香港オーディオショウで注目を集め、続くIFA2018で話題をさらった、ソニーの「DMP-Z1」。幅約14cm、奥行28cm、重さは2.49kgというアルミ削り出しシャーシに、最上級ウォークマンの再生機能とバッテリー駆動のアナログアンプを内蔵したデジタルオーディオプレーヤー兼ヘッドホンアンプだ。しかも価格は95万円という超弩級。IFA会場でその音に触れた麻倉さんが、こんな“とんでもない製品”を開発した面々に、話を聞かずに居られるわけがない。対応いただいたのは、ソニービデオ&サウンドプロダクツ株式会社の佐藤朝明さん、佐藤浩朗さん、露木亮吾さん、田中光謙さんだ。
麻倉 DMP-Z1には久々に驚かされました。こんなものを小さな専門メーカーならいざしらず、大会社のソニーが作るなんて、あり得ませんよ(笑)。
田中 商品企画の田中です。それは最高の褒め言葉です(笑)。おかげさまで、DMP-Z1をIFAに続いて日本でも正式発表いたしました。製品としてはデジタルミュージックプレーヤーという位置づけです。今回はシグネチャーシリーズの第二弾で、ソニーが持つ最高技術をすべて注ぎ込んだ製品として導入しました。
麻倉 そもそもなぜ、”こんな”製品を作ろうと思ったのですか?
田中 われわれはウォークマンを設計し、ハイレゾ対応機は、ヘッドホン出力にS-Masterデジタルアンプを使っています。その場合、高感度なイヤホンなら充分鳴らせるんですが、
効率の低いイヤホン・ヘッドホンと組み合わせるとドライブ能力が足りないということは、認識していました。
実際にお客様が家でウォークマンをメインプレーヤーとして使い、厳密に試聴されるシーンも多くなってきており、外付けのポータブルアンプをつないで聴かれるという話をよく聞いています。それなら普通のアンプを使えばいいじゃないかという声もありますが、その場合は別途ハイレゾプレーヤーやPC、DACなどが必要になります。また大きな問題として、AC駆動という点があります。
麻倉 そうですね。実際に家庭の場合どんなAC電源が入ってくるかわからないですね。汚いものも当然あるし。アンプ内部はDC動作なので、ACをDCに変換しなければならない。それもクオリティを考えると、アナログのトランスで巨大なものが必要になります。
田中 はい、これに対しわれわれはウォークマンで培ってきたDC駆動技術を持っています。DC=バッテリー駆動でクリーンな電源を供給できるメリット活かして、ホーム用の室内リスニング特化したプレーヤーを検討することになりました。
佐藤(朝) 最初にクリーン電源を使いたいという狙いがあって、結果としてなんとか持ち運べる製品になったという言い方が正確です。シグネチャーシリーズのヘッドホンアンプとしては、一昨年のTA-ZH1ESがあります。ただしあちらは、電源環境や組み合わせるPCに
よっては音質に影響を与えてしまう場合がありました。
でもそれだと、製品が持っている実力、本当の音質を発揮するために、色々なケアをしないといけないことになります。そこでDMP-Z1では、プレーヤーからアンプまでオールインワンにすることで、外部からのノイズや影響をすべて遮断して、音質を担保しました。
麻倉 これも大きなこだわりです。アンプなのに、音源を持ってしまう。でもそこまでケアして、初めて狙いの音が常に出るというわけですね。
田中 ターゲットカスタマーは、ヘッドホンオーディオでクォリティをとことん突き詰める方です。最近は若い方にもそういったファンが増えてきています。今回は、出力はヘッドホンアウトだけで、ラインアウトはつけていません。なぜラインアウトをつけなかったのかという質問もいただきましたが、ベストな状態を作るためにラインアウトも排除して、ヘッドホンリスニングに特化しました。
佐藤(浩) これくらいの製品を買っていただける方は、既に本格的なオーディオシステムをお持ちだろうという思いもあります。スピーカーとヘッドホンはそれぞれ異なる楽しさがありますから、ふたつのシステムでオーディオを楽しんでいただければと。
麻倉 これはなかなかの決断。ここまでのハイエンドなヘッドホンアンプなら、バランスやアンバランスのアナログアウトを設け、高級プリアンプとして活用する道もあるぞと思うものですが。だが、それは完璧に拒否した。本機には、アナログアウトを付けない!
