ウエスギ U・Bros 280R ¥980,000(税抜)
● 入力感度/インピーダンス:200mV/160kΩ
● 使用真空管:12AX7A×2、12AT7×2
● 寸法/重量:本体・W435×H146×D365mm/15.4kg、ワイヤレスコンソール・W93×H67×D167mm/0.8kg(電池含む)
● 問合せ先:上杉研究所 横浜事業所 ☎ 044(712)4632
● 発売:2020年
● 試聴記掲載:217号(電子版あり)
ウエスギ U・Bros 330AHWE ¥2,300,000(ペア・税抜)
● 出力:30W(16Ω、8Ω、4Ω)
● 入力感度/インピーダンス:1V/80kΩ
● 使用真空管:12AX7A×1、6CG7×1、12AT7×2、WE300B×2
● 寸法/重量:W364×H201×D218mm/17.5kg
● 備考:写真・価格は出力管にWE(ウェスタン・エレクトリック)製を使用した仕様。他に出力管がPSVANE製の「U・Bros 330AHPS」(¥1,850,000 ペア・税抜)、出力管なしの「U・Bros 330AHL」(¥1,650,000 ペア・税抜)あり。オプションで真空管カバー「G330」(¥40,000 ペア・税抜)あり
● 発売:2022年
試聴記はステレオサウンド 225号に掲載
このセパレートアンプの組合せはリラックスした鳴り方で、音楽表現の幅が拡がる印象。
人の声の潤い、弦の麗しい響きに、うっとりと聴き惚れてしまう
ウエスギ・アンプは、音と価格が不釣り合いだと思う。これだけ音がよい製品が、こんな値段で売られているなんて、オーディオ界の不思議のひとつだ。魅力的かつハイクォリティなサウンドの割には、価格がリーズナブルなのには、それなりの訳がある。
いちばんの理由は、ウエスギ・アンプの設計者である藤原伸夫さんが、アンプ設計のプロ中のプロで、高音質を得るために必要なことは、いっさい手を抜かずに製品に盛り込むが、華美に走る驕奢には目も向けない矜持をもっているからだ。アンプ設計の「勘どころ」の、見極めができる人なのだ。
藤原さんの出身は、日本を代表する音響メーカーだった日本ビクター(現JVCケンウッド)で、大卒後の二十数年間、量産機から超高級機まで、あらゆるオーディオエレクトロニクス機器の開発に従事してきた。その後、フェーズテック(現フェーズメーション)の開発に関わり、2011年から上杉研究所を引き継いでいる。円熟の境地に達したエンジニアが、若きアマチュア時代に熱中した真空管アンプ造りに返り咲いたことも、ウエスギの魅力に寄与しているように思う。
藤原さんが上杉佳郎先生から、上杉研究所への参画を打診されたのは2009年だった。しかし、2010年12月、正式な引継ぎ前に上杉先生は亡くなられ、ご遺族からの要請で事業を継承したのが2011年4月。その年の12月には、新生・上杉研究所としての第一弾製品であるU・BROS 2011PプリアンプとU・BROS 2011Mモノーラルパワーアンプを発売している。きわめて異例な開発スピードだが、藤原さんによれば「上杉研究所・健在なりと、世間にアピールするには、新製品の発売がどうしても必要でした」とサラリと言ってのける。
上杉先生から正式な引継ぎがないまま事業を継承した藤原さんの苦労は察して余りある。「ウエスギ・アンプの真髄についての薫陶を受けることは叶わなかった」と藤原さんは言うが、わたしには、藤原さんがフリーハンドを得たことが、今日の上杉研究所の隆盛につながったと思えてならない。藤原期の第一作こそ「移行期モデル」として従来製品と親和性を持たせたが、その後、独自色を打ち出した製品をぞくぞくと発表し、それがいずれも大成功を収めているからだ。
U・BROS 330AHは、新世代ウエスギ・アンプの技術を総動員した製品
新生ウエスギの新製品第二弾となるU・BROS 300(2013年発表)では、直熱3極管300BをA2級動作させることにより、300Bシングルとしては異例の12Wの大出力を実現。その妖艶極まりない音で多くの人を魅了した。
