ソニーのウォークマン「NW-ZX707」「NW-A300」シリーズの開発者インタビュー・後篇をお届けする。前篇ではNW-ZX707に搭載された数々の独自技術や、そこに込められた思いについてじっくりお話を聞いた。後篇では「NW-A300」シリーズにフォーカスを当てたインタビューを実施している。対応いただいたのは、ソニー株式会社 ホームエンタテインメント&サウンドプロダクツ事業本部事業部 商品企画担当田中光謙さん、設計プロジェクトリーダー 佐藤朝明さん、音質設計担当 佐藤浩朗さんの3名だ。(StereoSound ONLINE編集部)
持ち運びやすいコンパクトサイズで、ハイレゾサウンドを十全に楽しめる。
まさにウォークマンらしいシリーズ
ソニー
NW-A307 市場想定価格¥57,000前後(税込、64Gバイト)
NW-A306 市場想定価格¥46,000前後(税込、32Gバイト)
●対応フォーマット:FLAV、WAV、Apple Lossless、AIFF、DSD、APE、MQA、MP3、AAC、HE-AAC
●対応サンプリング周波数/ビットレート:最大リニアPCM 384kHz/32ビット、DSD11.2MHz
●内蔵メモリー:NW-A307=64Gバイト(実使用可能領域約47Gバイト)、NW-A306=32Gバイト(実使用可能領域約18Gバイト)
●OS:アンドロイド12
●ディスプレイ:3.6型(1280×720ドット)
●Bluetoothコーデック:SBC、AAC、LDAC、aptX、aptX HD
●特長:USB DAC機能、S-Master HX、DSEE Ultimate、ソースダイレクト、microSDカードスロット、他
●接続端子:3.5mmヘッドホン出力、USB Type-C
●寸法/質量:W56.5×H98.4×H11.8mm/約113g
麻倉 さて、ここまではNW-ZX707についてお話をうかがいましたが、次は弟機のNW-A300シリーズについて教えていただきたいと思います。
田中 A300シリーズは、コンパクトサイズで、移動中にもいい音を楽しんでいただきたいという製品です。
本体シャーシは剛性を確保するためにアルミの削り出しフレームとしており、作り方としてはNW-ZX707と共通です。裏面は特徴的なウェーブ構造になっていますが、ここの素材は樹脂製にしてBluetoothやWi-Fi用のアンテナを配置しています。
麻倉 背面のウェーブ模様の先端が金属部分に重なる、一体感のある美しいデザインですね。
佐藤(浩) ありがとうございます。アルマイトとモールドの色を合わせるのはたいへんなのですが、デザイナーが頑張ってここまでのデザインの仕上がりにしてくれました。しかも3色展開ですから、現場はかなり苦労したと思います。
以前は、本体フレームがアルミの鋳造シャーシで、そこに折り曲げたアルミのベースを組み合わせていたのですが、今回の削り出しの方が、断然音がよかったですね。部品の精度も高いし、純度も高い点が効いているのでしょう。
田中 回路面では、A100シリーズもNW-ZX507と同じプラットフォームを使っていたので、バッテリーの持続時間が問題でした。そこでA300シリーズもプラットフォームを刷新しています。先ほど申し上げた通り、NW-ZX707と同じバッテリーパックを使っているのですが、DSDリマスタリングエンジンなどを搭載していないぶん、連続再生時間は長くなっています。ストリーミング再生では最大約26時間お使いいただけますし、W.ミュージックでの再生なら最大約36時間の再生が可能になっています。
また低消費電力のプラットフォームを導入したことによりワイヤレスリスニングをしている場合も再生時間を延ばすことができていますので、安心してお使いいただけます。
佐藤(浩) 内部基板としては、NW-WM1ZM2の開発時作った金入りの高音質ハンダがありますので、これをリフローハンダに使っています。電池の固定部分などは人がハンダ付けしていますが、ここでも同じハンダを使いました。これはNW-ZX707も同じです。
麻倉 ということは、ウォークマンは全部金入りの高音質ハンダになったのですね。
