「潮晴男のアナログ道楽」が、早くも第3回を迎えます。アナログレコードを楽しむ方法を、ビギナーにもわかりやすく紹介したいという潮さんの思いからスタートした本連載ですが、第1回がカートリッジ、第2回はトーンアームの交換となかなかにコアな内容からお届けすることになり、正直編集部としても心配していました。
しかしいざスタートしてみると、予想を超える多くの皆さんからアクセスをいただくことができました。ご愛読本当にありがとうございます。そこで第3回は原点に帰り、潮さんがこれまでどんな風にアナログレコードを楽しんできて、今もこだわり続けているのは何故なのか。さらに現在はどんなシステムでアナログレコードを再生しているのかについて、改めてご紹介いただきます。(StereoSound ONLINE編集部)
アナログレコードを聴き始めて早50年が経つ。もっともオーディオに取り組んだ当初、Hi-Fiソースと言えばアナログレコードがその代名詞だったので、当然と言えば当然のことではあるが……。
だが、1982年のCDの誕生によりアナログレコードは窮地に立たされる。のだが、実はこのタイミングは、モービルフィディリティやDCCからスペシャルなアナログレコードがリリースされた時期とも重なる。カッティングの違いや製盤技術で音質が変わることも体験したのである。オリジナル盤に興味が湧いたのもこの頃だった。
音楽ソースとしてCDを受け入れつつもアナログレコードへの愛着を捨てきれなかったのは、アナログにはもっと深い世界があるように感じたからだ。当時、レッド・ツェッペリンやピンクフロイド、クリムゾン・キングのアルバムは、レコードで聴く時間の方が多かったと思う。CDのあっけらかんとしたクリアーな音質より、落ち着きのあるレコードの方がハードロックでも聴き応えがあったということかもしれない。
僕のアナログレコードの始まりは、アンプとスピーカー、プレーヤーが一体になったアンサンブルステレオだった。大学生になってアルバイトで貯めた資金を元に最初のプレーヤーシステムを拵えた。モデル名は思い出せないが、ベルドライブ方式のターンテーブルとオーディオテクニカのトーンアーム、そしてシュアのカートリッジだったと記憶する。
その後デノン「DP-3000」というダイレクトドライブ方式のターンテーブルに変わり、トーンアームはフィデリティ・リサーチ「FR-54」、カートリッジがADC「XLM」になった。以来ターンテーブルだけでもマイクロ、ソニー、ガラード、トーレンスと数え上げたらきりがないほどの変遷を重ねてきた。それほどに各パートを受け持つ製品の性能も高かったし、完成品より上質なシステムを作ることができた時代である。
思い出話をしていても先に進まないので、現用システムについて紹介しよう。ターンテーブルはテクニクス「SP-10R」、トーンアームがサエクのダブルナイフエッジ型「WE-4700」、カートリッジはその時の気分によって入れ替えるが、最近使用頻度が高いのはミューテック「RM-KANDA」である。
SP-10Rを選んだ理由は現在入手できる製品の中で最強のターンテーブルだと思ったからだ。読者もご存じの通り、テクニクスは2014年に復活したパナソニックのオーディオブランドである。2016年には現代版の「SL-1200」をリリースし、2018年に「SP-10」がSP-10Rとなってその雄姿を現した。この復活劇には心底驚かされたが、前作をなぞることなく新生のターンテーブルに相応しい仕様に大いに心が揺り動かされた。
この期に及んでコアレスモーターを新規に開発し、スムースかつ高トルクな動作を実現していたからである。しかもこのコアレスモーターは、ぼくの生まれ故郷である鳥取県米子市で作られていると聞けば、特別な因縁を感じざるを得なかった。
ターンテーブルは決まったが、問題はケースだった。テクニクスが用意したターンテーブルベース「SH-1000R」を組み合わせても良かったが、それでは芸がないので長年温めていたアイデアを活かし、音に豊かさをもたらす桜材を使ったケースを拵えることにしたのである。
