去る6月16日〜17日に「アストロデザインプライベートショー」が3年ぶりにリアル開催された。8Kに関連した放送用機器を多く手がけてきた同社だが、コロナ禍を経て横への展開を拡大、放送以外の分野でも8Kを活用した様々な提案を行っているという。さらにHDMIの関連した項目でも、オーディオビジュアルファンやゲームファンにとって重要な測定器の開発や検査環境の構築も手がけている。同社代表取締役社長 鈴木茂昭さんへのインタビュー後編では、HDMIまわりの最新事情をうかがっている。(StereoSound ONLINE編集部)

画像: 22.2chチェアスピーカーの「TamaToon SA-1852」を体験する麻倉さん

22.2chチェアスピーカーの「TamaToon SA-1852」を体験する麻倉さん

画像: SA-1852は、新たに開発された32chアンプ「PA-1853」でドライブしていた。写真はそのリアパネルで、HDMI2.1ケーブルで入力したサウンドをストレートにデコード・再生可能

SA-1852は、新たに開発された32chアンプ「PA-1853」でドライブしていた。写真はそのリアパネルで、HDMI2.1ケーブルで入力したサウンドをストレートにデコード・再生可能

麻倉 22.2chチェアスピーカー「TamaToon SA-1852」も、最初はこれ何だ? という気がしていましたが、今年は32chアンプ「PA-1853/RB-1853」までラインナップして、再生環境も充実してきました。

鈴木 チェアスピーカーは22.2chぶんのユニットを鳴らしますから、アンプがたいへんなんです。以前はデノンの7.1ch内蔵AVセンターを3台並べて同期させていましたが、それでは実用になりません。そこで、使えるアンプを考えてみろと言ったら、技術者が喜んで作ってきました。

麻倉 先日の「OTOTEN2022」での展示も大好評でしたね。

鈴木 NHKが22.2chのリビングシアターを展示されていたので、それに関連して聴いてもらおうと考えました。弊社は8Kを開発した関係上、音も関わるべきだろうと思っていたのです。

 私自身もオーディオの計測器を開発していましたし、アストロデザインとしても放送局のオーディオ測定器を開発しています。その担当者が、デジタルインターフェイスを研究していましたので、その技術を活かしてデジタルアンプで22.2chをドライブできるものを作ってもらいました。

 いわゆるハイエンドオーディオの流儀とは違うでしょうが、最新のデジテルアンプを搭載していますので、いい音を鳴らすことはできます。プロの世界では今後デジタルのマルチチャンネルアンプが主流になっていくでしょうから、その先駆けになる製品にしたいと考えています。

麻倉 4K/8K放送の22.2ch音声はどこで聴けるかが最大のネックでしたから、こういった製品が登場することで、視聴環境が広がるのは嬉しいことです。また、どのHDMIケーブルならちゃんと8Kや22.2chの信号が伝送できるのかの検証すら難しいのも問題です。

鈴木 そこについては、弊社は計測器メーカーとしてHDMIアダプターの中でもっとも古いメンバーの1社として活動してきましたが、この度HDMIフォーラムのBOD(Board of Directors)に選んでいただきました。

 BODは、HDMIに関わる様々な仕様についての意思決定機関的位置付けです。HDMI規格は技術の進化に合わせて頻繁にバージョンアップを繰り返し、規格への対応が益々たいへんになってきました。この事はHDMI普及の足かせになる恐れがあります。そこでHDMIユーザー各社の開発負荷を少しでも軽くしたいと今回ケーブルまで含めたHDMIインターフェイスの「TEST Lab」を開設いたしました。

画像: HDMIインターフェイスの動作を確認できる「TEST Lab」を新設する。写真はそこに常設される測定器で、HDMIケーブルの特性をグラフィックで確認できるとのこと

HDMIインターフェイスの動作を確認できる「TEST Lab」を新設する。写真はそこに常設される測定器で、HDMIケーブルの特性をグラフィックで確認できるとのこと

画像: HDMIケーブルテスター「CT-1860」に周波数特性モジュール「PM-1860-H1」(本体左下のユニット)を装着した状態。本機に挿したケーブルの伝送特性やコントロール信号の結線チェックなど様々な項目を測定できる

HDMIケーブルテスター「CT-1860」に周波数特性モジュール「PM-1860-H1」(本体左下のユニット)を装着した状態。本機に挿したケーブルの伝送特性やコントロール信号の結線チェックなど様々な項目を測定できる

麻倉 そういう経緯でHDMIのTESTLabが生まれたんですね。確かに以前からケーブル測定器は出されていましたが、急にこういった施設まで運営するということで、不思議に思っていました。

鈴木 ケーブル測定器を含めた、HDMIの検証部屋とでも呼べばいいのでしょうか。最近のHDMIの市場はテレビのみならずPCからゲーム機まで大きく広がってきています。関連のメーカーも関東エリアだけではありませんので京都にもTEST Labを作ることにしました。

