若い音楽ファンを中心に、80年代シティポップが注目を集めている。そんな中、タワーレコードから中山美穂とJADOESの7作品がSACD/CDハイブリッド盤で登場した。いずれも1986〜1988年にオリジナルCDが発売されたアルバムで、角松敏生さんのプロデュース作品も含まれている。
今回は角松さんにStereoSound ONLINE試聴室においでいただき、これらのディスクを聴いてもらいながら、当時の思い出やプロデュース、音作りで工夫した点についてじっくりお話をうかがった。
また8月31日に、角松さんの8年ぶりのオリジナルアルバム『Inherit The Life』も発売された。こちらは9月末に神奈川芸術劇場で上演される舞台『THE DANCE OF LIFE -The beginning-』で使われる楽曲を収めた音楽物語。この『Inherit The Life』についても語っていただいた。
インタビュアーは、角松さんと交流の深い酒井俊之さんにお願いした。(StereoSound ONLINE編集部)
CD 『Inherit The Life』
●品番:BVCL-1069●価格:¥3,300(税込)
<収録曲>
01. THE DANCE OF LIFE 02. THE TIME IS NOW 03. GISELLE (Andante – Allegro)
04. Talk To You 05. STOMP TO THE BEAT 06. GOOD TIMES〜STEP INTO THE LIGHT
07. Follow Me 08. MOONLIGHT GIG〜Who are you 09. 夜はコレカラ
10. It isn’t you 11. I’m gonna dance to break out of loneliness
12. I Wanna Wrap You Up 13. GO & SEE MY LOVE (Interlude) 14. DANCE IS MY LIFE
15. FOR GIVE ME 16. Let’s Get Real 17. GO & SEE MY LOVE
酒井 角松さん、ご無沙汰しています。
角松 こちらこそ、お久しぶりです。お元気でしたか?
酒井 はい。角松さんも相変わらずのご活躍ですね。オリジナルアルバム『Inherit The Life』は、前作から8年ぶりの作品とのことで、随分と時間が経過していたんだなぁと驚いています。
角松 9月23日〜25日に神奈川芸術劇場で『THE DANCE OF LIFE』という僕が監督総指揮を執る音楽のライブとダンス&アクトが融合したオリジナルの舞台を上演します。アルバムの発売をそのタイミングに合わせようと考えていました。
直近のオリジナルアルバムは『THE MOMENT』(2014年)ですが、あの頃から実験的に色々やっておかなくてはいけない課題もたくさんあったので、それを順番にこなしていたら8年かかったということですよね。
酒井 その間『SEA IS A LADY 2017』や『Breath From The Season 2018』『EARPLAY〜REBIRTH 2〜』などがリリースされていましたので、僕の印象ではそこまで久しぶりだなぁという感じはしていませんでしたが、角松さんのファンも同じ気持ちじゃないかと思うんです。
角松 なるほど、今気がつきました。確かにそうかもしれませんね。そもそもそれらのアルバムも、単純なリマスターではなく、常に斬新なもの、新録作品の気持ちで取り組んできましたからね。
それらひとつひとつが、今回の『Inherit The Life』につながるための重要な「点」でありそれを線として繋げたのが本作です。はからずもコロナ禍の数年が、僕にとってはさらなる実験、検証ができる時間にはなりました。ラジオドラマの制作をしたりね。ライブ配信など色々なことにも取り組みましたしね。
酒井 ブルーノート東京からの配信は音質にもこだわっていたのが角松さんらしい取り組みでしたね。
角松 ありがとうございます。結局時間が押してしまって、『Inherit The Life』の仕上げはほんとうにたいへんでした。また、今回は舞台のスケジュールも重要だったんです。『Inherit The Life』はオリジナルアルバムであり、同時にこの舞台で使用される楽曲集なんですよね。
酒井 すべての楽曲が、ですか?
