ソニーグループ(以下、ソニー)は、昨年のCES2022で「宇宙感動体験の創出を目指すSTAR SPHERE(スタースフィア)」事業をスタートすると発表した。東京大学、JAXAと共同で進めてきたプロジェクトで、ソニーのカメラを搭載した人工衛星を打ち上げ、ユーザーが意図したカメラワークで地球や星々を撮影できるサービスだという。それから1年、CES2023直前の1月3日に無事衛星の打ち上げに成功し、ビジネスが次の段階に入った。今回はCES2023のソニーブースにて、ソニーグループ株式会社 新規事業探索部門 副部門長の矢部雄平さんと、新規事業探索部門 宇宙エンタテインメント推進室の関根知美さんに、麻倉さんが最新事情をうかがった。(StereoSound ONLINE編集部)

※「STAR SPHERE」に関する麻倉さんの前回のリポートはこちら ↓ ↓

麻倉 今日はソニーさんの宇宙ビジネス「STAR SPHERE」についてお話をうかがいたいと思います。矢部さんと関根さんに来ていただきましたが、おふたりはどんなお仕事を担当されているのでしょう?

関根 私は事業企画を担当しております。衛星の打ち上げが終わって、これからどうやってコンシューマー向けのサービスに展開していくかがテーマです。

 今の宇宙ビジネスはほとんどがB to B向けで、ソニーで宇宙ビジネスを展開するといっても、B to C向けに何をするのかと聞かれることも多いのです。コンシューマーにヒットするビジネスモデルとしてどう事業を展開していくかという部分を考えていきます。

矢部 私はこれまでaiboとかAirpeak、VISION-Sに関連した事業を担当していました。それらのプロジェクトと同時進行しながらではありますが、昨年の途中からSTAR SPHERE含めていくつかのプロジェクトを見るようになりました。

 これまでも色々なサービスの運用に関わってきましたので、今後はその経験を活かし、STAR SPHEREの運用をサポートしていくという立場になります。

麻倉 さて今年最大のトピックとして、ついにソニーの人工衛星が打ち上げに成功して軌道に乗りました。STAR SPHEREのこれからの予定、やりたいことをお聞きしたいと思います。

 まず基本的なところで、なぜソニーが宇宙ビジネスをやるか、です。先ほど関根さんから、宇宙ビジネスでB to Bサービスはあったけど、B to Cはなかったというお話がありました。ではB to Cの会社であるソニーがどんな切り口を考えているか、気になります。

 昨年の事業発表時には、“感動体験” ということをおっしゃっていましたが、確かに先ほどソニーブースの大画面で宇宙からの映像を見て、初めて感動体験の意味が分かったように感じました。こういった感動をどう事業企画に反映していくのでしょうか?

関根 その点についてディスカッションも行いましたし、今も続けている最中です。宇宙からの視点をユーザーに体験してもらうために、ツアー形式で宇宙飛行士が宇宙に行って思ったこと、ISSで感じたことをシミュレーターの中でユーザーが追体験していただいて撮影体験ができるようなサービス内容も考えています。

 またその次のステップとして、アーティストさんにSTAR SPHEREの取り組みに参画いただき、宇宙由来の感動作品の中に落とし込んでもらうといった取り組みもお願いしています。実際にSTAR SPHEREに触れてマインドチェンジしたかとか、あるいは地球環境に対するイメージが変わったという方もいらっしゃいます。彼らと組むことで、教育方面へもポジティブな影響をもたらすことができれば良いなと考えています。

麻倉 ところで、今回のフロリダでの衛星打ち上げはかなり延期になったそうですね?

矢部 最初は昨年の10月を予定していましたが、それが11月になって、さらに12月になり、ようやく1月3日に打ち上げられました。

関根 今回はスペースX社のロケットを使いましたが、打ち上げの時は凄くいい天気で、ラッキーでした。

画像: CES2023会場でのSTAR SPHEREの展示。大画面に衛星から撮影した画像が映し出されている

CES2023会場でのSTAR SPHEREの展示。大画面に衛星から撮影した画像が映し出されている

麻倉 関根さんは実際の打ち上げを見たのですか?

関根 20kmくらい離れた所から見ました。近くで見たかったのですが、入場チケットが発売から40分くらいで売り切れになるほど競争が厳しかったのです。

麻倉 そんなに人気が高いんですか。やはり宇宙ファンは多いのですね。打ち上げは大迫力でしたか?

関根 噴煙が凄かったですね。20kmも離れているためあまり見えないかもしれないと思っていましたが、規模が違いました。凄まじい煙で、ロケットの噴射が凄く明るくてびっくりしました。地球の自転の関係でロケットは斜めに上がっていくのですが、見上げるぐらいの高さになったら、そこで初めてゴゴゴッという音が聞こえてきたんです。

麻倉 ソニーの衛星軌道は何kmなのでしょう?

矢部 高さ524kmの軌道に放出され、そこから衛星のスラスターを使ってもう少し高い位置に移動します。

関根 衛星の放出については、スペースXのロケットにカメラがついていて、YouTubeで公開されています。弊社の衛星は29番だったのですが、それを読み上げて放出してくれたのは、ちょっと感動でした。

麻倉 ロケットから放出されたら、すぐ通信できるのでしょうか?

