新4K8K衛星放送がスタートして、4ヵ月が経過した。その間、各放送局とも4Kらしい魅力を備えたコンテンツを準備し、徐々に内容も充実してきている。そのひとつが、「日本映画+時代劇4K」チャンネルが放送した、『八甲田山<4Kデジタルリマスター版>』だ。オリジナルネガまで遡って4Kスキャンを実施し、放送マスターを作ったのだという。しかも、当時撮影を担当した木村大作さんが監修を務めたというから、たいへん気合いが入っている。そこで今回は、本作の4Kマスター制作を手がけた東京現像所にお邪魔して、『八甲田山』の4K化について、お話をうかがった。(編集部)

画像: 日本映画+時代劇 4Kにて2019年以降放送予定 (C)1977 橋本プロダクション・東宝・シナノ企画

日本映画+時代劇 4Kにて2019年以降放送予定 (C)1977 橋本プロダクション・東宝・シナノ企画

麻倉 日本映画+時代劇4Kチャンネルで放送された『八甲田山』を拝見して、その画質の素晴らしさに驚きました。

 4K放送では既に多くの映画作品もオンエアされていますが、フィルム作品の4K化についてはすべてが良い結果になっているとは限りません。時にはノイズが増えるだけということにもなりかねない。そんな作品もありました。しかし『八甲田山』はたいへん素晴らしい仕上がりで、これぞ4Kで見る価値のある作品だ、と感心したのです。

小西 ありがとうございます。この作品は、弊社が4K放送を始めるにあたって開局記念番組的な位置づけとして企画しました。

足立 日本映画放送株式会社としては、『八甲田山』(森谷司郎監督・1977年公開)が、弊社主導で4K化させていただき放送した映画作品の3作目になります。1作目がスカパー4Kの試験放送でオンエアした『キングコング対ゴジラ』(本多猪四郎監督・1962年公開)で、次が『影武者』(黒澤明監督・1980年公開)、そして本作になります。また、その際に日本映画専門チャンネルでも2Kダウンコンバートにて放送しています。

小西 『キングコング〜』は本当に綺麗で、画質を気にされる特撮ファンの皆様にもたいへん喜んでいただきました。

足立 その2作品の反響が大きかったことと、日本映画+時代劇 4Kチャンネルを開局するタイミングで目玉としてふさわしい作品として、『八甲田山』に至りました。

画像: 取材に協力いただいた、日本映画放送株式会社 営業局 プラットフォーム営業部 部長 小西福太郎さん(左)と編成制作局 編成制作部 サブチーフ 足立一樹さん(右)。中央が麻倉さん

取材に協力いただいた、日本映画放送株式会社 営業局 プラットフォーム営業部 部長 小西福太郎さん(左)と編成制作局 編成制作部 サブチーフ 足立一樹さん(右)。中央が麻倉さん

麻倉 時代劇専門チャンネルでは、以前から時代劇を4Kで制作していますね。

小西 弊社がオリジナルで作っている時代劇については、3年前から4K制作を始めており、現在10作品を数えるまでになりました。

麻倉 3年前というと、4Kへの取り組みとしてはかなり早い方だと思います。それに踏み切った理由は何でしょうか?

小西 来たるべき4K時代を見据えてです。4K放送が始まることはわかっていたから、自社で番組を作るノウハウも蓄積しておくべきだと考えました。

麻倉 他局の4K時代劇の中にはコントラスト志向の作品もありますが、御社の作品は階調情報が多い。違う気がします。2016年に『池波正太郎 時代劇スペシャル 顔』を拝見しましたが、映像はしっとりとした質感の中にも確実にディテイルが再現され、物語の流れの中の細かなニュアンスの表現が上手いと観ました。4K作品づくりには、何か原則があるのでしょうか。

小西 大きな方針があったわけではありませんが、あまりにくっきりしすぎるとセットが作り物っぽくなってしまうと考えました。それよりも陰影にこだわって、奥行感を再現するような絵にしようと。

麻倉 なるほど、それも4Kの持ち味を活かす方法として大いにありですね。さて、『八甲田山』はフィルム撮影作品ですが、今回の放送はフィルム撮影らしい、たいへん格調の高いものでした。