角松 全部です。今回は音楽映画をライブで見せるような構成なんです。舞台上でお芝居が展開するんだけど、そこにはライブステージがあって、音楽は生演奏で、演者はアクトとダンスを見せる。物語の中にMVが差し込まれているような映画作品をライブで見せるものと思って下さい。舞台ありきというよりも、まず音楽ありきであるからこそ描ける物語なんです。
角松さんが紡ぐ音楽物語 『THE DANCE OF LIFE 〜The biginning〜』
●日時:2022年9月23日(金)〜25日(日)
●会場:KAAT 神奈川芸術劇場<ホール>
●チケット:S席¥13,000(一部SOLD OUT)、A席¥11,000、立見¥6,000
<STORY>
一人の男が駅前の広場で大道芸を観せていた。多くの人々が一瞥して去る中でその様子を食い入るように観る数人の若者たち。
その中の一人が男に声をかける。
「それ、なんですか?」「ああ、これヒップホップ、一緒にやる?」
様々な悩みや事情を抱えた者たちが見えない糸に操られるように集い、やがてそれは自然発生的に一つのチームとなる。
日本で初めてのストリートダンスチーム、「BAD CITY CREW」の誕生だった。
酒井 『Inherit The Life』は舞台のサントラ的な位置づけになる?
角松 サントラではありません。舞台で使われる楽曲のフルバージョンが収められた作品といっていいかな。
酒井 音楽が生み出す物語。どんな展開なのか気になります。
角松 実は、9月の舞台は急遽決まったんです。もともとはコロナ禍の関係もあって、今年か来年のどちらで上演するか、揺れていました。
僕自身は、来年くらいまでかけて準備した方がいいだろうって思っていたのですが、なかなか押さえられない神奈川芸術劇場のスケジュールが今年、取れましてね。これは何かご縁だなと思い、せっかくならと来年上演予定の物語の前日譚を制作することにしたのです。
酒井 つまり、新たに作ったと。
角松 来年上演する物語が僕の中でできあがっていて、『Inherit The Life』はそれに基づいて書かれた曲だったんですけど、急遽その30年前のお話を創作しようと思い立ちました。それもあり、9月の舞台の正式名称は『THE DANCE OF LIFE -The beginning-』となっています。
酒井 なるほど、そういう構成なんですね。両方で使う楽曲は同じですか?
角松 来年の舞台と今回の『〜-The beginning-』で使われる曲は基本的に同じですが、今回のために用意した曲も含まれています。そもそもこの新作では、もっともっとやってみたいことがあったんです。アナログレコードやSACDも作ってみたかった。しかし時間的余裕がなくて今回はできませんでした。なので来年の舞台に向けてはそういったパッケージメディアを含めた新しい展開も模索していきたいと考えています。
酒井 角松さんは以前から映像作品をご自身で監督したり、演劇もやっていらっしゃいますよね。
角松 もともと僕は映画を作りたかったので、これまでも映画音楽を手がけるなど勉強をしてきましたし、映像チームも持っていますが、やっぱり映画は難しいですよね。予算や配給をどうするかという問題もあるし。
とはいえ今回の9月の舞台はWOWOWが放映してくれる予定なので、撮影監督と打ち合わせながら映像の演出もしています。やっぱり映画本編のような映像作品を作りたいんだなって、改めて自分で思いますよね。潤沢な銭があればやりたいですが僕のような中小企業事業者には見果てぬ夢です(笑)。
酒井 舞台も含め、『Inherit The Life』を皮切りに、今までとは違う角松作品が広がっていきそうです。
角松 このアルバムを起点に、今後角松は一体何をやりたいんだろうという風に、興味を持って聴いていただけると嬉しいですね。
酒井 そもそも『Inherit The Life』にはライナーノーツがない! これには驚きました(笑)。
角松 ガチな証拠です(笑)。僕から特にコメントすることはありませんので、黙って曲を聴いて下さいということですね。
——さて、今日はStereoSound ONLINE試聴室のリファレンス機器を準備していますので、これで『Inherit The Life』のCDがどんな風に聴こえるのかをご体験いただきたいと思います。