佐藤(浩) そうですね、昨年以降に発売したハイレゾウォークマンに関してはすべて金入りの高音質ハンダを使っています。
またA300でも基板レイアウトからデジタルとアナログを分け、電池のマイナスの着地点と電源ICのグランドを銅箔でつなぐことで音質を改善しています。これも当初は予定していなかったのですが、音を聴き比べたらかなり違いましたので、どうしても採用したいということで、シャーシの一部を削って収めてもらいました。
田中 なお今回から、ノイズキャンセリングヘッドホン同梱モデルのラインナップがなくなりました。
麻倉 最近はノイズキャンセリングイヤホン/ヘッドホンが主流だから、そこは他のイヤホンやヘッドホンに任せでもいいと思いますよ。
佐藤(浩) それもあり、ヘッドホンジャックをノイズキャンセリング用の5極コネクターから、上位機種と同じ4極コネクターに入れ替えました。こうすることでコネクターが4極、5極タイプであればグランドの分離もできるようになります。あるいは通常の3極コネクターであっても、グランドの接点が2個になるので、接触抵抗も2分の1になるというメリットがあります。
佐藤(朝) 検証用に、グランドの取り方の違いによる音の差の聴き比べができるコネクターを試作しました(笑)。結構音が変わりますので、後ほど聴き比べてください。
麻倉 それは面白い。ぜひお願いします。
佐藤(浩) A300シリーズはカジュアルユーザー向きという側面もあって、リリースでも音質を強く訴求していませんが、実はS-Master HXもパルスハイトボリュウムを使って音量を変えた時の情報量の低下を防いでいますし、通常使用時の音数の多さでは他社製品にも負けないと思っています。
基板も7〜8年前からやってきたフィルドビアメッキとか、低誘電率基板といった技術はすべて搭載しています。またCDリッピング音源用として44.1kHzとハイレゾ用の48kHzのふたつのクロックを搭載しているのは、このクラスでは貴重だと思っています。これもS-Master HXが2種類のクロックに対応しているからこそです。
田中 ではそろそろ実際の音をお聴きいただきたいと思います。ヘッドホンには「MDR-Z7M2」を準備しましたので、まずはNW-A307との組み合わせで再生します。
麻倉 音が素直に出てきますね。全体の印象として、ひじょうに正確に音の流れが再現されています。情家みえさんの「チーク・トゥ・チーク」(192kHz/24ビット/FLAC)は、冒頭のベースの立ち上がり、立ち下がり感が聴きどころで、それがスケールを持っているか、体積を持ちながら出てくるかが重要ですが、その点はしっかり再現できていました。ただ、ハイエンド機と比べると、ちょっと音の粒が大きいようにも感じました。
もうひとつ、山本さんのピアノのオブリガードが情家さんのヴォーカルと上手く絡んでくれるかも聴き所ですが、その絡みもとてもいいですね。
また音がブライトです。『シューベルト:交響曲全集』(96kHz/24ビット/FLAC)では楽器の配置による音像の出方が明瞭で、きめ細かく再現されている印象です。A100シリーズからひと皮もふた皮もヴェールが取れた印象もあります。明晰で明快で、単に解像感が高いだけではなく、音楽的にポイントを押さえているなぁと感じました。
佐藤(浩) ありがとうございます。とても嬉しいです。
麻倉 ただし忠実な再現性はいいのですが、せっかくなら演奏者の感情まで再現して欲しいですね。この人はこういう感情を込めて歌っているんだといったところまではいまひとつ感じられなかったので、次はそこを期待したい。
佐藤(朝) 続いて、3極/4極コネクターによる音の違いをご確認いただきたいと思います。まずは3極コネクターの音を、次に4極コネクターに差し替えてグランドを分離した音を再生します。
麻倉 3極コネクターの音もとてもチャーミングで、音色的な魅力がありますね。ヴォーカルやピアノもブライトで楽しげだし、『シューベルト〜』でも細かい部分の煌めき感があって、カラフルな印象になります。
4極コネクターは落ち着いているというか、きちんとバランスよく鳴っている印象になります。あまり自我を主張しない、どちらかというとモニター的な感じですね。お化粧をしていないので、あるがままの音が楽しめると思いました。