5年後、U・BROS 300はU・BROS 300AHへと進化する。直熱3極管のフィラメント点火は、ハム雑音発生を嫌って、直流点火するのが普通だ。しかし300AHでは、音質的に魅力があるとされる交流点火に挑戦。DSP(デジタル信号処理)技術により、ハム雑音をリアルタイムで打ち消す技術の開発に成功。この技術は特許を取得済みで、300Bの特質を活かした、より高音質なアンプを実現するコア技術となった。
上杉研究所の研究成果としては、パワーアンプに搭載された「サークロトロン回路」も重要だ。この回路そのものは、1950年代前半に開発されているが、1チャンネル当り2組のフローティング電源が必要になることから、回路規模が大きくなり過ぎると、真空管アンプの全盛期には顧みられなかった技術だ。藤原さんはそれを再評価。増幅回路は真空管、電源回路は半導体で構成し、サークロトロン回路を現代の真空管アンプ用回路として蘇生させた。この回路の特徴のひとつとして、出力トランスによるプッシュプル波形の合成を必要としないため、出力トランスはインピーダンスマッチング機能に徹すればよく、巻線構造をきわめてシンプルにできることがあげられる。これは見方を変えると、今後、高性能トランスの生産が難しい状況になっても、出力トランスの特性に過度に依存することなく、高性能なパワーアンプを実現できることを意味する。
サークロトロン回路搭載の初代モデルU・BROS 120が2014年に登場した後、2019年には、回路の完成度をより高めた後継機、U・BROS 120Rが登場する。主要部品、回路を見直し、サークロトロン回路用として最適化を図った新たな構造を持った出力トランスを開発。ドライバー回路も高耐圧トランジスターを併用したハイブリッド回路から、真空管のみで構成する回路に変更され、いっそう音質を向上させた。
U・BROS 300AHで開発された直熱3極管の交流点火技術と、120シリーズで実用化されたサークロトロン回路の集大成が、現在、ウエスギ・パワーアンプの最高峰として君臨するU・BROS 330AHだ。藤原さんによれば、U・BROS 330AHは「AB2級動作のサークロトロン回路やフィラメント交流点火など、新世代ウエスギ真空管アンプの技術を総動員した製品」で、300シリーズのシングル動作からプッシュプル動作に移行したことで30Wの出力を得て、300Bから新たな魅力を引き出した意欲作だ。
わたしがU・BROS 330AHを初めて聴いたのは2022年10月で、ウエスギ新境地の音に驚喜した記憶がある。真空管を意識させない現代最先端の音ながら、滑らかなタッチ、優しい肌触りは、真空管でなくては出せない音だと思った。アキュフェーズC3900とウエスギU・BROS 280R、2種類のプリアンプで聴いたが、面白かったのは、アキュフェーズとの組合せでは、聴き手にどこか緊張を強いるところがあるが、ウエスギ同士ではリラックスした鳴り方で、表現の幅が拡がる印象を受けたこと。人の声の潤い、弦の麗しい響きに、うっとり聴き惚れてしまった。
300AHは情緒的な音だが、330AHは理知的で、音楽を解析して聴かせる印象がある。両者を直接比較すると「役者が違う」という印象を受けるのが面白い。たとえば、コントラバスのピツィカートが、ゆったりと余裕をもって鳴ることに驚く。ヴァイオリンがすすり泣く蠱惑的な響きには、桃源郷に遊ぶ気分が味わえる。30W出力となり、B&W 801D4を大音量で鳴らしても、300AHのようにプロテクションが働くこともなくなった。
U・Bros 330AHWEのシャーシ内部。特徴はまず、直熱3極出力管では直流点火法を採用する例が多いが、本機ではあえて音質的に優位な交流点火法を採用していること。これは、交流点火法では避けられないハムノイズを高精度に消去する独自の技術を開発したからだ(U・Bros 300AHPS以来採用)。また、U・Bros 120以来採用しているサークロトロン回路の搭載。しかも本機では300BをAB2級動作とし、出力の増大(30W)と発熱量の低減により、真空管寿命の延伸も図られている。こうしたウエスギ・アンプの最新技術を集大成していることも本機の魅力といえよう。
