聴きごたえ十分。集大成的な意味合いも込めた歌手、石川さゆりのマイルストーン的な作品

石川さゆりといえば、「津軽海峡・冬景色」や「天城越え」と、即座に曲名が口をついて出てくるくらいの代名詞がある。

それほど象徴的な大ヒット曲があるというのは、歌手としての何よりの強みといえよう。年末恒例の「NHK紅白歌合戦」にも、紅組出演者として2023年時点で歴代最多(45回)を誇り、ここ15年余りは「津軽海峡・冬景色」と「天城越え」を1年置きに歌唱している。そうしていまなお現役で歌い続け、多くの歌手にリスペクトされているレジェンド的存在の演歌歌手、それが現在の石川さゆりの立ち位置である。

Stereo Sound REFERENCE RECORD
シングルレイヤーSACD『Transcend/石川さゆり』

(テイチクエンタテインメント/ステレオサウンド SSMS-066) ¥6,600 税込

収録曲
1.「津軽海峡・冬景色」作詞:阿久 悠/作曲:三木たかし/編曲:船山基紀
2.「風の盆恋歌」作詩:なかにし礼/作曲:三木たかし/編曲:斎藤ネコ
3.「ウイスキーが、お好きでしょ」作詞:田口 俊/作曲:杉 真理/編曲:村田陽一
4.「人間模様」作詞:阿久 悠/作曲:杉本眞人/編曲:斎藤ネコ
5.「朝花」作詞・作曲:樋口了一/編曲:斎藤ネコ
6.「天城越え」作詞:吉岡 治/作曲:弦 哲也/編曲:斎藤ネコ
●サウンドプロデュース(録音/ミックス/マスタリング):内沼映二(ミキサーズラボ)
購入はこちら

そんな石川さゆりが新たにレコーディングに臨んだのが、本シングルレイヤー仕様のSACDだ。その内容が実に驚くべきものなのだ。6曲入りのミニアルバム的な体裁だが、前述の代表曲を含め、ジャズアレンジによるビッグバンド、あるいはストリングスオーケストラを背にスケール感豊かな歌唱を繰り広げているのである。

本盤は歌手デビュー50周年として企画されたもので、前記の2曲に加え、テレビCMのタイアップ曲「ウイスキーが、お好きでしょ」の3曲が角田健一ビッグバンドによる演奏。他方、グレート栄田ストリングスによる伴奏が「風の盆恋歌」「人間模様」「朝花」の3曲。編曲には船山基紀、村田陽一、斎藤ネコなど、一流どころが務めている点も興味深い。しかも歌と伴奏の同時収録という、演奏する側にとってはとてつもないプレッシャーのかかる状況で録音されているのも特筆に値する。なお、ステレオサウンドからリリースされる本盤以外に、通常CDとアナログレコードがテイチクから発売されている。

録音はステレオサウンド諸作でお馴染みの、日本が誇るレコーディングエンジニア界のレジェンド内沼映二氏が担当。ミックスダウンからマスタリングまでを一貫して担うなど、音に関わる全プロセスを自身の手で行なっている。しかも本作は、内沼氏がミックスダウンしたハーフインチ(76cm/sのテープスピード)のアナログマスターテープから、スチューダーA820テープデッキとPyramixを用いて2.8MHz/1ビットデータが作られ、そこから丁寧にフラットトランスファーしたシングルレイヤーSACDなのである。

1曲目はビッグバンドによる「津軽海峡・冬景色」だ。ダイナミックにメロディを紡いでいく伴奏はひたすら分厚い響きで、伸びやかで艶っぽい歌唱は、敢えてコブシを効かせず、ジャズ的なフェイクやビブラートをゆったりと入れている。ミキシングは歌と伴奏を対等に扱っている感じだが、サビではブラスセクションがグッと前に出てきて、石川さゆりの歌とバトルするかのような構図。一方コーダでは、カウント・ベイシー楽団のようなフレーズとエネルギーが聴きごたえ充分だ。

続いてストリングスの美しいハーモニーが堪能できる「風の盆恋歌」。透明な世界観が広がり、無伴奏となったところで、石川さゆりの歌が微かなリヴァーブを伴なってステレオイメージ中央にくっきり現われる。ストリングスが入ってきても、情念のこもった歌唱がたいそうドラマチックで、哀切な運命の男女の情景が浮かび上がってくるようだ。

3曲目の「ウイスキーが、お好きでしょ」は、オリジナルの曲調を尊重したジャジーなムードのアレンジで、都会的なアーバンな雰囲気が色濃い。ブラスセクションのハーモニーが実にゴージャスで、間奏部でテンポアップして一段とスイングしていく。肝心の彼女の歌は、少し気怠さがある色っぽい質感だ。

次の「人間模様」は、清らかなストリングスで始まり、歌が始まるとアコースティックギターやチェロなどの伴奏が入り、どこか昭和フォーク調にも聴こえる。石川さゆりの歌唱は少しチャーミングな雰囲気で、愛した男に対する素直な女心を歌っている様子で、穏やかな表情を彷彿させる。ストリングスの包まれるようなムードもいい。

5曲目の「朝花」もストリングスの伴奏で、メランコリックな雰囲気と共に、石川さゆりの歌からは母性が感じられる。また、本アルバム収録曲の中で最もコブシを効かせている印象も受ける。奄美他方の三線の伴奏が醸し出すビジュアルイメージは、どこか日本の原風景を見ているかのようだ。

ラストは「天城越え」。原曲の持っていたイメージとは大きく異なる意外なアレンジで、滔々と切々と歌う石川さゆりの歌唱をタイトなリズムが強力にプッシュしていく。刑事ドラマやハードボイルド映画のエンディングテーマにでも合いそうなムードをたたえた展開は、ブラスセクションの伸びやかさと輝かしさ、石川さゆりの力のこもった歌唱とも相まって、アルバムの締め括りにふさわしい。

近年、香西かおりや坂本冬美など、自身のフィールドに留まらない幅広い活動(音楽ジャンルの垣根を越えたチャレンジなど)を展開している演歌歌手が増えているが、その走りとなったのが石川さゆりではなかったか。具体的には、アニメの主題歌のリリースや、ニューミュージック歌手とのデュエット等だ。「ウイスキーが、お好きでしょ」も、純粋な演歌でないという点ではチャレンジングなものだったといってよい。

そうした視点からみても、本作における石川さゆりの姿勢は、新たな挑戦というだけでなく、これまでの歌手としての歩みの集大成的な意味合いもあるのではなかろうか。制作に携わった豪華なスタッフ陣も相まって、本作はヴォーカリスト、石川さゆりのマイルストーンといってよい大作となろう。

画像: 名曲「津軽海峡・冬景色」「天城越え」をジャズアレンジで新録! 歌手活動50周年記念アルバム『Transcend』 石川さゆり初のSACDリリース www.youtube.com

名曲「津軽海峡・冬景色」「天城越え」をジャズアレンジで新録! 歌手活動50周年記念アルバム『Transcend』 石川さゆり初のSACDリリース

www.youtube.com

This article is a sponsored article by
''.