来る11月1日に、愛知県の愛・地球博記念公園内にジブリパークが開園する。StereoSound ONLINEでも先日その概要をご紹介したが、中でも映像展示室のオリヲン座は、映画ファンとしてその画と音を一度は体験しておくべき “夢の空間” といって間違いない。

 これだけのクォリティを持った劇場はどんな風に企画され、どのようにして実現したのか。今回はそんな素朴な疑問について、オリヲン座の企画・監修を担当したスタジオジブリの古城 環さんと田島佑輔さん、さらに現地の施工・設置を担当したジーベックスの松村 茂さん、齋藤隼人さんにお話をうかがった。インタビュアーはスタジオジブリ作品を愛する潮 晴男さんにお願いしている。(取材・まとめ:泉 哲也)

——先日、ジブリパークのメディア向け内覧会にお邪魔して「ジブリの大倉庫」を拝見しました。実際に現場を体験し、ジブリ作品のファンはもちろん、子どもから大人までみんなで楽しめる場所になっているなぁと思いました。中でもオリヲン座は必見です! ここでどんな画と音が上映されているのか、StereoSound ONLINE読者にぜひ体験してもらいたいと思いました。

 僕は残念ながら内覧会に参加できませんでしたが、編集部からオリヲン座の完成度が凄いと聞いて、がぜん興味が沸いてきました。しかも劇場サイズなのに、今日お邪魔している小金井市のスタジオジブリ社屋内試写室の画・音のイメージにとても近かったそうです。そんな劇場がどんな風にして生み出されたのか、その点について詳しくうかがいたいと思って、今日のインタビューに参加させてもらいました。

古城 わざわざおいでいただき恐縮です。またオリヲン座に興味を持っていただいてありがとうございます。

 古城さんともすっかりご無沙汰して申し訳ありませんでした。今回も、オリヲン座の完成に尽力されたんですね。

古城 僕は相談を受けてサポートしただけで、ジブリパークの建築関係については田島が担当しています。また機材関係はこの試写室と同じく、ジーベックスさんにお願いしています。

画像: ジブリパークの「ジブリの大倉庫」にあるオリヲン座。最近のシネコンでは見かけなくなった、趣味性・装飾性に優れた落ち着いた空間に仕上げられている

ジブリパークの「ジブリの大倉庫」にあるオリヲン座。最近のシネコンでは見かけなくなった、趣味性・装飾性に優れた落ち着いた空間に仕上げられている

 ところで、ジブリパークはスタジオジブリが運営している場所と考えていいのでしょうか?

古城 いえ、ジブリパークは株式会社ジブリパークが運営する施設で、スタジオジブリは各施設について基本デザインの提案などを請け負っています。オリヲン座もそのひとつです。

 映像展示室としてオリヲン座を作ろうというのは、そもそもスタジオジブリ側からの提案だったんですね。

古城 そうですね、宮崎吾朗監督の企画書の中には最初からありました。

田島 「ジブリの大倉庫」は、「三鷹の森ジブリ美術館」と同様に “美術館” という用途を持っています。その展示のひとつとして、“映像展示室” という場所を考えていました。そこでわれわれの作った映像を見る体験をしてもらおうということです。

 オリヲン座は、映像展示室といっても、かなり本格的な設備が導入されていと聞きました。まずはそのコンセプトについて教えてください。

古城 オリヲン座を作るにあたっては、吾朗さん的にはここ(ジブリ社屋内の試写室)をそのまま持っていく、といったイメージだったそうです。そのため基本的に試写室クォリティを目指しており、設備もここと同様になりました。

 クォリティ面で妥協しなかった、これは素晴らしいことです。

画像: オリヲン座は席数170というサイズで、客席側に勾配がついているぶん天井高もそれなり。天井は両端がアーチを描いた構造で、ブルーのライティングが施されていた。床は愛知県産の木材を多用しているとか

オリヲン座は席数170というサイズで、客席側に勾配がついているぶん天井高もそれなり。天井は両端がアーチを描いた構造で、ブルーのライティングが施されていた。床は愛知県産の木材を多用しているとか

古城 吾朗さんも映画監督を経験したことによって、試写室やポストプロダクションと劇場の差異を痛感しているところもあったのでしょう。それもあり、せっかく作るんだったらオリジナルマスターの画と音が忠実に再現できるものにしたいと考えたんだと思います。

