HDMIインターフェイスを使う環境において、誰も考えなかった、斬新な音質向上法が編み出された。アメリカ・ウィスコンシン州の新進オーディオメーカー、GeerFab Audioが新開発したデジタル・ブレイクアウト・ボックス「D.BOB」(ディーボブと読む)だ。<ブレイクアウト>とは「分配」の意味。つまりデジタル信号のHDMIを分配する器具ということだ。通常の分配機と異なり、D.BOBは映像と音声を同時に伝送するHDMI信号から、音声信号を分離するのである。
Break Out Box
GeerFeb Audio
D.BOB
オープン価格(実勢価格15万9,500円前後)
●型式 : HDMI音声分岐ボックス
●接続端子 : HDMI入力1系統、HDMI出力1系統、デジタル音声出力2系統(同軸、光)
●寸法/質量 : W218×H45.5×D120mm/1kg
●問合せ先 : (株)エミライ
何のために分けるのか? お手持ちの高級D/Aコンバーターで音声をデコードし、高品位な2chステレオサウンドを聴くためだ。BDプレーヤー(SACD対応のいわゆるユニバーサルプレーヤーを含む)での2ch再生(CD、SACD、BD、UHDブルーレイ)では、通常はそのプレーヤー内蔵DACでD/A変換するか、もしくはHDMI接続したAVセンター等に内蔵するDACで変換しアナログを出力する。その音質性能はいうまでもなく、プレーヤーやアンプ内蔵のDAC回路のグレードに依存される。
ここまで書くとお分かりになるだろう、手許に高級な単体D/Aコンバーター、もしくは高度なDAC回路を内蔵したCD(SACD)プレーヤーをお持ちの方が、BD/ユニバーサルプレーヤーにてコンテンツを再生し、より良い2ch音声を聴くための、分配器なのである。
BDやUHDブルーレイ、SACD再生時に高級DACを活用するためのアイテム
条件的にはたいへんニッチだが、確実にニーズはある。私はメリディアンの超高級DACのULTRA DACのユーザーだが、これまでBDプレーヤーの再生にULTRA DACを使うという発想をまったく持ったことがなかった。というのも、BDプレーヤーからは一応デジタル同軸で結べるが、BDオーディオなどのハイレゾディスクを掛けても、オーサリング時の制作者の選択により、48kHzなどにダウンコンバートされてしまうディスクがほとんどだからだ。オッポデジタルなどのユニバーサルプレーヤーでは、SACD再生も可能だが、そもそもDSD信号は著作権保護の観点から同軸/光出力には対応しない。つまりBDプレーヤーとの連携にはULTRA DACは実質的に無用なのであった。だから、それを結ぶことは、まったく眼中になかった。
HDMIインターフェイスでは、著作権保護のためのHDCP機能の下で、ディスクに収録された最高音質で出力される。D.BOBでは入力したHDMI信号から最大192kHz/24ビットのリニアPCMや2.8MHz DSDの音声信号を分離し、同軸・光デジタル信号として出力する。ここでBDプレーヤーは、外部の単体DACにストリーム信号を送り込むディスク・トランスポートとなるわけだ。D.BOBはディスプレイなどの映像再生機器用にパススルーで映像用のHDMIも出力する。
問題になるのはHDCPの著作権保護だが、それには変更を加えず、出力を可能にしたという。DSD信号は、リニアPCMのコンテナ形式に重畳して送るDoP(DSD Over PCM Frames)方式で出力する。すべての単体DAC製品がDoPに対応するわけではないので、注意は必要だ(ちなみにULTRA DACは対応)。では、実際にどんな効果があるのかをBD/UHDブルーレイのリニアPCM編とSACD編のふたつに分けて、検証してみよう。
D.BOBとはなにをするアクセサリーか
D.BOBのコンセプトは、BD/UHDブルーレイ/ユニバーサルプレーヤーからのHDMI出力(映像と音声)を受けて、音声信号だけを分岐、同軸/光出力を行ない、単体DAC機器につなぐというもの。通常同軸/光出力では、48kHz/16ビットにダウンコンバートされてしまうPCM音声、あるいは同軸/光ではデジタル出力できないSACDの音声を、自分の好きなD/Aコンバーターで再生できる
外部DACを使った再生の制約
D.BOBを介して同軸・光デジタル出力
背面端子部。筐体は幅218mmとコンパクトだ。HDMI出力は、10.2Gbps仕様で、4K/60p、4K/24pの8ビット信号に対応している
UHDブルーレイの音の潜在能力を本格DACで味わい尽くす
テストその1。BD、UHDブルーレイの96、192kHz/24ビット音源再生。オッポデジタルのUDP-205をD.BOBを介してアキュフェーズのDC-1000に送るという流れだ(接続①)。DC-1000は、税込¥1,375,000(取材時)で、UDP-205の実勢価格が約25万円だったから、5倍以上もする。
まず、エリック・クラプトンのUHDブルーレイ『Lady In The Balcony: Lockdown Sessions』から。48kHz/24ビット2chリニアPCM音源の「Tears in Heaven」。UDP-205からのアナログ出力は、ビデオプレーヤー内蔵のDACとしては充分と言えるクォリティで、はっきり、くっきり、音の輪郭も明瞭。ギターやパーカッションも明確だ。クラプトンの味のあるヴォーカルも、なかなか聴かせた
