去る5月13日と14日、東京・池袋の新文芸坐にて、《オーディオルーム 新文芸坐》Vol.2と題して、『真夏の夜のジャズ4K修復版』の上映が行われた。

 《オーディオルーム 新文芸坐》とは、音響エンジニア・オノ セイゲンが選んだ「音の優れた映画」を、新文芸坐の誇る音響システム「BUNGEI-PHONIC SOUND SYSTEM」を彼が再調整の上、上映するという企画で、4月の『ニュー・シネマ・パラダイス[完全オリジナル版]』の上映が第一弾であった。どちらもブルーレイによる上映だったのは、セイゲン氏自らマスタリングしたソースで観客に味わってもらう、という意図である。

『真夏の夜のジャズ 4K修復版 Blu-ray』 ¥6,380(税込)、KADOKAWA DAXA-5773

画像: 東京・池袋の新文芸坐で、『真夏の夜のジャズ 4K修復版』のブルーレイ&5.1ch上映会が開催。劇場での、5.1chとモノーラル版との聴き比べも大いに盛り上がった

●1959年・米●本編:83分●カラー/スタンダードサイズ●音声:英語(リニアPCM 2.0chモノーラル96kHz/24ビット)、英語(リニアPCM 5.1ch 48kHz/24ビット)●字幕:日本語【映像特典】『バート・スターン オリジナル マッドマン』(2011年 シャナ・ローマイスター・スターン監督 ドキュメンタリー)、バート・スターン監督インタビュー、フォトギャラリー、日本版予告編

<スタッフ>●製作・監督:バート・スターン●撮影:バート・スターン、コートニー・ハフェラ、レイ・フィーラン●編集:アラム・A・アバキャン●音楽監督:ジョージ・アバキャン

©1960-2019 The Bert Stern Trust All Rights Reserved.

 『真夏の夜のジャズ』は1958年のニューポート・ジャズ・フェスティバルを、後にマリリン・モンローのセクシーなポートレート等で有名になる、広告/ファッション・フォトグラファーの巨匠バート・スターンが若き日に撮影、監督したもので、今では珍しくないコンサート映画のはしりとも言える。あの有名な『ウッドストック 愛と平和と音楽の3日間』の約10年前である。

 日本でのブルーレイ化にあたり、マスタリングをセイゲン氏が担当することになったわけだが、まずオリジナルのモノーラル音声を96kHz/24ビットの2chリニアPCMで収録したのに加え、本国の権利者の許可を得て、オノ セイゲン氏が新たに制作した5.1ch音声も48kHz/24ビットのリニアPCMで収録されている。今回の新文芸坐での上映はこの5.1ch版で行われた。このバージョンが映画館でかかるのは、世界初のことである。

 では実際に鑑賞してみてどうだったかというと、まず映像面では前回の『ニュー・シネマ・パラダイス』の時も感じたことだが、新文芸坐の横10mの比較的大きなスクリーンでも、ブルーレイ上映であることが信じられないほど、映像が精細で深みがある。

画像: 今回のイベント用に音声を確認するオノ セイゲンさん

今回のイベント用に音声を確認するオノ セイゲンさん

 この劇場備え付けのパナソニックのUHD BDプレーヤー「DP-UB9000」のアップコンバート性能とクリスティ社の4K RGB pure laserプロジェクターのコンビネーションのおかげだろう。普通のブルーレイ上映だと斜めの輪郭や字幕にジャギーが出たり、ピントの合ってない背景部分にエンコード時の圧縮ノイズが強く感じられたりするものだが、そんなストレスがまったくないのだ。

 今回の4K修復版は予算に限りがあったのか、けっこうゴミや傷も残っているのだが、それが逆にフィルムそのものの上映を見ているような気持ちにもさせてくれる。また、ステージを捉えるカメラによって随分画質が違うことも如実に分かり、それがまたライヴの生々しさを煽ってもくれる。ステージ右下からのカメラのシャープネスと光の豊かさは特筆もので、この角度のショットが来る度に画質フェチの心が躍る。

 そしてこの企画の売りの「音」。昨年4月の改装時にスピーカーが入れ替えられて以来、多くの映画ファンが「どうせ観るならここで」と思うようになったわけだが、劇場で予定していたちょうど一年の音響システムのメンテナンス的チェックと再調整のタイミングと、この《オーディオルーム 新文芸坐》が始まりが重なったこともあり、デフォルトのセッティングからアドバイスを入れることで、この劇場はセイゲン氏のサイデラ・マスタリングそのままのセッティングもメモリーした音響へ進化を遂げた。

画像: 会場内には日本初公開1960年から歴代の貴重なポスターアートも展示されていた

会場内には日本初公開1960年から歴代の貴重なポスターアートも展示されていた

 さらにさらに、このイベントではかける作品の特性に合わせて各チャンネルのバランスもセイゲン氏が調整を追い込むわけで、これはもう映画の音の「セミオーダー」のようなもの。ことに、今回は完全なる音楽映画であり、しかもセイゲン氏が得意としてきたフィールドのジャズなのだから、もう文句なし。

