平山のように生きていけたなら

 「平山という人は、瞬間瞬間を大切にして、自分でできることをやって、1日の終りには好きな本を読みながら、質素でありながらも、満ち足りた気持ちで眠りにつく。あれだけ毎日毎日を、満足しながら眠りにつける人って、羨ましいなと思います」

 これは『PEARFECT DAYS』(23年)で、主人公・平山を演じ、第76回カンヌ国際映画祭最優秀男優賞に輝いた役所広司の言葉だ。平山は、東京・渋谷区内に点在する公衆トイレの清掃員。カメラは、その規則正しい彼の毎日を淡々と追い続ける。

 監督のヴィム・ヴェンダースにとっては、1983年4月に撮影を行った『東京画』(85年製作)から約40年ぶりにみつめた東京。前作は小津安二郎監督の足跡をたどるドキュメンタリーだが、今回はヴェンダース監督お得意の<フィクションのようなドキュメンタリー、あるいはドキュメンタリーのようなフィクション>。下町の古いアパートに住む平山を、デザイナーズトイレが建つモダンな渋谷に通わせることによって、監督が「もっともインスピレーションを受けた」、“新旧が絶妙の距離感で同居する東京”の世界観を映し出している。

 そして、そこでの日々を大切にしながら、質素に丁寧な暮らしを送っている“平山の幸せ”は、敬愛してやまない小津監督へのオマージュにほかならない。

画像: 『PEARFECT DAYS』撮影中のヴィム・ヴェンダース。“木漏れ日”は本作で大きな意味を持つ。ぜひエンドロールの最後まで目を離さずにご鑑賞を

『PEARFECT DAYS』撮影中のヴィム・ヴェンダース。“木漏れ日”は本作で大きな意味を持つ。ぜひエンドロールの最後まで目を離さずにご鑑賞を

画像: 本作の役所広司は、<フィクションのようなドキュメンタリー、あるいはドキュメンタリーのようなフィクション>であることも相まって、“俳優・役所広司”ではなく“実在する平山という男”にしか見えず、彼が日本の至宝であることを再確認させられる。渋谷のトイレに行けば、もしかすると平山に会えるかもしれない

本作の役所広司は、<フィクションのようなドキュメンタリー、あるいはドキュメンタリーのようなフィクション>であることも相まって、“俳優・役所広司”ではなく“実在する平山という男”にしか見えず、彼が日本の至宝であることを再確認させられる。渋谷のトイレに行けば、もしかすると平山に会えるかもしれない

鑑賞後は、キャッチコピーの「こんなふうに生きていけたなら」に、誰もが共感するだろう

川喜田和子さんに誘われ、ヴェンダースとの食事会へ参加

 ヴェンダース監督に初めて会ったのは『パリ、テキサス』(84年)を携えての来日時。毎度のことながら、昔のことを思い出すのは “赤っ恥の歴史”をたどるようなもの。当時、駆け出しの映画ライターだった私は、『ハメット』(82年)と、その製作総指揮を担当したフランシス・フォード・コッポラ監督との対立を描いた『ことの次第』(82年)は観ていたが、いまいちヴェンダース監督にはピンとこなかった。むしろ、原作・脚色を担当したサム・シェパードに興味あり。だって『天国の日々』(78年)でリチャード・ギアの恋のライバルを演じていたから。

 もちろん、監督にはあれこれ質問をし、監督もきちんとコメントしてくれた。しかし、今となってはぜんぜん覚えていない(汗)。かなり専門的だったり、情緒的なニュアンスが多かったりで、おっしゃることの意味が半分もわからなくて焦ったことだけを思い出す。

 救いだったのは、帰りがけに配給を担当したフランス映画社の副社長・川喜田和子さんから「今夜、ヴェンダースとの食事会にいらっしゃい」とお声をかけていただいたことだ。

 ここで和子さんについて私が語るのは僭越過ぎるが、それでも後進に優しく、多くのチャンスを与えてくださる方だった。そう、台湾のホウ・シャオシェン監督と私的に合わせてくれたのも和子さん。本当に、多謝!!

 で、ヴェンダースの食事会。新宿あたりのスナックだったと思うが、そこでのヴェンダースはよく飲んで、無邪気で、やっぱり多弁。頭の回転が早過ぎて、いろいろなことに興味がありすぎて、いちいち言葉にするのがもどかしい感じ。この印象は、のちにお会いしたときにも変わらなかったが……。

第36回東京国際映画祭では審査委員長に。含蓄ある言葉に崇高な人間性が表れる

 2023年12月公開の『PERFECT DAYS』を携え、第36回東京国際映画祭の審査委員長を務めるために来日したヴェンダース監督。閉会日、燕尾服に身を包み柔らかな微笑みで審査の過程や結果を語るお姿は、その芯のあるコメントと相まって後光がさしているかのごとく眩しく、素敵だった。

画像: 東京国際映画祭のコンペティション審査委員記者会見にて

東京国際映画祭のコンペティション審査委員記者会見にて

 まず、東京グランプリを受賞し、監督自身もいちばん気に入ったという中国映画『雪豹』の選定理由のひとつとして「チベット僧を主人公にした物語がチベット語で語られていることが、とても嬉しいと思いました」と。ここには、中国とチベットの複雑な関係を懸念する深い憂慮が込められている。

 次に、「コンペティション出品作にはロシア映画『エア』も含まれているが、セレクションに関しては?」という質問。

 「その作品が賞に触れていないことが、私たちの“宣言”といいますか、“声明”として受け取っていただけると思います。この映画は出品作のなかで唯一の戦争映画でしたが、私の気持ちとしては、いまこの時期にこの作品はどうなのか? という疑問も湧きました」

 東京国際映画祭は、ロシアのウクライナ侵攻に加え、イスラエル軍のガザ地区への侵攻が激化した真っ最中に開催されていた。実際、参加予定だったイスラエル人監督や俳優の来日が中止になったりもして、嫌が上にも“戦争中”であることを意識せざる負えない状況だった。

 当然のことながら、映画祭に政治的な配慮は禁物だ。しかし、だからこそヴェンダース監督の節度がありながらも気骨の伺えるメッセージがより心に響く。映画人としての志の高さだけではなく、人としての崇高な思いが伝わってくると言ったら、褒め過ぎかしら? ご本人もきっぱりコメントの後にちょっぴり照れ笑いしていたけどね。

 ともあれ、一日でも早く『PERFECT DAYS』に描かれたような穏やかな日常とささやかな幸せが、世界中に戻ってきて欲しいと願うばかりだ。

画像: クロージングセレモニーで、コンペティション部門の総評を行うヴェンダース(中央)

クロージングセレモニーで、コンペティション部門の総評を行うヴェンダース(中央)

『PERFECT DAYS』

12月22日(金) よりTOHOシネマズ シャンテほか全国ロードショー

監督:ヴィム・ヴェンダース
脚本:ヴィム・ヴェンダース/高崎卓馬
出演:役所広司/柄本時生/中野有紗/アオイヤマダ/麻生祐未/石川さゆり/田中泯/三浦友和
原題:PERFECT DAYS
2023年/日本=ドイツ/124分
配給:ビターズ・エンド
(c) 2023 MASTER MIND Ltd.
(c) Peter Lindbergh2015
(c) 2023 TIFF

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