 ジョージ・ルーカスのTHX劇場と同じ発想ですね。

古城 それに近いかもしれません。特に自分で監督をしている時は音もダビングステージで聴いているので、映画館との違いを体験したことは大きな要因だと思うんです。そんな意向も聞いていたので、僕としては作品のマスター、オリジナルを体験できる空間という理解で、オリヲン座に取り組みました。

田島 オリヲン座の話が出てきたのが、宮崎吾朗監督が『アーヤと魔女』を作っているタイミングだったんです。それで、制作環境と劇場の違いという点を思いついたのではないでしょうか。

 シアターの内装としては、この試写室はすごく無骨で(笑)、ある意味いい絵、いい音に徹した空間です。一方でオリヲン座は、写真を見る限りとても豪華な仕様で、サンフランシスコのドルビー研究所の試写室にも似ているなぁと思いました。内装についてはどんなイメージをお持ちだったんでしょうか?

田島 企画段階で吾朗さんが描いたスケッチがありましたので、基本的にはそれを目指してやっています。

齋藤 弊社も2年くらい前にそのスケッチをいただいていました。施工に際しては、できるだけそのイメージに合わせ込んでいきました。

画像: スクリーンに向かって右側の壁面には外光が入るように丸窓が設けられており、上映が始まるとシャッターが閉じてくる。これは小さな子供が怖がらないようにとの配慮とか

スクリーンに向かって右側の壁面には外光が入るように丸窓が設けられており、上映が始まるとシャッターが閉じてくる。これは小さな子供が怖がらないようにとの配慮とか

 なるほど、イメージラフがベースにあったんですね。実際の造作に際して、苦労した点などありましたか?

田島 スクリーン周りのアーチ構造は、今ではなかなか作る事がないと思いますが、昔の映画館などの写真を見ていてぜひ実現したいと考えていました。結果的にかなり綺麗に出来たのではないでしょうか。

 そもそも、単なる試写室とか、シネコンのような空間は作りたくなかったんです。劇場空間としても魅力的なものを作りたいと思い、テーマとして決めたのはアール・デコ調の意匠にしたいということでした。アール・デコが流行ったのは1920〜30年頃で、アメリカで映画館が一番盛り上がったのもこの頃だったはずです。当時の劇場もアール・デコ調の物が多かったという話を聞いたことがあったので、雰囲気はそれで統一しようということになりました。

 オリヲン座の建物は新しく作ったんですか?

古城 オリヲン座は、建物の中に建物を作っています。そのため構造面でいくつか制限があり、客席の勾配がちょっと急になっています。

 客席数は約170とのことですから、劇場としてもそれなりのサイズですね。開園したら1日何回くらい上映するのですか?

古城 詳しくは決まっていませんが、可能な限り多くのお客様にご覧いただきたいなと。

画像: サラウンドスピーカーは両方の壁に各5基、サラウンドバックは後方の壁に4基取り付けられている。エンクロージャーはカスタム仕様の台形で、後方半分は壁に埋め込まれている

サラウンドスピーカーは両方の壁に各5基、サラウンドバックは後方の壁に4基取り付けられている。エンクロージャーはカスタム仕様の台形で、後方半分は壁に埋め込まれている

 多くの来場者がオリヲン座を体験できるというのはいいですね。その他に設備面で配慮したことはありますか?

松村 オリヲン座ではスクリーン周りのカーテン(緞帳)も動くようになっています。またシネスコ作品を上映する時は上下の暗幕も動かせます。横幅より高さのあるスクリーンなので、かなり自由に調整できるようになっているのです。

 となると機械的な仕掛けもたいへんだったでしょう。そこは全部ジーベックスさんが施工したんですか?