佐藤(浩) アナログ信号をラインアウトとヘッドホンに切り替えるスイッチは、僅かでも音質に影響があることは否定できません。でも、ヘッドホン音質は絶対に落としたくない。信号のピュリティをどうしても保ちたかったのです。
田中 アンプはアナログ方式で、デュアルDAC方式を採用しています。ウォークマンのWM1ZやWM1Aはポータビリティや低消費電力が求められ、そのカテゴリーでは
フルデジタルアンプのS-Masterが最高だと考えています。ただしDMP-Z1では、
室内向けということで本体が少し大きくなっても出力を優先し、アナログアンプがベストな解だと考えました。
加えて、細かいことですが、DSDリマスタリング再生、バランス・アンバランス出力とも11.2MHzまで再生できるようになっています。また新しい音響処理技術として、バイナルプロセッサーも搭載しました。これはウォークマンの上級機と同じ機能になります。
麻倉 アルミの鏡面仕上げも綺麗ですね。
佐藤(浩) デザイナーからは全面ガラスにしたいというリクエストがあったんですが、天面をすべてガラスにしてしまうと音的に厳しいのです。そこで同じ感覚にするために、
メカ設計者からラップ研磨したアルミを提案してもらい、採用しました。
田中 タッチパネルも大きい方がいいのではと言う声もありました。しかし音質を考えた時にガラス面を広くすると厳しい。中央の部分にタッチガラスをまとめて、物理ボタンを配置して操作性に配慮しました。さらに256Gバイトのメモリーを内蔵し、側面にマイクトロSDスロットを2基搭載しました。これだけあればほとんどの方には問題なく使っていただけると思います。
またUSB Type-C端子も搭載していますので、PCとつないで楽曲ファイルの転送や、USBオーディオの入力・出力ができます。これを使ってUSB DACとしても機能しますし、出力としてトランポーターとしての役割も果たします。
佐藤(朝) Type-Cを採用したのは、A-C変換ケーブルを使えば本機をDACの受け側として使えますし、B-C変換ケーブルならファイルの出力側に使えるからです。
田中 今回は、Bluetoothのレシーバー機能も入れています。スマートホンとZ1をBluetooth接続して、その信号を本機の回路を通して再生することで、Bluetooth接続の音源をいい音で聴くことが出来ます。バッテリー寿命は、フル充電で96kHzのFLACで約9時間、128kbpsのMP3なら10時間ほど連続再生できます。充電時間は約4時間です。
佐藤(浩) 充電しながら音を聴くことも出来ますが、ベストな音質はバッテリー駆動になります。
田中 重さは2.5kgありますが、アルミシャーシなども音質に関係ない部分は極力削ってもらうようにしています。
佐藤(朝) もともとのアルミブロックは、家電製品の材料とは思えないほどです。ぱっと見たら建築材料じゃないかと勘違いしますよ(笑)。
麻倉 何時間くらいかけて削るんですか?
佐藤(朝) まだ量産ではないので正確にはわかりませんが、1時間以上はかかるかもしれません。構造体を、電気的にもデジタルブロックとアナログブロックに分けたいと考えて、上下に別々の部屋を作っています。そのためにはアルミを削るのが一番よかったわけです。
佐藤(浩) アースのポイントを中央にもってこれるので、その点でも有利でした。今までのウォークマンの経験の積み重ねで、抵抗値も低いし強度もあるので、アルミがベストだと考えました。
田中 サイドパネルとシャーシが分離していると、振動などの点も問題になりますが、一体化のモノコックボディならそういった心配もないので、音にもいいのです。脚には偏心フットを採用し、シャーシにダイレクトに取り付けていますので、ひじょうにしっかりしています。
佐藤(浩) 部品について説明させてください。今回のDMP-Z1でないと使えなかったであろうパーツが大きく3つあります。
第一がロータリーボリュウムで、アルプス電子のRK501カスタマイズ仕様を使っています。これまでのS-Masterアンプはぎりぎりまでデジタルでしたので、チャンネルセパレーションという点では有利でした。しかしアンプをアナログにしたことにより、同じ性能を担保するにはデュアルDACは必要だと考えました。