ディスクプレーヤーやアンプはアキュフェーズ製で、SACD/CD再生機が「DP-1000」と「DC-1000」の組み合わせ、プリアンプが「C-3900」でパワーアンプが「A-250」です。スピーカーにはスタジオモニターで使われていることも多い、B&Wの「801 D4」を準備しました。
●『Inherit The Life』の1曲目から再生。角松さんはボリュウムを微調整しながら、数曲を選んで試聴してくれた。
角松 うん、この音好き! いいじゃないですか、家に欲しいなぁ(笑)。もっとでかい音で鳴らしたいくらいですよ。癖のないサウンドで、スタジオで思っていた音がちゃんと再現できていると思いました。
——今日は8〜9月にタワーレコードから発売された中山美穂さんとJADOESのSACD/CDハイブリッド盤も準備しています。中山さんが3タイトル、JADOESが4タイトル発売されています。
今回のSACD化に当たっては、オリジナルの大半でエンジニアとしてミキシングを手がけたミキサーズラボ会長の内沼映二さんが監修とサウンドスーパーバイザーを、ワーナーミュージック・マスタリングの菊地 功さんと加藤拓也さんがマスタリングを担当しています。内沼さんも菊地さんも、角松さんがよくご存知の方々とうかがっています。
角松 はい。内沼さんとは80年代から自分の作品を通じて一緒に音楽作りのテクニックの実験、研究をしてきました。大先輩ですが、盟友と、勝手に思っています(笑)。
——今回は弊社のスタッフも音の仕上げ等について協力しています。ぜひ気になるタイトルを聴いてみて下さい。
角松 じゃあ中山美穂さんの『CATCH THE NITE』(1988年2月10日)から聴かせて下さい。
●中山美穂『CATCHTHE NITE』『SUMMER BREEZE』、JADOES『IT’S FRIDAY』『FreeDrink』『a lie』から角松さんが気になる曲を順次試聴。
SACD/CD 中山美穂「SUMMERBREEZE(+4) 3rd ALBUM」 ¥4,180(税込)
後に再レコーディングされる代表曲「You're My Only Shinin' Star」など角松敏生が手掛けた楽曲を含む3rdアルバム。「クローズ・アップ」のシングル・ヴァージョンをボーナス・トラックとして収録。
SACD/CD 「中山美穂/EXOTIQUE(+2)4th ALBUM」 ¥4,180(税込)
全曲が作詞:松本隆、作曲:筒美京平、編曲:船山基紀による楽曲のみで構成された4th アルバム。“PARTY VERSION”と銘打って12inchシングルで発売された「WAKU WAKU SASETE」のロング・ヴァージョンとInstrumentalをボーナス・トラックとして収録。
SACD/CD 「中山美穂/CATCHTHE NITE (+3) 6th ALBUM」 ¥4,180(税込)
角松敏生全面プロデュースによる6thアルバム。再レコーディングされ、シングルで発売された代表曲「You're My Only Shinin' Star」や「CATCH ME」のシングル・ヴァージョンとそのカップリング「BAD BOY」(編曲:鷺巣詩郎)をボーナス・トラックとして収録。
●レーベル:キングレコード株式会社 ※3作品共通
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酒井 お好きな曲をじっくり聴いていただきました。いかがでしたか?
角松 う〜ん、これは悩ましい。80年代当時とはオーディオシステムの再現力ももちろん進化しているんでしょうが、新しい聴こえ方がしているようにも感じました。
実は、こんな風だったかなぁ、あるいはこの頃何をやってたかな〜というようなことを思い出しながら聴いていました。『CATCH THE NITE』が1988年発売で、僕のアルバムとしては『Before The Daylight』(1988年2月5日)を出した直後なんですよね。
酒井 同じ時期にご自身のアルバムを作りながら、中山さんのアルバムをプロデュースされていたわけですね。
角松 それもあって、中山さんの『CATCH THE NITE』とJADOESの『a lie』(1988年5月21日)で、音や手法がかぶっていたりするところが随所に感じられました。
酒井 そもそも中山美穂さんのプロデュースを担当することになったきっけというのは?