 開巻のジミー・ジュフリーのテナーサックスから、息遣いまで含めた楽器の音のリアリティが素晴らしく、アニタ・オデイ、ダイナ・ワシントン、ルイ・アームストロング、そして大トリのゴスペル歌手マヘリア・ジャクソンらのヴォーカルの力強さも半端ない。加えて、5.1chの恩恵で野外のメイン会場、室内でのリハーサルなど、場面に応じた空間、拍手の臨場感がきわめて自然。

 それにしても今から65年も前のモノーラル音源からどうやって5.1chの音が作られたのか?13日の上映後に行われたセイゲン氏とオーディオビジュアル評論家・山本浩司氏の対談トークで、その秘密の一端が明かされた。

画像: オノ セイゲン氏(左)と山本浩司氏(右)による、興味深いトークセッションも開催された

オノ セイゲン氏(左)と山本浩司氏(右)による、興味深いトークセッションも開催された

 近年はAIも含めた技術の発展で、楽曲からヴォーカルだけを抽出することが出来るようになってきているが、それに近いテクニックを使い、完全にではないものの楽器ごとの音をある程度は分離できるので、それらを各セッションのステージ上のセッティングに合わせて、やりすぎない程度に配置するのだという。

 またそれぞれのシーンのアンビエンスは、これくらいの広さの屋外なら、また屋内ならこれくらいだろうと、セイゲン氏が反射音を計算し生成したものを、ていねいにリアチャンネルに仕込んでいるのだという。しかし別の音を足したりは一切していないと。

 このトークの中では、本編のクライマックス、ルイ・アームストロングの同じ曲を、5.1chと、オリジナルのモノーラル音声で聴き比べるというコーナーも用意された。ホームシアターでこういうことをする人は少なくないだろうが、260席規模の大きな映画館でやるのは前代未聞、と山本氏も苦笑されていた。

画像: ブルーレイに特典映像として収録されている、バート・スターン監督についてのドキュメンタリーもチラ見せ

ブルーレイに特典映像として収録されている、バート・スターン監督についてのドキュメンタリーもチラ見せ

 そしてその違いは歴然で、自然な広がりと華やかさのある5.1chに比べ、フロントの左右2chから出るデュアル・モノの音は、当然のことながらすべての音のフォーカスがビシッと合い、また重心が一段と低くなったような安定感が味わえるまさに「ジャズの音」。筆者と同席していた若き友人たちにはまったくのオーディオ素人もいたのだが、この聴き比べがとても面白かったようで、モノーラルは「音が近くなった」と語っていたのが印象的だった。

 映画館でのこうした、ある意味エデュケーショナルなイベントは、従来のオーディオビジュアル・ファンの刺激になるばかりでなく、新たなファン層を生み出す契機にもなりうるのかもしれない。

 この《オーディオルーム 新文芸坐》、次回Vol.3は6月2日、3日に『ニュー・シネマ・パラダイス』と同じ、ジュゼッペ・トルナトーレ監督、エンニオ・モリコーネ音楽のコンビによる『海の上のピアニスト4Kデジタル修復版』、Vol.4として6月21日、22日に『ジャズ喫茶ベイシー Swiftyの譚詩(Ballad)』を予定。映画と音の関係をより深く味わいたい方は、ぜひ体験してみていただきたい。

 “ジャズミュージシャン、オーディオファン、録音エンジニアも必須、予習はこちら。世界配給されるべき映画です!”(オノ セイゲン) ↓  ↓

「日本で1番音のいい映画館Seigen Ono presents オーディオルーム新文芸坐」の今後の予定

 映画の内容とは全く違うpharrell williamsadidasジャケットを着てDJ登場が思いがけず好評で、「オーディオルーム新文芸坐」では毎回上映前25分「DJ SEIGEN ONO」をやることとなった。以下は現在の開催予定。

Vol.3『海の上のピアニスト』
6月2日 上映のみ
6月3日 トークゲスト;音楽評論家 中川ヨウ
※朝と夜に『ニュー・シネマ・パラダイス(インターナショナル版124分)』もVol.1のセッティングでやります!お見逃しないように。

Vol.4『ジャズ喫茶ベイシー Swiftyの譚詩(Ballad)』
6月21日 トークゲスト;星野哲也監督
6月22日 トークゲスト:調整中

Vol.5『RyuichiSakamoto: CODA』
6月23日 トークゲスト:調整中
6月24日 トーク日の上映前はDJ SEIGEN ONO

映画音楽の巨人 モリコーネの遺産
5月24日、25日、30日 『殺しが静かにやって来る』
5月25日、29日、30日 『豹/ジャガー』
5月26日、30日、6月1日 『さいはての用心棒』
5月28日、31日、6月1日、2日 『モリコーネ 映画が恋した音楽家』
5月29日、31日 『シティ・オブ・ジョイ 4Kデジタルリマスター版【4K上映】』
5月29日、31日、6月1日 『四匹の蠅』

坂本龍一関連作品上映
6月21日〜24日 『シェルタリング・スカイ』
6月21日〜24日 『ラストエンペラー 劇場公開版 4Kレストア』
6月24日 『戦場のメリークリスマス4K修復版』
6月24日〜25日 調整中

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