佐藤(浩) 同じプレーヤーでも、4極コネクターにしてグランドの取り方を変えるだけでこんなに音が変化するなら、バランス接続ならもっと変わるのではないかという事をユーザー様に知ってもらいたいという狙いもあります。また、オーディオの入り口としてあまりお金をかけずに楽しめるところも面白いのではないでしょうか。
麻倉 これだけ違いがあれば、みんなわかってくれるでしょう。A300シリーズはマニア向けではないけれど、音がいいからみんな選んでくれると思うんです。でも単に音がいいだけでなく、こういった面白い切り口が楽しめると、さらに製品としての魅力もアップしますよ。
さらに希望を言うと、ジャズ系ヴォーカルならこっちのコネクターが、オーケストラにはこっちがお薦めといった使い分けができるといいですね。
佐藤(浩) 音楽はすごく楽しいものですし、オーディオは素晴らしい趣味だと思います。でもデジタルオーディオになってから、遊びの要素が少なくなっている印象もありましたので、こんなケーブルを試作してみました。ケーブルメーカーも需要があれば商品化を検討してくれるとのことでした。
麻倉 確かに、以前は音のクォリティと製品の価格は比例していました。でもデジタルになって、それも変わってきました。デジタル機器はどれもそれなりにいい音が楽しめるので、使いこなしでもっとよくしようという発想にはなかなかなりません。そういう意味では、新しいことを試したいという環境を作ってあげるのも大事ですね。
田中 では、NW-ZX707の音をお聴きいただきます。
麻倉 なるほど、さすが上位機ですね。音楽が持っている要素がとてもクリアーに出てきます。「チーク・トゥ・チーク」の立ち上がりでは、ベースが持っている基本的な音階感、音の体積感も出てきますし、心地よく音の輪郭が再現されていることまでわかります。
ヴォーカルの質感もいいですね。A300シリーズで少し物足りなかった味わいや色気、ニュアンスが感じられるのです。「チーク・トゥ・チーク」はもともとハッピーで、脳天気なぐらいの明るさがある曲です。その明るさやほがらかさが、NW-A307ではスクエアで真面目な感じになるんだけど、NW-ZX707は素直に楽しさ、チヤフルさを再現しています。音楽の中の感情感がちゃんと出ているのではないでしょうか。
この楽曲は、比較的ドライなスタジオで収録しています。NW-ZX707ではそういった環境で録音した音源でも、ちゃんとアンビエンスが再現できています。その意味では私が現場で収録しようと思ったものに近い音が再現されていると感じました。
ただし、音の粒の細かさ、粒子のサイズはもう少し頑張って欲しい、また、音の突き抜け感がもう一歩出てくるといいですね。全体の音声における立体感、立体的な体積感みたいなものが、この楽曲には含まれています。それが再現できたら、上位機にも並ぶ存在になると思いました。
『シューベルト〜』も随分違いました。まずホールで演奏している感じがよく出ています。楽器がスタジオのどこにあって、どれくらい離れているのか、演奏者は何人いるのかといった、ビジュアル的な臨場感がよくわかりました。
3曲目に『ストラヴィンスキー:バレエ音楽「春の祭典」&組曲「火の鳥」』から「カスチェイ王の魔の踊り」(192kHz/24ビット/FLAC)を聴きました。これはすごく衝撃的な曲で、低音がたっぷり含まれているのですが、その低音の輪郭、音像感がすごくいいですね。あるべき音が、あるべきところから再現されるし、スピード感もあります。
NW-ZX707、NW-A300シリーズとも、努力の積み重ねの成果でここまできているわけで、実に日本的なものづくりの積み上げの成果だと思います。細かい所にまでこだわって、徹底的に物作りを追い込んでいます。
今回の2モデルは、ここまでの情報量を描き出せるレベルに達しているわけですから、次は音楽的な味付け、表現力を出すところまで行って欲しいですね。オーディオには、 “数値では表現できない音” というものがあります。これを実現するには本物を体験するしかないわけで、ぜひおふたりの佐藤さんには音楽の本場を体験してきて欲しいですね。それこそがウォークマンのネクストステージだと、今日の音を聴いて確信しました。