぎて青っぽくなっていたりということもありました。また、メインのキャストについては顔を明るくしていたのですが、予想外の後ろの登場人物まで表情を出したいと言われて、驚きました。

麻倉 それだけ、本物を作ろうという木村監督の気持ちがうかがえます。でも、そんなに大胆な修復は、木村監督がいなかったらできませんね。

清水 木村監督がいなかったら、われわれも劇場公開当時のものを再現していたと思います。

山下 オリジナルネガからの4K化といっても、どんな色にするかは当時の文献やこれまで発売されたソフトを参考にしていたでしょうね。ここまでの修復は私だけでは絶対にやらないと思います。実際に木村監督も、ここまでのことができるかと感無量だったようです。

清水 最初にグレーディング処理をした幾つかのシーンをご覧いただいた時に手応えを感じてもらえたようで、「俺の思っていたことができるぞ」とおっしゃっていました。

麻倉 特にたいへんだったのは、やはり雪中行軍ですか?

山下 そうですね。暗い中での案内人の顔の見え方とか、高倉健さんの表情などは苦労しました。

 今回は4Kでデータもそれなりに重いので、作業時間もかかります。木村監督の指示があって、修正して、そこからレンダリングに10分くらいかかって……という作業を繰り返しました。

麻倉 今回は放送のためのレストアでしたが、最終的な表示機器はテレビをイメージしていたんですか?

山下 木村監督の場合はグレーディング時もモニターとスクリーンの両方で確認しながら絵のトーンを追い込んでいきます。なので、どちらで再生しても破綻のない仕上がりになっています。

麻倉 そこまで気にして監修されていたんですね。

山下 木村監督の映画にかける情熱には、本当に惹きつけられます。私も木村監督がここまでやりたいということならと無条件に頑張ってしまいました。木村監督が感動してくれたり、よくなっていると言ってくれると、もっとよくしようと思えるんです。

麻倉 それは本当に素晴らしいことです。木村監督も大満足の4K『八甲田山』ができあがったわけですね。

画像: 映像本部 映像部 映像制作課 デジタルイメージンググループ カラリスト 山下 純さん(左)と、営業本部 営業部 TA室 アーカイブコーディネーター 小森勇人さん(右)。ふたりとも本作の大ファンで、実際にロケ地まで足を運んだこともあるとか

映像本部 映像部 映像制作課 デジタルイメージンググループ カラリスト 山下 純さん(左)と、営業本部 営業部 TA室 アーカイブコーディネーター 小森勇人さん(右)。ふたりとも本作の大ファンで、実際にロケ地まで足を運んだこともあるとか

すべては臨機応変に! 最高の作業環境はこうして整えられた

麻倉 最後に小森さんにうかがいますが、今回コーディネートの立場として苦労した点はありますか?

小森 私の仕事としては、まず完成までのおおまかな流れを組んで、作業工程やスタジオのスケジュール調整をしていきます。通常はレストアが終わった時点で最終的なグレーディングに入るのですが、今回は木村監督から早くグレーディング作業に取りかかりたいというお話があったんです。

 そこで、レストアとグレーディングを並行して進めるようにしました。レストア前の素材を使って木村監督に立ち会ってもらいながらグレーディングを進め、レストア作業の詳細を整理しておきます。その後、グレーディングが終わった素材からレストア作業を行なって、もう一度木村監督に観てもらいながら最終的なグレーディングを行いました。

麻倉 普通ではあり得ないことですね。

小森 聞いた話では、木村監督は当時、森谷司郎監督に直訴して本作のキャメラマンの座を勝ち取ったようなんです。実際にテロップでキャメラマンだけの名前が一枚看板で表示されたのは初めてですし、『八甲田山』がその後の活躍につながっているのは間違いないでしょう。

 グレーディング作業等をしていても、木村監督の本作への思いがひしひしと伝わってきました。それもあり、いかに木村監督に満足していただける環境を提供できるかに腐心しました。

 特にデータ転送に時間がかかりますので、そのあたりの日程を計算するのが難しかったですね。まず半分データを渡して、残りは後日作業してもらうということもありました。

麻倉 凄いお話ですね。これは依頼主の日本映画放送さんとしても嬉しいことでしょう。放送された番組について視聴者の反響はどうでしたか?