 冒頭の室内シーンでもS/Nがよく、肌や軍服の質感も素晴らしかった。また、雪中行軍もかつてないほどクリアーで、どうやってここまでレストア(画像修正)されたのかと気になっていました。

 まずは今回の4K版『八甲田山』のレストア制作の経緯からお聞かせ下さい。

画像: (C)1977 橋本プロダクション・東宝・シナノ企画

(C)1977 橋本プロダクション・東宝・シナノ企画

足立 プロジェクトとしては、2017年の12月から動き始めました。本作で撮影を担当された木村大作さんも、以前から『八甲田山』の4K化をやりたいとおっしゃっていて、今回監修をお願いすることになったのです。それもあり、木村撮影監督と長くお仕事をされている東京現像所さんにレストアをお願いしました。

清水 木村監督はかなり前から『八甲田山』を4K化したいという考えをお持ちで、ご自身でもいろいろなところに提案をしていたようです。今回、日本映画専門チャンネルさんが手を上げてくれて、やっと実現した次第です。

 通常の4Kデジタルリマスターでは、上映用のDCPを作ることが多いのですが、今回は上映用のDCPと、放送用として4Kと2Kそれぞれのマスターを作らせていただきました。ここが普段の作業とは少し違いました。

足立 実際に放送のプロモーションとして、TOHOシネマズ日比谷で『八甲田山』特別上映会も開催し、ご招待した視聴者の皆さんにも大きなスクリーンでご覧いただき、大好評でした。

麻倉 4Kチャンネルの開局記念番組とのことでしたが、日本映画+時代劇4Kチャンネルにとってもかなりの大がかりなプロジェクトだったのですね。

小西 目玉作品でしたので、かなり力を入れました。

オリジナルネガの状態がよかったので、安心しました

画像: 『八甲田山』のオリジナルネガフィルム。今回は保存状態もかなりよかったそうです

『八甲田山』のオリジナルネガフィルム。今回は保存状態もかなりよかったそうです

麻倉 ではここからは、具体的な作業内容についてうかがいます。レストア作業としては、フィルムを探すところから始まったのですか?

清水 本作については、オリジナルネガの所在がはっきりしていました。ただ、どんな状態で保存されていたのかなどが分からなかったので、届くまでは心配していたのです。しかし、実際には状態もとてもよく、安心しました。

麻倉 次の作業としては、届いたフィルムを検査するわけですね。

伊藤 はい。真っ先に缶を開けて、フィルムをチェックしました。1977年公開作品ですから、42年前ですね。フィルムとしては比較的若い部類になります。

麻倉 まずはフィルム全部を通してチェックするのですか?

伊藤 実際に一コマ一コマ見ていくわけではなく、リールにセットして指でフィルムの端を触りながら送っていきます。破損している部分などは触った感触や、フィルムを送る際の剥がれる音で分かります。

麻倉 触った印象や音でわかるなんて、職人技ですね。ということは、ここでは映像の中身は見ないのですか?

伊藤 画質や汚れについては、スキャンした後に確認した方が確かなので、そちらで行なっています。

 CRI(カラー・リバーサル・インターメディエイト)というネガ原版はフィルムとしては退色しやすい種類になります。実際のマスターフィルムでも部分的にこういったものが使われていたり、差し替えられていたりします。

 これらがどの部分にあるかをチェックしておくことで、スキャンした後に確認もできます。スキャンした後に、なぜこの部分だけ粒子が粗いのかという疑問がでてくることもありますが、それを事前に把握できるのです。

画像: 株式会社 東京現像所 映像本部 映像部 アーカイブ1課 フィルムメンテナンスグループ長 係長 伊藤岳志さん。オリジナルフィルムの状態を最初にチェックする重要な役割を担当した

株式会社 東京現像所 映像本部 映像部 アーカイブ1課 フィルムメンテナンスグループ長 係長 伊藤岳志さん。オリジナルフィルムの状態を最初にチェックする重要な役割を担当した

麻倉 フィルムの状態を把握しておいた方が、その後の作業もやりやすいと。

伊藤 フィルムの診断書を作っているとお考え下さい。これを元に、カラーグレーディング(色調整)やレストア部門で処置していく流れです。

麻倉 その後の作業にも影響する、重要な工程ですね。では、『八甲田山』のフィルムの診断結果はいかがでしたか?