齋藤 弊社にはそういった工事の経験のあるスタッフも居ますので、大丈夫です。ただ、次の世代となると危ないかもしれませんね(笑)。

——メディア向け内覧会で、オリヲン座の椅子はフランス製だとうかがいました。壁の素材などもとても凝っているように感じたのですが、これらは誰が選んだのでしょうか。

田島 椅子は輸入商社さんからの提案で、生地の色は弊社で選んでいます。今回はスクリーン側がベンチシートで、後方は一人掛け用と種類が違うんですが、ベンチシートは完全にオリジナルで作ってもらいました。

古城 ベンチシートは3人掛けで、手すりも上げられます。小さいお子様連れなら4人で座れる、ファミリーシートというイメージです。

画像: オリジナルのベンチシートは手すりが収納できるようになっており、小さなお子さん連れなら4人座ることもできるという。座面の生地の手触りもよく、適度な硬さで疲れない仕様です

オリジナルのベンチシートは手すりが収納できるようになっており、小さなお子さん連れなら4人座ることもできるという。座面の生地の手触りもよく、適度な硬さで疲れない仕様です

 確かに子ども連れも多いだろうから、そういった配慮は必要ですね。ところで映画館としてのスペック、残響特性はどれくらいなんでしょうか。

松村 そこは弊社の担当ではないので具体的な数値は分かりませんが、試聴した感じでは最近のシネコンよりは吸音はしていない気がします。残響も1秒以上あると思います。

古城 床は木製だし、壁も硬い素材ですから、音の反射もそれなりにあるはずです。

 上映時の音圧レベルはどれくらいになるんですか?

古城 映画館の基準値の85dBです。

 それは立派です。子どもがいるからといって下げないんですね。

齋藤 小さなお子さんだと『くじらとり』の低音にびっくりするかもしれませんね。

古城 嵐のシーンとかは、絵も暗いし、サブウーファーも結構鳴っているから、ちょっと怖いかもしれませんね。

 建物について、他に苦心した点はありますか?

田島 天井は夜空をイメージしたブルーに仕上げてありますが、その他は基本的に赤色がメインに使われています。赤い壁の反射が映像に影響しないか心配だったのですが、杞憂に終わりました。

画像: 映写室からオリヲン座をのぞいてみた。プロジェクターやシネマサーバーなどの再生機器については後編で詳しく紹介します

映写室からオリヲン座をのぞいてみた。プロジェクターやシネマサーバーなどの再生機器については後編で詳しく紹介します

——窓のシャッターがメカニカルに動くのも面白いですね。

松村 三鷹の森ジブリ美術館と同じ仕様です。ただ、あちらは窓が楕円なので、閉じるまでにもう少し時間がかかっています(笑)。

古城 上映がスタートして窓のシャッターが閉まるのに合わせて、室内照明も4段階で暗くなっていきます。画面上でカウントダウンが始まっても、天井はうっすら明かりが点いている、そんなタイミングを考えました。

 お子さんが多いでしょうから、すぐに真っ暗にすると不安になるでしょうしね。

田島 窓を設けているのもその点に配慮した結果です。我々としては、オリヲン座は三鷹よりももう少し大きな子どもたちに来てもらって、ちょっと背伸びした感じで作品を楽しんでもらいたいんです。ただ小さい子にとって怖い場所になってはいけないので、多少でも自然光が入ることで安心してもらえるように考えました。

こちらも映画ファンの憧れ! スタジオジブリの社屋内試写室

画像1: ジブリパークの「映像展示室オリヲン座」では、試写室・ダビングステージのクォリティを体験できる! この “夢の空間” の実現に尽力した面々に、こだわりのポイントを聞いた(前)

今回は、小金井市にあるスタジオジブリの社屋内試写室にお邪魔してインタビューを実施した。写真奥、左から古城 環さん、田島佑輔さん、齋藤隼人さん、松村 茂さん

画像2: ジブリパークの「映像展示室オリヲン座」では、試写室・ダビングステージのクォリティを体験できる! この “夢の空間” の実現に尽力した面々に、こだわりのポイントを聞いた(前)
画像3: ジブリパークの「映像展示室オリヲン座」では、試写室・ダビングステージのクォリティを体験できる! この “夢の空間” の実現に尽力した面々に、こだわりのポイントを聞いた(前)

スタジオジブリの試写室はStereoSound ONLINEでも何回か取材にお邪魔したことがある空間で、映像と音質の素晴らしさは潮さんもよく知るところ(写真は2015年の取材時のもの)。このクォリティをより大きな空間で体験できるのがオリヲン座なのです

※11月8日公開の後編に続く ©️ Studio Ghibli

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