U・BROS 280Rは、デュアルモノーラル構成とワイアレスコンソールを実現し、チャンネル間クロストークとギャングエラーを低減
U・BROS 280は、「藤原時代」のプリアンプ第二弾として登場。ブルートゥース接続によるリモートコントローラーが注目された。「ワイアレスコンソール」と名付けられたそれは、プリアンプと同じアルミパネル、アルミ削り出しノブ、ウォールナットのサイドウッドを採用。入力セレクターの切替えと音量の調整ができ、ボリュウム用ロータリーエンコーダーに入力された回転方向、回転速度、履歴から、ユーザーの意志を推測するアルゴリズムを開発。抜群の操作感を誇る。
これにつづくU・BROS 280R(2020年登場)は、ウエスギ・プリアンプにとって画期的と言うべき進化を達成。究極のデュアルモノーラル構成を実現した。新開発の「ウエスギ・プレシジョン・レベルコントロール」を採用。可変抵抗器とそれを駆動するステッピングモーターで「音量調整ユニット」を構成し、これを左右チャンネル完全独立配置とし、シャーシ内の理想的な場所に置くことで、信号配線の合理化を実現。チャンネル当たりひとつの可変抵抗器のみでバランス調整機能も統合し、信号伝達系のシンプル化と、超高精度の音量調整を可能にしている。従来の2連動型音量調整ボリュウムを使用したのでは達成できない、チャンネル間クロストークとギャングエラーの低減が、この方式の特徴でもある。
U・BROS 280Rを旧モデルのU・BROS 280と比較試聴すると、音場の拡がりが広大で、音像が立体的なことに感動する。これこそデュアルモノーラル構成の成果だろう。それに加え、音楽表現力も大幅に向上しているのが興味深い。280と280Rでは、増幅回路の基本に大きな変更はないと聞くので、もともとのラインアンプ部の優秀さが、デュアルモノーラル化によっていちだんと鮮明になったのだろう。生命力に溢れた音で、躍動感が素晴らしく、ヴァイオリンの表情変化が微細なところまで明瞭に再現され、艶っぽさがたまらない。あまりの美しさにうっとりと聴き惚れ、時の経つのを忘れてしまう。
U・Bros 280Rのシャーシ内部。電源トランスから左右チャンネルを独立させたデュアルモノーラルコンストラクションの採用が大きな特徴だ。また、従来機ではフロントパネル側にあった左右連動型のアナログボリュウムを、左右チャンネルで分離し、位置も後方に移動(左右に伸びた2本のロッドと付属パーツに注目)させている。これを最大分解能0.014度でマイコン制御されるステッピングモーターで同期回転させ、音量調整を行なう。この操作は、ワイアレスコントロールも可能となっている。
U・BROS 220DSRは、ケルビン接続方式など同社ならではの新機軸を採用。
ひっそりと呟くような音で聴いても歌手がクッキリとあらわれ、情感のこもった声で語りかけてくる
U・BROS 220Rの構想を知ったときには「まさかウエスギが、光カートリッジに対応するとは!」と驚いた。藤原さんから試作を始めたと聞いたのは、DSオーディオの光カートリッジが第3世代機へと移行し始めた時期だったので、これから発売する光カートリッジ対応フォノイコライザーなら「開発にはぜったい、第3世代機である“グランドマスター”を使うべき」と力説した記憶がある。
そんな経緯もあり、試作機を聴く機会を設けてもらえた。忘れもしない2021年9月30日のことだ。その音を聴いて、一発でノックアウトされた。藤原さんのリスニングルームで、U・BROS 220と比較しながら聴いたが、DSオーディオ・グランドマスターが、いままで聴いたことのない魅力的なサウンドを奏でた。グランドマスター同士(光カートリッジ+専用フォノイコライザー)の組合せで聴くより、わたしには魅力的に思え、イコライザーとしての価格が圧倒的に安いこともあり、その場で予約注文してしまった。