伊藤 実際にフィルムに触れて思ったのですが、当時の編集担当さんがフィルムの扱いに長けた方だったようで、スプライス(つなぎ目)も綺麗でした。それもあって、原版チェックの直しも少なく、比較的順調に作業ができました。

 また複製フィルムに差し替えられているような箇所もなかったように思います。パーフォレーション(フィルムの両端の穴)の傷んだ箇所も比較的少なかったですね。

清水 『八甲田山』はオリジナルネガの所在がはっきりしていたので、その意味では作業は楽でした。他の旧作では、様々なバージョンのネガが存在することがあります。その場合は伊藤にすべて確認してもらって、一番状態のいいフィルムをパズルのように組み替えていくという作業が必要になります。

麻倉 それはたいへんですね。

画像: 東京現像所 営業本部 営業部 部長 清水俊文さん。『キングコング対ゴジラ』や黒澤作品の4K化にも関わったキーマンで、実はかなりの特撮マニアとか

東京現像所 営業本部 営業部 部長 清水俊文さん。『キングコング対ゴジラ』や黒澤作品の4K化にも関わったキーマンで、実はかなりの特撮マニアとか

清水 さらに絵ネガの他に音ネガもありますので、それもチェックしなくてはなりません。

伊藤 『八甲田山』のフィルムは12巻ありますので、絵と音で24巻になります。それをすべて視認するのは難しいので、まずは触覚と聴覚で判断しています。

麻倉 それには経験が必要ですよね。伊藤さんは何年くらいこの作業を担当されているんですか?

伊藤 10年ほどになります。もともと原版チェックだけを担当してきたわけではなく、それ以前にフィルムに関わる業務も経験していました。

麻倉 なるほど、総合的な経験をしてきたからこそ、フィルムの重要性がわかっているわけですね。

伊藤 フィルムのスプライスを見て、これは補修しておかないと後々トラブルになるだろうとか、複製された部分はなぜこうなっているのかといったことを判断できるのは、そんな経験があったからかもしれません。

麻倉 『八甲田山』のネガは状態がよかったとのことですが、それでも破損はあったのですね。

伊藤 いくつかはありました。

麻倉 やはり昔の作品の方が破損箇所は多いのですか?

伊藤 年代というよりも、人気作品の方が痛みが激しいことが多いですね。人気作の場合、オリジナルネガからプリントを沢山作ることになりますので、それだけ痛む可能性が出てきます。

 ただし、ある程度は定期的にフィルムを回しておいた方が、カビとかビネガーシンドロームが起こりにくいので、その意味では人気作の方が保管状態のいいケースは多いですね。

麻倉 ビネガーシンドロームといいますと?

画像: ビネガーシンドロームのために上映できなくなったフィルムを見せてもらった。こうなる前に過去の作品をどうやってアーカイブしていくかは、まさに急務だ

ビネガーシンドロームのために上映できなくなったフィルムを見せてもらった。こうなる前に過去の作品をどうやってアーカイブしていくかは、まさに急務だ

清水 最近のフィルム界で一番問題になっているのが、ビネガーシンドロームです。昔のフィルムには酢酸成分が入っているのですが、年月が経つとそれが表面に染み出てきて、フィルムに悪影響を及ぼします。

 たまに外に出して巻き返しておくと、そこで空気に触れることによって酢酸成分を放散させることが出来るのですが、使われないフィルムの場合はひどいことになってしまいます。放っておくとフィルムが固まって使えなくなります。

麻倉 そうなると、もう剥がすことが出来ないのですか?

清水 状態によっては出来ることもありますが、あまりに進みすぎていると難しいでしょう。それもあり、フィルムがスキャナーにかけられるうちにデジタルアーカイブしておくことが大切です。弊社でも旧作を定期的にチェックして、フィルムが痛んでいないかを確認しています。

麻倉 フィルムのアーカイブは今、重要な時期にさしかかっているのですね。

清水 その意味では今回『八甲田山』を4K化できたのは、本当にいいタイミングだったと思います。

※中篇に続く(4月25日公開予定)

This article is a sponsored article by
''.