「日本映画+時代劇4K」チャンネルで放送された日本映画の名作『八甲田山<4Kデジタルリマスター版>』。同チャンネル開局の目玉作品としてピュア4K放送し、実際に視聴者からの反響も大きかったそうだ。その高画質に注目した麻倉怜士さんが、同作の4Kマスター制作を手がけた東京現像所を直撃、それぞれの担当者にお話を聞いた。第二回となる今回は、フィルムスキャニングとレストア(画像修正)の工程について紹介したい。(編集部)。
麻倉 さてここまでで、4K版『八甲田山』の企画から素材の手配までのお話をうかがいました。フィルム修復が終わったらいよいよスキャニングに入るわけですが、今回はどんなスキャナーを使ったのでしょうか?
三木 映画用のフィルムスキャナーの中では、アリスキャンとスキャニティが2大ブランドといえます。弊社はその両方を保有していますが、今回はスキャニティ(Scanity HDR)を選びました。
どのスキャナーでも出力されるデータは同じスペックになるのですが、実際に目で確認してみると、スキャニティやアリスキャンでスキャニングした画像はやはり綺麗なのです。弊社としては映画作品のアーカイブにはどちらかを使うようにしています。
麻倉 その使い分けは、どうやって決めているのでしょう?
三木 ひとつにはフィルムの状態があります。スキャニティはフィルムに接触するすべての部分がローラーになっているため負荷が小さく、フィルムを痛めにくい設定です。またスキャニティはヘッド部分にセンサーを4枚内蔵しており、それぞれのセンサーが水平4300画素の解像度を持っています。つまり、RGBすべてで4Kクォリティを確保できるのです。
アリスキャンについては単板センサーですが、RGBの光源を搭載しており、読み込みを3回行ないます。こうすることで、4Kフル解像度のデータを獲得するわけです。ただし、3回露光しますので、スキャニングの時間はかかってしまいます。
麻倉 今回の『八甲田山』でスキャニティを選んだポイントは何だったのでしょう?
小森 高画質とスキャンスピードの両方を備えている点が大きかったですね。今回は制作期間が短かったのと、グレーディング(色調整)の期間に余裕を持たせたかったので、スキャンのスピードが早く、かつ高画質である点が重要でした。
スキャナーからは、ログデータという形でデータが出力されます。それをグレーディング処理する段階で階調のビット数やHDRの方式などが選べます。ログデータは1フレームについて55〜60Mバイトくらいの情報があるので、映画1本では10Tバイトを超すデータになります。
清水 オリジナルとグレーディングしたもの、レストアしたものという全部の段階でデータを保存していますので、サーバーはたいへんなことになっています(笑)。
麻倉 同じフィルムをスキャニティとアリスキャンで読み込んだ場合、出力されるデータに違いはあるのでしょうか?
三木 ひじょうに微妙ですが、違いはあります。スキャニティはもともとテレシネ機を作っていたメーカーで、どちらかというとシャープネスのいい絵が持ち味です。一方アリはカメラメーカーで、デジタルデータでありながらフィルムらしさをより感じさせてくれる絵が魅力だと思います。
もちろんその後のグレーディングでシャープネスなどは適切なレベルに調整されますが、大元のスキャンの段階で小さいながらそういった傾向の違いがでてくるのは確かです。
これは私見ですが、フィルムからデジタルに読み込むスキャニングは、DCPやパッケージの大元となる素材を作ることだと考えています。
作業としてはスキャニングの後に、グレーディングで加工するわけですが、素材が悪いといいものはできないし、最終的なパッケージのあり方を踏まえて、いかにフィルムの持っている情報を余さずにデジタル化できるかを意識して、作業を進めています。
麻倉 フィルムが持っている情報のうち、それらのスキャナーではどれくらいまで引き出せているとお考えですか?
三木 難しい質問ですが、デジタルのレベルはかなりフィルムに近づいていると思います。人間の目が識別できる階調は1原色あたり8ビット前後で、10〜16ビットになるとほとんど違いを識別できないと言われています。
もちろんフィルムそのものの階調は、それを超えて滑らかです。ですので、スキャナーでは、内部処理を16ビットで行ない、データを10ビットログで出力することで、人間の目が識別できる、できないに関わらず、それを超えたクォリティを実現できるよう目指しています。
解像度的には、35mmフィルムは4K〜5Kの情報があると言われています。とすると、今行なっている4Kスキャンであれば、フィルムの情報はほぼ再現できるはずです。
麻倉 なるほど。4Kという数値は、その意味でも映画のアーカイブにぴったりなんですね。
三木 今はフィルムの旧作を観るには最適な時期ではないかと思っています。世の中に4Kテレビがこれだけ普及して、それで映像を確認できるわけですから。
フィルムの時代はアナログコピーで上映用のポジプリントを作っていましたので、複写する段階で解像度は下がります。ですから、劇場で上映していたフィルムは3Kくらいの解像度しかなかった
のではないでしょうか。それもあり、2Kのデジタルシネマでもあまり画質が悪くなったと感じなかったのでしょう。
しかし、ネガフィルムには4K〜5Kの解像度があった。しかも今なら、それと同じ解像度がお茶の間で楽しめるわけで、本当に凄い時代になったと思います。オリジナルネガとはつまりマスターそのもので、それと同じ品質が家庭で楽しめるなんて信じられないですね。
麻倉 フィルムの状態もよかったそうですが、それはスキャニングでもわかりましたか?