関根 いえ、けっこう時間がかりました。衛星自体は四角い箱で、放出後に折りたたんだ太陽光パネルを広げるのですが、最終的に羽が広がっているかどうかを確認するのに4時間ほどかかったと思います。

麻倉 そうか、太陽電池が動作しないとそもそも動かないんですね。さらに衛星は目では見えないから、通信が確保できないとちゃんと動いているかわからない。ところで衛星は地球を1周するのに何時間かかるんですか?

関根 90分から95分で地球を一周しますので、1日で地球を15〜16周することになります。

麻倉 ということは、それだけ衛星から地球を撮影するチャンスがあるということですね。

矢部 今回の衛星はバッテリーの容量的に、1周ごとに10分ほどのオペレーションしかできません。10分間フルで使うような案件が入ると、次の周回はお休みして、充電や点検、データダウンロードの時間に当てるように考えています。

関根 データをダウンロードするには地上局の上空を通らなくてはいけませんので、そういった用途に使う周回もあります。

画像: 【麻倉怜士のCES2023レポート18】ソニーが、宇宙感動体験の創出を目指した「STAR SPHERE」が本格始動! 衛星の打ち上げも終了し、いよいよユーザーサービスが動き出す

麻倉 さて、無事衛星の打ち上げが成功したということで、いよいよビジネスも始まりますね。早く衛星からの写真を撮ってみたいと思っているユーザーもいると思いますが、もう受付は始まっているんでしょうか?

関根 去年の6月〜8月にクラウドファンディングを実施しました。我々はそこで応援してくれた方々を “クルー” と呼んでいますが、まずはその方々に使っていただきたいと考えています。

麻倉 クルーの皆さんの宇宙体験は、いつ頃から可能なのでしょう?

関根 はっきりとは言えませんが、3月下旬ぐらいかなと考えています。今は衛星がちゃんと動作しているか、通信が確保できるかを確認中で(1月末時点で通信確立済み)、2月上旬頃から画像ダウンロードができるかのテストを行います。そういう確認をひとつひとつやっているところです。

麻倉 なるほど、1個ずつ機能を確認していくわけですね。それは時間がかかるでしょう。

関根 画像がダウンロードできます、写真が撮れますということを検証し、次に動画撮影できるかなど全部を試すのに、2ヵ月くらいかかるのではないかと思っています。

麻倉 それがうまくいったら、3月末からクラウドファンディングで応援してくれた人のエントリーを始めると。

関根 そうですね。クルーの皆様に使ってもらって、色々な意見をいただくという段階に移ります。

麻倉 サービスが始まったら、ユーザーはどのように予約して、どんな映像が撮影できるのか、教えていただけますか。

関根 10分間全部をひとつのオペレーションに使える「宇宙撮影プレミアム」と、数秒〜数分に分割してお使いいただく「宇宙撮影ツアー」の2種類を考えており、まずプレミアムコースから予約を受け付けます。

 10分間で静止画や動画を撮影するのですが、衛星の姿勢制御などの操作にも数秒〜数十秒かかることがあり、それらを含めての10分間ということになります。シャッタースピード、絞り、ISO感度といった細かい設定については、アプリ側で行います。

麻倉 それらの作業がアプリでできるのは、ユーザーが自分で撮影した気分を味わえるようにということですか?

関根 ご自身で設定したい方もいらっしゃるだろうと思って、手動でもできるようにしています。

麻倉 10分の間に何ショットぐらい撮影できるのでしょう?

関根 普通に連写すれば10分間で数百枚は撮れると想定しています。

麻倉 動画は最長何分くらい撮影できますか?

関根 撮影自体は数分単位で可能ですが、ダウンロードに時間がかかるので、その点から制限がかかるかもしれません。

矢部 基本的には10分のオペレーションの中で撮った静止画をリサイズしたサムネイルで確認し、必要な画像をダウンロードするという方法を考えています。1回のダウンロードで、フルサイズの静止画なら最大50枚程度、ムービーなら30秒ぐらいになるのではないでしょうか。

画像: 昨年の取材時に展示されていた、ソニー製人工衛星の模型

昨年の取材時に展示されていた、ソニー製人工衛星の模型

麻倉 撮影してからダウンロードするまでは、どれくらい時間がかかるのでしょう?

関根 それは、地上局と衛星の位置関係次第です。近い距離であれば早めにダウンロードできますが、遠い場合は時間がかかります。

麻倉 料金は撮影した枚数で決まってくるんですか? それとも1ヵ月いくらといった料金形態なのでしょうか?