そこでプロセッサーからDACに信号を送り、各DACのL/Rのプラス/マイナスの出力をまっすぐ4連ボリュウムに入れて、そこからヘッドホンアンプにつなぐというシンプルな流れを作ることが出来ました。
通常アナログアンプにすると、ギャングエラーとかがたいへんになるのですが、そこはボリュウム部品を供給してくれたアルプス電気さんにお願いして、相当高いレベルまで仕上げていただきました。
麻倉 このボリュウムは銘機とされていますね。
田中 20年くらい前から作られている定番の製品です。そこに弊社のカスタム仕様をいれていただきました。
佐藤(浩) 通常は真鍮ですが、今回は金メッキを施しています。以前にTA-E1やTA-ER1などで金メッキを採用したことがあり、今回も試してみたところ音がよかったので、採用しました。
佐藤(朝) 内部のメッキもいろいろな物を試し、最終的には銅メッキを選びました。アルプス電気さんの担当者もメッキで音が違うんですかと不思議がっていたんですが、一緒に音を聴いたら驚いていました。
佐藤(浩) 次にDACですが、いろいろなチップを確認してAKM(旭化成エレクトロニクス)のKA4497EQがこのセットのコンセプトに合っていると判断しました。
麻倉 AK4497EQはESSと並んで現在の高音質DACの双璧です。
佐藤(浩) アンプ回路は、TI製のTPA6120A2です。使い慣れていることもありますが、シングルエンドとバランスを両方うまく動かせるアンプが案外少なく、結局この部品に戻ってきました。そして最後が、独立のバッテリーシステムです。
麻倉 まさに今回の目玉ですね!
佐藤(浩) 電源はひじょうに重要です。ホーム用据え置きヘッドホンアンプは通常はAC電源なのですが、ACとしての品質が担保されていないため、少なからず音質に影響を与えます。そのためハイエンド機器は巨大な電源ブロックの搭載が必要になります。われわれはウォークマンのポータブル部隊です。なので、DCバッテリー電源を使うことには、何の抵抗もありませんでした。
麻倉 しゃれではありませんが、DCバッテリー電源は抵抗が低いのですね。なので、信号の動的レベル変化に対し、ひじょうに追随性が高い。ポータブル機にDCバッテリー電源は当たり前だが、据え置き機器でも、理想はDCバッテリー駆動であることは、高音質を求めるなら、論理的な帰結でしょう。
佐藤(浩) はい、充電池からも、デジタルとアナログを完全に分離しました。デジタルは、今までも使っているワンセルタイプで、音質を検証してきた部品です。
アナログは2セルのバッテリーをプラス/マイナスに1個ずつで、合計5セルを内蔵しています。またDMP-Z1ではプラス側からマイナスの電源を作るのではなく、そのままマイナスの電源を供給しています。これまでずっとやってみたかったのですが、電源担当から止められていたのです。そもそも充電はどうするんだと(笑)。
しかしやってみると、DC/DDコンバーターでマイナスの電源を作っていないので、力強さとかプラス/マイナスの安定感はがっちり出ていると思います。またこれだけのハイエンドモデルであれば、プラス/マイナスの電源を分けるのは当たり前のことだと思います。
田中 バッテリー駆動がコンセプトですが、実際はACアダプターをつなぎっぱなしという方も多いと思います。そこでDC/AC切り替えモードも準備しました。本体スイッチでも可能ですし、あらかじめメニューで「バッテリー駆動を優先する」という項目を選んでおくと、起動時に自動的にバッテリー駆動になり、
残量がなくなったり、15分間使わないでいるとAC充電に戻ります。ほとんどのお客様はこのモードで使っていただくことになるでしょう。
麻倉 それはいいですね。常に最善の音が楽しめるのはベストです。
田中 音質関連のメニューとしては、ゲイン切り替えも準備しました。
佐藤(浩) ゲインで「ノーマル」と「ハイ」の切り替えがあります。「ノーマル」は感度のいいイヤホン向けで、昇圧回路を通らない、ノイズ優先の設定です。弊社製品ならほとんどのヘッドホンではこちらを選んでいただければいいと思います。
効率の低い製品の場合は「ハイ」を選んでいただくといいでしょう。こちらはそもそも細かいノイズが埋もれてしまいますから、音的にも問題はありません。
田中 これまでのウォークマンと比べても、効率の低いイヤホンから高い物まで幅広く対応できますので、対応製品が拡大したというイメージとお考え下さい。
※次回へ続く(11月19日公開予定)