三木 フィルムの状態がよいことと、ネガ編集がていねいにできているということは、スキャンをしていても感じました。作品によってはフィルムのセメントが映像部分にはみ出していたりするのですが、今回はそういったこともありませんでした。
私自身も、木村大作撮影監督がこれまでのメディアの『八甲田山』の仕上がりに満足していないというお話も聞いていました。そこで、スキャンデータとしてこれで大丈夫かといわれないようなデータを揃えることも心がけました。
例えば雪のシーンで、グレーディングで雪の白さを出そうとしても、スキャンの際にそこが飛んでいたら、後作業で取り出すことはできません。黒側も同じですから、フィルムに入っている情報をすべて取り出せるように細心の注意を払いました。
麻倉 今発売されているブルーレイは黒がつぶれ気味ですが、何もしないとスキャンデータはこのような状態になってしまうのでしょうか?
三木 ブルーレイのマスターに何が使われているのかよくわかりませんが、スキャンしたフィルムそのものから異なっているようです。今回のログデータを確認すると、きちんと軍服のディテイルまで出ています。オリジナルネガにはここまでの情報があったんだと、逆に驚きました。
麻倉 たとえばスキャンの際に、暗部を重視して情報を取り込むといった設定もできるのでしょうか?
三木 通常の露光の範囲内であれば、そういった特別な調整は必要ありません。というのも、スキャンの時点でフィルムにまったく露光されていないところからデータを読み込むようにしてありますので、そこから下には情報はないのです。
麻倉 今回の『八甲田山』について、スキャニングの段階で何か気がついたことはありましたか?
三木 スキャンの際には、フィルムにどれくらいの濃度で焼き付けられているかをチェックしています。その中で、雪中行軍のシーンはネガの乗りが薄いんです。これは本作についてよく言われていることですが、ロケ現場での照明が足りなかったのが原因のようです。実際にフィルムからもその苦労が忍ばれました。
今回の4Kスキャンの企画が立ち上がったときに、このシーンについては、おそらく木村監督がかなりグレーディングでこだわるだろうから、とにかく目いっぱいの情報を取り込んでおくようにしたいと考えました。
レストア工程だけで、2ヵ月もの時間をかけている
小森 スキャニングが終わるとレストア工程に移ります。ここでフィルムの傷などを消していくわけです。
麻倉 最近はそれらの処理はソフトでできるとも聞いています。傷消し等はすべてオート処理でできるのですか?
宮田 オートで傷や埃を消してくれるソフトはあるのですが、それでは雪などの本来消してはいけない情報まで埃と勘違いしてしまうことがあります。そこで一度オートで処理した後に、人間が目視して間違ったところを元に戻すという作業が必要です。
清水 『八甲田山』では問題ありませんでしたが、古い作品ではフィルムの一部にデュープネガが使われていて、コピーを重ねているためその部分だけ揺れがひどくなっているという事もあります。そういった揺れについてもレストアで補正を行なっています。ただし、完全に止めてしまうとデジタルっぽくなってしまうので、いい案配で揺れを残すのがたいへんです。
麻倉 『八甲田山』自体の傷の状態はどうでしたか?
宮田 傷は多い方でしたが、それよりも吹雪のシーンがたいへんでした。オート機能を使うと降っている
ノイズと共に雪まで消えてしまうので、すべてマニュアルで作業しなくてはならなかったのです。
清水 しかも吹雪いているシーンが多いから、余計たいへんです。
麻倉 『八甲田山』の傷消し作業としてはどれくらいかかったのでしょうか?
宮田 チーム全体で、2ヵ月くらいでした。
麻倉 そんなにかかったのですか?
宮田 暗いシーンもありましたし、文字が入るシーンはインターネガなので、余計作業がたいへんでした。
麻倉 オートで処理できる作業量としては全体の何%くらいでしょうか?
宮田 半分くらいは自動処理ソフトですが、残りはすべて人が実際に作業しています。
清水 オートソフトにも埃に強いもの、明るさが変わる現象を抑えてくれるものなど、いくつか種類があります。弊社ではそれを素材に応じて使い分けています。
宮田 雪のシーンは自動ソフトでは難しかったですね。また本作では合成カットの色のあおりも残っていたので、そこも時間がかかりました。
麻倉 “あおり”というのは、どんな現象ですか?
三木 色相がふらついて、色が変わったように見える現象です。字幕などの合成シーンは必ず複製ネガなので、フィルムタイプがオリジナルとは違っています。経年劣化の度合いもオリジナルとは異なるため、色や明るさのふらつきが出てくるというものです。
宮田 その修正には時間がかかりました。字幕が入っていて、かつ雪が降っているシーンだと、ふらつきを修正するのもたいへんでした。
小森 難しいシーンは何回も繰り返して作業しました。モニターでは問題なくても、スクリーンで確認したらあおりが気になることもありますので、両方で確認しながら追い込んでいったのです。
麻倉 何でモニターするかでも違うんですね。これは修正も手間がかかりますね。
宮田 傷やあおりを完全に取るのは不可能ですから、極力目立たなくするというポイントを目指しています。具体的には、色の濃度が高くないところに、他を合わせるという方法です。
麻倉 『八甲田山』の修正自体は、難易度からするとどれくらいだったのでしょう?
宮田 あおりという点ではかなり難しい方でした。ゴミなどについては、カット次第というところでしょうか。
※後篇に続く(5月2日公開予定)