次にD.BOBにて音声を抽出し、同軸ケーブルにてDC-1000に入力。一聴してたいへん驚いた。ヴェールが数枚剥がされ、この音楽の本質がそこに忽然と現れたという印象であった。ヴォーカルの質感がまったく違う。非常に緻密になり、格段に細やかな音の粒子が、音場に飛翔する。音の階調感もたいへんなめらかになった。それはオーディオ的な違いだけではなく、この曲が持つ“子供への鎮魂歌”という子を失った親ならではの哀しみの感情が、音の粒の陰影に投映されているように聴かれたのである。
もう一度確認のためにUDP-205からの音を聴くと、D.BOBとDC-1000経由での後で聴くと、質感の部分が大きく欠落していることが、改めて分かった。音の輪郭はしっかり出し、コントラスト感もはっきりしているが、音の階調感や細部までの細やかな振る舞いをどう表現するかという点では、まったく物足りない。
その意味では当然といえば当然であるが、アキュフェーズの高級DACの再現性はたいへん素晴らしい。楽器の持つ本来の音、ヴォーカルの本来の歌音がダイレクトに現れ、会場のソノリティの格段の美しさ、綿密さが加わる。感情表現も緻密だ。
今、たいへん話題を集めるボブ・ジェームスのUHDブルーレイ『Feel like Making Live!』から96kHz/24ビットの2ch音源。UDP-205ではほぐれない。ボブ・ジェームスのキーボードの何とも言えない色気感が、いまひとつ感じられないのである。ところがD.BOBとDC-1000の手に掛かると、音の体積が格段に増え、低音の安定感の上に中高域が確実に乗ってくる。何より違うのはフェンダーローズの色気。このチャーミングで都会的、そしてセクシーな音色は、D.BOBとDC-1000にして初めて感じられたことだ。音が飛翔し、躍動する。即興的なノリの良さもヴィヴッドだ。ドラムスは、スネアのインパクトが強く、印象が大きく異なる。
D/Aコンバーター
アキュフェーズ
DC-1000
TEST ❶
DC-1000でUHDブルーレイの音声を再生
テスト1はオッポデジタルUDP-205を使って、①UDP-205からの2ch RCA音声と、②D.BOB経由でアキュフェーズのD/AコンバーターDC-1000からの2ch RCA音声を比べている
圧倒的な音質向上を確認SACDの本領が見事に発揮された!
テスト2はSACDを再生する。SACD再生可能なビデオプレーヤーは、パナソニック以外のオッポデジタル、パイオニア、ソニーの製品があり、いずれもDSD信号をHDMI経由で出力可能だ。前述した通り、D.BOBから分岐出力されるのは、DoP形式のデジタル信号となるが、アキュフェーズDC-1000はDoP信号には対応していないので、ここでマイテックデジタルのマンハッタンDAC IIに替えた。UDP-205からD.BOBを介して同軸でマンハッタンDAC IIにつなぐ(接続②)。
カルロス・クライバーがドレスデン国立歌劇場管弦楽団・合唱団を指揮したウェーバーの『魔弾の射手』のSACDから「狩人の合唱」。合唱の録音は難しいが、本作は歪みがたいへん少ない優秀録音として、私のSACDのリファレンス作品のひとつだ。UDP-205のダイレクトアナログ出力と、D.BOBを介してのマンハッタンDAC IIのアナログ出力の比較というわけだが、変化の方向はDC-1000とまったく同様で、圧倒的な音質向上があった。それは当然といえば当然で、UDP-205内蔵のDACよりマンハッタンDAC IIの方がはるかに「DSDの音質力」が高いという単純な理由からである。
とは言うものの、「ブレイクアウトしてのデジタル変換出力再生」という新規の再生方法が、ノイズなどを発せずに、きちんと歪みなく再生されるかどうか。そんな基本的な見極めも重要であり、その点に関しては何の問題もなかった。
マンハッタンDAC IIで聴く「狩人の合唱」はきわめて解像度が高い。男声合唱の迫力と気品が、その音から溢れていた。録音においてはステレオ効果を考え、左チャンネルがテノール、右チャンネルがバスという配置を採用。この左右配置から生じる声の飛翔感、音の躍動感、空間のハーモニー感……など実にオーディオ的な魅力に満ちている。SACDの本領発揮というところか。
次に藤田恵美の『camomile Best Audio 2』からベッド・ミドラーのカバー「The Rose」を聴く。UDP-205ではヌケが今ひとつで、歌やギターのディテイルがあいまい。チェロも薄い。D.BOB経由のマンハッタンDAC IIは、まるで別物。声のヴィブラートで生じる、音楽的な表情が非常に艶やかで、それが空気を震わせ、音場に広く拡散していく。ギターのつまびきが生々しく、チェロは朗々と美しく響く。優しさ、潤いという藤田恵美が持つヒューマンな味わいが、さらに濃くなった。
D/Aコンバーター
マイテックデジタル
Manhattan DAC II
TEST ❷
マンハッタンDAC IIでSACDの音声を再生