関根 1枚単位とか、スロット単位で考えているところです。数枚撮影するなら1〜2万円からで、プレミアムコースだと数十万円になる場合も考えられます。

矢部 現状では宇宙からの視点を占有するにはこういった価格が想定されますが、将来的には多くのユーザーに開放することでお安く出来るかもしれません。このあたりのビジネスモデルについては、もう少し色々なトライアルをしてみる必要があるだろうと考えています。

関根 プレミアムコースのシーケンスをクラウドファンディングに応募して下さったクルーの方に決めていただくといったことも考えています。

 ただ、シャッターを押すだけでは面白くないという方もいらっしゃるでしょうから、例えば宇宙飛行士の山崎直子さんにツアーガイドをしていただいて、衛星が今、日本の上を通過しています、富士山は宇宙からこう見えるんですと言った解説をしていただこうと思っています。

矢部 今決まっているのは山崎さんだけですが、できるだけ色々な方に解説をお願いしたいですね。

麻倉 ところで、クラウドファンディングの反応はどうだったのでしょうか?

関根 そもそも、なぜクラウドファンディングを実施したかというと、宇宙をエンタテインメントとして扱う、エモーショナルに訴えていくということが、果たしてマーケットに受け入れられるのかという不安もあったのです。しかしやってみたら2ヵ月で目標額を達成し、それ以上の支援をいただくことができました。

麻倉 それはたいしたものです。目標額と支援者数はどれくらいだったんですか?

関根 目標額は1,000万円でしたが、最終的には1,300万円を超えることができました。支援者数は700人弱です。

麻倉 その人たちからの要望も届いているんですね。

関根 はい、クラウドファンディング終了後もコミュニケーションを取らせてもらっています。ツアーを自分たちでやってみたいといった声もあり、本当に一緒に作り上げていただいている状況です。

麻倉 それだけのサポーターもいるし、現実に支援額も目標を超えたわけだから、これは市場でも受け入れられるのは間違いないでしょう。

関根 はい、社内の理解もだいぶ進んできたと思います(笑)。

画像: お話をうかがった、ソニーグループ株式会社 新規事業探索部門 副部門長の矢部雄平さん(右)と、新規事業探索部門 宇宙エンタテインメント推進室の関根知美さん(左)

お話をうかがった、ソニーグループ株式会社 新規事業探索部門 副部門長の矢部雄平さん(右)と、新規事業探索部門 宇宙エンタテインメント推進室の関根知美さん(左)

麻倉 “感動体験” と言っても、何をしようとしているのかわかりにくいですからね。

関根 当初は、ソニーが衛星を打ち上げます、それをエンタテインメントで使いますと説明しても、「何それ?」と言われることが本当に多かったですね。

麻倉 感動というものは、自分で体験しないとわからないですからね。その意味ではさっきお話しに出ていた、STAR SPHEREに触れる機会をどう増やすかは大切ですね。

矢部 サービスとしては、プレミアムコースと通常コースの2種類が基本ですが、今後はそれをB to B、B to Cの両面、さらにはB to B to Cで展開していくといったことも考えています。

麻倉 B to Bというと、どんな用途があるのでしょう?

関根 プラネタリウムさんともお話をさせていただいています。最近のプラネタリウムの画像はほとんどがCGですが、やはりリアルな写真の方が迫力があるという感想もいただいています。

麻倉 確かに、私も時々プラネタリウムを見に行きますが、その中にNASAが撮影した写真が出てくると、説得力が違いますね。

関根 そうなんです。

麻倉 そこで大切なのが、小さい画面ではあまり感動しないということです。せっかくソニーの事業なんだから、ブラビアとかプロジェクターでSTAR SPHEREの映像を見せる方がいい。プロジェクターの大画面で見ると、まさに宇宙にいるような体験ができます。

 さらに重要なのが、黒の再現性です。宇宙は暗黒だから、液晶テレビみたいに黒が浮いてしまっては駄目です。そういう意味で大切なのは、STAR SPHEREのように感動性があるコンテンツは優れた映像機器で見ましょう、ということ。もっと言えば、ソニーとして「ブラビア宇宙セット」を作って、宇宙の映像を見るならブラビアの有機ELで、といった展開もありですね。

関根 おっしゃる通りですね。素晴らしいご提案をありがとうございます。

麻倉 でも、本当にどんな “感動体験” ができるか楽しみですね。私はそこまで宇宙に詳しくはありませんが、ツアーには参加してみたいですね。

矢部 STAR SPHEREは新規事業なので、今後も色々なトライをやっていかなくてはと思っています。もちろんビジネスとして投資をどう回収するかといったことも重要ですが、新しいトライアルを続けていこう、サービスも限定したくない、という話し合いをしています。

 例えば夏休みの自由研究として、地上から宇宙を観測しつつ、同時に宇宙からの映像を見るといったイベントもあるでしょう。あるいは季節ごとに流星群やお月見に合わせた企画をするといったことも考えられます。リアルな体験との組み合わせをやってみたらいいんじゃないかということも議論しています。

麻倉 私のアイデアとして、STAR SPHEREで撮影したお気に入りの宇宙の映像に、誰かに曲をつけてもらうというサービスはいかがでしょう? その映像にインスピレーションを受けたアーティストさんでもいいですよね。30秒くらいの曲でいいから、そんなオプションができるといいですね。

関根 面白いアイデアですね。凄く参考になります。

麻倉 絵と音の相乗効果も期待できますしね。これからの事業の発展をお祈りしております。今日はありがとうございました。

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