麻倉 確かに最近のHDMIには、VRR(Variable Refresh Rate)やALLM(Audio Low Latency Mode)といった新しい機能も盛り込まれています。それをテストするとなると、検査環境を揃えるだけでもたいへんです。

鈴木 HDMI2.1の認証を受けるためには、クリアーしなくてはならない項目がもの凄く沢山あるんです。しかもVRRを正確にテストできる測定器もほとんどありませんでした。弊社では今回、HDMIのみならずこれから新しく出てくる新技術にも速やかに対応できるユニバーサルビデオプラットホーム「LS-8500/LC-8600」シリーズを開発しました。これはVRRやALLMも測定評価できる世界初の製品です。

麻倉 AVセンターでも、VRR対応が遅れてしまい後からアップデートした製品もありました。

鈴木 AVセンターは特にたいへんです。HDMIで入力した映像信号は基本的にはそのまま表示機器に送り出すわけですが、同時に音声のデコード処理もしているわけで、ちょっとでも同期がずれると、特にVRRでは映像が乱れたままになってしまう。これまでの信号なら同期信号を使って修復できたのですが、VRRはそういうわけにもいきません。

麻倉 そこまで検証が難しいとなると、確かにTEST Labのような施設は必要になるでしょう。まさに “HDMI予備校” ですね。OTOTENイベント2022で展示されていたHDMIケーブルテスター「CT-1860」も注目されていましたしね。

画像: マイクロフォーサーズのレンズマウントを搭載した、8Kストリーミングカメラ「DC0200」。3,300万画素のCMOSセンサー搭載で、8K/30pの撮影、収録、再生、ストリーミングに対応可能

マイクロフォーサーズのレンズマウントを搭載した、8Kストリーミングカメラ「DC0200」。3,300万画素のCMOSセンサー搭載で、8K/30pの撮影、収録、再生、ストリーミングに対応可能

鈴木 弊社のケーブルテスターは、HDMIに限らず、USBやIPにも応用できます。近年はこれらのケーブルで伝送する信号はすべて高速になっています。通常の測定では、まず信号を送って、それをちゃんと受信できるかどうかという、プロトコルとデータの確認をおこなっています。

 しかしそれでは、超高速信号を送った時にたまに発生するエラーを確認できません。これまでの測定では、データ層レベルでのエラーの確認、もしくは物理層でもIパターンによる観測しか行われていないためケーブル本来の基本性能の確認になっていないのです。

 HDMI2.1ケーブルには4本の信号線がありますが、それぞれで12Gbpsを伝送しますから、扱うデータは合計48Gbpsになります。しかし、これだけのデータ量はメタルケーブルではせいぜい1mくらいしか伝送できません。だから光変換するわけですが、そのための変換回路の性能評価が極めて重要ですが、この評価法も確立されたものはありません。

麻倉 CT-1860ではどうやって信号をチェックしているのでしょう?

鈴木 スイープジェネレーターによる測定をおこなっています。伝送特性の帯域をグラフで表示するもので、昔はラジオやアンプの測定にも使っていた基本的な計測技法です。

 グラフ表示なら、本来フラットであるべき中域部分で信号が落ち込んでいないかといった確認ができます。デジタルデータの伝送でたまにエラーが起きるという場合、ほとんどが中域のどこかに減衰域やピークがあるもしくは十分な帯域が確保できていないことが原因です。これは伝送回路のどこかでインピーダンスのミスマッチに起因していることが多いと思われます。

 Iパターンによる評価ではこれらの特性は推定評価になりますが、周波数特性を計測すればより明確な原因の把握が出来ます。

麻倉 この測定器ならこれまで分からなかったエラーの原因も特定できるわけで、今後は重宝されそうですね。

鈴木 国内の大手メーカーさんにこのテスト方法を採用していただきましたので、これから広がっていくのではないかと期待しています。

画像: 今後の普及が期待されるVVC映像の検証のために、VVCビューワー「SP-5020」も開発された(左)。VVC圧縮された4K映像のリアルタイムデコードに対応している

今後の普及が期待されるVVC映像の検証のために、VVCビューワー「SP-5020」も開発された(左)。VVC圧縮された4K映像のリアルタイムデコードに対応している

麻倉 それは素晴らしい。業界のトップカンパニーが採用してくれたということは、この分野でも多大な貢献ができそうですね。

 コロナ前は8Kがメインで、それはそれで面白かったんですが、今回のプライベートショーにうかがって、アストロデザインが横にも発展していることが分かったのが興味深かったです。

鈴木 アストロデザインは、もともとそういう会社だったんです。これまでは、縁あって8Kをお手伝いすることになって、8K専門みたいになっていただけなんですよ。

麻倉 今後はより幅広く、色々な分野の技術を手がけると。

鈴木 エレクトロニクスを使って、世の中になかったことを実現していきたいですね。その意味では高速データ伝送は、これからの社会のベースになる技術でしょう。5Gや6Gの時代といっても、伝送技術自体は同じですし、動画の8Kはデータ量が大きいので速度が求められますが、回路技術で言うと、使う部品も、基本知識も同じなんです。