角松 アルバム『SUMMER BREEZE』に提供した「You're My Only Shinin' Star」の評判がよかったので、シングルカットしたいっていう話がありました。そこでシングルバージョンを作り、続いて次のシングルもお願いしますという話になって「CATCH ME」を手掛けることになったんです。
当時マイアミ・ユーロビートなんて呼ばれていたジャンルのEDMがあったのですが、その手法を模倣して作った楽曲トラックを彼女に歌ってもらったら面白いかなぁと思って制作したのが「CATCH ME」。その流れでアルバム『CATCH THE NITE』のプロデュースも、という展開になりました。
酒井 その頃は杏里さんの作品も手掛けられていました。
角松 プロデュース業としての最初のメジャーワークは杏里さんの「悲しみがとまらない」(1983年11月5日)でした。他にも、清水宏次朗さん、ジャッキー・チェンさん、中森明菜さん、西城秀樹さんなどに作詞・作曲をしたことはありましたが、プロデュースという肩書きをいただいたのは杏里さんが最初でしたね。その後が中山美穂さんで、次がJADOES。
酒井 杏里さんと中山美穂さんに対してJADOESは少々音楽の傾向が違います。
角松 JADOESはメンバーが僕の自宅のポストに直接デモテープと手紙を投函してくれたんです。
酒井 その話って本当だったんですね(笑)。
角松 当時彼らはお笑い芸人として注目されつつあって、ステージを見に行ったら、こいつら面白いなあと思ってすごく気に入っちゃったんです。彼らの笑いの感性とか、時代を見る目、音楽的センスが僕と合うかもしれないと思ったのでプロデュースを引き受けたんです。
酒井 80年代後半は、角松さんのオリジナルアルバムと、プロデュース作が一連の流れになっています……。
SACD/CD 「JADOES/IT'SFRIDAY(+2)」 ¥4,180(税込)
角松敏生プロデュースによるデビュー・アルバム。12inchシングルに収録されたヴァージョン違いをボーナス・トラックとして収録。
SACD/CD 「JADOES/FreeDrink(+1)」 ¥4,180(税込)
角松敏生プロデュースによる2ndアルバム。スピード感を伴ったデジタル・リゾート・ファンク。「Summer Lady」のシングル・ヴァージョンをボーナス・トラックとして収録。
SACD/CD 「JADOES/alie(+3)」 ¥4,180(税込)
角松敏生プロデュース時代の集大成的3rdアルバム。先に中山美穂に提供した「Get Your Love Tonight」のセルフ・カヴァーも収録。ボーナス・トラックとして「All My Dream」のシングル・ヴァージョンと、1989年発表の4thアルバム『DUMPO』から角松敏生、Camu Spirits(角松敏生、内沼映二によるエディット・ユニット)が参加した2曲を収録。
SACD/CD 「JADOES/Before the Best(+1)」 ¥4,180(税込)
角松敏生プロデュースによるベスト的リミックス・アルバム。新曲となるアーバン・デジタル・ファンク「HEART BEAT CITY」のシングル・ヴァージョンをボーナス・トラックとして収録。
●レーベル:日本コロムビア●プロデューサー:角松敏生 ※4作品共通
※JADOESのSACDのお求めはこちら ↓ ↓
角松 自分のアルバムは海外で最先端のエンジニアやプロデューサーと一緒に作り、そこで得た刺激を吸収し、情報を日本に持ち帰って、プロデューサー業に活かしていたという感じでしょうか。
例えば当時は日本のスタジオはデジタルエフェクトに耳目が向いていたんですが、アメリカではチューブ(真空管式)のイコライザーやコンプレッサーなどのアナログがまだ基本的にサウンドメイキングの重要な要(ツール)として使われていたりました。そういう日本とアメリカの実際の現場の違いを目の当たりに知ることができたのはありがたかったですね。