テスト2ではSACDの再生を行ない、マイテックデジタルのManhattan DAC IIを使った。①UDP-205からの2ch RCA音声と、②D.BOB経由でManhattan DAC IIからの2ch RCA音声との比較だ
再度書くが、こんな切り口があったのかと感服した。音楽作品のBDやUHDブルーレイ、そしてSACDのステレオサウンドを、ユニバーサルプレーヤーでアナログアウトで聴いている方、あるいはHDMI経由AVセンターで聴いている方で、そして高級なD/Aコンバーターを所有している向きには、D.BOBは福音というべきアクセサリーだ。
その他の視聴システム
●ユニバーサルプレーヤー : オッポデジタルUDP-205
●プリメインアンプ : デノンPMA-SX1LIMITED
●スピーカーシステム : モニターオーディオPL300Ⅱ
視聴ソフト
●UHDブルーレイ : 『Lady In The Balcony: Lockdown Sessions/エリック・クラプトン』、『Feel like Making Live!/ボブ・ジェームス』
●SACD : 『ウェーバー:魔弾の射手/カルロス・クライバー指揮ドレスデン国立歌劇場管弦楽団、合唱団』、『camomile Best Audio 2/藤田恵美』
Eric Geer
GeerFab Audio オーナー/ファウンダー
経歴について
高校時代、叔母のMcIntosh / JBL / Dualのセットアップを聞いてから、オーディオマニアの世界に足を踏み入れました。その後、音楽学校に入学し、クラシック音楽の作曲の学位を取得。卒業した翌日、私はドラムキットを買い、ワシントン DC 地域のさまざまなバンドでドラム、キーボード、ベースを演奏する長いキャリアを開始しました。これが最初のレコーディングスタジオ体験につながりました。
そのままワシントンDCのOlsson's Books and Records(書店兼レコードショップ)でクラシック音楽のバイヤーとしてレコードと本のビジネスに携わりました。その際、世界中のコンサートホールの音響的な特徴に興味をもち、業界の録音側と密接な関係を保っていました。
そしてNAMM TEC Awards のスポンサーシップ・ディレクターを8年間務めた後、10年間プロオーディオ・リレーションズ・ディレクター、エントリー&ノミネーション・スーパーバイザーを務めています。
D.BOBを開発した経緯とそのコンセプトについて
2015年、SACDの再生を目的にOPPO DigitalのBDP-105を買いました。BDP-105内蔵DACにすぐに失望したので、Mytek Stereo 192-DSD DACを手に入れました。SACDのDSD信号を同軸でMytekに送り出すだけで、DSDの素晴らしい音に浸れると思っていたのです。しかしDSDはデジタル出力ができないとわかったときは、もうがっかりでした。SACDにはHDCPという厳しいコピーガードがかかっており、AVレシーバーに備わるHDMI以外ではDSDの出力ができないことを知ったのです。結局、SACD/CDハイブリッド盤のCD層をかけた際に、私は、OPPOの内蔵DACでDSD層を再生するよりも、MytekのDACでCD層を再生する方が好みの音であることに、時間が経つにつれて気づきました。
そこで私は、20年以上前からSACDのファンを悩ませている問題を解決し、DSD64を同軸や光で出力する合法的な方法を見つけることを決意しました。
2016年半ばには、カリフォルニアにあるエレクトロニクス会社とD.BOBの開発に取り組みはじめました。私はすでに音響製品(GeerFab Acoustics MultiZorbers)を市場に投入していたので、音響製品自体は、未知の領域というわけではありませんでした。しかし、私たちが遭遇した困難と多くの時間を費やしたのは、SACDを再生し、HDMIから伝送される信号から、DSD64のデジタルオーディオ信号を抽出し、DoPプロトコル(DSD over PCM frames)経由で同軸/光出力しながらも、HDCPを維持することでした。
そうした問題を解決したのち、2019年初頭には、ほぼ小売りに適した形のプロトタイプが完成しました。AXPONA(Audio Expo North America、北米で開催されているオーディオショー)で初お披露目し、その後ミュンヘン・ハイエンド(オーディオショー)では、Michael Fremer(マイケル・フレマー)が画期的なビデオを撮影してくれました。これらの展示会や心優しきMytekの人々が、2019年から2020年にかけての各種イベントでの彼らのブースで展示スペースを提供してくれたので、D.BOBは大きくアピールでき、また製品のコンセプトや技術的正当性を獲得できました。
その後、2019年12月に最初の製品を出荷し、米国のディーラーから注目を集め始めました。一流雑誌にレビューが掲載され始め、賞賛の声も届き、賞もいただくようになりました。2021年、D.BOBは米国特許を取得。2022年、D.BOBは日本、韓国、オーストラリアでの流通をはじめました。
本記事の掲載は『HiVi 2022年秋号』