画像: 東京現像所には、今でも35mmフィルムの現像や編集用の設備が準備されている。コマーシャル制作などでは実際にフィルムが使われることも多いそうだ

東京現像所には、今でも35mmフィルムの現像や編集用の設備が準備されている。コマーシャル制作などでは実際にフィルムが使われることも多いそうだ

小西 今回の『八甲田山』は4K化が一番のポイントでしたが、2Kでも新しいマスターを使って放送しました。そのことを新聞等でアピールしたところ、予想を超える反響がありました。旧作であれほどの反響があるのは珍しいですね。

麻倉 2Kで観ても綺麗だったという声があったわけですね。

小西 それもありますし、とにかく綺麗になった『八甲田山』を観たいという声も大きかったです。問い合わせも多くいただきましたし、2Kチャンネル(日本映画専門チャンネル)への新規加入も増えました。

三木 それは嬉しいお話です。

足立 昨年の特別上映イベントに、木村監督と北大路欣也さんにゲストとしておいでいただきました。その際に、北大路さんも4Kマスターの本編上映をご覧になって下さいました。

 上映後に北大路さんが控え室に戻られたのですが、そこで木村監督と抱き合っていたんです。本当にありがとう、これが『八甲田山』だ、これに出演できて光栄に思う、といったことを話されていました。

 視聴者やお客様に喜んでいただけるのはもちろん嬉しいのですが、出演者の皆さんにまで感動していただけたのが、本当に素晴らしいことだと思いました。

麻倉 作品の力もあるでしょうが、出演者がみんな4Kの品質に満足してくれているというのはなかなかないことです。

清水 今回この作品を手がけさせてもらったことで、われわれ自身のレベルも上がったと思います。これまでのデジタルリマスターでは、基本コンセプトとして完成したばかりの初号試写の状態をデジタルで再現することを目指してきました。

 しかし今回は、初号試写を超えて、フィルムの潜在能力をとことんまで引き出すということを、作業のすべての段階で目指しました。たいへん貴重な経験をさせていただいたと思っています。

麻倉 初号試写にもなかった映像を目指すということは少ないのでしょうか?

画像2: 日本映画+時代劇 4Kにて2019年以降放送予定 (C)1977 橋本プロダクション・東宝・シナノ企画

日本映画+時代劇 4Kにて2019年以降放送予定
(C)1977 橋本プロダクション・東宝・シナノ企画

清水 我々の判断で行う事は通常はないのですが、今回は木村監督が、今まで観たことがない、一番素晴らしい『八甲田山』を作るという明確なコンセプトをお持ちだったので、ぶれがなく進められたと思います。

 正直、われわれだけでは、怖くてあそこまではできません。当時のスタッフに怒られてしまうのではないかと考えますので。

三木 通常はやり過ぎないことを意識します。粒子を消しすぎない、色を鮮やかにしすぎないということに気をつけます。しかし今回はひとつ大きな柱となる人、指針を示してくれる人が居て、そこに向かって最新デジタル技術を総動員したら何が発生するのかを実践できた。その結果が素晴らしい形になったのだと思います。

麻倉 技術が進んだことによる恩恵をどこに持って行くか、ということでしょう。デジタルが進んで、そこにこだわりが入ってくると、アナログではできなかったことまで目指せるようになる。

 今回は劇場で誰も観たことがなかった『八甲田山』が、初めて4Kで生み出せたわけですから、デジタル技術の進化とこだわりの注入度合いが映画の世界を変えるということを明確に示していると思います。

 これまでは劇場公開前の初号試写の画が神様だと言われてきましたが、『八甲田山』では、それを超える神様がいたんですね。

山下 木村監督は、当時のものを再現するよりも、今の技術でできることがあれば、それを元にさらにいいものにするという考えで作業をしていました。

清水 木村監督が終始ご機嫌で、これはとても珍しいことでした。それくらい、木村監督自身もやりたかったことができて、嬉しかったのだと思います。

麻倉 それは、木村監督が希望したことにちゃんと応えられる能力を皆さんが持っていたということでしょうね。

清水 それは嬉しいお言葉です。ありがとうございます。

小西 われわれも本当によかったと、喜んでいます。

足立 現時点で明確な時期は未定ですが、4Kの『八甲田山』の放送を今後も予定しております。ベストなタイミングを考えていきたいと思います。

麻倉 それは貴重ですね。StereoSOund ONLINE読者諸氏も、次回の放送は絶対録画して、繰り返し観てもらいたいと思います。今日は長時間のインタビューにお付き合いいただき、ありがとうございました。

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