ちなみに中山さんやJADOESのアルバムにも頻繁に出てくるんですが、オートパンで逆相を利用して音場の外側にぐるぐる回るようなエフェクトは、日本オリジナルの機器で、後に海外でも使われるようになったんです。そのエフェクトは今回SACD化されたアルバムでもたくさん使っていますので、ぜひ確認してください。
酒井 まさにデジタルとアナログが交錯していた時代です。
角松 JADOESの「Dumpo!」(『a lie』に収録)はこれまでの12cmディスクの中で一番いいサウンドバランスだと思いました。ボリュウムを上げても印象はそんなに変わらなかった。そこは今風の音になっているのかもしれません。
SACD全体の印象としては、どれも楽器の分離がよくなっているっていう気がしました。オリジナルCDよりも音の分離がよくて、高音も低音も伸びている。もちろん再生しているスピーカーの力もあるかもしれないけど、オリジナルCDでは聴こえなかった音も、ちゃんと聴こえていると思います。
圧倒的にいいなって思ったのは弦楽器の音かな。生弦の音が綺麗。この頃はプログラミングトラックでもそこに乗せる生弦にはこだわっていたんです。中山さんの「FAR AWAY FROM SUMMER DAYS」や「花瓶」(どちらも『CATCHTHE NITE』に収録)にも入っているかな。あとJADOESの「Step By Step」(『IT’S FRIDAY』に収録)で、ゴージャス感を出すためにも生弦の音は多用してます。
酒井 『IT’S FRIDAY』は泥臭いというか、音の重心が下がった音のようにも感じました。今回のSACDはファンキーな感じがスムーズに再現されるので、凄くいい。
角松 JADOESについては“踊らせるための音楽”っていうコンセプトがあったので、かなり低音を意識したミックスになっているような気もしました。でもこうやって聴き直すと、好き勝手にやってるなって気がします(笑)。売れる、売れないなんてどうでもいい、自分達が楽しけりゃいいみたいな感じで作ってる気分が、SACDから伝わってきますよね。
酒井 アルバムを作るプロセスだけでなく、精神的な部分でも、角松さんとJADOESのメンバーではなにか共有できていた感じですか?
中山美穂3作品 & JADOES 4作品、SACD/CDハイブリッド・シリーズのコンセプト
タワーレコードとマスターを管理している各レコード会社、そしてステレオサウンドのスタッフが協業しているSACD/CDハイブリッド・シリーズは、すでに数十タイトルがリリースされている。中山美穂3作品とJADOES 4作品はこれまでの各種リマスターCDと差別化を図るため、これらの大半の作品でミキシングを担当していたミキサーズラボの内沼映二さんにサウンド・スーパーバイザーを依頼し、ワーナーミュージック・マスタリングの菊地功さん、加藤拓也さんのマスタリングを経て商品化している。
全7作品は当時、まだLPレコード主体で制作されていたため、オリジナルマスターをプレイバックしながら、SACD/CDの器に相応しい音調整(=マスタリング)を施した上で復刻。80年代と現代ではリスナーの聴取環境も様変わりしており、今回の復刻では現在望みうる最高峰の機材を用いながら、内沼さん、菊地さん、そして加藤さんという三者のサウンド・センスが隅々まで反映された12cmディスクにまとめられている。
今回のSACD/CDハイブリッドを調整の行き届いた再生環境で聴くと、オリジナルLPやこれまでの各種リマスターCDとはちょっと異なる〈音の風情〉を感じてもらえるに違いない。
角松 本当に、いい遊び仲間みたいな感じでしたからね。先輩がいろいろ仕事のことを教えてやると、後輩が遊び方を教えてくれるみたいな関係だったような気もします。僕自身、どうやったら彼らが盛り上がるかってことしか考えてなかったな。
そういった意味ではこれらのアルバムは貴重な実験の記録ともいえると思います。この音はよく使ったなとか、この効果ってどうやって作ったんだっけとか、思い出しながらSACDを聴いていました。
酒井 80 年代の大いなる実験の記録。
角松 “大いなる”というほどではないですけどね(笑)。
酒井 いえいえ、充分貴重な音源だと思いますよ。