U・BROS 220Rの納入前、藤原さんに「光カートリッジ専用として使う予定なので、インプットとカートリッジセレクターのスイッチは不要。これをバイパスしたら、もっと音がよくなります?」と聞いてみたら……「光カートリッジしか使わないなら、MC昇圧トランスは要らないから、そのスペースを活用すれば、電源を強化できるし……」などと、とんでもないことを言い出した。それではまるで新製品を開発するようなもので、いつできるかわからない。わたしはすぐにでも220Rが欲しかったので、慌てて前言を撤回した。
これがきっかけになったとは思わないが、その後、ウエスギからは、光カートリッジ“専用”フォノイコライザーU・BROS 220DSRが登場する(2023年)。光カートリッジの発電特性を吟味し、その特徴を最大限に引き出す回路構成と新機能をあらたに開発。低インピーダンス電流型イコライザー回路を採用したことで、高域の諸特性を大幅に改善。また、ケルビン接続方式の開発により、光源LED用直流電流を信号線から分離給電することで、圧倒的な音質向上を果たした。トーンアームからの出力ケーブルを、従来ケーブルからケルビン接続方式ケーブルに替えると、S/Nが驚くほど良くなり、スケール感、エネルギー感も大幅に向上。音場がより広大になり、音像の立体感もまったく別モノだ。音像の周辺の“にじみ”がいっさい感じられないことにも驚く。「いままで聴こえなかった音が、これほど沢山あったとは!」と感嘆した。
U・Bros 220DSR ¥880,000
● 光カートリッジ専用フォノイコライザー
● 使用真空管:12AX7×2、12AT7×4
● 寸法/重量:W435×H146×D365mm/15.2kg
● 発売:2023年
● 試聴記掲載:229号
光源LED用直流電流を信号線から分離給電するケルビン接続専用ケーブル、別売U・Bros KC1(¥40,000)。
4月上旬、注文していたU・BROS 220DSRが届いた。面白いもので、フォノイコライザーが新しくなったら、深夜に聴く時間が増えた。220DSRだと、夜更けの静寂のなか、ひっそりと呟くような音量で聴いても、歌手がクッキリとスピーカーの間にあらわれ、呟くように情感のこもった声で語りかけてくる。昨晩もアン・バートンのアルバム『ミス・アン・バートン』を楽しんでいたが、50年ほど前、このレコードを手に入れたころは、バートンの声が甲高く響きがちだった。だが、220DSRでは、しっとりと落ち着いた潤いのある歌声で、当時とは隔世の感がある。
アン・バートンの大ファンだった瀬川冬樹先生に、オランダ・アートン盤を聴かせていただいたことがあり、日本のCBSソニー盤とは天と地ほど異なる声に仰天した記憶があるが、グランドマスター・エクストリームとU・BROS 220DSRの組合せで聴くアン・バートンは、アートン盤とは異なるものの、あのころより圧倒的に自然で繊細な音だ。
アンプ造りのプロが、最新の知見と技術を投入して開発した「現代の真空管アンプ」、それがウエスギ・アンプだ。日本ビクター時代の同僚で、藤原さんが「技術部同期でもっとも優秀」と敬意を顕すクロステックラボラトリ主宰の八子哲さんの協力を得て、ブルートゥース・リモートコントローラーの開発に始まり、「直熱3極管交流点火ハム雑音消去技術」に至るまで、さまざまな新技術を共同開発してきた。懐古趣味に陥りがちな真空管アンプ業界において、現代のデジタル技術を積極的に駆使し、真空管アンプの可能性を追求する上杉研究所の姿勢は貴重だ。虚飾を排した無駄のない造りで価格を抑え、幅広い真空管アンプのファンから絶大な支持を得て、若いユーザーも増えていると聞く。ベストバイコンポーネントの投票結果でも、多年にわたり上位を独占する勢いで、上杉研究所が第二の黄金期を迎えたことを象徴するかのようだ。
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本記事は『ステレオサウンド No.231』
特集「ベストバイコンポーネント注目の製品 選ばれるその理由」より転載