製作を請け負ってくれたのは、神楽坂駅近くにあるアクロージュ・ファーニチャーだ。当初は積層合板で仕上げようと考えていたが、主宰者の岸 邦明さんに相談したところ、単板で作ってはどうかというアドバイスをもらった。元よりその方が良いと思っていたので、思い切って挑戦してみることにしたのである。
そして出来上がったのが写真のような一枚板のケースである。トーンアームは交換できるようにサブボード式にした。加工精度はまさに職人技で、ターンテーブル用の収納穴と脚部用の穴に至るまで寸分違わぬ精密な仕様の一品物が出来上がった。脚部にはアルト・エクストレーモ社製の「ネオフレックスXL」を4個用いて全体をフローティングさせ、外部からの振動を吸収するとともにハウリング対策をおこなっている。
こうした配慮について、レコード再生に馴染みのない読者は怪訝な顔をされるかもしれないが、アナログ道楽にとっては重要なお作法なのである。スピーカーから出た音がプレーヤーを振動させることでループを作り、それが再び増幅されてハウリング現象が起こる。そうしたループを遮断するためにも脚部は重要な役割を担う。
トーンアームはいずれ手持ちの製品も使うつもりでボードを3枚加工してもらったが、やはり新しいターンテーブルには新世代のトーンアームを組み合わせたいという願望には逆らえず、WE-4700を起用することにした。過去にもサエクのトーンアームは使ったことがあるが、WE-4700もターンテーブル同様、復刻のための製品ではなく、往年の名機「WE-407」を遥かに凌駕する精密な仕上げと素材の選択によりカートリッジ本来の持ち味をダイレクトに引き出してくれることが決め手になった。
カートリッジはRM-KANDAを始め、「RM-KAGAYAKI」と旧モデルではオルトホンの「SPU-GE」に若干手を加えたものを使っている。
このプレーヤーシステムでは、ローインピーダンスのMC型カートリッジを使っているので、昇圧トランスにはIKEDAサウンド・ラボ「IST-201」とデノン「AU-1000」(旧モデル)を使い分けていたが、現在はマークレビンソンのプリアンプ「No.32L」のフォノアンプを介し、MCポジションにダイレクトに接続して試聴することの方が多くなった。
なおMC型のカートリッジを使う場合、昇圧トランスかヘッドアンプのどちらが良いか、という質問を受けるが、このテーマはまた別な機会に譲りたいと思う。
ターンテーブルについては、わが視聴室にはもう一台EMT「930」という往年の名機が鎮座している。さすがに今となっては古めかしい感じは免れないが、このモデルでなければ出ない音があることも事実なので、アナログ道楽の基準にもなると思いこちらも愛用している。ただしこのモデルはEBUの放送規格に合わせて作られたプレーヤーなので汎用性はなくカートリッジの交換は難しい。
テクニクスのプレーヤーシステムは音楽を聴くことはもちろん、様々な実験をおこなうためにも必要不可欠な存在になっている。いずれにしてもアナログ道楽については、入り口が肝心である。カートリッジを始めプレーヤーで取りこぼしたものは、その後にどんな手段を講じても復活は望めないからだ。
昨今はアナログと並んでハイレゾ再生が人気だ。僕自身、ハイレゾ再生を否定するつもりもないし、今となってはハイレゾ配信でしか聴くことの出来ない音楽もあるので、上手に付き合おうとは思っている。だが、先日もジョン・コルトレーンとジョニー・ハートマンのデュエットアルバムをLPとハイレゾの音源で聴いてみたら、レコードの方が味わい深いし、カートリッジを交換すれば、また違う音の世界へ誘ってくれる。この奥深さという点で、アナログ道楽はこの先も尽きることがないと思っている次第である。
<潮邸のアナログ再生システム>
●レコードプレーヤー:テクニクス SP-10R、EMT 930
●トーンアーム:サエク WE-4700
●フォノイコライザー:マランツ Model7(フォノ入力のみ使用)
●プリアンプ:マークレビンソン No.32L
●パワーアンプ:パス XA-100
●スピーカーシステム:ATC ACM100sl