角松 アナログテープからDSD変換できたのもよかったですね。テープエディットしているので、つぎはぎだらけだから保存も難しかったはずですが、このSACDはいい音をしていると思います。
酒井 いわゆるアーティストが他のアーティストをプロデュースするというのは今でこそ当たり前だけど、その走りですね。お話をうかがっていると、サウンドプロダクションでのカット・アンド・トライが数多くあったんだということがよくわかりました。
角松 そうですね、プロデュースは試行錯誤という言葉に尽きますね。今日も聴き直してみて、成功しているなというものもあるし、ちょっとオーバー・プロデュースだったかなと感じる部分もあります。
JADOESの一枚目のアルバム『IT’S FRIDAY』(1986年11月21日)は86年発売ですが、この頃僕はニューヨークで『Touch And Go』(1986年6月11日)を作っていました。『IT’S FRIDAY』は帰国して作業しているんですが、ニューヨークのスタジオで会得した技術を投入しています。
例えばテープエディットの技術をアメリカで学んできて、内沼さんにこんなものをやろうよって提案して、本格的に使い始めたのがこの頃でした。その意味ではJADOESのアルバムで試した、みたいなところもありましたね。
また当時は本格的にプログラミングの勉強を始めていて、インストゥルメンタルの『SEA IS A LADY』(1987年7月11日)を挟んで、曲作りを全部プログラミングでやったのが『Before The Daylight』でした。プログラミングによるサウンドが面白くなり始めて、それを本格的に活かし始めたのがJADOESと中山美穂さんのアルバムだったんです。申し訳ない言い方ですが、彼ら彼女の作品でプログラミング技術を磨かせていただいたとも言えるかな。
酒井 他にもSACDを聴いて思い出すエピソードなどはありますか?
角松 生ドラムを必ず入れることにはこだわっていましたね。打ち込みで全曲は制作しないみたいな、そういうこだわりはありましたね。プログラミングトラックに関して言えば今でも通用するのは「Dumpo!」のサウンドかな。あれ好き(笑)。
酒井 さて、最近は80年代のいわゆる“シティポップ”が見直されていますが、その現象をどのように捉えていらっしゃいますか?
角松 今の若い人が80年代の音楽を聴いてくれるのは知っていますが、それは当時の僕が目指していたものとはまったく違った価値観で評価しているんだろうなと思っています。当時の価値がそのまま見直されてるのではないということ。今の若者はまったく違う価値観で、評価しているんだと思います。政治、世界情勢、経済などの社会全般の価値観も有様も違うし、それに伴う倫理観、恋愛観なども今とはまったく異なりますからね。
酒井 なるほど。とても角松さんらしい考察です。
角松 音楽的なことだけ言えば、僕は、60年代から80年代までに、大衆音楽の大体のメソッドは出尽くしていると考えています。90年代から現在までの音楽やメロディライン、ジャンルも含めてベースはそこまでに構築された音楽を単に組み替えて再構築しているに過ぎないと思います。極端に言えば新しいものは生まれていない、また、生まれる必要もないんだと思います。
僕達の世代は、そういった源泉がどのような経過を辿って現在に至ったかという構図をリアルタイムで観てきたのです。僕自身も本家アメリカで制作しながら、60〜80年代に苦心惨憺して音楽を作ってきた人たちと実際に仕事をしてきました。
その年代にすべての根源があるから、今の若い人が当時のものに興味を持つのは、当たり前の話です。オリジンを追体験しようとしている、本能的にそうさせてるということだと思っています。だから今後は、自分たちがやってきたメソッドを遺すためにも、CD とかライブなどを通じて、僕らの世代の見聞を伝え始めてもいいんじゃないか、そう感じ始めています。
酒井 きょうはいつもとは違ったお話がいっぱいうかがえましたし、80年代の“角松サウンド”も堪能させていただきました。ありがとうございました。