麻倉 高速と大容量という点を押さえておけば、色々なところで応用できる。

鈴木 たとえば8K映像を扱う場合、デコード/エンコードは不可欠です。そのためにはデコーダー/エンコーダーICがあればいいんですが、残念ながら最近はそういう部品はほとんどみあたりません。となると、汎用のPCを使ってソフトウェアで処理できれば、応用範囲も広いし、有用だろうと考えています。

麻倉 今回もPCをベースにした8Kデコーダーなどが並んでいましたが、とてもいいアイデアだと感心しました。

画像: アストロデザインでは、Tamazone Stationシリーズとして、様々な機能に特化した製品を発売している。写真の「AW-8802」は、8K非圧縮レコーダーや8K非圧縮多チャンネル画像解析装置、8K編集機として活用できる

アストロデザインでは、Tamazone Stationシリーズとして、様々な機能に特化した製品を発売している。写真の「AW-8802」は、8K非圧縮レコーダーや8K非圧縮多チャンネル画像解析装置、8K編集機として活用できる

鈴木 「Tamazone Station」という名前でシリーズ化しています。ベースは汎用のウィンドウズPCで、映像処理にも使えるスペックを備えています。ただし、業務用としてはCPUだけ速くてもダメで、外部機器から高速信号を入れたり出したりすることが求められます。

 さすがに汎用PCにはそういったインターフェイスはついてないので、それらは弊社が独自に開発しました。現状ではこのシステムが一番お手軽に、様々な信号処理に対応できると考えています。

麻倉 新しいアーキテクチャーも含めて、新生アストロデザインというか、事業としてもひと皮剝けたように感じました。

鈴木 8K放送と言うと、決まった規格に従って開発しなくてはいけませんが、パソコンとかネットの世界だと、規格はあってないようなものです。その意味では開発の自由度も広がります。

麻倉 そこに対応できたのも8Kを手がけてきたから、高い技術水準を持っていたからというのも大きいでしょう。

鈴木 そうですね、8Kをやってきた成果なのは間違いありません。

麻倉 これからの8Kは、放送を超えた汎用のシステムになっていくはずです。そこでの展開はアストロデザインにしかできないことも多いんじゃありませんか。

鈴木 今後一番求められるのは8Kセンサーだと思います。これまでは8K解像度のセンサーを作っても、なかなか商売になりませんでした。しかし最近はパーツとして供給されるようになっていて、弊社もほとんどのセンサーメーカーと情報交換をしています。

 また弊社は以前から非圧縮8K信号を扱っていますが、非圧縮だとデータ量が大きすぎて自由度が制限されるので、実用上は圧縮しなくてはなりません。ただHEVCなどでは1/1000ぐらいまで圧縮してしまい、さすがにマスター用としては品質が厳しいのです。

 そこで、HEVCだけでなく、次世代圧縮技術のVVCにも対応しています。またそれとは別にJPEG XSという方式のエンコーダーも開発しているのです。

画像: エレクトロニクスを使って、世の中になかったことを実現していきたい。アストロデザインの様々な新展開の狙いを鈴木社長に聞く(後):麻倉怜士のいいもの研究所 レポート79
画像: より高品質な動画像を実現できる「JPEG XS」のデモも行われていた。JPEG XSはすべてのフレームを画面内圧縮することで、編集時にも効率のいい作業ができるそうだ

より高品質な動画像を実現できる「JPEG XS」のデモも行われていた。JPEG XSはすべてのフレームを画面内圧縮することで、編集時にも効率のいい作業ができるそうだ

麻倉 JPEG XSとは、これまでとどこが違うのでしょう?

鈴木 今までのHEVCやMPEG、VVCは放送サービスでも使われている圧縮方式で、先ほど申し上げたように、I/P/Bという3種類のフレームの組み合わせで、動き方向のデータを含めて圧縮しています。ただしこれらの圧縮の場合、後からの編集がたいへんです。圧縮されたフレーム情報をどう扱うかは編集ソフト側でも苦労しています。

 しかしすべてのフレームで情報が残っていればそんな苦労は要らなくなります。そこで、動画でもフレーム内圧縮だけを行う、その際に圧縮精度を上げて劣化を極小にとどめた圧縮方式がJPEG XSです。ひとコマの中での遅延しか起きませんし、それも6ライン単位で処理していますから、動画としての遅延はきわめてわずかです。

麻倉 まさに発想の転換ですね。こういった技術が普及していくことで、ますます色々な場所で高品質な映像が楽しめるようになるんですね。

鈴木 映像の時代はまだまだ発展していくと思っています。放送にこだわると世界が限定されてしまいますので、今後はそれを超えた展開に取り組んでいきます。

麻倉 今回のプライベートショーは、3年分の情報が凝縮したようで、新しい発展がこんなにあるというのが面白かったです。今日はありがとうございました。

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